ラストワン編⑤
──あの日は、珍しく寒くて晴れ渡っていた。寒い風が吹いていたはずなのに空は晴れていて、日差しが暖かかった。
あの日、俺は何をやっていたのか……もう何も覚えていない。
ただ、気づくとベッドの上で寝かされていた。
──ここは、どこ? 私は、誰? なんてありきたりな事を思いながら周囲を見渡していると、部屋のドアが開いて、1人の女の子が入ってきた。
同い年位だろうか? 銅色の髪の毛が特徴的な幼い少女だった。顔は、見た感じ歳下? のように見える。
少女は、俺が目を覚ました事に気づき、手に持ってきていたお盆とティーセットをベッドの近くに置いてあった戸棚の上に置いて、俺に話しかけてきた。
「あれ? 起きたんですね! 痛い所とかないですか?」
少女は、優しい微笑みを浮かべてそう言うと俺のおでこにのっていたタオルを交換してくれた。
俺は、そんな少女の事をぼーっと眺めていると、彼女は俺の視線に気付いたのかこちらを振り返り、言った。
「……お名前は、なんて言うんですか? 何処の人ですか? その服装から察するにこの辺の方ではないと思いますが……もしかして、北部とか東部の都会の方から来ました?」
──北部? 何を言っているんだか分からない。そもそもここが何処なのか……。
そう思いながら俺は、おでこにのったタオルを手に取りベッドから起き上がる。
「名前は、分からない……。ここが何処なのかも……」
俺が、正直に打ち明けると少女は、困った顔になって言った。
「……そうですか。記憶喪失のような感じでしょうか? うーん……でもそうすると困りました。貴方の事をこれからなんて呼んで良いんだか……それに、記憶がないんじゃお家へ送ってあげる事も難しいですね……」
「あの……アンタは、一体どうして俺の事を……?」
先程から疑問に思っていた事を口にすると、少女は一瞬だけキョトンとした顔になって俺に説明してくれた。
「……それも覚えていないんですか? 私が、水を汲みに井戸の所まで歩いている時に貴方は、突然空の上から降ってきたんです。びっくりして、でもまだ生きていたのでここへ連れてきました。突然空から降ってきて、天使様みたいだとびっくりしたんですよ!」
少女は、そう言うがやはり俺には、その記憶がない。空から? なぜ……。分からない事だらけだ。
と、思っているとその時だった。目の前の少女が、閃いた様子で俺に言ってきた。
「思いつきました! 貴方のお名前!」
「名前……?」
「はい! 色々思い出すまでの間の借りのお名前です! 記憶喪失のまま外に出す訳に行きませんから!」
少女は、そう言うと楽しそうにルンルンしながら記憶喪失で口を開けてぼーっとしている俺に言ってきた。
「今日から貴方の名前は、エンジェル! エンジェル・アイくんだよ!」
「エンジェル・アイ……?」
やたらとおしゃれな感じの名前に俺は驚いた。すると、少女は楽しそうに話し始める。
「……空から降ってきた天使様みたいだからエンジェル! それでね、開けたお目々が、とっても綺麗なエメラルド色だから……エンジェル・アイくんなんだ!」
意外と名前の由来は、そのまんまだった。すると、少女は俺の手を差し伸べてきて言った。
「……と言うわけで、よろしくね! 私は、エッタ! この場所で1人で暮らしてる! 毎日、畑のさつまいもを育てるために頑張ってるんだ!」
「……あぁ、よろしく」
*
──あれ? 俺は……また眠ってしまって……さっきのは、夢……か?
俺=エンジェル・アイは、朦朧とする意識の中、目を覚ました。当たり一面に見える景色は、真っ暗な荒野。赤い砂漠が広がる大地に所々、サボテンが生えている。寂しい世界だった。
――エッタ……。
さっきまで見ていた夢の事について思い出しながら自分の記憶を探る。
……まだ、覚えている。俺は、まだエッタの事を忘れてなんかいない。しかし、次の瞬間に記憶の中に映し出された映像は、平和だった俺とエッタの日々とは大きく異なっていた。
――そうだ……! エッタが……! 突如、現れた謎の騎士……ガルレリウスに襲われた所の記憶が、蘇って来て俺は、咄嗟に体を起こす。そして――。
「……エッタ!」
俺は、すぐに立ち上がろうとした。だが……次の瞬間に俺の体が痛みだす。
「ぐっ!」
その急な痛みに俺は、肩の辺りを抑えて、膝立ちになってしまう。
すると、そんな俺の傍から1人の男の声が聞こえてきた。
「……起きたか~。あー、動きなさんな。お前、相当酷い怪我を負っているんだ。今、また激しく動き回ったりでもしたら……傷が悪化して大変な事になるぜ~」
振り返ってみると、そこには1人のおっさんが焚火をしながら大きな岩の上に座っていた。おっさんは、沸々と燃える炎をジーっと見つめながら何かの武器のようなものに魔法をかけていた。おそらく、修理をしているのだろうか? 鉄の筒が、真っ二つにされているのが、少しずつくっついていっている。
その武器は、何処かで見た事があった。……鉄でできていて……大きな筒のようになっていて、まるで巨大な鉄の杖のようだった。
「……アンタが、俺を手当てしてくれたのか?」
