銃の精霊ルア編③
何十年もして、若い頃にいなくなってしまった推しのアイドルにもう一度会えるなんて……奇跡だろうか? 嬉しい反面、少し悲しかった。
それは、彼女の口から出た言葉のせいでもあった。
「……人間に実験台にされたって……みなにゃん、それは……本当なのか?」
恐る恐る聞いてみると、彼女は俺達から背を向けたまま喋り始めた。
「……もう何万年以上と昔の事……といっても、貴方からすればつい数十年前程度の事なのかもしれませんね。トラックに轢かれた私は、死に……その後、私の魂は、この世界へ送られてきました。今から何万年以上も昔のこの世界、この大陸には……人も魔族も誰も住んでいませんでした。けれど、1人だけ……この大陸にたった1人だけ人間が住んでいました。その人は、世界中を旅する人で、ある時船で移動している時に嵐に遭ってしまい、死んでしまいそうになっていました。しかし……その人には、他の人にはない不思議な奇跡の力が備わっていたのです。その人は、海の中に溺れて死んでしまいそうになる直前で、謎の光を見たと言います。……そして、気が付くとこの大陸についていたのです。その後、彼は現在のクリストロフ大陸で過ごすようになり、その時に神と出会ったと言います。彼は、恐れ多いという理由から神様の住む南西側へは、立ち入らないようにし、人間である自分は、寒さで土地も細く、住むには少し厳しい北東部でひっそり暮らすようになりました。しかし、やはり次第に生活は過酷を極めます。ある時、その人は再び自らの命の危機を感じ、この危機を乗り越えるために神へ祈りを捧げます。……そして、その時に……その人の持つ奇跡の力が発動し、こことは違う別の世界から様々な人々が送られて来たのです。……その奇跡の力こそ……」
みなにゃんが、少し間を置いた時、俺の脳裏にある大魔法の単語がうっすらと現れる。
「……まさか、異世界転移の魔法か!?」
みなにゃんは、首を縦に振った。
「はい……。しかし、当時の転移魔法は、まだ不完全でした。今よりも魔法の技術が進んでいなかった事もあって、異世界から人を呼ぶには、魔法そのものが不完全だったのです。なので、その時……その人が異世界から呼んだ大勢の人々は、そのほとんどが、既に亡くなって魂だけの状態となっているか、あるいは死にかけの状態となっており、しかも魔法が不完全であるせいで、私達の住んでいた故郷の世界のあらゆる時間軸から人間を呼んだせいで、たった一度の召喚で転移魔法は、使えなくなってしまったのです。ほとんど死体だらけが送られてきて絶望した彼ですが……その後に、彼はもう一度自分の奇跡の力を使ったんです。……それこそが、死んだ人間の魂を蘇らせる魔法でした。彼は、最初に……送られて来た人間達のうち最も美しいと思った女性に復活の奇跡を与えました。その女性は、見事に復活を遂げます。そして、その後に彼は残りの全員を復活させるために全員を一気に自分の持つ奇跡の力で一変に復活させようとしました。しかし……それが良くなかったんです。奇跡の力は、うまく行きませんでした。私達は、元には戻らず……多くは、死んだままか……または、醜い姿に変えられてしまい、人ではない別の生き物となってしまったか……そして、もっと酷いのは……私のように肉体は、戻らず魂だけが永遠の存在となってしまった存在でした」
「……魂だけ?」
「はい……。私のような人間は、肉体が戻る事はなかったのですが……魂だけは、一生亡くなる事のない状態となってしまいました。ですので、私達のような魂だけの存在は、後に彼が亡くなる前に奇跡の力を少量だけ頂きました。そして、言われたのです。それぞれ……この土地のあちこちにある自然を守るためにその自然の中に宿りなさい。……と。私は、彼からこの湖を守るように言われて、それで……何万年も昔からこの湖を守り続けてきました」
「……」
なんて、壮大な話なんだ……。じゃあ、俺の好きなみなにゃんは、俺が知らない間の何万年という時間の中でずっと……。
