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魔族の里編④

 ――魔族の里秘境温泉を満喫した私達は、その日の夜遅くにこっそり、ココちゃんの家に上がらせてもらい、一晩だけ泊めて貰った。


 そして次の日の朝には、ここを出て行くべく、早起きをして、支度した。トトさんとノノさんからは、遠慮せずもう少しいて欲しいと言われたが、私も光矢ももうこれ以上迷惑をかけたくなかった。だから、出て行く事にしたのだが……。


 その日の早朝――。空が、まだ明るくなりきっていない頃だった。ココちゃんの家のドアを激しく叩く音がした。「朝から誰だろう?」と独り言を呟きながらトトさんが、出て行く。既に支度も終わって後は、出て行くだけだった私達も少し離れた所から玄関の様子を見てみると、そこには昨日、トトさん達にクレームを入れに来ていた魔犬族の若い男性がいた。彼は、血走った目でトトさんの事を睨みつけており、トトさんが呑気な声で「どうしたんですか?」と尋ねると、その男性は大きな声で怒鳴ってきた。


「……どうしたんですか? じゃないよ! アンタ、スパイだったんだろ!?」


「は? スパイ? ……何言ってるんですか?」


 わけが分からなそうに小首を傾げるトトさんに、男は怒鳴りつけた。


「……ふざけんな! ……もしかして、アンタ本当に知らないのか? 外では今、人界領からやって来た騎士達が、暴れ回っているんだ!」


「なっ、なんだって!?」


 ようやく、状況が飲み込めたトトさんが、慌てた様子で反応すると、外にいた若い男は、双眼鏡をトトさんに渡して、ここから離れた場所の様子をトトさんに見せてきた。トトさんは、双眼鏡で見ながら告げる。


「……あの騎士は……知ってるぞ。……王国最強の騎士にして……伝説の三勇者の力を持つ男――勇者スターバム!? そして、その軍隊が……なぜ、ここへ!?」


 事態の重さを理解したトトさんに男は、続けて言った。


「それもこれも……全部、アンタ達が連れてきた人間達が、情報を王国に回したからなんじゃないか?」


「い、いや……そんなはずは……」


 トトさんは、申し訳なさそうにそう返しながら後ろにいた私と光矢の事をチラッと見る。すると、外にいた若い魔族の男は、トトさんの視線に気づいたのか……家の中をジーっと見てきた。


 そして、男は私達がいる事に気付き、怒鳴りつけた。


「……アンタ!? 何やってんだ! 昨日、出て行かせたはずなのに……。どうしてまた、連れ戻してるんだ?」


「ちっ、違うんだ! これには、深いわけがあって……」


 トトさんは、必死に弁解しようとするが、男の暴走はもう止まらなかった。男は、大きな声で周辺の住民にも聞える位の声で言った。


「……おい! 人間だ! 人間がいるぞ! 間違いない! ここにいる奴ら全員、クリストロフ王国の内通者だ! 俺達から更に領土を奪うために……情報収集としてスパイを送り込んだに違いない! ……おい、いくらで雇われたんだ? あぁ?」


 男が、そう言うと周辺に住んでいた魔犬族の者達が、次々と起きて来て、トトさんの家へ集まって来る。そして、彼らは口々に家の中にいた私達を罵り始めた。


「……裏切り者!」


「人間の味方をするクソ野郎め!」


「人間を家に上げたお前達も俺達の裏切り者だ!」


 外からは、そんな声がいくつも聞こえてきた。私は、どんどん集まって来て、彼らと一緒になって罵り出す魔族の民衆の姿に恐怖を覚えた。


「やっ、やめてくれ! 娘が……娘がまだ、家の中で眠っているんだ! よしてくれ!」


 トトさんは、そう叫ぶが誰も彼の言う事など聞いてくれない。家の中では、ノノさんが涙を零している。


 私も……自分の手が、震えているのが分かる。……私達は、これから何をどうされてしまうのか……。そんな恐怖が心の中を埋め尽くしている中だった。


「……ふん! なんですの! 裏切り者ですって!? アタシ達の事を何も知らないくせに……笑わせますわ! 殿方様、ここはアタシがガツンと言ってきますわ! その身に思い知らせてやりますわ! 殿方様を悪く言った罰です!」


 そう言って、ルリィさんが行こうとした次の瞬間だった――。


「待て……!」


 外に出そうになっていた寸前で光矢が、ルリィさんを止めた。彼は言った。


「……こういう状況で、力にモノを言わせて出てくるもんじゃない。……過去の歴史上、こういう事はこれまでに何千回と繰り返されている事だ。……人が関わっていればな。だからこそ、ここは俺に任せてくれないか?」


 そう言うと、光矢はトトさんのいる所へ歩いて行き、民衆が集まる場所へとやって来た。光矢の姿を見ると、周りにいた魔族達は皆、一瞬だけびっくりした顔で一歩引いていた。


「……でっ、出てきたぞ! 人間だ!」


 魔犬族の人達が、再び騒ぎ始めるが、そんな事も気にする素振りを見せず、光矢は言った。


「……如何にも。俺達は、人間だ。……本来なら、ここにいちゃいけない存在だろうな」


 そう言い終わると、魔族達は猛烈に光矢を罵倒する。だが、これでまだ光矢の言葉は、終わらないのだ。彼は続けて言った。


「……そして、貴方達が俺達の事をクリストロフに雇われたスパイだと疑おうが……それは、構わない。ここで、俺がどう弁解しようと……きっと、貴方達はろくに聞いちゃくれないだろうしな。だが――1つだけ、貴方達には間違っている事がある!」


