それぞれの戦い編②(エンジェル編 前編)
クリストロフ王国西部に存在する港。そこでは、週に一度様々な船がやって来る。大陸の向こうからやって来る貿易船。魔力を持たない奴隷達が運ばれてくる奴隷船。そして、大陸の向こうへ旅発つ人やこの地へやって来る旅行者を乗せた大きな船。
この世界における船の歴史は、ここ何百年かの間に驚異的な発展を遂げた。人類は、海を渡って遠くの大地へと行く事が、年々簡単になってきている。少し前までは、海賊による被害もありはしたが……現在ではその被害も全盛期に比べると少なくなり、そしてそれと同時に国内外問わず、海外へ旅発とうとする者が現れるようになった。勿論、一般の人々で旅行をする人は、まだ少ないものの……金持ち層や貴族階級などを中心に新しい娯楽として生まれていったのだった。
この日は、港に多数の船が集まって来ている日だった。貿易船が数多く並び、港で働く者達が、慌ただしく荷物を運んだり、チェックをしていっている間、2人の男女がこの港を訪れた。
*
「……凄いね! こんなにいっぱい船が来ていて……ちょっと感動だよ!」
私=エッタは今、港に来ています。アイくんと一緒に……。
「……そう……だ……ですね……」
アイくんこと、エンジェル・アイくんは、少しだけぎこちない感じで私に返事を返してくれた。相変わらず、アイくんは少し緊張している……。まぁ、それも当然の事ではあるのだが……。
私達は、今までずっと……クリストロフ王国に追われる身となっていて、王国から逃げるために旅を続けていました。……アイくんは、そんな私を守るために武器を取り、騎士達と戦っていたのです。しかし、アイくんの持つ”どんなものでも創造してしまう力”と金色の槍は、伝説の勇者の力だったのです。そう、アイくんの正体は、神話の時代に活躍した3人の勇者の1人……槍の勇者であり、古の時代よりその力を継承した現代を生きる勇者だったのです。
アイくんは、一生懸命に私を守るために戦ってくれました。しかし、戦いの中でアイくんは自分の力を使うごとに……記憶を失くしていきました。
それは、強大な勇者の力によるデメリットであり、私と出会った時のアイくんは、既に自分が何処からやって来た人であるかも……何もかも忘れていたのです。こうして、私は記憶のない彼と一緒に行動を共にし……魔族の里に長い事潜伏していました。
ですが、魔族の里に騎士達が入って来た事やジャンゴさんというもう1人の勇者が現れた事により、再びアイくんの戦いの日々が始まってしまいました。戦いの中でアイくんとジャンゴさんは、互いに認め合うようになり、良き仲間となっていきましたが……しかし戦いのたびに記憶を失くしてしまう事から対立する事も多かったアイくんとジャンゴさん。3人目の勇者であるスターバムとの戦いで、アイくんは後一回のみで……記憶を完全に失くしてしまうという窮地に立たされます。そんな中、私はクリストロフ王国の第四皇子ガルレリウスに捕まってしまいます。救助の為にアイくんとジャンゴさんは、強力。そして、見事にガルレリウスを倒す事に成功しますが……アイくんは、その戦いを最後に記憶を完全に失くしてしまいました。
――あれから私は、彼と一緒に旅をしています。記憶がなく、毎日不安そうにしているアイくんのために焼き芋を用意して、恋人としてずっと彼の傍についてあげる事にしたんです。
最初は、それでも私に心を開かず、一言も喋らなかったアイくんでしたが……今では少しずつ口を開くようになってくれています。この調子で、また少しずつ……彼との思い出を増やしていければ良いなと……そう思っています。
戦いを終えて、私達はこの国から出る事にしました。故郷の農場が気になりますけど……けど、これ以上ここにいたらアイくんが辛い思いをするだけです。だから、私は彼と一緒に大陸を出て、外の世界でひっそり生きていく事に決めました。今日は、その船に乗る日です。
これから……私達の新生活が始まる――!
「……10時発の船に乗る人、急いでください! そろそろ出港しますよ!」
港で船長さんが駆け回りながら外にいる人々に声をかけていた。私とアイくんもすぐに乗り込む事にした。
「急ごう! アイくん! 私達の船、行っちゃうよ!」
「あ……うん」
私は、彼の手を引っ張り、そして船に乗り込もうとする。すると、そこには乗客のチケットの確認作業をやっている船長さんの姿があった。
「……はい! 次の人!」
私達の番が来て、いよいよ船に乗り込もうとする。チケットを船長さんに見せると、彼はとても微笑ましそうに笑いながら告げた。
「……ははは。君達、新婚旅行かね? 仲が良いねぇ」
「えへへ……まぁ、そんな感じで……」
と、私達が話をしていると……その時だった。たまたま船長の事を見ていた私は、彼の視線がアイ君の方をジーっと見つめている事に気が付いた。
「あの……どうしたんですか?」
気になって、つい話しかけてみる。アイくんの方も船長の視線が気になったのか、彼の事を見つめ返していた。すると船長は、すぐに気を取り直して告げた。
「……あっ、あぁ……いや、すいません。ちょっと、ボーっとしてしまって……」
そう言いながら船長さんは、私達2人のチケットの確認と穴あけを終えて、それを渡して来た。
「……さっ、お二人さん……ごゆっくり」
「ありがとうございます!」
喜んでチケットを受け取った私は、アイくんの手を引っ張り、そのまま船の中へと走って行く。
「……さっ! いこ!」
アイくんは、困った様子で私に引っ張られる……。
――この時の私には、分からなかった……これが、まさか……あんな事になるなんて……。
「……間違いない。あれは……」
私達が、船へと昇っていく後ろで、船長がそんな事を言っていたのが聞こえた。私は、そのままアイくんを連れて船に乗り込む。
しばらくすると、出航となり、大勢のお客さんを連れて私達は、ついにこの地を旅発つ事になる。
海の上で揺られながら進んで行く船の上からぼんやり景色を眺めていたアイくんが、私に言ってきた。
「エッタ……さん」
「……なに?」
「……俺、凄く感謝しています。記憶を失くして……これからどうして良いんだか分からない俺の為に……色々してくれて……凄く感謝しています!」
「アイくん……!」
彼の口からそう言われて、私は少し嬉しくなった。アイくんは、続けた。
「……まだ、信じられないんです。エッタさんほどの人が……どうして、俺なんかの恋人であるか……本当は、何かの夢なんじゃないかって疑っている位なんです……」
「あっ、アイくん……?」
それは、ちょっと悲しい……。
「けど、俺……幸せです。エッタさんが、俺の恋人で良かった。これから先も……ずっと一緒にいてくれますか?」
アイくんは、私の目を見て言ってくれた。私は、そんな彼の事を見つめながら告げる。
「……うん! 当たり前だよ! 私達、ずっと一緒! これから先も……ずっと……ずぅぅぅぅっと一緒だよ! 頑張ろうね! 新生活!」
「……はい!」
アイくんは、変わった。というより、記憶を失くした影響で……自分がどんな人間だったかも分かっていないせいなのだろう。だからこそ、昔と違って素直に自分の気持ちを伝えてくれるようになった。前の彼も大好きだったけど、今の彼も……大好きだ。何というか、可愛い……。
だが――悲劇は、ここで始まってしまう……。
「うふふ……あの子達ね……。あ~ら、可愛らしい子ね。あれが……噂のエンジェルくぅん……。可愛らし過ぎて……お姉さん、悶えちゃうわぁ~。はぁ、食べた~い」
私達の元へ迫りくる黒い影が……再び、新たな戦いの物語の幕を開けようとしている――!
――To be Continued.