運命さえも撃ち抜く弾丸(ヴェラドリング)編①
――魔族の里で暮らすようになって、あれから一週間くらい経ったのだろうか……。俺=佐村光矢は、早朝の太陽を浴びるために外に出ていた。
朝になったばかりで、まだ人気のない魔族の里。元々いた現実世界と変わらず、魔族の世界でも朝は気持ちがいい。澄んだ空気が美味しくて、それでいて風が心地よかった。
――もうちょい若い頃は、こんな朝早く起きる事の方が珍しかったんだがな……。
と、自分が歳をとった事を振り返る俺。……ふと、脳裏につい最近までの事が思い起こされる。この数日間、俺は宿の部屋の中で寝込んでいた。完全に元気を失くしていたのだ。
理由は……まぁ……あれだけ激しくされたら、しばらく動けんよ。……俺、もうそろそろ50なるおっさんだぞ……? アラフィフの男が経験して良い経験じゃない……あんな事は。
若い頃は、俺にだって青い時期があった。”女体”というのに興味津々な時期が俺にだってあった。それこそ、毎日のようにベッドで1人、耽っていた時期があった。
しかし今の俺には、毎日耽るほどの余裕は当然ない。一度に一回が限度だし、それ以上となれば……当然、大きな反動が後から体の方に来る。
この世界に来てから普通に体を動かしたりするのには慣れたが……そっちに関してはな……。歳をとるとは、そう言う事なのだ。
まぁ、マリアもルリィもサレサも皆、まだ若いしな。……旺盛なのは、分かる。しかし……真面目な話。まだ若い彼女達が、俺なんかとこれからも旅を続ける事は、果たして良い事なのだろうか? 大事な若い時間を棒に振っていないだろうか? 事実、俺は彼女達のペースについて来れなかった。
――この世界に来て、少しは変われたかと思っていたが……根っこは、ただのおっさんだし……俺は、ただの冴えない男のままだ。
そんな俺と、アイツらはこれから先も一緒にいたいと思うだろうか……?
そんな事を1人、考えていると……宿の入口から大きなリュックサックを背負ったサレサが姿を現した。俺は、何処かへ1人で出かけようとしている彼女に尋ねた。
「……もう行くのか?」
彼女は、告げた。
「うん……。こんな時に里帰りがしたいだなんて言ってごめんなさい」
「何言ってんだ。……お前は、何も気にしなくて良い。思いっきり楽しんで来い」
「……うん。ありがとう。ムー君……。マリアさんの事、よろしくね?」
「あぁ……」
サレサは、そう告げると行ってしまった。彼女は、この魔族の里に住んでいるとされるエルフ族の仲間に会いに行くべく少しの間、旅に出るのだ。その出発日が、たまたま今日だった。
まぁ、前から里帰りについては、ちょくちょく話にも出ていたし……俺もマリア達もこれに関しては否定する奴は、誰もいなかった。
「里帰りか……」
俺は、上を向いてぼーっと空を眺めた。そして、今では少し昔に感じる自分の故郷の事について思い出していた。
――少しだけ……ほんの少しだけ……故郷の肉汁付けうどんが恋しいな……。
俺の故郷、東村山の名産物……肉汁付けうどん。これにごぼうの天ぷらをつけて食べるのが最高に美味しかった。教員時代は、休日などしょっちゅう地元のうどん屋に寄っていたが……この世界に来てからは、めっきり食べていない。
肉汁付けうどんとか……チーズクッキーとか、地元のちゃんぽんとか……うまいものは、沢山あったっけな……。
こういう時、食べ物の事しか浮かんでこない事に少し……何と言うか、寂しさを覚えるが……。
そんな事をぼーっと考えていた俺の元に上空から一羽のフクロウが飛んでくるのが見えた。
「なんだ……? あのフクロウは……今、朝だぞ?」
その鳥は、全身が白くて美しい羽を持っており、その尖った口ばしには、手紙を咥えていた。一体、誰宛ての手紙なのだろうか? それは、分からなかったが……フクロウは、ゆっくり俺の元へ近づいて来て、俺の元に手紙を1枚落として去って行った。
「なんだったんだ……?」
不思議そうにフクロウが飛んでいく姿を眺めてから地面に落とされた手紙を覗いてみる。すると――。
「……ジャンゴへ?」
手紙には、異世界の言葉でそう書かれている。しかし……俺に宛てて手紙だなんて……。妙だ。……旅をしている俺が、この場所に最近、住み始めたという情報は、あちこちに広まっているのだろうか? もし、そうなんだとしたら……この手紙は、もしかすると……敵からの果たし状である可能性も高い。
――それこそ、この前のモールス達の仇を討ちにスターバムが宛てた手紙だったりも……。
などと、色々心配しながら手紙の中身を見てみる事にしたが、そこに書かれていた内容は、俺が思っていた内容とは、全く異なるものだった……。
「こっ、これは――!」
*
「うぅ……」
風邪をひいたのは、久しぶりの事だった。久しぶり過ぎて……こんなに辛いものだったのかと再確認した。
