第三の勇者編①
人生、山あり谷ありという言葉がある。長い人生の中でどんな経験をするかは、分からないもので、この先どういう道を歩んで行くのかなんてそれは、実際に行ってみないと分からない事だらけだ。
しかし、そうは言うけど……まさか、自分が人生の中で牢屋の中に入ってしまうとは、思わなかった……。
「……はぁ。まさか、元教会勤めの修道女である私が、こんな目にあうなんて……」
激動の1年だ。……最初は、奴隷にされてしまい、金持ちのおじ様と如何わしい関係になりそうになって……それから、旅をし……魔族の人達と仲良くなったりして……今は、魔族の国の地下の檻の中だ。
いやぁ……何処で人生間違えたのだろうか……。やっぱり、シャイモンとかいう人に捕まってしまった所から私の人生は、狂いだしたのだなと……今、はっきり私は、理解した。
そんな落ち込む私の隣で、ルリィさんは、檻を手で掴んで何度も揺らしながら訴えかけていた。
「……ちょっと!? 私達、同じ仲間ですわ! 話し合いません? あ、そうだ! 一旦、落ち着いて……ここは、皆でアタシのおっぱいでも飲みながら……ゆっくり話し合うなんていうのは……」
当然、外にいる魔族達が相手をするはずがなかった。ここは、女子監。同じ、女にそのハニートラップは、当然通用しない。檻の外にいる魔族の女戦士達は、興味無さそうに出て行ってしまった。
ルリィさんは、それでもめげずに檻を叩き続けるが、そんな彼女の近くでは、何かをボソボソ呟いてしょげているルアさんの姿があった。
「……どうせ僕は、可愛いよ。……女の子みたいな見た目していて……でも、それって全部、僕の主が悪いわけで……僕の主が、エッチじゃなければ……もう少し男らしいカッコいい見た目になれたわけで……そうしたら、僕だけ男なのに女子監に入る羽目には、ならなかったわけで……僕、男だし……。男の子だもん。男の子なんだもん!」
何と言うか……ここまでしょげていると、むしろ逆に可愛いとさえ思ってしまう。
そして、そんなルアさんの近くでは、サレサさんが壁に耳を当ててボーっと座っている。
「……サレサさんは、こう言う時でも落ち着いているんですね」
「……うん」
彼女は、素っ気ない返事を返して、まるで私が話しかけた事が鬱陶しそうに壁に耳を当てて、何かを聞いているようだった。それが気になった私は、サレサさんに尋ねる事にした。
「……何をやっているんですか? 壁に耳なんかあてて……」
すると、彼女は恐るべき事をいつもの調子でサラッと話し始めた。
「……ここから隣の男子監の音が聞こえてくる」
その言葉にこの場にいた私達3人は、目を見開く。そして、ルリィさんがサレサさんに尋ねた。
「……この隣……男子監……それってまさか……!?」
「そう。……ムー君の音。日頃、聞き逃し勝ちなムー君の生活音ASMRが、今なら……月額無料で聞き放題」
「なんですって!? 退きなさい! 今すぐに! そこを退くのですわ! これは、先輩命令ですわ! サレサさん!」
ルリィさんは、急にそんな事を言い始めるが……サレサさんとて負けてはいなかった。彼女は、静かな闘志を感じる強い声音で告げた。
「譲らない。……ここは、私のもの。絶対に譲らない」
だが、そんな彼女に対してさっきまでしょげていたルアさんが、顔を上げてサレサさんに告げてくる。
「……エルフのくせに生意気だね。良いかい? 僕は、大自然に宿り、古の時代からこの世界を見てきた頂上の存在……。君達、エルフ族が信仰する自然そのものと言っても過言じゃない! さっ、退くんだ。精霊として……君へ命令するよ。そこを退き、僕に主の音を聞かせるんだ。僕には、主に仕える者として主の全てを聞く義務がある!」
だが――。
「……自然と言っても、貴方は……ムー君の持ってたよく分からない武器の中に眠ってた存在。私達エルフが信仰していたのとは、違う。ルア、勉強不足」
「……うるさいなぁ! それでも僕は、精霊なの! 君達よりも長生きで魔力だって上なの! だから僕の方が偉いの!」
すると、そんなルアさんの発言に対してルリィさんが、嘲笑いながら告げた。
「……あらまぁ? たかだか、長生きで魔力が高いからって出しゃばらないで下さる? そう言う事を平気で言ってしまうような人の事をなんて言うか知っていますの? 殿方様の世界では……”老害”って、言うらしいですわよ! 分かりましたこと? お・ば・さ・ん」
「……んな!? おばさんじゃないよ! よく見るんだ! 僕のこの見た目! 明らかにまだまだ幼くて可愛い発育途中の子供だろう! それに、僕はそもそも男だ! どちらかと言うなら……おじさんだよ!」
「……あら? では、訂正いたしますわ。正確には……ロリババアと言った所かしら?」
「ちがああああああああう! 僕は、男だってば! どちらかというなら……ショタジジイなの!」
最早、何の争いをしているんだ……この2人。
その夜は、ずっと騒がしかった……。私達は、一晩中光矢の音を誰が聞くかで揉め続けた……。
*
