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魔族の里編⑤

 ――魔族の里、広場。昨日まで平和だったその場所は、今では見る影もない。楽器を演奏していた魔族達がいた噴水の傍は、でこぼこに穴が開いており、噴水も粉砕されてしまっていた。


 昨日、子供達が走り回っていた広場の周りも炎が燃え盛っていたり、誰も遊ぶ事のできないような酷い有様だ。


 そんな場所にやってきた私達は、顔をしかめた。


「酷い……」


 サレサさんのその一言に私達は、無言で頷く事しかできなかった。すると、ゆっくり歩いていた私達の元に何かが上から降りかかる気配を感じた。


 ――これは、魔力!?


 私は、すぐに魔法陣を展開し、防御結界を作動させる。気配を察知した光矢達も私の結界の中に入る。その直後、上から巨大な炎の球が降りかかる。私達を襲おうとしたその攻撃をギリギリ守り切る事ができたが、尋常じゃない魔力の攻撃を受けた事で僅か一発で私の結界には、ヒビが入ってしまった。


「……はぁ、はぁ……」


 そのあまりの衝撃に私は、息も切れ切れになり、消耗しきっていた。そんな私を隣で見ていた光矢が背中をさすりながら心配そうに声をかける。


「大丈夫か?」


「えぇ……。何とか……」


 私が、そう言った次の瞬間、足音がして私の目の前に何者かが現れるのだった。


「……いやぁ、やっと来たか」


 私達が顔を上げると、そこには騎士達の大群を引き連れた1人の男が馬に乗ってこちらを見ていた。その男は、身長が高くて、光矢よりも歳は、若い。顔も整っており、綺麗な茶髪が特徴的なハンサムな顔だ。そして、何より背中には、巨大な十字型の魔法剣を背負っており、彼からは尋常じゃないくらいの魔力を感じる。


 目の前に立っているだけで、私にはその男が強者であると本能的に理解できた。


 ――その男の事を見た瞬間、光矢の目つきが変わった。彼は、衝撃的な顔でその男の事を睨みつける。


「お前は!? あの時の……」


 すると、男は不敵な笑みを浮かべて光矢に告げた。


「……あぁ、久しぶりだったな? まぁ、と言っても俺達が出会ったのは僅か一瞬の事。……なんせ、俺はあの時、勇者として認められ、逆に君は……”クズ”のレッテルを貼りつけられて、コンマ数秒もしないうちに王国から抹消されてしまったんだからね」


「え……?」


 男のセリフを聞いた瞬間に私は、この男に対する警戒心が強まった。


 ――なぜ、光矢と王国の事を知っているのか? どうして、勇者の事を知っているのだろうか……。これまで、光矢は様々な騎士達と戦ってきたが、その中でも彼の事を知っている人は、ほとんどいなかった。


「光矢、この人は……」


 すると、光矢は男の事を睨みつけながら語り始めた。


「……俺が、初めて転生してきた時、同じタイミングでこの世界にやって来たもう1人の男だ。顔つきから察するに俺と同じ日本からやって来た転生者だな?」


「その通り。……私の本名は、星ヶ谷裕也ほしがや ゆうや。この世界では、勇者スターバムとして……王国に仕えている。君と同じ転生者だが、あえて違う所をあげるとするなら……私は、君よりも強い。魔力も……実力も……。全てにおいて、私の方が上だ」


 勇者スターバムが、そう答えると光矢は彼の事を睨みつけて告げた。


「……御託はいい。そんな事は、やってみなければ分からないというものだ」


 だが、スターバムは光矢のセリフに対しても余裕な素振りを見せて告げるのだった。


「……分かるさ。忘れたのかい? 君は、王国に捨てられたんだ。勇者の素質がない失敗作だと罵られてね。そんな君が……僕に敵う訳がない」


 その瞬間、一瞬にして辺り一面が、凍り付いた。最早、誰も喋る者はいない。そこには、ただ互いに睨み合う光矢とスターバムの姿があるだけだった。両者は、ゆっくりと武器に手を伸ばす。ちょうどそれと同じタイミングでルアさんが、魔法陣から光矢の棺桶を引っ張り出す。


