ラストワン編④
「僕は、ガルレリウス。エンジェル・アイ……君とそこにいるお嬢さんを捕まえに来た。クリストロフ王国の第四皇子さ」
「クリストロフ……!」
俺は、その名を聞くや否や男に対して敵意を剥き出しにした。ガルレリウスは、俺達にそう名乗ると早速、こちらへ歩いて来た。俺は、ゆっくりエッタを守るようにして後ろへ下がっていく。すると、ガルレリウスと名乗るその男は、俺に言ってきた。
「おいおい? 捕まえにきたと言っただろう? 逃げないでくれよ。捕まえられないじゃないか……」
「黙れ! お前にエッタは渡さない」
「ふーん。エッタちゃんっていうんだ。君に良い提案があるんだけどさ、僕の召使にならない? 毎日、この僕のお世話を全身くまなくできて、最高だと思うよ。なんたって、僕はクリストロフの王族だからね……」
「黙れ! そんな事は、俺が絶対にさせない」
「君には、聞いてないよ? エンジェル・アイ。さぁ、どうだろう? 僕はね、無駄な戦いはしたくないんだ。だから、ここで君が僕の召使になると言ってくれれば、君を巡って戦う手間が1つ省ける」
ガルレリウスは、そう言ってエッタの事をジーっと見つめる。彼の甘い瞳と整った美しい顔立ちは、おそらく多くの女性が、見ただけで恋に落ちてしまうだろう。それくらい、この男の容姿は、整っていた。うっかり「はい」と言ってしまうんじゃないかという危うさを感じてしまう。
しかし、エッタは――。
「……嫌です。私、アイくんの傍にいると決めてます! 貴方の召使になんかなりません!」
すると、ガルレリウスは溜め息交じりに告げた。
「はぁ……そっかぁ。せっかくそんなに美人なのに……もったいない。若いうちに権力に媚びるって事を学ぶ良いきっかけになると思ったんだけどなぁ」
「何……?」
俺は、ガルレリウスに殺意の籠った眼差しを向ける。すると、奴は俺を睨み返して告げた。
「……だって、必要だろう? 女として生まれてきたのなら……強い男に媚び諂うって経験も……。所詮、この世は権力がモノを言うんだから。それだけの美人なら……今のうちに権力者への媚の売り方を覚えれば一生、これから先安泰だというのにさ……」
この一言で、俺はもう我慢ならなかった。この男を殺したい……! その衝動に俺は、駆られた。
だが――ここで、力を使う訳にはいかない。今、ここで力を使ったら……。
――戦わなければ良いんだよ! というエッタの言葉が蘇って来る。
「……このゲスがぁ!」
俺は、殴りかかった。拳を握りしめてあの男の顔面を思いっきり殴ってやりたかった。そう思って手を伸ばしたが……しかし、俺の拳が奴に届こうとした直前、俺の拳は奴が張り巡らせた強力な防御結界によって阻まれてしまう。硬い結界に拳がぶち当たり、俺は軽く吹っ飛ばされてしまう。その際に、エッタも一緒に後ろへ飛ばされてしまい、俺はすぐに彼女へ話しかける。
「……大丈夫か?」
「うん……!」
そして、もう一度奴の方を睨みつけるが……ガルレリウスは、立ったまま言った。
「……力を使わないでくれるなんて凄く助かるよ。面倒な戦いには、ならないで済みそうだからね。さっ、諦めて僕にその女の子を渡しなよ。ついでに、君もさぁ!」
「……誰が、テメェみたいなゲス野郎に渡すか! エッタは、俺が守る!」
俺は、そう言うとエッタの手を引っ張ってガルレリウスから逃げる事にした。奴に背を向けて一目散に後ろへ逃げていく――。男としてダサいかもしれない。しかし、もうこれ以上力を使いたくない俺にとっては、さっきの拳が通用しないとなればできる事は、これしか残されていない。
――最優先事項は、俺の男としてのメンツじゃなくて、エッタの身の安全だ。その為なら俺は、何処までも逃げてやらぁ!
