聖女マリア編⑥
――その日の夜。フォルクエイヤの町付近の畑が広がる農村地を私=シーフェは、ジャンゴと共に馬で一直線に駆け抜けていた。この辺りは当然、灯りなどないため馬を操縦するジャンゴの後ろで灯りをともしていた私が、彼にシャイモン邸への道を教えていた。
「……そこを右に曲がって! そこからは、ずっと真っ直ぐ」
手綱を勢いよく馬に叩きつけて、ジャンゴが馬に命令を下す。私達は、闇夜を突っ切る物凄い馬力で走る馬に乗りながらシャイモンの屋敷を目指した。
周りの畑の景色が闇と灯りが合わさって共に線のような景色となって見える。
クリストロフ王国西部は、日中は乾燥した気候で熱い。日差しも強いため、多くの人は帽子を被る。特に肉体労働をする男達などは、帽子の着用をしていないと熱中症で倒れてしまうくらいに日中の熱さは、まさに地獄のようだった。
しかし、反対に夜になると気候は大きく変動する。日中照り付けていた太陽は、一体何処へやら……。気づくと辺りは、真っ暗な闇に覆われて、気温は一気に下がる。そのため、西部に住む者達は皆、長袖を着用している。それは、強烈な太陽光から肌の日焼けを守るためでもあり、また寒い夜を乗り切るためでもあった。
私達は、帽子が風で吹き飛ばされないように片手で抑えながら、そんな寒い夜の西部を馬で走り抜けていた。
馬が全速力で畑の少し湿った泥の上をかけていき、足跡をあちらこちらにつけていく中、私達のずっと後ろでは、例の棺桶が農場の土の上で、ぐちょぐちょと音を立てながら引きずられている。流石に2人乗りでは、棺桶を馬に乗せて走らせる事などできないので、馬具に縄を括りつけて、棺桶を引きずりながら走らせているのだ。当初は、これでは馬の速度が落ちてしまうのではないかと心配になったが、そんな事はなかった。この馬は、相当パワフルで棺桶の重さなど全く感じさせないくらいに速く走っていた。
――相変わらず、もしも……あの棺桶の中に人でも入っていたら……死者を冒涜した罪で即刻、死刑にされそうだ。私達は……。
と、1人頭を抱えて思いながら私は、ふとジャンゴに尋ねる。
「ねぇ、貴方……本当に大丈夫なんでしょうね? たった1人で」
風に靡く髪を手で抑えながら私は彼に尋ねる。するとジャンゴは、相変わらず抑揚があまり感じられない低くクールな声で私に言ってきた。
「……大丈夫だ。作戦もある」
彼は、そう言うと更に馬の尻を手綱を使って強く叩き、全速力で走らせた。
――本当に大丈夫なんだか……。
心配ではあったけど、でもきっともう……ジャンゴは、自分の気持ちを変えてはくれないのだろう……。そんな事を思いながら私達は、先へ進んだ。
……そんなこんなで疾風怒濤の馬力により、私達は思っていたよりもかなり早くにシャイモンの大きな豪邸に到着する事ができた。
初めて見る大きな豪邸や家の前に広がる大きな庭の様子を眺めて私が、感動しているとその傍では、特に感動などしないで黙々と馬を降りて準備を始めていたジャンゴの姿があった。
彼は馬から降りて早速、馬具につけていた縄を解き、地面を引きずっていた棺桶を自分の所まで引っ張るのだった。
そして、棺桶を開けると彼は、早速中に入っている大きな鉄でできた武器や弾丸を自分の体のあちこちに身に着けていく。
……しばらくして、彼が武装準備を終えた様子なのを確認すると私は、馬から降りてジャンゴに告げる。
「……屋敷の構造は、説明した通り。シャイモンは、おそらく……3階の部屋にいると思う」
「ありがとう。助かった。それにしても……よくそこまで色々な事を知っているな」
「当然でしょう? 私は、情報屋よ。私の知らない情報なんて……この世に1つもないんだから!」
