序章
クリストロフ王国西部末端の港に到着し、私=エッタとアイくんは、再び故郷の地に足を踏み入れる。私達が、上陸した時、周りに人はいなかった。出向前は、あんなに人で賑わっていたのに……。
それよりも私とアイくんは、旅発つ事ができなかった事に苛立ちを感じていた。私達は、やっと戦いから解放されて、ようやく平和に生きる事ができると思って旅をする事を選んだつもりだった。それなのに……。
「……やっぱり、逃げられないんだね。俺達……」
アイくんが、寂しそうな表情でそう言った。彼は、空を見上げていた。そして、続けてこう言った。
「……どれだけ逃げようとしても追いかけてくる。俺達は、この国からは、絶対に逃げられないんだ。俺が……勇者の力なんて持っているせいで……」
「アイくん……」
けど、この力のおかげで今も私達は、無事に生きていける事ができている。きっとそれは、当の本人も分かっている事だろう。しかし、それでも……アイくんの気持ちも分かってしまうから余計に辛い。
私は、何とか彼を元気づけるために言葉を振り絞った。
「……でっ、でも今度は……記憶を失くさなくなったじゃん! アイくんが、戦っても……アイくんの記憶は消えなくなった! それなら……この前みたいに……もうならないんだし……。それなら……」
「エッタ……さん」
アイくんは、私を見ていた。彼のその瞳と私は、目が合い……次第に私達は、引き寄せられていく。身を寄せ合い、互いに……少しずつ近づいて行く。
しかし、その寸前――。
「……それは、ちげぇな! 嬢ちゃん!」
後ろから私達に声をかける人がいた。私とアイくんは、慌てて距離をとって、後ろを振り返って見ると……そこには、船の操縦を終えた船長さんの姿がそこには、あった。
彼の姿を見つけてすぐにアイくんは、船長さんに告げた。
「……アンタ、何者なんだ! どうして、俺達を助けた! いや、そもそも……どうして俺の力の事について知っている?」
すると、船長さんはヘラヘラ笑いながら丸い水筒を片手に冗談交じりの言葉で告げた。
「……そりゃあ、知ってるさ。お前とあの素っ裸の姉ちゃんの話を聞いていればな! 何となく魔力だけでも分かるってもんよ」
「いいや、それにしても可笑しい! そもそもさっきまで俺は、魔力をなくしていた。それなのに……どうして俺の力の事なんか……」
アイくんにそう言われて船長さんも困った様子で溜め息を吐いた。彼は、水筒に入った水を飲み干してから仕方なさそうにしていた。
「……ったく、しょうがねぇか。まぁ、あんな事があった後だ。誤魔化そうとしても無駄ってわけだな。……どうだい? そこの姉ちゃん、俺の水……飲まないか?」
急に船長さんは、話の途中で私に話を振って来た。びっくりした私が、しぶしぶ断ろうと首を横にぶんぶん振ると船長さんは、素っ気ない感じで返事を返して来た。
「あら? そう……。残念! こんなに別嬪さんの人と間接キスできたら何より最高だったのに……。あーだったらさ、綺麗な姉ちゃんや……連絡先とかは……? または、俺とこの後、何処か泊まったりとか……または、悩みとかあるんなら話でも聞いたげようか?」
船長さんが急にグイグイ来るのに私は、少し引いてしまった。何というか、本当に急にグイグイ来られるものだから……私もただ首を横に振る事しかできない。
すると、そんな船長さんに対してアイくんが、少し怒った様子で彼の胸ぐらを掴んで言った。
「ふざけるのも大概にしろ! 質問しているのは、俺だ! 後、エッタに近づこうとするな……。俺が、許さない!」
「アイくん……」
彼の言葉を聞いて船長さんは、少しだけ呆れた様子でつまらなさそうに溜息をついたりしてはぐらかそうとした。
「……うるせぇな。分かってるよ……。ったく、痛い事すんなって……海に落ちたらどうすんだよ! 俺、泳げねぇんだぞ! ……それより今を楽しもうぜ? んな! そこの姉ちゃんと俺達2人でさ!」
と、船長さんがそう言った次の瞬間にアイくんは、魔法陣を展開し、その中から金色の槍を取り出した。彼から発せられる殺意……それは、まさしく本物だった。アイくんは、鋭い声で告げた。
「……いい加減にしろ。教えないのなら……この場でアンタを殺したって良いんだぞ……」
「ちょっ! 待ってよ! アイくん! ダメだよ!」
私が、彼にそう告げるとアイくんは、少しして槍を収めてくれた。その様子にホッとする私。すると、船長さんが、急に意味深な事を言い始めたのだった。
「……そうだ! あんまりこう言う所で無駄に力を使うんじゃない! 後で痛い目見るぞ!」
「え……?」
その言葉に私もアイくんも一瞬困惑した。痛い目? この人は、何を言っているのだろう……。アイくんが、尋ねた。
「……アンタ、一体何者なんだ? どうして、俺の力の事を……知っている?」
すると、船長さんは告げた。
「……知ってるも何も……そりゃあ、ソイツは元々俺のものだったんだからな!」
「え……?」
「なんだと!?」
私とアイくんは、困惑した。……ソイツって、この人が言っている「ソイツ」は……もしかして、この槍の事……。まさか、それって……。
次の瞬間、船長さんは、帽子を被り直しながら私達に衝撃の一言を放った――。
「……俺の故郷は、アメリカ。本名は、サンダンス・キッド……。この世界での名前は……槍の勇者。お前の前に勇者をやっていた男よ」
「……前にって……まさか、それって……神話の時代に!?」
アイくんは、目を丸くしていた。当然だ。私だって信じられない。でも、船長さんは続けて言ってきた。
「……あたぼうよ! 神話の時代にその名を轟かせた先代槍の勇者様こと、サンダンス・キッドとは……俺のこったな!」
船長さんは、キャプテン帽を取り、短い金髪の髪の毛をかきあげた。そして、ちょっとだけ生えた髭を触りながら続けてこう言った。
「……分かったら先輩の言う事には、ちゃんと耳を傾けやがれ。後で痛い目みるのは、お前なんだぜ? 二代目くん」
「先代の槍の勇者……アンタが……でも、どうして……神話の時代って、今から物凄い昔のはずだろ? そんな時代の人が、どうして今も生きてるんだ……」
アイくんが、そう言った次の瞬間にサンダンスさんが、キャプテン帽を被り直して告げた。
「……話しは、後になりそうだな。どうやら、囲まれたみたいだ」
「え……?」
次の瞬間、港のあちこちから騎士達が姿を現してきて、私達に剣や杖を向けて来ていた。騎士達の存在に今更気づいた私は、すぐにアイくんの後ろに避難。アイくんも気づいたばかりで、すぐに槍を構える。すると、サンダンスさんは、アイくんに告げるのだった。
「……力をあんまり使うなと忠告した後に申し訳ないんだが……今回は、特別だ。今の俺達には、選択肢が2つあるが……泳いで逃げるという選択肢は、俺にはない。なぜなら俺は、泳げないからだ! というわけで……選択肢は1つ。ここでコイツらを倒すだけだ。すまないが、お前にも協力してもらうぜ? 二代目くん」
「……構わないさ。今の俺は、もう記憶の心配がないんだ! 存分に戦えるってもんだ!」
アイくんは、逞しい声でそう言う。しかし――その隣で、サンダンスさんは、少しだけ暗い顔になって呟いていた。
「……記憶の心配……ね……」
かくして、先代勇者サンダンスさんと出会い、アイくんとサンダンスさんは、追手の騎士達と戦う事になったのだった――!