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序章

 ――女神を守るは、三人の勇者達。……鋼の心臓、万能の肉体、創造の知恵。……神の子から授かりしその力使い切る……。



                     *


 魔族の里、倒れた死体があちこちに転がる大きな家畜小屋の中……家畜小屋というのに動物は、おらず……とても不気味な様子だった。そんな暗い家畜小屋の中にやって来たのが、勇者スターバム。彼は、ある男の死体を抱きかかえた……。


「……モールス?」


 スターバムは、その名を呼ぶ。……しかし、既に死体と化していた男の返事はない。モールスは、目を閉じたまま……真っ白くなった顔で呼吸1つしていない。


 スターバムは、モールスが完全に死んだと言う事を理解して、彼の死体を抱きかかえたまま悲しみにくれた。


「……モールス! モールス……なぜ、こんな事に……。誰が……なぜ……」


 問いかけても誰も返事などしてこない。しかし、自問自答するスターバムには、これが誰の仕業であるかが分かっていた。


 いや、その証拠となるものは、モールスの体につけられた傷口から感じる魔力を見ればはっきりと分かった。


「……エンジェル・アイ。……そして、モールス以外の騎士達についたこの弾痕は……佐村光矢! お前達が、モールスを……私の部下を……許さん! 許さんぞ……! ここまで私の気持ちをグチャグチャにしたのは……君が初めてだ! 佐村光矢……。私は、必ず手に入れてみせる! あの心臓を……! 散っていた仲間達の為にも……私は、私の目的を果たす! 絶対に! そして……殺す!」


                      *


 魔族の里、キャンプ場にて、その日の夜。エンジェル・アイは、一冊のノートを開いて、そこに何かを書き込んでいた。


 燃え盛る焚火の傍で焼かれたままのさつまいもを放置しながら夢中でペンを走らせているエンジェルの様子に傍で焼き芋を楽しみに待っていたエッタが話しかけた。


「……楽しそうだね。何か良い事でもあった?」


「別にー……」


 エンジェルの返事は、素っ気なかったがしかし、彼の発した言葉の中には、何処か明るさを感じる。やっぱり良い事があったのだ。


 彼の笑顔を見ていたエッタは、なんだか少し嬉しい気持ちになった。


 ――あんなに楽しそうにノートを書いているアイくんを見るのは、久しぶりだなぁ……。


 エンジェルが書いているノートは、エッタがまだ小さかった頃にエンジェルの誕生日に彼に贈ったプレゼントだ。


 幼い頃から何故か王国から追われていたエンジェルとエッタ。王国の騎士達との逃亡と戦いの中で、エンジェルが金色の槍の力を使うたびに記憶を失くしていくというデメリットを知ったエッタが、彼の薄れていく記憶を心配して、贈ったプレゼントだった。


 しかし、実際に書き始めたは良いものの……結局、どれだけ思い出を書き起こしていっても、エンジェルが戦いの後に記憶を失くすのと同時にノートの方のページも該当するページが消えていってしまうせいで、意味がない事が分かっていた。


 エッタとしては、結果的に余計にエンジェルの悲しみを増幅させるだけの結果になってしまったと思っていたが……エンジェルは、今でもこのノートにこうして、たまに書き起こしているのだ。それも何か自分にとって大事な事とか、嬉しい事があったりすると、このように楽しそうにノートに書く。


 エッタは、そんな楽しそうなエンジェルの姿を見るのが好きだった。彼女は、焼き上がったさつまいもの串を持って食べながら、エンジェルが一生懸命書いている姿を眺めていた。


 するとそんな時、突然エンジェルが告げてきた。


「……明日、ここを出るぞ」


「え……?」


 エッタが、驚いているとエンジェルは、ペンをノートに挟ませて一度書くのをやめて、さつまいもを食べながら告げた。


「……騎士達が、この辺りに来ているからな。早いうちに逃げておかないとまずいだろう。明日の朝、すぐに発つ。準備しておけよ」


「そっ、そんないきなり言われても……! それに騎士達がいるって言っても……まだ私達の居所までは着き止めていないでしょ? なら……」


「俺が、力を使えるのは……後、4回だ」


「4……回? どうして? この前までは5回だったはずじゃ……もしかして!?」


「……今日、佐村光矢と会った。奴と一緒に戦った時、力を使った……。だから、もうこれ以上ここにいても……時間の問題だ。早めにここから逃げて……何処か安全な場所に隠れるぞ」