決戦前の緊張する所であるとはいえ、最後にこうして話ができて少し嬉しかった。もしかしたら、彼とこうして話ができるのもこれが最後になるかもしれないから……。そう思うと、たった1日限りの出会いであるにも関わらず、少し寂しい気持ちにもなる。
すると、ジャンゴはジャケットの内ポケットの中から折りたたまれたお札を何枚か取り出し、それを2、3枚渡してきた。
「……それは、今回の依頼の報酬だ。ミルク10杯くらいは、それで飲めるだろう。ここまで案内してくれてありがとう。後の事は大丈夫だ。他の奴らに見つからないうちにお前は早く町に戻るんだ」
「え? あ……うん」
お金を受け取ると、そこから彼は屋敷の前の大きな門へ一直線に歩いて行った。そして、大きな豪邸を見上げて、しばらくの間何も言わずに立ち尽くしているのだった……。
馬にもう一度乗ると私は、すぐに町へ戻ろうとしたが、しかし暗い畑道の果てを見つめた後、まだ門の前で立ち尽くしているジャンゴの方に一瞬だけ視線を向けた。
「……ねぇ! 最後に聞かせて! 貴方の言う作戦っていうのは、どんなものなの?」
興味本位に聞いてみた。すると、彼は手に持っていた大きなハンドルのついたガトリング砲を肩の上にのせてから私を見つめて言った。
「……強行突破だ」
刹那、彼はくるっと体を反転させて大きな門の錠前に向かって、ガトリング砲を一発だけ撃ち込む。たちまち門の鍵が破壊されるや否や彼は、大きな門を片足で蹴り飛ばし、敷地内へと入って行った。
すると、その瞬間に物凄い勢いで屋敷中のあちこちから待機していた魔法使い達が、ぞろぞろとジャンゴの前に集まって来る。
――昼間に奴隷市場の前で私達の元に現れた紅い頭巾を被った大きな杖を持つ魔法使いの連中だった。
真ん中に立っていたリーダーらしき紅い頭巾を被った男が、ジャンゴへ告げる。
「……止まれ! 貴様、昼間の野蛮人だな。これ以上先へは行かせん!」
ジャンゴは、彼らの圧倒的な数とヒシヒシと感じる圧にビビったりせず、いつものクールな調子で告げた。
「シャイモンに会いたい。通してくれ」
「シャイモンさんは今、大事な要件中だ。今日は、新しい奴隷を手にしたせいで色々と忙しいのだ。分かったらさっさと帰れ! 今ならまだ……見逃してやらんでもないぞ」
紅頭巾の男にそう言われてもジャンゴは、全くその場からピクリとも動こうとしなかった。彼は、男達の前に突っ立ったまま不気味に嘲笑しながら、むしろ逆に一歩……だけ前に出るのだった。
「ふふふ……」
「なんだぁ? 何がおかしい!? 貴様! 止まれと言ったはずだ。今すぐ立ち去れ! それとも魔力なしで……俺達全員に挑むというのか? 見た感じ、魔力の匂いもしない無味無臭の無能な奴隷のなり損ないみたいだが……お前、杖も持たずに……そんな装備で俺達相手に、大丈夫なのかなぁ?」
紅い頭巾を被った魔法使い達は皆、次々と笑い出した。彼らは、完全にジャンゴの事を舐めた態度で、しかも彼に魔力がない事にも気づいた様子で、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
――実際、アイツらの強力な魔力の香りが、私のいる門の外へまで匂ってきていた。やっぱり、彼は全員相当強力な魔法の使い手か……。
大きい杖もただの飾りではないみたいだ。
すると、端っこに立っていた紅い頭巾を被った男の1人が真ん中に立っていたリーダーらしき人物に話しかける。
「なぁ、隊長さんよぉ~、この”クズ”……俺達の言葉が分からないんじゃないかぁ? 魔力がないからどうせ、ろくな教育も受けてこなかったんだぜ? んな奴に話しかけても無駄だ! ゴリラと人間は、喫茶店でお茶なんか飲まないだろ~?」
ケッケッケッ……と、男が甲高い声で笑いだすと、便乗するように周りにいた紅頭巾の魔法使い達もジャンゴを小馬鹿にしたように笑いだす。