 ――そして、お互いに戦う準備が整ったタイミングで、両者は走り出す。まずは、腰に装填された二丁の銃を取り出し、スターバムに向かって乱射する光矢。


 だが、スターバムは光矢の電光石火の弾丸をいとも容易く魔法剣の一振りで防ぎきってしまう。光矢は、すぐに近くに置いてあった棺桶のロックを解除して、中に入っていたショットガンを手に取り、早速構えると狙った方向へ弾を撃ち込むのだった。


 しかし、その攻撃に対してスターバムは魔法陣を前にかざした掌に出現させる。次の瞬間に光矢の撃った弾丸は、彼の掌の前で静止し、そこから一ミリも動かず、空間に浮いた状態で止まってしまったのだ。


「……何!? その魔法は……!?」


 光矢が、驚くのも無理はない。私にもスターバムの使っている魔法が何であるのかが、分からなかった。弾を止める……そんな魔法は、これまでの戦いの中で一度も見た事がない。


 光矢は、すぐに武器を変えた。彼は、棺桶に入っていた最終兵器である大きなハンドル式のマシンガンを手に取り、それをスターバムに連射した。


 次から次へと目にも止まらぬ速さで、蜂の巣のように開いた穴から弾丸が発射される。その攻撃にスターバムの顔に、少しばかり陰りが見えた。



 ――だが


「……なかなか凄い攻撃だが……所詮、魔力も扱えない人間の撃つ技など高が知れてる」


 そう言って彼は、再び魔法陣を展開し、弾丸の動きを止めてしまった。それもマシンガンから放たれた全ての弾丸が、完全にピタッと動きを止めてしまったのだ。


「……何!? 効かない? そんな防御結界が……」


 すると、スターバムはいやらしく微笑んで告げた。


「……いいや。これは、防御結界なんぞと違うのだ……。私が、使っているこの魔法は、事実上全てのありとあらゆる攻撃を防ぎきる事ができる。いわば、絶対防御の力だ」


「絶対……防御?」


 刹那、スターバムの目つきが変わる。彼は、強い口調で告げた。


「……逆巻け時よ。逆行リバース!」


 途端に彼の魔法陣の先で止まっていた光矢の弾丸たちが突然、魔法陣の先にいるスターバムではなく、反対側にいるはずの光矢の方へと跳ね返されてしまう。


「……何!?」


 光矢は、すぐに回避を始めるが、彼の放った電光石火の弾丸たちは、逃がさなかった。回避をするも、光矢の体のあちこちに自分の弾丸が命中し、とうとう光矢の脳天にも弾丸は命中してしまった。


 途端に彼は、倒れてしまい、私達は……。


「光矢! 光矢……!」


 死んでしまった彼の元へ急いだ。必死に光矢の死体を揺するルリィさんや呼びかけるサレサさんの傍では、真剣な顔つきで光矢の事を見ていたルアさんがいて、精霊はすぐに光矢に向けて魔法陣を展開する。


「今、蘇らせてあげるよ! 主!」


 そう言うと、ルアさんは自分の持っている全魔力を込めて光矢に注ぎ込んだ。私は、念のため復活の間に防御結界を展開し、敵から身を守ろうとしたが、その時たまたま私の視界に入ったスターバムの顔は、なんだかとても興味深そうだった。……彼は、とても興味深そうに光矢の復活する様を見ており、そこには何処か不気味さも感じれた。


 すると、光矢に自分の今ある全魔力を託したルアさんが苦しそうに過呼吸になりながら倒れてしまう。精霊の姿は、どんどん薄くなっていき、ルアさんは私達を見渡して告げた。


「……良いかい? 僕は、精霊だから……ただの魔力の塊である僕は、またしばらく実体化できなくなってしまうけど、それでも……後は、任せたよ。主の事……今すぐにもう一回死なせないでね!」


