ラストワン編⑦
クリストロフ王国西部――リュカリレオン、ガルレリウスの城内部では、今日も奴隷階級の女達の踊る様子を眺めながらお酒を楽しんでいたガルレリウスがふかふかのソファに座っていた。
彼は、クリストロフのあちこちから集めてきた奴隷階級の美しい女性達を囲って、盛り上がっていた。
ガルレリウスの傍で彼の護衛係として立っている騎士の1人にガルレリウスが、話しかける。
「……ねぇ、見て見て~。あそこで踊っている子はね、実は……奴隷の階級じゃないんだよ~」
「へっ!? へぇ……そっ、そうなんですか……」
「うん! 実は、あの子はね……両親が莫大な額の借金を背負っちゃってね……。それを返済するために僕の元で働かざるを得なくなってしまったんだ」
「働かざるを……?」
「うん! ほら、僕が父上から任されているこの西部では、基本的に売春は禁止って事にしているでしょう? あの法律……ほとんど効果発揮してないんだけどさ……まぁでも、中には律儀に守ろうとする奴もいるわけ。んでね、そう言う気真面目そうな女の子を俺が雇ってあげるんだ」
「そっ、そうなんですね! 流石は、ガルレリウス様! なんと慈悲深い御方……」
と、ボディガードの騎士が、そう言った次の瞬間にガルレリウスの様子が一変した。彼は、どす黒い笑みを浮かべて告げた。
「……慈悲深い? 僕が? はははっ……そんなわけないじゃ~ん。僕が、どうしてそう言う法律を西部でだけ実施しているか分かる? そんなの……他の知らない国民に抱かれるよりも僕の所にキープするためだよ。法律で禁止しちゃって、それでも困っているのなら僕の元で働かせてあげますってすれば、自然と売春したくてもできない人とかも集まって来るでしょう? そうやって、西部エリア中から貧しい階級の女達をいただくんだ~」
「しっ、しかし……それだと女性だけでなく男性も集まってきます。男性にもしっかりとお仕事を与えているのであれば、やはりガルレリウス様は……」
「はぁ? 与えるわけないじゃん。いらないよ。そんなゴミ。男が来たらその場で皆、処刑だよ。全員、罪人としてギロチンの刑に処すんだ~。それに例えば、さっきのあの子の家なんかは、元々は普通の農家だったんだけど、不幸な事に両親がとある”事故”で亡くなってしまってね。それで、家賃とか土地代が払えなくなってしまったから家も何もかも売り払って、それでも僕に収めるお金が足らないからと言う事で、働きに来てるんだよね~」
「事故って……もしよろしければで良いのですが、どのような事故で……」
「あー、なんか急によく分からない人達に殺されてしまったみたいでね、あまりに突然の事であの子の方も何も準備が出来ていなかったから仕方なく、今に至るってわけ」
騎士は、最早何も言わなかった。ガルレリウスの言う、不幸な事故というのが、本当に不幸な事故なのか……真偽は、不明だ。しかし、うっすらとこの事故の背後にガルレリウスの闇が隠れているような気がして……騎士は、少しだけガルレリウスを恐れた。
そして、それからしばらく経ってからガルレリウスが、今日で4杯目のお酒をこれから飲もうとしていたその時に、彼の元へ駆け足で近づいて来る騎士の男が1人、彼の耳元で囁いた。
「……何者かが、近づいて来ています。魔力の気配から察するに……おそらくは、ガルレリウス様を倒しに奴らが……」
と、騎士が続きを言おうとした次の瞬間にガルレリウスは、告げた。
「各隊に戦闘準備を。敵の姿を確認出来たらすぐに報告するようにね~」
「はっ!」
*
クリストロフ王国西部――リュカリレオン近郊。シーフェの案内とルリィの飛行によって俺=佐村光矢と仲間達は、ついに敵の本拠地のすぐそこへまで辿り着く事ができた。
俺とエンジェルは、いつでも戦えるように今の内から準備を始めていた。おやっさんに新しく作ってもらった新たな2丁拳銃に特殊な魔力が込められた弾丸を投入していく俺の横では、1人で手に持った何かをジーっと見つめているエンジェルが座っていた。彼の持っているものは、懐中時計のようで……そんなものを急に取り出してジーっと見ている事が気になった俺は、試しにエンジェルに聞いて見る事にした。
「……その時計は?」
すると、エンジェルは懐中時計の蓋を閉めて寂しそうに告げた。
「……初めてエッタが俺にくれた誕生日プレゼントだ。俺は……アイツと出会ったばかりの頃から記憶がなかったから自分の誕生日なんて分からなかった。なのにアイツは……」