私は、その光景を後ろから見ていて、心が痛くなった。
少しして、仲間達と一緒に笑っていた赤い頭巾を被った男達のリーダーが、告げた。
「……それもそうだ! お前ら、杖を構えろ! そこに突っ立ってる人の形をした害虫を駆除する!」
彼らは、命令されるとすぐに杖を構えて、両手に持った杖の先に小さな火の粉や静電気のような小さい雷の姿を形成。それらを大きく強く練り上がっていく。その魔法の錬成スピードや威力の高さは、尋常ではない。
通常、両手で持つような大きな杖は、普段の私達が腰に装填しているような小さい杖と違って魔力を込めれば込めた分だけ強大で広範囲で強い魔法を撃つ事ができる。
しかし、弱点として魔法を放つまでの魔力の錬成に時間がかかってしまう。また、基本的に大きな杖を持てるのは、体内の魔力量が大きい者のみのため、普通の人は持つ事ができない。
以上の理由から一般の人々は皆、小型の短くて細い木の枝のような杖を腰に装填しており、こちらの方がコンパクトで且つ、魔法を早撃ちする事も簡単にできる。威力が落ちてしまうのと、魔法を放つ範囲がかなり狭まれてしまうという弱点はあるが、ちょっと離れた所にいる人を狙い殺す程度なら小さい杖で十分なのだ。
しかし、あの頭巾の男達……通常、大きい杖で魔法撃つまでにかかる時間が、おおよそ5秒程度であるのに……彼らは、それよりも早い。
――数えた感じ、2秒程度でもう魔力の錬成が終わっている……。確かにコイツらは、強い! しかも……その数は、ざっと……50人以上はいる!? 昼間の時より明らかに多い……。こんな数のを一斉に受けたら……今度こそジャンゴは……。
「ジャンゴ……!」
遠くでそう叫んだ私だったが、しかし――。これから大魔法が一斉に炸裂するという状況なのにも関わらず、ジャンゴは相変わらず、いつもの余裕そうなドライな雰囲気を崩したりはしていなかった。彼は、魔法使い達を嘲笑うかのように厭らしい微笑みを浮かべていた。
「……ふふふ」
これに対して魔法使い達は、とうとう我慢の限界と言った様子になり、リーダーの魔法使いが告げた。
「……ええい! この低能め……まだ分からんのか……貴様はこれから死ぬかもしれないというのに……。くそぉ! ムカつく顔だ。奴隷の分際で、俺達を馬鹿にしたようなその顔……! 全員撃て! 一斉攻撃ィィィィィィ!」
魔法使い達が、魔法を放とうとしたこの瞬間にジャンゴは告げた。
「……低能は、テメェらだ。昼間の戦闘から何も学んでいないようだな……。1つ、レクチャーしてやる。耳に残ったクソを取り除いて、しっかり聞くんだな」
「なんだと……!?」
「……”銃は、魔法より強し”だ」
――刹那、一斉に炎や水流、雷などの魔法攻撃の数々が放たれる中、ジャンゴはガトリング砲を魔法使い達に向けて、そのハンドルを物凄い勢いで回した。
途端に、彼の放った無数の弾丸が……魔法使い達の撃った魔法よりも先に彼らの身を次々と貫いていき、彼らの体から生々しい深紅の色の血飛沫がそこら中に、はねかしていた。
魔法使い達が、倒れると彼らの撃った火や水、雷などの魔法も次々と実態が消滅していく。
――明らかに魔法の方が、秒単位で先だった……。魔法使い達の攻撃の方が、どう見ても先だったのに……。それなのに、ジャンゴのガトリング砲は、紅頭巾の魔法使い達が魔法を撃った後に……彼らの魔法が当たるよりも先に敵を撃ち抜いている……。
「早すぎる。あの銃という武器……早すぎる!」
――いや、単に銃の弾丸が早いだけ……という感じもしない。これは彼の……ジャンゴの力。魔法よりも早い攻撃を仕掛ける事ができるジャンゴの圧倒的無敵の反射速度と正確無比な狙撃によるもの!