 そう言うと、ルアさんの姿は、消滅……したと思った次の瞬間――。


「……時よ逆巻け。逆行リバース


 その時、結界の向こうからスターバムが魔法を発動した。次の瞬間には、消滅しかけていたはずのルアさんの姿が、どんどん元に戻っていき、ついにははっきりとその姿が目に見えるくらい鮮明になっているのだった。


「……ル、ルアさん? どうして……」


 事態が飲み込めない私が、そう言うと……ルアさんは、スターバムの立っている方を向いて彼を睨みつけて言った。


「……どういうつもりだい? 敵のくせに……僕の時間を巻き戻すなんてさ……」


 すると、スターバムは大きな声で笑いながら告げた。


「……どうもこうも。ただ、君にはまだ消えて貰っちゃ困ると思っただけだよ。銃の精霊ルア。……僕は、君にも興味がある。だから、時間を巻き戻したんだ」


「”時間を巻き戻す”……?」


 私が、そう言うと……隣に立っていたルアさんが告げた。


「……うん。僕も今、魔法をかけられた事でようやく分かった。あのスターバムが使っている魔法の正体。……それは、”時間”だ。彼は、時という概念そのものを自分の思うように操る事ができる……! だから、僕も魔力が無くなって消滅する直前に奴の魔法で巻き戻されて、実態があった頃に戻ったんだ。さっきの主の弾丸が、魔法陣の前で止められていたのも同じさ。……スターバムが、弾丸の時を止めて、そして巻き戻した。それによって、本来飛んでいくはずだった方向と真逆に弾丸が飛んで行ったんだ」


 すると、スターバムは私達を小馬鹿にしたような微笑みを浮かべて拍手を送りながら告げた。


「ご名答。……流石は、長い時を生きる精霊だ。……如何にも。私の魔法は”時間”だ。時そのものを操る事ができる。……止める事も、スローにする事も……はたまた、早送りや巻き戻し、スキップだってお手の物。以後、お見知りおきを。鋼の勇者のお仲間さん達……」


「鋼の勇者……?」


 私やルリィさん、サレサさんが言っている事の意味をいまいち理解できずにいると、その隣にいた精霊のルアさんは、真っ直ぐスターバムを睨みつけながら告げた。


「……そんな魔法を使えるのは、この世界の歴史上……1人しかいない。まさか、君が……”万能の肉体”を持つ勇者だったなんてね……」


 ――”万能の肉体”。……その単語は、聞いた事があった。……修道女時代、教会で勉強していた時に聞いた単語だ。確か……女神と3人の勇者という神話の世界に登場する単語だった。


「――その昔、魔族と人間、争い続けるこの世界に舞い降りし女神。人々は、救いを求めて女神に祈りを捧げる。女神を守るは……”異界から現れた勇者達。1人は、鋼の心臓を持ち、その強靭な精神力と硬い意志で守り抜く。もう1人は、万能の肉体を持つ……。そして……”」


 私は、いつの間にか昔読んだ聖書の一文を読み上げていた。


「先輩……?」


 そんな私の様子の変化にルリィさんやサレサさんは、困惑していた。ルアさんでさえ、妙な顔をしている。……私自身も、自分の変化に……困惑した。しかし、目の前に立っているスターバムは私に向かって感心したような顔で拍手を送りながら告げた。


「……ほう。ただの奴隷かと思ったが……なかなか優秀な奴隷じゃないか。聖書に書かれた神話の一文を暗記しているだなんて……君にも少し興味が湧いてきたよ」


 スターバムが、私を見てくる。その視線に少し緊張したが、すぐにその時……私はある事に気付いた。


「……まさか、貴方の言っていた鋼の勇者の事って……!?」


 スターバムは、答えた。


「……如何にも。今もそこでまだ眠っている佐村光矢くんの事さ。彼は、大昔にこの世界で活躍した3人の勇者と同じ力を持って、この世界に転生してきた現代の勇者。……不死身の力を持つ鋼の心臓と精霊の宿りし黒鉄の杖を持つ鋼の勇者。まぁ、最も力に覚醒し始めたのは、ここ最近のようだがね……」