魔族の里内、奥地。魔族達が住んでいる場所から少し離れた所にある森の中では……勇者スターバムとその部下達が、野宿をしていた。全盛期は、50人以上もいたはずのスターバムの軍勢だったが、エンジェル・アイの乱入によって形成は、逆転。彼の部下の数は、ほぼ半分消耗してしまっていた。
そんなズタボロのスターバム軍の騎士達が、野宿をしているすぐ傍で、勇者スターバムは悔しそうに森の木に拳を打ち付けていた。
「クソッ! クソッ! ……クソッ!」
騎士団長スターバムのそんな姿を見るのは、部下達も初めてだった。普段の彼は、もっと自分に自信があり、常に余裕な感じだったのだ。しかし、それが今となっては……全く余裕を感じられない様子となって、ただひたすらに木を殴り続けていた。
そんなスターバムの様子に部下の騎士達は、見て見ぬふりをする。……誰一人として、彼の心配をする者は、いなかった。――ただ1人を除いて……。
スターバム騎士団の副団長モールスはただ1人、スターバムの事を心配していた。彼は、勇気を出して話しかけた。
「……スターバム騎士団長。……お怪我の方は、ありませんか? 食事の準備も出来ておりますので……いつでもお召し上がりになれますよ?」
すると、スターバムは怒り気味に告げた。
「……今回の作戦、失敗したのは……何が原因だと思う?」
「は? それは……やはり、予想外の出来事が……」
「それもそうだ! 何なんだ……奴は……。どうして、あんな奴が存在している? 私は、知らないぞ……。あんな奴の事は……。この世界には、勇者は2人だけなはずだ! なのに……どうして……どうして……あの力を……。あの男が……」
スターバムは、とても荒れていた。そんな彼の様子を見ていたモールスは、心配そうに持ってきていた彼の分のスープを渡そうとスターバムに近づく。
すると、モールスが傍へやって来たのに気づいたのかスターバムは再び口を開く。
「……私の計画は……もうメチャクチャだ。こんな事……こんな……。一番予想外だったのは、確かにあの男の存在。……エンジェル・アイ……。何者なんだ……。奴は……」
「落ち着いてください。団長。……また、もう一度やれば良いじゃないですか? 次は、その…エンジェル・アイという男に邪魔されないように気をつければいいんですよ。我々も引き続き、協力しますから!」
しかし、モールスはこう言っているが、スターバムの余裕のなさは、モールスの予想を遥かに超えていた。
スターバムは突然、モールスが持ってきてくれたスープを右手を大きく振って払い退けてしまう。地面に零れてしまったスープを見てモールスは、少し悲しそうな顔をしたが、スターバムの方は怒りに満ちた様子で続けていた。
「……もう一度やれば良いだと? ふざけるな! 私が、これだけ怒っているのは……あの謎の男の事だけではないんだ! 佐村光矢……。奴もだ。奴も……私の時を止める魔法を撃ち破り……私の神具の能力を全て攻略した。……それも魔力がないくせに、だ。……私は、あんな奴に……あんな奴に負けたというのか!」
「おっ、落ち着いて下さい!」
「これで、落ち着いていられるか!」
スターバムは、ひたすらに気持ちをぶつけた。そのうちに彼は、膝を地面について、まるで泣いているみたいに掠れた声で苦しそうに誰かの名前を言うのだった……。
「冬音……」
だが、それでもモールスは諦めずにスターバムのためを思って悲しみに暮れる彼を心配し、口を開き続けるのだった。
「……騎士団長は、少し疲れているのです。今まで、この世界にやって来てから数多くの任務をこなしてきたわけですから……少し休まれた方が良いのだと思います! そうだ。スターバム騎士団長が休んでいる間に私達が、その……サム・ゴーヤという男を倒し、団長が言っている”鋼の心臓”を取りに行ってきますよ! 相手は、魔力がないわけですから……大丈夫です! 隙を伺って、一気に数で仕留めて行けば……きっと何とかなります!」
モールスは、そう告げるがそれでもスターバムは、機嫌を悪そうにしているのだった……。
「……無理だな。お前達如きが……佐村光矢に敵うわけがない。……奴は、今この世界において……並の”人間”以上に強い。下手をすれば……いや、もし仮に奴が、魔力を持ち、力に完全に目覚めてしまえば……私よりも……。そうなれば、今この世界の人類の中で最強と言っても……過言じゃないんだ。そんな奴を相手に……お前達如きで戦うなんて不可能だ。奴ほどの男が、隙を見せるとは、思わない……」
そう言い残すと、スターバムは森の奥へと歩き出し、自分が寝るためのキャンプの方へと向かって行った。そんな彼の事を後ろから追いかけようと一歩だけ前に踏み出したモールスだったが、そんな彼にスターバムは去り際に告げるのだった。
「……ただ1つ、弱点があるとするなら……それは、”甘さ”だ。それが、奴の……佐村光矢の唯一の弱点……といった所だな」
「甘さ……」
モールスはそう言って、その場で立ち尽くした。スターバムは既に何処かへいなくなっており、彼1人だけが、立ち尽くしていたのだ。彼は夜の森の中を1人でしばらくの間過ごす事にしたのであった……。