魔法とは、術者が死ぬとその実態も失われていく。シャイモンの家を守っていた紅い頭巾の魔法使い達は、次々と弾丸に撃たれて死んでいく。それと同時に次々と、空中に浮いたままの状態で彼らの魔法もその姿を消滅させていった。
……とうとうジャンゴは、ほとんどその場から動く事なく、庭先に出て来ていた魔法使い達をほぼ壊滅させていた。
仲間達がやられている様子を見ていたシャイモンの部下の魔法使い達は、大慌て。彼らが、大声で家の中にいる他の仲間達に叫んでいる様子とその声が、門の外にいた私にも聞えてきた。
「……侵入者だぁぁぁぁぁぁぁ! 第一隊が壊滅させられたぞ!」
屋敷の庭が薔薇色に染まった頃、庭に出て来ていた魔法使い達の大半を撃ち抜いたジャンゴは、そのままガトリング砲を両手で構えた状態でゆっくりと屋敷へ向かい、そして屋敷の中にまだいる敵の魔法使い達に告げた。
「……今日は、出血大サービスだ。この場にいる奴ら全員に……特別講義をしてやる。分かったら、とっととシャイモンの所まで案内しな!」
私は、そんなジャンゴの様子を見届けると屋敷に背を向けるのだった……。
*
数時間前、シャイモン邸。シャイモンの自室にて、今日からあの男に仕える事になった私=マリアは、先輩の奴隷の子からご主人様の御呼びと聞き、固まっていた。
未だに、現実を受け止めきれず、呆然としている私に先輩達は、勝手に私の着ていたボロボロの布切れを脱がして、全く別の服に着替えさせた。着替えの最中に私は……耳たぶを触って擦っていた。
耳には、今まで一度も開けた事のなかったピアスの穴が開いている。……これは、この屋敷に来てすぐにシャイモンが開けた穴だった。ついさっきまで血も出ていたが、今ではすっかり治っている。あの時、耳元でシャイモンの囁いた言葉が脳裏に思い出される。
「……その穴は、前座だ。これからお前の体に……しっかり刻み込んでやるからなぁ」
思い出すだけでも寒気がする。既に大切な何かを失ってしまったような気分だ。私は……。すると、十字架を胸につけた谷間が強調された薄着を着た女の奴隷の先輩が、私に告げた。
「……準備ができたわ。さぁ、いってらっしゃい」
彼女の目は、完全に死んでいた。死んだ魚という言葉が本当にふさわしい位、その瞳には一切のハイライトがない。おそらく、この人もシャイモンと……。
私もこうなってしまうのか……と思うと、足がすくんでしまう。……怖い。耳を開けられた時よりもっと痛いのだろう……苦しいのだろう。ただひたすら怖かった。
鏡の前で自分の格好を見てみると、そのあまりの恥ずかしさに私は、顔を両手で隠し、シャイモンのいる部屋まで行けなくなってしまった。まるで、目の前に立っているのが自分ではないみたいな恰好。した事もなかった化粧。……今、鏡の前に立っている自分の姿に私は、驚きとショックを受けた。ここで、ようやく自分はもう聖職者ではなくなったのだと、嫌でも自覚させられた気分だ。
――こんな格好で行かなければならないなんて……。
そう思っていると、私と同じように肌を多く露出した格好をしていた先輩の奴隷に横から耳打ちされた。
「……良い? する前に必ず、この言葉を言うの。そうしないと、旦那様は怒って貴方にキツイ拷問をする。そんなのより、気持ちいい方が良いでしょう? だから、今から言う言葉を覚えておいて……」
そうして、囁かれたセリフを胸に秘め、やがて私はあの男のいる場所へと向かって行った。どちらかというと、貧しい家に生まれた私にとって初めての豪邸と言う事もあって、全然全く何処にどの部屋があるのかを最初は、把握できなかった。しかし、屋敷をあちこち歩いているうちにこの家の1~2階が、部下の魔法使い達の暮らしているエリアで、それより上の階は全てシャイモンのものであるという屋敷の構造は分かってきた。その影響か自然と、あの男の部屋が、3階に上がるとすぐに分かった。
