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序章

 ──時は、少し遡る。佐村光矢とエンジェル・アイが魔族の子供達を救うべくモールス達と戦っていたのと同じ頃、クリストロフ王国西部のリュカリレオンという町で、情報屋のシーフェが騎士クリーフから剣を向けられた。


 クリーフは、シーフェが王家の棺桶けに関する重要な情報を隠し持っている事を察知し、彼女に刃を向けていた。


 そして、いよいよシーフェから棺桶けとそしてジャンゴに関する情報が暴露されるのであった……。



 一通りの話を終えたシーフェは、何とか解放されて今ではクリーフの剣も向けられる事なく、酒場のフロアに尻餅をついた状態でクリーフと話をしていた。


 クリーフは、剣を納め告げる。


「……なるほど。そんな事が……シャイモンの死にそんな秘密があったとは……。そして、その事件の首謀者こそ、俺が探し求めていた棺桶けを持つ者の正体……ジャンゴ、か」


「アタシが、彼と関わった事があるのは、それだけよ。それ以上は何も……」


 しかし、シーフェがそう言い切ろうとした次の瞬間、クリーフの鋭い差し込む剣のように尖った瞳が、シーフェを睨みつける。


 彼は言った。


「──だが、その後の事についても当然知っているのだろう?」


 シーフェの人間としての本能が、危険を察知していた。ここで、真実を言わなければ次こそ首を跳ねられるかもしれない。クリーフには、それを実行してきてしまいそうな恐怖があった。


 シーフェは、すぐに魔法陣を展開して中から書類を1束、クリーフに渡す。紙を受け取ったクリーフが、シーフェの集めた情報資料に目を通して彼は言った。



「……ふっ、凄いな。君は……たった数日間のうちにここまでの資料を集められるなんて……やはり西部一は、伊達じゃない。君のおかげでようやく全ての辻褄があったよ。なるほど……生きていたとは……あの男が。そして今、魔族の里にいるとは……助けた女と一緒にホテル暮らしか……」


 シーフェは、持てる気力の全てを使ってクリーフに告げた。



「……お願い! ジャンゴには何もしないで! 彼は、確かに魔力を持たない勇者としては失格かもしれない。けど! 彼のおかげで……フォルクエイヤは平和を取り戻し……他の町だって良くなった! 確かに騎士様を何人か殺してはいるけど、けどそれも……!」


「……この報告書は、クリストロフ王国第七皇女エカテリーナ様に提出する。エカテリーナ様も勇者ジャンゴについて、たいそう心配していなさった……。私の役目は、主君であるエカテリーナ様のために情報を集める事。だが、それも今、達成された。失礼する」


「待って! 皇女様って……もしも、皇女様に知られたらジャンゴは……ジャンゴは、どうなっちゃうの!?」


 シーフェの必死の問いかけにクリーフは、口を開いた。


「……それは、私にも分からん。だが、姫様の事だ。きっと、お前が思っているような事には……」


「アンタら、上流階級はいつもそう言って……アタシらを貶めてきた! シャイモンも……アンタも、その姫様とかいうのも……アタシにとっては信用ならない! 報告だけは、させない!」


 シーフェの必須の抵抗には、クリーフも特に何も思わなかった。しかし、エカテリーナを信用ならないと言われた事には、流石のクリーフも苛立ちを覚え、彼は立ち上がった。


「……貴様、私の前で姫様を侮辱するか! 姫様を信用ならない人物と……愚弄するか!」


 クリーフは、とうとう剣を抜き、そしてシーフェを睨みながら彼女の首元に剣先を向けた。


「……無駄な殺傷は、致さんと誓っていたが、今回ばかりは我慢ならない。ここで殺す」


 シーフェは、クリーフを睨みつけながら必死に抵抗しようとした。彼女は、小刀を取り出し、逆手持ちで構えた。


 だが、戦力差は明らかだった。どう見てもクリーフの方が強い。


 ──負ける事は、分かってる。なす術がない事も……なのに……んもぉ! あのバカ! アタシになんて事させるわけよ! ジャンゴのバカァ!


 ……と、シーフェが死を覚悟したその時だった。



 その刹那、シーフェ達のいた酒場の中に物凄い数の赤い頭巾を被った騎士達が突入してきて……。一瞬にしてシーフェとクリーフの2人を包囲してしまう。騎士達は、片手で持てる程度の小さい魔法の杖の先を2人に向けた状態で敵意を剥き出しにしていた。


 その突然の事態に同じ騎士であるはずのクリーフは、目を丸くした。


「……これは?」


 すると、騎士達が全員お店の中にやって来た直後、大きな拍手と共に1人の男が入って来た。男は、とても愉快そうに笑いながら告げる。


「いやぁ、ご苦労だったね。クリーフくん。君の協力のおかげで……ようやくここまで尻尾を掴む事が出来たよ」


 男が、クリーフとシーフェの前の姿を表した直後、クリーフの態度は一変した。彼は、それまでの騎士達に対する敵意をしまいこみ、膝をつき、頭を下げて男に改まった態度で告げた。


