第三の勇者編④
少しだけ夕日が出てきた頃だった。町から少し離れた場所、広い荒野が広がっていて誰一人生き物のいない砂漠だけの空間には、ポツリと1人の男の人が、焚火をしていた。彼は、何かを作っているみたいでぐつぐつ煮込みながら料理をしている。私の鼻にこんがり焼き上がった香ばしい香りと甘い匂いがしてくる。
――男の顔には、見覚えがあった。……指名手配犯のエンジェル・アイ。クリストロフ王国で何十年も前から指名手配されていて、未だに捕まっていない男で、光矢とスターバムが戦っている所に突如現れた謎の男だ。その彼が、目の前にはいた。
私達が銅色の髪をした少女に連れられてこの場所へやって来ると、焚火をしていた彼が私達に気付いた様子で告げた。
「……誰だ? お前達は……」
その反応に私達は、唖然とした。まさか、最初の第一声がそれだとは、思わなかった。以前の戦いで突然乱入してきていきなり、私達を襲った人間の吐くセリフだと正直思えなかった。もっとこう……またお前達か! とかお前達、どうして!? みたいな反応を期待していたが……そうはいかなかった。
当然、光矢は男の反応に対して怒っていた。彼は、今にもエンジェルの事を撃ち殺す勢いで銃を抜こうとしていたが、寸前で銅色の髪の少女が、告げた。
「……待って! お願いします! これには、深いわけがあるんです! お願いします! 許してください! すいません! すいません!」
少女は、潤んだ瞳でそう告げるが、光矢の方は呆れた様子で告げるのだった。
「……その事情というのは、何なんだ? 昨日、突然俺達を襲って……マリアを殺そうとしたくせに……その第一声がこれか? 舐めてるとしか思えないな……」
「違うんです! 聞いて下さい! これには、訳があって……その……ア、アイくんは、覚えていないかもしれないけど……この人達はその……」
少女が、話し始めようとすると、その時だった。焚火をしていたエンジェルが、私達の話に入り込んで告げる。
「……誰だか知らない連中だが……すぐに帰ってくれないか? 俺はアンタ達と”思い出を作る”つもりもないし……そもそも俺は、アンタ達との過去の思い出すら覚えていないんだ。帰ってくれ。……さもないと、焼き芋がまずくなる」
エンジェルは、そう言って焼き芋を焼き続けるのだった。しかし、甘いお芋の香りが、香ばしく匂ってくる中、光矢はとうとうエンジェルへの怒りが抑えられなくなってしまい、銃を引き抜いて告げる。
「……”過去”だと? テメェが覚えていないのなら! 思い出させてやる! 今すぐ武器を持て……! この前の借りを返させてもらう! マリアを殺そうとした事のな!」
光矢が、エンジェルの元へ向かって行こうとした次の瞬間、銅色の髪の少女が、彼の前に立って全力で彼の事を抑えながら告げるのだった。
「落ち着いて下さい! ここで戦ってはいけないです! アイくんが、こうなった事には……ちゃんと訳があるんです!」
「ほう? だったら、しっかり納得できるような理由を聞かせて貰えないか? 理由次第では、この場で2人まとめて撃つ事だってある……!」
怒りが止まらない光矢だった。そんな彼の事を必死に食い止めようとしている銅色の髪の少女の姿を見て私は……。
「やめて光矢……」
光矢の銃を持つ手の上に自分の手をのせた。そして、優しく彼の武器を持つ手を下げようとした。
「……マリア? どうして? コイツは、お前の事を……」
光矢は、そう言うが私は……
「分からない。ただ、その子の目を見ていると……なんだか、その……」
言葉にできないようなこの気持ちを光矢は、ほんの少しだけ察してくれたのだろうか? 彼は、銃を下ろして納得のいっていない顔をしながらも告げた。
「……分かった。お前がそう言うのなら……今は見逃す。だが、アンタの言う事情とやらを聞かせて欲しいな」
光矢は、銅色髪の少女の事を見つめてそう言うと、今度は向こうで焼き芋を焼いているエンジェルが告げた。
「……その必要はないな」
「なに?」
光矢が、エンジェルを睨みつけると焼き芋を焼いているエンジェルは、告げた。
「……アンタ達に俺達の事を知ってもらう必要はない。今すぐここから出ていけ。それができないなら……」
エンジェルは、そう言うと私達の事を強く睨みつけてきた。彼のその反応に光矢の方も「上等」と言わんばかりに再び素早く銃を引き抜ける構えを取り出す。
――しかし
「……もう! やめてよ! アイくん……。話を紛らわしくしないで!」
エンジェル・アイの隣に立っていた銅色髪の少女が、エンジェルの耳を引っ張る。すると、エンジェルは苦しそうに「痛い痛い! 離せ!」と悲鳴を上げだし、やがて彼は耳の痛みに耐えきれなくなり、そこから何も言ってこなくなった。エンジェルは、手に持っていた焼き芋の串をポトッと落として、赤い色をした耳を優しく撫でながらしゃがみこんだ。……よく見ると、腫れているような……いや、気のせい……かな?