大きなドアがある部屋で、3階……いや、屋敷の何処よりも広そうな場所。すぐに私はドアをノックして中にいるシャイモンに声をかけると、部屋の中から「入れ」と言う男の声が返ってきた。
「……しっ、失礼いたします」
ドアを開けて中に入ると、広い部屋の向こうで揺りかごのように揺れる椅子に座って寛ぎながらワインを嗜んでいるシャイモンの姿が見えた。その男は、私がこれまで見てきた誰よりもお酒を美味しそうに飲みながら私の姿を見て、とても厭らしく口元を吊り上げて、ねっとりとした笑みを浮かべながら言った。
「……おぉ~。かなり似合っておるなぁ。マリア……。ぐふふ……」
男にいやらしい視線を向けられる事が私は、とても恥ずかしかった。こんな格好をさせられるなんて……今までの人生の中で一度として思いもしなかったのだ。
まるで、娼婦が着るような踊り子の衣装で、布の面積は大変少なく、谷間や足全部、お尻までくっきりと丸見えになっている。手足にヒラヒラついた薄っぺらい布も透けているせいで私の肌を何一つとして隠せておらず、服の本来の役割を全く果たせていないと言えた。
必要最低限というには、あまりにも布地の少なすぎる極薄の紐と少々の布で構成されたパンティーを履き、耳には今まで開けた事もなかったピアスの穴を開けられ、ルビー色の綺麗な小さなダイヤモンドのような形をした耳飾りをつけさせられ、首元につけられたチョーカーからエメラルドの色をした丸い宝玉のようなものを身に着け、手首にはブレスレット、足にも鎖の外れた足枷がつけられた状態になっていた。
人生の中で、こんな露出の激しい格好をした事なんてない。それに……耳に穴を開けられた事も一度もなかった。まるで、神を冒涜しているような気分。とても気持ち悪い。
――まだ、何もされていないのに……。
すると、ドアの前でモジモジしていた私に、どっかりと椅子に座ったシャイモンが話しかけてきた。
「……ん~? どうしたのだ? さぁ、こっちにおいで。その綺麗な体をもっとワシに見せとくれ」
そのねっとりした声が私の耳に木霊して……不快感が加速する。今すぐ消えて、なくなりたい気分だ。しかし、こうなってしまえば私に逆らう権利などない。今の奴隷に落ちた私が……シャイモンの魔の手から逃れる事など絶対にできない。
「……失礼致します。シャイモン様」
そうして、あの男の元へ行こうとしたその時だった。突如、シャイモンが首を横に振って告げてきた。
「違う違う。教育がなっとらんなぁ。良いか? 儂の事は……ご主人様か、旦那様と呼びなさい」
彼が、目線で私に「さぁ言え」と合図をしてくる。私は……恥ずかしさと屈辱的な気持ちで心がいっぱいになった……。しかし、それでもこの男には今、逆らう事ができない。反抗しようものなら殺されてしまうかもしれない。だから私は……自分の思いを押し殺して告げた。
「……はい。ご主人様」
「ふむ。まぁ、良いだろう。本当は、旦那様と呼んでほしかったが……これも悪くない。なぁに、これからじっくり教え込めば良いしのぉ。さて、では早くこっちへ来るのだ。マリアよ」
「はい……。ご主人様」
男の傍まで来ると、途端にシャイモンは私の手を力強く引っ張って来て、私の肩に手を伸ばし、抱き寄せるようにして膝の上に私を乗せた。彼のごつごつしていて大きなゴリラのような手が厭らしく、ふわりと私の肩を優しく撫でて……もう片方の手では、太ももを舐めまわすように撫でていた。その手つきは、あまりに厭らしく、少しくすぐったさを感じたが、私は必死に笑う事を堪えた。すると、男は厭らしい目つきで私の体を見つめて言った。
「……ううむ。これは! なんと……素晴らしい。至上……いいや、極上。うむ、極上の女体。ううん……美しい。それに……この髪の毛の香り……何もかも全てが男をその気にさせるためだけにあるようだ。素晴らしい……」