「あぁ、そうだ。しっかし、残念だったなぁ。いくらこのナイスガイな俺でも……治癒の魔法は持ってねぇんだ。すまねぇな。お前さんの体が、サイボーグとかなら良かったんだが……。お前を治すのに古典的な包帯での応急処置で済ましちまった。まっ、何もないよりかは全然マシだと思うがなぁ」
「アンタ、名前は……?」
俺が、そう問いかけるとおっさんは、鉄の筒を修理していたおっさんは、ふと俺の事をジーっと見つめて来てこう名乗った。
「……俺は、ヘクター。西部1のナイスガイだ。……まっ、呼び方に関しちゃ好きにしてくれて構わないぜ。ナイスガイでも……ダンディ少佐でも……イケメンパラダイスでも……呼び方は、好きにしてくれて構わないがなぁ」
「ヘクターのおっさん! じゃあ、アンタに聞きたい事がある!」
すると、おっさんは首をガクッと下げてショックを受けている様子で告げた。
「……けっ、結局……皆、それかよ。ていうか、おっさんは辞めろ! 良いか? 年上には、もっと敬意を持ってだな……」
おっさんの言っている事を無視して俺は、告げた。
「俺と一緒にいたこのくらいの背丈の女の子は、何処だ? アイツは……一体、どこへ……」
すると、おっさんは突然深刻そうな顔をし始めて今までよりも少し低い声で言った。
「……あー、その女の子の事か……。残念だが、あんちゃん……その子の事は、諦めた方が良い……。その女の子を連れ去った男は、普段全く新聞も読まなければ、この国の政治事情について全くちんぷんかんぷんな俺でもあの男の顔を見た時に分かった。あの子は、もう助からないぜ……」
「助からない……? エッタが……? どうして……どうして、アンタにそんな事が分かるんだよ!」
俺は、おっさんに怒鳴った。すると、彼は武器を修理しながら淡々とした声で俺に言ってきた。
「逆にお前さんには、分からなかったかい? あの……ガルレリウスという皇子の半端じゃない魔力を……あれは、常人のそれじゃあない。俺達が、いくら束になってかかってきても……奴は、到底倒せないだろうな。どんなに腕っぷしの強い奴でも魔力の高い奴には、”基本”勝てない。この世は、弱肉強食だ」
「……そんなの戦ってみなきゃ分からないだろう! 傷を手当てしてくれてありがとう。俺は、今すぐに行かなきゃならない! エッタを助けないと!」
そう言って俺は、おっさんに別れを告げて1人でガルレリウスがいる所を探して向かおうとした。今の時間は、分からない。この夜が、いつ終わるのかももう知らない。……けど、こんな所でジッとしていられない。今の俺に何ができるのかは、分からないが……でも、早く助けに行かないといけない! 早くしないと……エッタが……。
しかし、今にも走り出そうとする俺に対しておっさんは、告げる。
「……ガルレリウスが、何処にいるのか知っているのか?」
「……自力で何とかする。皇子なんだろ? なら、町の人とかに聞き込みして行けば……きっと分かるはずだ」
「タイパが悪いねぇ。お前さん、わざわざ死にに行くのか? そんな傷で……。良いか? 無謀で馬鹿なあんちゃんに、1つだけ教えてやる! お前さんは、一度……あのガルレリウスに負けたんだ。俺は、ガルレリウスの攻撃を受けて意識を失ったお前さんの事だけは、何とか助けてやる事ができた。しかし、同じような事が2度起こるとは、限らねぇ!」
その言葉に俺は、ピタリと足を止める。
「……何が言いたい?」
「今、戦いに行っても無駄足だ。お前さんは、もう一度負ける。だが、今度はさっきのように泣いて帰って来る事はできねぇ。何故なら……次に戦ったらお前さんは、死ぬ。力の差は、それだけ圧倒的に離れている。今のお前さんだけでは、力不足だ」
「それでも……俺は、エッタを……!」
「……馬鹿もん。人の話は、最後まで聞きやがれ……。今のお前だけでは、確かにガルレリウスを倒す事はできねぇ。けどな、方法が全くないわけじゃない」
「なんだ? その方法というのは……教えてくれ! エッタを救うためなら……俺は、なんだってする!」
おっさんの元へ駆け足で俺は、近づきその顔をジーっと見つめた。すると、おっさんは少し窮屈そうな顔をしていたが、手元にある鉄の筒を一度、床に置いて告げた。
「……さっき、ふくろうを飛ばした。……思いのほか、このマシンガンの修理がすぐに終わりそうなもんでな。コイツの持ち主にすぐにでも返してやれそうなんだ」
「マシンガン……?」
「……その男は、魔力を持たねぇ。だが、あらゆる魔法よりも早く引き金を引く事ができて……しかも、どんな奴にも負けない強さを持っている。……俺のとこの馬鹿弟子を呼んでおいた。アイツは、きっとまたすぐに来るだろう。そうして、アイツと合流したら……頼んでみろ。嬢ちゃんを救いたいってな。きっと、馬鹿弟子は……色々面倒くさそうにしながらも何やかんやでお前さんを助けてくれると思うぞ? 俺の方からも頼んでおいてやる。アイツとあんちゃんが、組めば……きっとガルレリウスなんか、瞬殺だぜ」
「どうして……知りもしない赤の他人である俺にそこまで優しくしてくれるんだ?」
俺が、おっさんに気になっていた事を聞いてみると、おっさんは少しだけ恥ずかしそうにしながら告げた。
「……似てるんだよ。あんちゃんは……うちの馬鹿弟子にそっくりだ」
――To be Continued.