私=マリアは、この3日間ずっと寝込んでいた。咳が止まらず、鼻水も出てきた。お部屋のベッドで眠りながら私は、ボーっとする頭を擦ったり、熱いおでこに手を当てたりしていた。
「……先輩、治りませんわね」
ルリィさんが、めずらしく心配そうにしていた。普段は、私やサレサさんに対してライバル心剥き出しで接してくるルリィさんが、こういう時に優しいのは少し以外だ。
彼女は、おでこに濡らしたタオルを絞っておいてくれたり、切ったフルーツを私に渡してくれた。
「……こちら、魔族の里でしか取れない新鮮フルーツ……"リゴン”ですわ。風邪をひいた時に食べると良いとされてます。お口に合いますか?」
「……うん。ありがとう……」
なんて、優しいんだ。ルリィさん……! 私は、これまでずっと彼女の事を勘違いしていたのかもしれない。今まで彼女の事を私は、ただの淫乱スケベドラゴンだと思っていた。
けど……こう言う仲間思いな所がある優しい一面を持ち合わせていたなんて……。さすが、お姉ちゃんだっただけある。
そんなルリィさんに対して、向こうでは荷造りをしてお出かけの準備をしているサレサさんの姿が見えた。彼女は、自分で調理したものをお弁当箱の中に詰めて、それを大きなリュックの中へ入れる。
そんな様子を見ていた私は、彼女に告げた。
「……いよいよ、今日なんですね。里帰り……」
すると、サレサさんはリュックを背負いながら私の事を心配そうに見つめて言ってきた。
「……こんな大変な時に同胞達に会いたいとか言って……本当にごめん。マリアさん」
「ううん。良いんですよ。せっかく、故郷へ戻って来たんですし……むしろ、もっと早くに行かせるべきでしたよね? 気が利かなくてごめんなさい」
「そんな! マリアさんは、悪くない……。これは、完全に私のわがまま……。ムー君の事だって色々心配だし……」
すると、そんな彼女に対してルリィさんが、いつもの調子で溜め息交じりに告げるのであった。
「……殿方様については、心配いりませんわ。むしろ、面倒な後輩が1人いなくなってくれるんですから……一安心ですわね。おーほっほっほっ!」
「……淫乱乳牛ドラゴン……」
「今何かとんでもない事言いましたわよね!?」
ルリィさんとサレサさんは、いつも通りお互いに張り合っていた。しかし、そんな2人のやりとりを見ていると、少し寂しい気持ちにもなる。しばらく里帰りでいないなんて……。私にとって今、一緒に生活をしている皆は、家族のような存在だと思っている。
家族が1人いなくなるというのは……それだけ寂しい話だ。
――その気持ちは、ルリィさんも同じだったようで、彼女はしばらくしてサレサさんに背を向けた状態で告げるのだった。
「……まっ、とにかく殿方様に関しては安心なさい! このアタシがついているんだから……絶対に、これ以上死なせたりはしませんわ! 殿方様の事は……わたくしが、全力をもってサポートいたしますわ。……分かったら、とっとと行った行った!」
サレサさんに背を向けるルリィさんのその顔は、少し寂しそうだった。サレサさんもルリィさんの言葉の真意に気付いた様子で、優しく微笑みながら彼女は、部屋を出て行く――。
「……分かった。それじゃあ、行ってくる」
サレサさんは、そう告げると部屋を後にした。
そして、それとほぼ入れ違いになる形で、この後すぐに光矢が部屋へ戻って来た。
彼は、どうしてだか分からなかったが、どうもやたらと焦った様子でそわそわしているみたいだった。よく見ると、彼の右手には開封済みの手紙が握られており、どうやらその手紙に何かあるみたいだ。
「おかえりなさい……どうかしたんですか?」
私が、そう尋ねてみると光矢は、手に握りしめていた手紙を私達に見せて言った。
「……あぁ、実は……ちょっとこれを見て欲しいんだ」
彼から渡された紙をルリィさんが受け取り、私と彼女は2人でその手紙を見た。すると――最初に目についたのは、この手紙の送り主の名前だった――。
「これ……ヘクターさんから!?」
ヘクター……それは、光矢のこの世界での育ての親であり、光矢の命を救ってくれた恩人であり、彼にマシンガンを作ってくれた開発者でもある。
そんなヘクターさんが、光矢に送って来た手紙に驚きつつも、私とルリィさんは手紙を読み始める。
ルリィさんが、風邪で文字を読むのが辛い事を察してくれてか、声に出して読んでくれた。
「えーっと……親愛なる我が馬鹿弟子へ。元気にしているか? お前が今、何処で何をしているかは、知らないが……これが届いたと言う事は……お前はまだ無事でいるって事だ。伝書フクロウが、返って来る事を祈ってるぜ。俺の方は……今日もいつもと変わらぬナイスガイっぷりだぜ。撮影魔法が使えたなら写真に収めたいくらいだぜ……って、手紙の最初の一枚目は、全部くだらない事しか書かれていませんわ」
そう言うと、ルリィさんは封筒の中に入っていた3枚の紙を全て取り出して、その先を読み進めて行く……すると、2枚目に到達した所で――!