シャイモンは、私の髪の毛を香りをまるで、花でも楽しむ時のように鼻で大きく空気を吸い込みながら私の肌の感触や温もりを楽しんでいた。彼の厭らしい手つきがくすぐったくて、それでも何とか声を出さないように私が、耐えていると彼は更に告げてきた。
「……やはり、見込み通りだ。初めてお前を王都で見かけた時から……ずっとモノにしたかったのだ。にゅほほふ……このスケベな体……吸いつくような肉感。瑞々しい手触り。ワシだけの奴隷に落としてやったというのに……未だにまだ、髪の毛からシャンプーの良い香りがするのぉ。……いや、シャンプーだけではないか。2週間風呂に入れさせなかったのだ。お主の獣のような体臭、汗の匂い……若干、汗疹もできて汚らわしさも増した体……。どれを取っても素晴らしい! ……やはり聖職者を落とすのは……たまらないなぁ。こんな豚のように匂う女が昼間の町におるか? そんな姿じゃ……もうお前は、教会へ行く事などできまい。お主は、ワシだけのモノじゃ」
興奮するシャイモンの鼻息は、どんどん荒々しくなっていき……そして下半身の……私のお尻の辺りに当たっている物も……どんどん膨れ上がっているのが分かる。彼は、その荒い鼻息を私の耳に吹きかけながら囁くような声で告げた。
「……さぁ、それでは言って貰おうか? 2人だけの時間を過ごすために……さぁ」
――あの言葉か……。
私の脳内で、例の言葉が浮かび上がって来る。……ここへ来る前に、この屋敷にいる先輩の奴隷から聞いたとあるセリフ。恥ずかしくて……口にも出したくないが、しかしこのシャイモンという男は、これを言わないと満足しないらしく……このセリフの後でないと行為に至らないのだとか。何とも、言わなかった者には、想像を絶する苦痛と共に拷問……。下手をすれば、殺されてしまうのだという……。
「……ん~? どうしたのかのぉ? 早く言わんと……どうなるか分かっておるよのぉ?」
あのセリフを……あんなに恥ずかしいセリフを……聖職者として生まれてきた自分が生涯一生言うはずのなかったセリフ。
――ただ、町の皆のために尽くしていただけなのに……。ただ、神を信じてこれまでの人生を歩んで来ただけなのに……。まるで、その全てが間違えだったかのような……一瞬で私の人生の全てを裏切られたような気分だ。私は、ただ……。
「どうした? マリア? ……ん? ぐふふ……」
突如、シャイモンの口元が厭らしく釣り上がって、彼は今までにない位ゲスな笑い声をあげて、告げるのだった。
「……良いのぉ。良いのぉ。……その顔。やはり、聖職者を落とすのは、格別じゃ! 神を信じる事しか能のない……私は、真面目に頑張って来たのにと……祈る事以外大して何もしてこなかったような低能娘が……地に落ちたその顔。その瞳……! たまらないなぁ。本当にたまらない。エキサイティングだ。心がエキサイトしてしまうよ。……お前は今、おそらく自分の過去を走馬灯のように思い出して、私は一体何がいけなかったのだろう……なんて振り返って、今更1人反省会を開いている所であろう?」
「え……?」
当たっている。完全にその通りだった。すると、シャイモンは楽しそうで愉快な顔で告げてきた。
「……ほれなぁ。分かるのだよ。ワシは、今までお前のような生真面目ぶった聖職者の娘を数多く落として来たのだから……どいつもこいつも、最初はそういう風に絶望して……仕方なくワシに体を預ける。しかし、現実の前には無力ッ! 愚かにも皆、目の前の快楽からは逃れられず、最後はワシに使われるだけのメス豚となるのだ」
その時、私の脳裏に先程、この踊り子のような衣装を着せてくれた奴隷の女の人達の姿が思い浮かぶ。彼女達の首からは……確か十字架がつけられていたような……。まさか……!?