「……でも、まだ早すぎるよ! 今、動いたら逆に……魔族の里近辺にいる騎士達に見つかってしまうかもしれないよ!」


「いや、その心配はいらない。奴らは、既にこの里の中まで来ている! 事実、俺は今日騎士共と戦った。と言う事は……奴らの部隊は既にこの里の中まで……」


「……」


「どうした?」


 エッタの様子が、おかしい事に気付いたエンジェルは、彼女を心配して聞いてみる。すると、彼女は告げた。


「……ううん。ただ、アイくん……きっと、今日は何か凄く良い事があったのかなって……ちょっと思った」


「どうして? そんな事を思うんだ?」


「だって……アイくんが、そうやってテキパキ動く時って……だいたい、忘れたくない思い出が出来た時だもん! きっと、それって……ジャンゴさん達の事だよね? 私、嬉しいんだ。あの人達、悪い人達じゃなさそうだし……きっと、アイくんとも仲良くなれると思ってたんだ! アイくんとジャンゴさんの誤解が解けたみたいで私、嬉しい!」


「エッタ……」


 彼女の笑顔を見ているとエンジェルの心にも勇気が湧いて来る。


 ――そうだ。エッタの言う通り……。これ以上、失くしたくない。俺は……これ以上、誰かとの思い出を消したくない。……もし、これ以上戦えば……いつか……。


 エンジェルは、エッタの顔をジーっと見つめる。すると、そんな彼の視線に気が付いたのか、エッタは頬を紅く染めて、恥ずかしそうに告げた。


「……ア、アイくん? そ、その……そっ、そんな見つめられると……その……なんだか、照れるというか……」


 ――忘れたくない。絶対に……!


「すまん。ボーっとしてた。……これ食ったら早速、旅発つ準備を始めるぞ」


「うっ……うん」


                       *


 同時刻、クリストロフ王国王城内……エカテリーナ王女の部屋。


 その夜は、寝付けなかった。わたくし=エカテリーナは、今宵の満月を眺めながら少しボーっとしていた。お城の中は、すっかり静かになっていて、きっと皆とっくに眠ってしまっているのでしょう。


 しかし、わたくしだけは、全然眠りにつけなかった。


 ――クリーフが、わたくしの元を離れてから既にどれくらい経ったのだろうか。なんだか、かなり昔の事のようにも感じてしまうが、案外そこまで前の事という訳でもなかった気もする。


 結局、あの日から現在にかけて彼からの連絡は一向にない。西部に行き、サム・コーヤの棺桶を探して来るよう命令をしたというのに、何の情報もわたくしには来ない。


 何をやっているのか? まさか、クリーフに限って何者かにやられてしまっているとか、そう言う事はないと思っているが……。少し心配にも思う。


 私の脳裏にいつぞやのお父様の言葉が蘇る。


 ――お前の将来の結婚相手は、勇者スターバム――。


 どうでも良いはずだった。わたくしは、王族。結婚相手を選ぶ権利は、わたくしにはない。最初から恋とか愛とか、そう言った事は王族として諦めていたはずだった。


 なのに……どうしてだろうか。サム・コーヤの棺桶の話を聞いた時、もしかしたら……何処かであの人は、生きているんじゃないかと思ってしまって、そう思ってしまうのが……なんだか、嬉しかった。


 わたくしは、どうしてしまったのか……。どうして、こんな事を考えてしまうのだろうか。とっくに彼は、亡くなっているというのに……それなのに、彼の事が頭の中から離れられない。


 転移してきたばかりの彼は……何処か大きな闇を感じた。誰かが傍にいてあげないといけない人なのだと……わたくしは、直感的に理解した。


 だから、わたくしは……彼の事をお父様から助けてあげたかった。でも……無理だった。わたくしは、お父様に逆らえない。立場的にも……。


 でも、そんな自分が嫌で……このお城を抜け出せるくらいの勇気がわたくしにもあれば……と、何度も思った事か。


「……満月も、今は満たされていても……明日には欠けてしまう。まるで、わたくしの様ですわね。王女として、普通の人よりも満足の行く生活をしているはずなのに……わたくしの心は、高級な食事でお腹を満たしても次の瞬間には、何処かが欠けてしまい、最終的には空腹となってしまう。わたくしは……あの月のように……どれだけ太陽を追いかけようとしても……追いつかないのでしょうか……」


 ――サム・コーヤ……。わたくしは……どうすれば良いのでしょうか? もしも、今も何処かで生きているのなら……教えてください。貴方に……逢いたい。


次回『運命さえも撃ち抜く弾丸ヴェラドリング編』

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