 魔族達が、再び叫び出すと光矢は、言った。


「……それは、アンタ達が俺とマリアだけでなく、同じ同胞の事さえ疑った事だ。良いか? 1つだけはっきり言ってやろう! 俺は、こんな平凡過ぎる家族を味方にした覚えはないし……仮に、何かしようと考えていたとしても……お前達、魔族の力は借りない。ここの家に住んでいる者達は、一切関係ない。分かったか?」


 そう言い切ると、途端に光矢へ向けて魔族達が、ブーイングをし始める。彼らは、光矢の演説を聞いて「ふざけるな!」だとか「魔族を役立たずと言いたいのか?」などとブーイングをしてきたが、そんな事も気にする素振りを見せずに光矢は、家の中にいた私達の方を向いて告げた。


「……行くぞ。マリア」


 彼は、私にだけ声をかけて、そして1人だけ先に魔族達の大勢集まっている場所へと歩いて行った。しかし、たった1人で歩いている光矢の事を襲い掛かろうとした若い男の魔族達が、突っ込もうとしてくる。魔族達は、鋭く尖った爪で刺し殺そうとしていたみたいだった――。


 だが、そんな彼らの存在にいち早く気づいた光矢は、腰に装填した銃をサッと抜いて構えると、彼らを睨みつけて言った。


「……やめておけ。お前達が、束になって来ても俺には、勝てない。最後に言っておく。スターバムとかいう奴が、王国最強の騎士であると言うのなら……その最強の座は、俺が譲り受ける。俺には、王国なんて必要ない。この場でここにいる奴ら、全員を一瞬で血祭に上げる事だってできるというのを……忘れるな? 分かったら……退け。俺の歩く道だ」


 光矢がそう言うと、襲い掛かろうとしていた魔族達も急に引っ込み始めて……彼らは、次々に道を開け始める。そして、私達が通れる分の道ができると、私は光矢の後を追いかけてその道を歩いて行くのだった……。



                     *


 ココちゃん達の住んでいる家を飛び出し、私達は……いざ、敵地へ赴くのだった。光矢と私――この地にたった2人しかいなかったはずの人間である私達が突如、この地を荒らしにやって来た騎士達を倒すために……向かっていた。


 双眼鏡で敵の軍勢がいるとされる場所を見る光矢。その隣で私は、大火事で燃え盛っている魔族の里を見つめていた。



 今、燃えているあの場所は昨日、通った賑やかな広場。きっと、その辺りでは今でも騎士達による被害が増え続けているのだろう……。


 そう思った時、私の胸が痛んだ。すると、双眼鏡で見ていた光矢が低い声で告げる。


「……2、4、6……敵は、ざっと30。……いや、それより増えている感じがするな。まぁ、とにかく……大勢って所か。ちょろいな……」


 双眼鏡をしまいながら崖の上に立っている光矢に、隣に立つ私が話しかける。


「……行くんですか?」


「あぁ……。ココの一家には、俺達を泊めてくれた貸しがある。恩は仇で返したくないんだ。それに……今は、無性に腹が立っている。……殺す」


 光矢は、敵がいるであろうあの燃え盛る村の方を睨みつけながらそう言った。


 きっと、悲しいのだろう。せっかく、仲良くできたはずの魔族の人達と最後まで分かり合う事なんて不可能だった事に……。いや、そもそも最初から私達は、分かり合えなかったのかもしれない。だからこそ、光矢はあそこにいる敵を睨みつけていた。


 それは、きっと自分が敵になる事でしかあの場を何とかする事ができなかった自分への怒りなのだろう……。彼の気持ちが、ひしひしと私にも伝わって来る。


 すると、彼の後ろから光矢を呼ぶ声がする。


「……ムー君」


 私が、振り返るとそこには、魔龍族のルリィさん、エルフ族のサレサさん。そして、精霊のルアさんがいて、3人が落ち込み気味に光矢の事を見つめていた。


 光矢は、後ろにいる彼女達に気付いている様子で、彼女達に背を向けたままルリィさん達に告げた。


「……良いのか? 俺について来て。お前達は、人間じゃない。あそこで、俺と別れても良かったんじゃないか? 特にルリィとサレサは……これ以上俺といても……同族を裏切り続けて、果てには……魔族同士で殺し合う時が来るかもしれない。……それでも、良いのか?」


 その問いに……ルリィさん達は、覚悟を決めた顔で、躊躇う事なく告げるのだった。


「……構いませんわ。アタシの命を預けたのは、生涯で殿方様だけ。……このルリィ、最後まで……貴方と共に歩む事を誓いますわ……」


「……私も……ムー君と一緒に最後まで戦いたい。……ここは、私にとって第二の家族みたいなもの。……皆と一緒なら戦える」


「……主~? 僕は……主の精霊なんだよ? 逆に聞くけど、僕抜きでこれから先、戦えると思ってるの? それに僕と主は、一心同体。主ある所に僕がいる。逆も然りだよ。覚悟なんてとっくに出来てる。ずっと大昔からね」


 ルリィさん、サレサさん、ルアさん。3人の覚悟が、それぞれ私達にも伝わって来る。それを聞いた光矢は、何処か嬉しそうに微笑みながら歩き始める。


 彼は、燃え盛るあの場所へ向かっていきながら告げた。


「――行くぞ!」



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