「……ここからですわ! 馬鹿弟子へ。そう言えば、お前に報告しておかなければならない事が1つある。前に……可愛い嬢ちゃん達と家に来た時……お前にも少しだけ伝えておいたが……新しい武器の開発が、そろそろ終わる頃だ。是非、取りに来て欲しい。今度のは、凄いぞ。……今までにない最強の武器だ! お前が、ここへ帰って来てくれる事を俺は、祈っている。……お前の親愛なる恩人Mr ダンディ・ナイスガイ・ヘクター様より」
「新しい……武器?」
ルリィさんが、読み上げてくれた手紙の内容を聞いていた私が、もう一度そう言うと光矢がルリィさんから手紙を受け取り、それを胸のジャケットのポケットにしまいながら告げた。
「……そうだ。お前達には、言っていなかったが……実は、この前おやっさんと会った時から既に話は、聞いていた。おやっさんの作ってくれる新しい武器だ。それが、とうとう完成したらしい。……早速、取りに行きたいのだが……」
と、言いかけた所で光矢が、私の事を心配そうに見つめている事に気づいた。風邪をひいている私を起こして連れて行くわけにもいかず、はたまた1人だけ置いて行くのも……と困っているのだろう。
しかし……ヘクターさんの元へは、行かなければならないわけで……そのためにどうすれば良いのか光矢自身も迷っている様子だ。
――私のためになんて……もう、馬鹿なんだから……。
「私は、大丈夫ですよ。行ってください光矢」
「けど……お前は今……」
自分のせいで、風邪をひかせてしまった事にも責任を感じているのだろう。だからこそ、彼は私に何か言おうとしていたが、彼が喋り出すよりも先に私は、告げた。
「……もう良いんです。その時の事は、あれだけしたんですから……私だってもう許してますよ。……それに、ヘクターさんは光矢のこの世界での唯一の親と言っても過言じゃない恩人なんでしょう? それなら、ヘクターさんのためにも行ってあげてください。私の方は、大丈夫ですから。……ルリィさんのくれたリゴンの実の効能で、だいぶ体調も良くなってきてますし」
「マリア……」
それでも尚、光矢は心配そうに私を見つめている。……私にとっては、もうそれだけでお腹いっぱいになるくらい大満足だ。口元が、ニヤケてしまいそう……。
と、その時だった――。
「……全く、それなら僕を呼べば良いのに……!」
と、声を出して姿を現したのは、銃の精霊ルアさん。この三日間ずっと光矢の銃の中で眠っていた彼は、久しぶりに私達の元に姿を現して光矢に告げた。
「……マリアの面倒は、僕が見るから……主は、急いでヘクターの元へ向かう。これで、良いだろう?」
「ルア……。あぁ、ありがとう。帰りにお土産を買って帰る。だから、それまでマリアの事頼んだぞ!」
「ふふ……約束だよ? 僕、こう見えても食には、うるさい方だからね」
ルアさんは、そう言うと早速私の額の上に乗っているタオルを交換してくれて、看病を始めてくれた。その間に光矢は、ルリィさんと共に出発の準備を始める。そして――。
「……要が終わり次第、すぐに戻る! ルリィ……すまないが、龍の姿になって乗せてくれ。全速力で頼むぞ」
「分かりましたわ!」
ルリィさんは、そう返事をすると早速、窓を開けて飛び出す。そして、宙に浮いた状態で魔法陣を出現させると、そのまま自分の姿を大きな龍の姿に変身させる。
「……殿方様、アタシはいつでも準備出来てますわ!」
ルリィさんが、そう言うと光矢も窓に足を乗せて、今にも飛び降りようとしていた。部屋を出て行く前に彼は、私達に告げた。
「……宿の人達には、さっき説明はしておいた。もし、万が一何か聞かれたらその時は、おやっさんの所へ行っている事を説明しておいてくれ」
「分かったよ。主」
ルアさんが、そう返事を返すと光矢は、窓から飛び降りてルリィさんの背中に乗った。そして……彼らは上空へと上がっていき、そのまま一気に旅発つのであった――。
行ってらっしゃい……光矢。気を付けて……。