「……鋼の心臓」


 ようやく、スターバムの言っている事が少し分かり始めた私に向かってスターバムは更に続けてこう言った。


「……そして私が、もう1人の勇者。……神話の時代にこの世界と女神を守るために戦った3人の伝説の勇者の1人と同じく、”万能の肉体”と時を操りし全能の剣――時制剣バックロノクルを持つ万能の勇者。……スターバムだ」


「……そんな。でも、神話だと、3人の勇者は協力しあっていたはずです! どうしてそれが……光矢の事を殺してしまったりなんか……」


 すると、そんな私の言っている事を嘲笑うかの如くスターバムは告げた。


「……あぁ、確かに昔の勇者達は、協力しあっていたらしいな。魔族を倒すためにね。だが、今はもう現代だ。聖書を読み上げてくれた君に特別に一つだけ教えてあげよう。現代において、勇者は“2人”しか存在しない! 事実、この世界に同時に転生してきた人間は、そこにいる佐村光矢と私しかいないんだ!」


「どうして!? 神話では勇者は、3人セットで転生してきたはずなのに……」


 私の問いに対し、スターバムは告げた。


「現代の国王の力では、2人までが限界って事さ。まぁ、あの老いぼれじゃあね。というわけで、現代において勇者は、完全に揃いきっていないからね。真面目にこの世界を救おうだなんて馬鹿らしいってわけさ。……それよりも私には、もっと他の事の方が興味があるんだよ」


「他の事ですって?」


 ドラゴンの犬歯を剥き出しにしてスターバムを睨みつけるルリィさん。そんな彼女の事でさえ嘲笑うかのようにスターバムは小馬鹿にした態度のまま続けて言った。


「……私は、佐村光矢くんが欲しい」


「え?」


 まさか、そっちの人……。サレサさんとルリィさんの目が一瞬だけ恋敵を睨み殺すかの如く強烈な視線をスターバムに向けていた。


「勘違いするな? 私が欲しいのは、そんなおっさんではなく……彼の中にある鋼の心臓だ。彼の持つ不死の心臓を……私は手に入れたい。だから、そのために……私は、彼から奪わねばならない。例え、力づくでもね……」


 途端にルリィさんとサレサさんの顔は、元の敵を睨む目に変わった。


 ……そう言う事だったのか。つまり、勇者スターバムは光矢の持っている不死身の心臓を手に入れるためにここまで来たという事か。それも、こんなに大勢の軍勢を引き連れて……。


「……そんな事のために、魔族の里を……」


 すると、悲しむ私にスターバムは告げた。


「……私の崇高な目的の為だ。魔族なんぞどうでも良い。目的の為に手段を選んでいられる余裕などないのだからね。……よく言うだろう? 何かを得るには、何かを捨てなければならない。魔族は、私の崇高なる目的のための犠牲となったのだ」


 酷い……。そんな自分勝手な目的のために……こんな人が騎士だなんて……。


 怒りが、込み上げてくる。私の心の奥底から怒りが……。


 すると、その時だった――。


「……王国最強の騎士のくせに、とんだクソ野郎だったな……」


 光矢の声がした。どうやら、死んでいた光矢がようやく蘇ったみたいだ。彼は、目を覚ますと早速体を起こして、正面にいるスターバムを睨みつけながら告げた。


「……俺の心臓が欲しいだと? 渡さねぇよ。少なくとも、お前みたいな奴にはな! 来い……かかって来い。もう一度、相手をしてやる……!」




 ――To be Continued.

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