そんな彼から少し離れた所で私達と銅色の髪の少女は、話を始めるのだった。
「ごめんなさい……。アイくん……あんな風だけど、実際は凄く良い人で……根は、優しいの。だから……彼の事、忘れないで上げて……」
「アンタ、名前は?」
光矢が、尋ねると銅色髪の少女は、告げた。
「……私は、エッタ。そこでお芋を焼いてるアイくんと一緒に旅をしてるの。まぁ、旅と言っても私達は、お互いにクリストロフ王国に指名手配されているから……逃亡してるだけなんだけどね」
――エッタ……。その名前を聞いた時に私は、思い出した。確か、エンジェルと一緒によく手配書が張られてあった人。手配書では、逃亡犯カップルみたいな書き出しでよく張られてあったけど……まさか、本当に一緒に逃げてるなんて思わなかった。というか……アイくんというのは、エンジェル・アイのアイから来ているのか……。ちょっとかわいい……かも?
すると、エッタさんは私達に話の続きを喋り始める。
「……私達、小さい時に出会ったの。まだ、お互い子供だったんだけど……ある時、道で倒れている彼を助けてあげてね。それで、看病とかしてあげてたんだけど……なんか、いつの間にか王国に追われる事になっちゃって……それで気が付いたらこういう風に王国と戦いながら逃亡生活するようになっちゃったって……感じかな? 昨日、貴方達の事を襲ったのは、だいぶ前にここへ逃げて来て隠れていたんだけど、人間の魔力を感じ取って……向かってみたら王国の騎士達がいたから居所がバレたのかなと思って……それで、勘違いなんです……その……ごめんなさい」
……昨日の事は、分かったけど……うん。前半部分に関しては、さっぱり分からない。こんなに分からない説明を聞いたのは、人生で初めてかもしれない。話しが、飛び飛びすぎて……わけが分からない。けど……。
「……貴方達が、一緒にいる理由は分かりましたが……それで、その……エンジェルさんが、どうして昨日、私達と一緒に戦った記憶まで失くしているのかを知りたいです……」
私が、そう言うと……途端にエッタさんは、しんみりした顔になって話し出すのだった……。
「……それは、アイくんの持っている魔法のせい……なんです」
「魔法……ですか?」
「はい。……アイくんは、他の人よりも強い魔法を使う事ができるんだけど、その代償として……戦えば戦った分だけ、自分の記憶を失くしていくの……」
「え……?」
私達が衝撃を受けていると、その時だった。向こうで焼き芋を焼いていたエンジェルが、こちらへやって来て告げるのだった。
「おい。いい加減にしろ! これ以上、俺達の詮索をするな! 俺は、勝手に自分の事を知られるのが大嫌いなんだ!」
彼は、そう言って砂まみれになった焼き芋の刺さった長い串を拾って私達に向けてブンブン振ってきながら言った。
「……だいたい、エッタ! どうしてこんな奴らに俺の事を話そうと思った? こんな何処の馬の骨かも分からない奴ら……。しかも、こいつらは人間だ! この魔族の里で俺達以外にも人間がいたなんて……クリストロフの回し者に決まってる! やっぱりここで倒すしか……!」
「ちょっと待ってよ! アイくん……。この人達は、王国の人達なんかじゃないよ。この人達は、むしろ私達と同じで……王国を追放された人達で……」
「だとしても、だろう? いつも言ってるだろ? これ以上、面倒事を増やすなって! だいたい、お前はいつも……お節介が過ぎるんだよ! 俺の事なんか良い! 友達とか思い出とか……そんなもんどうだって良いんだ! ほっといてくれ! どうせ……俺には、持っていても……仕方がないものなんだから……」
「……アイくん」
エッタさんは、エンジェルの事を見つめていた。その目は、彼の事を心の底から心配している目。……この時、私はようやく気づく事ができた。……彼女の目が、誰に似ているか……。
――あれは、私だ。光矢が死んでしまう事が嫌な私と……同じ気持ちだ。……エッタさんは、私と同じなのだ。
私達は、すぐに彼らの元から離れる事にした。帰る前、私はエッタさんと別れる直前に告げた。
「……気持ち、分かります。私も……貴方と似たような経験、あるので……。彼の事、大事にしてあげてくださいね」
そう言って私達は、彼らの元を離れて行くのだった……。