そう意気込んで俺は逃げ出すが、しかし――。現実は、甘くなかった。俺達が、逃げ出してすぐにそれまで魔法の能力で隠れていた騎士達が、姿を現し始めて、俺達の回りを囲い込むのだった。
ガルレリウスの騎士達は、杖を俺達に突きつけてゆっくりこちらへ迫って来る。――反対側へ逃げようとするもすぐにそっちにも別の騎士達が、姿を現してきて……とうとう俺達は、何処にも逃げる事ができなくなっていた。
――まずい。このままだと……。
四方を囲まれて絶体絶命のピンチとなったその時、再びガルレリウスが現れた。
「……逃げようとしても無駄だよ。君達を捕まえるように王から言われているんだ。逃がすわけには、いかないよ~」
辺り一面に敵がいるこの状況。絶体絶命のピンチ――。
ダメだ。逃げる事さえもできない。こうなったら……。
俺は、すかさず魔法陣を出現させてその中から金色の槍を取り出そうとする。
――すまない。エッタ……。心の中で謝り、戦う覚悟を決めようとしたその時――。
「……良いのかい? 力を使ってしまって……」
ガルレリウスが、そう言い始めた。
「何!?」
ガルレリウスは、邪悪な微笑みを浮かべながら告げた。
「……君は、後一度その力を使えば……記憶を完全に失くしてしまうと言っていたね?」
「……何が言いたい?」
「本当にそれだけかな? 本当に……記憶を失くしてしまうだけで済むと思っているのかい?」
「何だと……?」
何を言いたいんだ? 奴は、俺のこの力の何を理解しているんだ……。すると、ガルレリウスはゆっくりと一歩だけ前へやって来て告げた。
「……君の持つ勇者の力。その力は、どれも強力だ。しかし、同時に……その代償もまた重たいと聞いた事があるよ」
「代償……!?」
「うん。昔、王城に保管されている聖書の完全版を一から全て読まされた事があるからねぇ……剣の勇者、杖の勇者については、その記載ははっきりとされていた。しかし、君の持つ槍の勇者の力は……どんなものだったか、そしてその代償は何かとかそう言った記述は、何処にもなかった。何故なのか? それは、僕にも分からない。ただ、さっきの君の発言を聞くに……君の代償は、単に記憶を失くしていくというだけではないんじゃないか? 現に、僕は魔族の里で隠れている時からずっと君達2人の事を遠くから監視していたんだがね……」
「監視……だと!?」
「あぁ……僕の伝書フクロウに監視をしてもらっていたんだ。こうすれば、動物だしバレないだろう? んでね、ずっと君達の事をフクロウ越しに見ていたんだけど……エンジェルくんさぁ、君……勇者の力を使えば使って行く程……魔力が薄まっているよね?」
「……!?」
「現に……君は後、一回だけというこの状況に差し掛かる直前……何処か痛まなかったか? 例えば、”頭”とか?」
――コイツ……どうして? 確かにあの時、俺の頭は傷んだが……。
「図星だね。それこそ、君の魔力が記憶と共に勇者の神具に吸われている証拠さ。そして……おそらくだが、君の代償は、記憶を失くす以外にもう1つ。勇者の力が回数制になっているのさ。君は、後一回力を使ってしまえば……二度と勇者の力を使う事はできなくなってしまう。それが、君の代償だと僕は、思っている」
「二度と……使えない?」
「そう! そうなったらこの先……君は、どうやってその女の子を守るつもりなのかな?」
「くっ……」
俺が、奴の言葉に動揺してしまったこの隙をガルレリウスは、見逃さなかった。奴は、この隙に掌を前へ突き出し、魔法陣を展開。そして、魔力の波動を俺に撃ち込んで来る。
「アイくん!」
エッタの叫び声を聞いてようやく気づいた俺だったが、しかし既に遅かった。俺は、奴の魔力の波動を諸に受けてしまい、そのまま吹っ飛ばされてしまう――。
地面に頭を叩きつけられて、その衝撃で……俺の意識が朦朧とする。
「……くっ、そ……」
「アイくん!」
エッタの声が聞こえる。
「ちくしょう……エッタ」
助けないと俺が助け……ないと……。気持ちではそう思っていても俺の体は、もう動かなかった。
「さて、じゃあこれで……終わりだね!」
ガルレリウスが、そう言って俺に最後のとどめを刺しに行こうと魔力の波動をもう一度撃とうとした次の瞬間、俺の掠れた視界の中に誰かの足が、映る。……男か? カウボーイハットを被っていて……二丁の銃を持っているが……誰かは、分からない。
そこで、もう俺の目は開かなくなってしまった。
「エッタ……」
最後まで迷惑ばかりかけてごめん……。それだけは、最後に伝えたかった……。しかし、そこで俺の意識は途切れてしまった。
――To be Continued.