エンジェルは、俺に語ってくれた。
――まだ、2人が小さかった頃、出会ってちょうど1年が経った頃だった。エッタが、突然エンジェルに買ってくれた。彼女は、エンジェルが記憶を失くしてしまったせいで、誕生日という存在そのものも分からないのではないかと言う事を心配して、エンジェルに初めて2人が出会った日をこの世界でのエンジェルの誕生日としてプレゼントを買ってくれたのだ。それこそが……このオルゴール付きの懐中時計。
そんな昔話をした後にエンジェルは、少し笑いながら続けて言った。
「……けどまぁ、誕生日プレゼントと言っても……別に買ってくれたわけじゃない。コイツの両親が昔持っていたおさがりの片方をくれたってだけみたいだ。現にアイツもこれと同じやつを持っている」
そう言うと、エンジェルは懐中時計をしまい、遠くを見つめ始めた。
「……エンジェル」
彼の横顔を見つめていると、その時だった。これまでルリィに行き先を教えていたシーフェが、後ろにいる俺達に告げてきた。
「……そろそろ着くわよ!」
「あぁ……! 着地の前にもう一度作戦を確認だ! サレサとルリィ……。俺とエンジェル、シーフェ、ルア。二手に分かれる。良いな?」
俺が、最後に仲間達へそう伝えると彼らは、一斉に返事を返して来た。その返事を聞いて俺は、もう一度気合を入れ直す。
――今行くぞ……。マリア!
俺とエンジェル。そして、サレサにルア、ルリィ。全員の顔が、殺意に満ちたものへ変わる。地面へと急降下する中、俺達はルリィの背中から同時に飛び降りた――!
「ちょっ!? やっぱり、こんな高い所から飛び降りるなんて無理なんだけど!」
ただ1人、シーフェを除いて……。彼女だけは、まだルリィの背中の上にいた。確かに言われてみれば……俺達は、ノリで何とかやっているけど、普通ならルリィが、着地の時に魔法で支えてくれるからちゃんと着地は、できるようになっているとは言っても……お城よりももっと上の遥か上空から飛び降りろという方が、難しい。
しかし、今回ばかりはここで時間を使っていられる余裕は、ない。
「サレサ……!」
「……分かった」
サレサの掌に魔法陣が展開され、その魔法陣の中から植物の長くて太い蔓のようなものが、伸びる。その蔓は、勢いよくルリィの背中の上に乗っていたシーフェへと届いて……彼女の足にがっしりと巻き付いた。
そして、そのまま勢いよくシーフェの事を引っ張って無理やり落下させる。
「え!? ちょっ! 待って! 無理無理無理! やめて! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「困ったちゃんは、嫌い……」
サレサが、いつものボソッとした声で、そう呟き、シーフェを落下させる。落ちてからも彼女は、ここが敵地である事も気にせずに叫んだ。
「シーフェ、うるさいぞ。敵にバレたらどうするんだ?」
俺が、彼女にそう注意すると、彼女は半分泣き顔で俺に言ってきた。
「アンタ、バカァ? そんな事よりも自分の命の方が大事でしょうが! ていうか、離しなさいよ! 魔族が……アタシを道連れにしようっての!?」
「バカは、そっちだ。自分の命が大事ならもう少し静かに叫べ。敵にバレて着地した途端に全員、串刺しの方がよっぽど危険なんだって事を頭に入れておけ」
すると、植物の蔓で巻き付けていたサレサが、彼女に告げた。
「大丈夫。ルリィは、絶対に私達をここで殺すような事は、しない。皆を無事に着地させるようにしてくれる。それにいざという時は、私が何とかするから」
……と、サレサがそう言うと……彼女は、叫ぶのを辞めた。そして、グッと我慢した様子で目を瞑り、シーフェは恐怖に耐えた。
「ありがとう。サレサ」
「えへへ……褒められた」
サレサの笑顔を横目に俺は、まもなく敵の陣地に着地するのを目で確認。
――すかさず、ルリィが俺の傍に魔法陣を展開してくれて、その中から棺桶を1つ出現させた。俺は、宙に浮いた状態で、近くにいた他の仲間達の様子を見渡し、告げた。
「……全員、そろそろだ。作戦は伝えた通り……着地と同時に決行する!」
――敵の姿も見えてきた。どうやら、やはり俺達が、ここに来ているって事を嗅ぎつけてか、敵の騎士達が、城の中からどんどんこちらへ向かって来ているな。しかし……幸い、まだ俺達が着地する地点には、誰も来ていない!