「……第四皇子ガルレリウス様」


 その男は、とても煌びやかな格好をしていた。指には大きな宝石のついた指輪をはめ、首にも宝石のついたネックレスをつけ、耳にも……腕にも……身体中の至る所に大きな宝石がついた装飾品を纏い、鎧も黄金色の傷一つついていない綺麗な新品同様の鎧を身に纏っており、その鎧には赤い大きなマントをつけている。まさに豪華絢爛。


 男は、顔も整っており相当なイケメンであった。そして、それを証明するかの如く、彼の両サイドの身体中至る所に高級感漂う娼婦の女達が、右に3人と左の3人寄り付いている。


 ガルレリウスは、彼女達の頭を一人一人撫でたりしながら、とても威張った様子で告げた。


「うーむ。くるしゅうない。君の働きには、本当に感謝しているよ。クリーフくん。まさか、エリーから休暇を貰ったにも関わらず、西部まで来てお仕事するなんて。おかげで僕の仕事もだいぶ省けた」


 ガルレリウスが、そう告げると騎士クリーフは頭を上げて告げた。


「……仕事ですか?」


「うむ。実はねぇ、父上から頼まれちゃって……。ほらあの……最近入って来たアイツ……あー、勇者スターバムだっけ? アイツの騎士隊が弱いから力を貸せって言われてね。それで、ちょうどこれからその……ジャンゴって奴を倒しに行こうと思ってた所なんだよねぇ」


「なんですって!?」


 ガルレリウスの言葉には、流石のクリーフも驚いていた。しかし、シーフェ達の驚きとは別にガルレリウスは、続けた。


「……父上ったら、僕にジャンゴを倒しに行けって言うくせに魔族の里の何処にいるのかとか、何も教えてくれなくてさ。僕は、無駄な戦闘が大嫌いだってのにさ……。だから、困ってたんだけど……いやぁ良いタイミングだったねぇ。君の情報のおかげでようやくジャンゴを倒しに行けるよ。情報提供ありがとう。クリーフ」


「……」


 クリーフは、何も言わなかった。否、何も言えなかった。それは、彼の歴戦の経験から導き出された答えであった。騎士達が、クリーフに対しても警戒を怠っていない。どころか、ガルレリウスが出て来てから余計に警戒した様子である事をクリーフは、感じ取っていた。


 ──ガルレリウスが、何か……仕掛けようとしている。


 彼が、周囲に気をつけているとその時だった――。


「……まぁでも、もう用済みかな」


「なっ!?」


 しかし、クリーフが反応するよりも先にガルレリウスの拳が彼の懐を思いっきり抉り込む。そのあまりにも強烈な一撃に騎士クリーフは、膝をついてお腹を抑えながら体を徐々に丸くしていった。


「……ガルレリウス……様?」


「おやおや? なぜ? っていう顔をしているねぇ……。バレバレなんだよ。最初からさ。君とエリーが何か企んでいるなって事は、父上も僕もみ~んな知ってた事。エリーが、何を考えていたのかは分からないけど……まぁ、でも大事な計画を潰そうとするのなら容赦はしないよ」


「……くっ!」


 クリーフは、苦しそうにお腹を抑えながらガルレリウスの事を睨みつけた。



 ――やはり、何かあるとは思っていたが……まさか、既に……いや、それよりも姫様が危ない!


 クリーフは、何とか痛みを堪えながら立ち上がると目の前に立つガルレリウスに告げた。


「……そこを退いて下さい。ガルレリウス様……。私は、行かねばなりません。エカテリーナ様の……我が主の元へ帰らなければ……」


 だが……。


「あー、ダメダメ。エリーの元に帰ろうなんてダメだよ。君達は、初めから王宮内でもマークされてたの。んで、今回の件でようやく疑問は、確信に変わった。……君は、裏切り者の容疑にかけられている。今、ここで僕に逆らったら……分かるね? これは、国王の命令でもあるんだ。僕はね、父上から3つの命令を授かって……ここへ来たんだ。1つは、生きていた勇者ジャンゴとエンジェルの捕獲。そして、もう1つはジャンゴとエンジェルの仲間の女の捕獲。最後に……君を国家反逆の容疑で逮捕する事。無駄な殺しはしたくないんだ。……だから、ここで無駄に頑張ろうとはしないでくれよ。クリーフ」


 ガルレリウスの言葉にクリーフは、冷や汗をかいた。いつの間に自分が、そこまで王国からマークされていたとは、彼も思っていなかった。


 数年前、主であるエカテリーナから国王の様子がおかしいと言われ、姫の命を受けて国王の秘密を探るために潜入調査を開始したクリーフ。地道に信頼を勝ち取り、少しずつ国王の目論んでいる計画について近づいていけてそうだと、彼は考えていた。



 しかし、実態はそうではなかったのだ。クリーフは、初めから誰からも信頼されていなかった。全てバレていたのだ。否、エカテリーナという主を持ってしまった事が、彼の転落の始まりだったのかもしれない。


 ――だが、妻に先立たれ……酒におぼれ……荒れ狂い……悪逆の限りを尽くしていた私を拾ってくださった姫様の事は、裏切れない。……絶対に……姫様の騎士となったあの日から……国は、裏切っても主だけは裏切らないと心の中で誓ったのだ! 例え、これまでの行いが全てバレていたとしても……後悔は、ない。ここで、罪人として無様に捕まる位なら……ならばいっそ!


