1 洞窟①
竜の気配がした。
深淵の闇に包まれた地下洞窟の中を一人、手ぶらで進んでいる。
目的は竜探し。
この奥にきっと竜が潜んでいると信じて。
そうあって欲しくてここまで来た。
単なる直感ではあるのだが。
本当に竜かどうかは知らないが、巨大な生物の影が壁の向こうにある。
洞窟内はうねるように長かった。
まるで海底に舞う砂塵のようなほこりが宙を舞っていた。
微かだが風の流れを肌でも感じている。
すでに水脈を感知しているので何者かが生存しているのがわかる。
「俺にはわかるんだ……」
洞窟内の地にはコケが沢山生えている。
地に足を付ければヌメリに足を取られてしまい兼ねない。
不用意に転倒するわけにはいかない。
時折、地に足を付ける程度に浮遊して歩を進めている。
コケの色は緑色だ。
それがすこし不思議に思えた。
地上の太陽の光は一切ここには届いていない。
真っ暗闇なのだ。
陽の光を浴びなくても、葉緑素は植物の体内に宿るものなのか。
炭酸ガスと水は作られていそうではあるが。
この地下洞窟の酸素は十分に満ちていて呼吸も楽であった。
だが、ここは異世界。
俺の知る理屈など全て通るのかはわからない。
鍾乳洞のようでとてもヒンヤリとしている。
大きな地下空洞が無限に広がっているようにも感じる。
生き物の鳴き声ひとつ聞こえてはこない。
俺は明かりなど灯してはいないが見えているのだ。
晴れた真昼ほどじゃないけど、曇り空ほどの見通す視力はこの目に具えている。
だが見た限り生物が居そうな気配がまだなかった。
もっとも明かりなどを灯して、隠れて棲息する得体の知れぬ生物にいらぬ刺激を与えては煩わしくなってしまう。
湿った場所に視力の乏しい別の生物もいる可能性がある。
自分が感知できていないだけの可能性も有り得る。
争いは出来る限り避けたいのだ。
遠くから感じていた巨大生物に近づくため、そろりそろりと歩を進めた。
あ、そこの手前でちびっこい何かがうごめいている。
慎重に近づき、目を凝らした。
半透明のジェル質なので恐らくはスライムであろう。
「おかしいな……?」
一匹じゃないのか。
そこら一帯に結構な数がいるみたいだ。
ここはスライムの巣穴だったのかな。
すこし気持ち悪いな。
「こいつら全部、例の転生者じゃないだろうな?」
それだと後々厄介になるのでやっぱり片付けておこうか?
いまならただのヘボスライムだろうし。
とはいっても俺は丸腰だ。
「いやすでに奥の竜と交流があってはコトだ。ここはもう少し様子を見るか…」
洞窟の入り口からこの場所に来るのに常人の足なら半月はかかったはずだ。
結構入り組んでいたし、分岐点も割とあった。
やはり迷宮と言ってよいだろう。
俺はデカブツを目標にして来たからここまであっさりとたどり着いたが。
洞窟の内壁がわりと分厚い。
その壁一枚の向こう側に透視力で巨大生物の気配を感知して来たのだが。
これまで見て来た壁の向こうはすべて外れだった。
そこを過ぎる度、さらにその向こうに気配を強く感じる。
これは確実に近づいている。
おかげでサクサクと何者をも無視して飛脚のように飛ばして来た。
地面が起伏に富んでいて平らではなかった。
体力には自信があるほうだが、馬鹿正直に歩いてなどいられない。
そして、遂に──。
見るからに洞窟の最深部といった雰囲気の場所に出た。
この感知している巨大生物なのだが竜なのかどうかがまだ判らない。
日本にいた時は部屋の壁の向こうにどの様な人物がいて男女か子供か動物かまで知ることができていた。マンションやビルの一室の壁などここに比べればじつに薄っぺらいものだ。