まもなくして、俺達は地面に着地しようとする。しかし、地面に足がつきそうになる直前にルリィが俺達全員に身体強化の魔法を使ってくれて、俺達は着地した時の衝撃にもしっかり耐える事ができるほどに足腰の筋力と骨が強化されていた。
全員が無事に着地できた事を確認出来た後で、上空にいるルリィが俺達にテレパシーで告げてきた。
――無事ですか?
「あぁ……。ありがとう。お前の身体強化の魔法は、本当に凄いな」
──うふふ! 惚れ直しました? 殿方様。
「バカ言え。それより、向こうから物凄い殺気を感じる。お前も準備しておけよ」
俺は、すぐにエンジェルと目を合わせる。そして、隣で目を瞑って、ジッとしていたシーフェに声をかけた。
「……おい。着いたぞ」
すると、シーフェは震えた声で恐る恐る告げた。
「……ここは、天国? アタシ、生きてる?」
「はぁ……。安心しろ。お前は生きている。全員無事だ。それよりも城までの案内を頼む」
すると、シーフェはパッチリ目を開けて辺りを見渡すと告げた。
「……はっ! べっ、別に……しっ、知ってるわよ! ちょっと軽いジョークで聞いてみただけなんだから!」
「あー、はいはい。分かった分かった」
そうして、シーフェを連れて俺達3人は、城の方へと向かう事にした。
そうして、シーフェを連れて俺達3人は、城の方へと向かう事にした。
「……急げ! 戦闘になる前に……! シーフェ!」
彼女の名前を叫ぶと、シーフェは鬱陶しそうにしながらも掌に魔法陣を展開し、魔法を発動させた。
「分かってるわよ! 潜伏魔法!」
その瞬間、俺とエンジェル、シーフェは霧のような靄がかかった状態となり、敵に見つかりにくい状態となった。
「……ここは、任せたぞ。サレサ! ルリィ! ……死ぬなよ」
そう言い残して、俺は立ち去った。すると、俺が立ち去った直後にサレサのいる場所に物凄い数の騎士達が、姿を現してきて彼女の事を囲い始める。
もう騎士達には、俺達の姿は見えていない。彼らは、1人立っているサレサの事を見て、剣や杖を構えていた。
そんな騎士達の様子を見ていたサレサが、言った。
「……本当は、貴方と共闘するのは、気が乗らないけれど……ムー君の頼み。仕方ない……」
ルリィも上空から告げる。
「……それは、こっちのセリフですわ。誰が好きで貴方なんかと共闘するものですか! ……でも、そうですわね。殿方様が、そう言うのであれば文句なんて言っている暇は、ありませんわね。1つ、賭けません? どちらが、多く敵を倒せるか……。勝った方が、殿方様に膝枕できるっていうのは、どうです?」
「賛成……。それなら、最初から……本気で行く!」
次の瞬間、走っている俺達の背後で、サレサが魔法剣を手に取り、陣形殺撃を解放し始めた。そして、その直後には――。
「……望む所ですわ!」
俺達が、着地した影響で宙を舞っていた砂埃が晴れていき……龍の姿となったルリィの巨体が、騎士達の前に姿を現した。
2人は、目の前に見える大勢の騎士達を前に戦闘を開始した――!