「……こうして、同じ人間と話ができるというのは、良いですね。とっても楽しいです……。そして、人であった頃の私を知ってくれている人がいる事の喜び……懐かしいなぁ。……もう一度、踊りたい……あのステージで……」
「……!?」
みなにゃん……。俺の大好きだった推しのアイドル。彼女は、この世界に飛ばされてきて散々な目にあって、今ではもう昔のようにアイドルとして踊る事もできない。……みなにゃんは、昔インタビューの時に言っていた。アイドルは、自分の夢だったと……。ようやくの思いでなれたのに死んでしまって、復活できるかと思ったら、今度は二度とダンスする事もできないだなんて……。
すると、みなにゃんは続けて言った。
「……今、この世界に生きている人間や魔族が、魔法を使えるのは……この大陸に初めてやって来たあの方のおかげなんです。あの方の奇跡の力が……この大陸のあちこちで精霊として眠っている我々から魔力が放出されて……空気の中に溶け込んでいき、そしてそれが次第に人々に科学ではない魔力を授けた。……この世界で魔法文明が栄えたのは、そう言う事なんです」
「あの方……。それって、一体誰なんだ?」
興味本位に俺がみなにゃんに聞いてみると、彼女は人差し指を唇の前において悪戯な笑みを浮かべて言った。
「……それは、教えられません。名前は、言わないようにって……その人から言われているんです。ただ……ヒントになるかは、分からないけど……その人は、ずっと昔にこの世界で生きていて……この世の楽園──エデンを探す冒険をしていたらしいですよ。私達人間が、もう一度神々の作った楽園に帰って来られるように……。それだけは、よくあの方も言っていました」
――エデン……。なんだか、急に壮大な話になってきたな……。みなにゃんは、続けた。
「……あの方の血筋は、今でも残っているようです。……それこそが今、この国を支配している王家……クリストロフであると言われていますね。まぁ、真相は分かりませんけど……」
クリストロフ王家が……ね……。いや、でもそれだとおかしい。俺は、みなにゃんに告げた。
「……前に魔王アブシエードから聞いた話だと、元々この地には魔族がいて、後から人間がやって来たという話しだったが、それはどういう事なんだ?」
すると、ミナは告げた。
「……あぁ、それも決して間違ってはいませんよ」
「……どういう事だ?」
俺が尋ねると、ミナは早速説明を始めてくれた――。
「さっきも言った通り、私達は転移に失敗して魂だけの存在となりました。つまり、この地で最初に暮らしていた人間は、あの方とあの方が気に入った女性の2人だけです。その2人は、時とともにやがて死に……そして、その後に魔族がこの大陸で暮らすようになり、そして……あの箱舟が人間や動物を連れてこの大陸へやって来るんです。ですから、魔王様の言っている事も嘘ではありませんし、魔族の視点から見ればそう言う事になりますね……」
なるほど……。なんだか、本当に色々ゴチャゴチャした世界観だ……。難しい話だぜ。しかし、みなにゃんの話は、きっと本当だろう。この人……いや、精霊は、嘘を言っているようには思えない。
彼女の語った話は、全て事実だ。だとすれば、本当に……俺の知らない間にみなにゃんは、これだけ苦しんでいたという事になるのか……。
精霊……。その存在が、一体何であるのか? 今までよく分からない事も多かったが、今日で少しだけ理解できた気がする。何より、衝撃的だったのは精霊も同じ人間であると言う事だ。
俺達は、精霊ミナとの話を終えた後、すぐに涙を受け取ってその場を去る事にした。ミナは、去り際に俺達に言ってきた。
「……久しぶりに沢山話が出来て嬉しかったです。ありがとうございます! また、いつか……私の元にいらしてくださいね。杖の勇者様……」
「あぁ、俺は不死身だからな。いつでも会いに行くとも……」
すると、ミナは最後に意味深な事を俺に言ってきた。
「……えぇ。どうか……最後まで無事にこの戦いを乗り切ってくださいね。それから……ルアの事をよろしくお願いします。」
「え……?」
「それでは……ファイトだにゃん!」
そう言ってミナは、湖の中に戻って行ってしまった――。