 その決意と共にクリーフは、魔法剣を抜き、そしてガルレリウスに斬りかかった――! 彼の全身を流れる魔力の全てを込めた一撃が、繰り出されようとしていた。


「……退けェェェェェェェェェェェェェェ! ガルレリウスゥゥゥゥゥゥゥぅ!」


 だが、クリーフの剣が炸裂しようとしたその時、ガルレリウスの防御結界に彼の剣が激突。両者は、物凄い魔力とパワーでぶつかり合いながら凄まじい光を放っていたが、しかし――。


「……無駄だよ。君は、知らないのかい? 僕のこの美しい鎧に傷1つついていない理由を……」


 ガルレリウスは、防御結界の中で女達の頭を撫でながら一切の戦闘態勢も取らず、自らの防御結界だけでクリーフの全力の剣を受け止めてしまう。


「……何!?」


 先程まで、クリーフの魔法剣から放出されていたはずの魔力が、完全に消え失せてしまい、ただの鉄きれ同然の状態となってしまう。クリーフは、息を切らしながら自分の体の異変に勘づき、ガルレリウスを見つめた。


「俺の魔力が……吸収された!?」


 驚いていたクリーフ。すると、ガルレリウスは女の体のあちこちを撫で回しながら告げた。


「……それは、僕のこの防御結界……アブゾーブ・カウンターがあるからさ。人々は、僕の事……女遊びばかりしているダメ息子だとか抜かすし……この鎧に傷1つついていないのも……ろくに戦っていないからとか嘘か真かも定かじゃない噂を流すけど……皆、知らないんだ。僕が、本当は超強い事を。だって……僕のこの鎧に傷1つついていないのは……僕が「武神」だから! 最強だからなんだよ!」



 その刹那、吸収されたクリーフの魔力がガルレリウスの防御結界の真ん中に集まっていき……。


「……これで、おしまいだ」


 ガルレリウスが、そう呟いた次の瞬間、彼の防御結界から放たれた魔力の波動が、クリーフに襲い掛かる。まるで、光線のように彼に浴びせられたその魔力の波動を受けて、クリーフは吹っ飛ばされてしまい、彼はお店の窓ガラスを突き破って、外へ……そして、酒場の近くをちょうど流れていた川の中へと落ちてしまった。


 ガルレリウスは、そんな様子を見ながら面倒くさそうに言うのだった。


「……あーあ、だから戦うのは面倒くさいから嫌だったのに……。まぁ、でも……これで流石にアイツも死んだか? まっ、父上には殺したって報告すれば良いし……。はぁ、疲れた。お前達、僕を甘やかせ~」


 すると、ガルレリウスの周りにくっついていた娼婦の女達が、彼の頭を撫でながら「よくできまちたね~」とか「えらいでちゅね~」とか囁きながら、まるで赤子をあやすかの如くガルレリウスを可愛がり始める。



 そのあまりに……狂気的な……しかし、圧倒的な強さを見せつけたガルレリウスにシーフェは、恐怖で固まってしまう。彼女については、最初からガルレリウスも相手にすらしておらず……ガルレリウスは、帰って行こうとしていたが、彼の部下の1人が、報告した事でガルレリウスは、急にシーフェの事を思い出して、彼女に告げた。


「あー、そういえばいたね。いやぁ、ごめんね。でも、安心して。僕は、女の子には優しいんだ。だから、普段なら僕の元で一か月働いたら許してあげるんだけど……まぁ、でも君……色々とちっちゃいし……それは良いや」


 シーフェは、この時少しだけガルレリウスに怒りそうになった。だが――感情を必死に抑え込んで彼女は、黙って話を聞いていた。すると、突然ガルレリウスの騎士の1人が、とんでもない莫大な金額の御札の束を持ってきて、それをシーフェに手渡しする。


 ガルレリウスは、告げた。


「……それ、口止め料ね。今日あった事は、誰にも言わない事。約束だよ? もし、守れなかったら分かってるよね? まぁ、君は賢そうだし大丈夫だと思うけど……。とにかく、そんな感じでね~。じゃっ、僕はもう行かないと……。なんたって、これからジャンゴとエンジェルを捕まえなきゃいけないしね。あーあ、でもどうせ戦いになるだろうなぁ。……めんどくさいなぁ。でも、そうなったら……2人まとめて殺しちゃえばいっか~」


 ガルレリウスは、去り際にそう言って酒場から立ち去って行った。……しばらくしてからシーフェは、静かになったお店の中で1人立ち上がり、札束を握りしめて告げた。


「ジャンゴが……ジャンゴが、危ない!」

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