「気づいたか? 今更……。ワシはのぉ、元プリースト以外の女の奴隷は買わないのじゃ。今、屋敷で働いている女の奴隷も皆、ワシが根回しして……やっとの思いで奴隷に落とし、ここまで連れてきた者達じゃ。……いやぁ皆、落とすのが大変じゃった。ありとあらゆる手段や賄賂を使って奴隷商人達を巧みに操り、ワシだけの最高の奴隷を勝ち取る。そして、落とした女どもを絶望させ、じっくりゆっくり落としていく。身も心も心酔させる。聖職者というのは、真面目な者が多くてのぉ……じゃから、一度落としてしまえば後は、もう止まらぬ。これまでの反動で欲望を貪り尽くすだけのメスに仕上がるのじゃよ」
「……そんな…………」
「うんうん! その顔と、その反応……。フェーズ2に移行したのぉ。ここからが、また楽しいのじゃよ。……さぁ、次のステップに行くためにも……あの言葉を言ってごらんなさい。お前の先輩から言われたあの言葉じゃ! もし、言わなければ……分かっておろう?」
シャイモンは、椅子の下に隠していた自分の細く短い杖を取り出し、それを私の胸に思いっきり強く当てて、グリグリとほじくるように動かす。
「……ん//」
つい、変な声が漏れてしまった私は、必死に心を落ち着かせようとした。だが、当然そんな事は不可能だ。目の前の男に逆らえば……殺されてしまう。この男は、仮にも大魔法使い。魔法の威力も絶大なはずだ。
そして、私は……癒しの魔法を得意とするただの元・聖職者。しかも……私の魔力は、首につけているこのチョーカーのせいで封じ込まれており、シャイモン相手に反撃する事など一切できない。手足の力も……このチョーカーのせいで、弱められてしまっている。
こんな状況では、もう選択肢は2つしかない。……ここで、生きるか。もう覚悟を決めて死ぬか。
――それが、私の……私の人生……。運命であったのね……。
目を瞑り、これまでやって来た事を思い出す。毎日、神に祈りを捧げ、聖書を読み、助けを求める人々のために癒しの魔法を使い、悩みの相談に乗ったり、ちょっとした頼まれ事をしてみたり……善行は散々積んで来た。しかし、それでも……神は私に微笑まなかった。それならば私は……もう……。
――何もかもを捨てて、決心しかけたその時だった。
突如、ドアが激しくノックされて外から赤い頭巾を被った魔法使いが1人、入って来てシャイモンに告げた。
「申し上げます! 侵入者です! 侵入者が現れました!」
これまでノリノリで私の体を触っていたシャイモンだったが彼は、やっとこれから始まるはずだった楽しみを奪われた事に対して怒り、物凄い怒り心頭の形相で魔法使いの事を睨みつけて、怒気の混じった声で告げた。
「……何者だ! こんな夜中にワシの家を訪れるクソバカは!」
「……昼間の棺桶男です! あの男が今……門を破り、屋敷へ……こちらへ向かって来ています!」
「なっ、何ィィィィ!? 外の傭兵達は、どうした? 庭には、確か50人くらい見張りをつけているはずだぞ! しかも、ワシが選んだ優秀な実力者達じゃ! あの数で負けるなどそんな事は、断じて……」
「……そっ、それが……奴の棺桶の中に入っていた……ガトリング? という武器で一網打尽! 次々とこちらの魔法使い達が倒れて行っております! 奴は今、屋敷の中へ侵入しようとしてきています!」
「ぬぁんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
“あり得ない!” と言わんばかりの様子で頭を抱えながらシャイモンは、私の耳の傍で叫んだ。そんな慌てふためいている彼の様子を間近で見ていた私には、今起きているこの突然の事態に自分の頭が全くついていかない。
紅い頭巾を被った魔法使いの男もシャイモンの慌てように驚いている中、彼は強烈な怒りに満ち満ちた顔で頭巾を被った魔法使いに告げた。
「……全軍を持って殺せ! 手段は選ぶな。何としてでも……どんな手を使ってでも! あの棺桶男を……血祭にあげるのだ! 奴を殺せ! この偉大なワシに反旗を翻そうとする愚かな男に天誅を下すのだ! 絶対に仕留めろ!」
「は!」
返事をすると、たちまち魔法使いはドアを勢いよくバタンと閉めていなくなってしまった。ドアの外から彼が走っていく足音が聞こえる。彼の他にも廊下にいた魔法使い達が、慌てて戦場へ向かって行こうとしている様子がドアの向こうから音として伝わって来る。
シャイモンは、私の事を膝の上から下ろして立ち上がり、酒をグビっと飲み干した。……最早、私との行為の事とか、私に言わせたいセリフの事とかそんな事など今更どうでもよいのだろう。彼は、怒りに満ちたドスの利いた声で告げた。
「……二度もワシに逆らった事、ワシの傭兵達を何度も殺しまくった事……それから、ワシの楽しみを奪った事! 後悔させてやる。絶対に許さん! 只では済まさんぞ! あの男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」