魔族の里編②
魔犬族の人達の後を追って、魔族の里を歩く事30分ほど。私達は、もうかなり歩き疲れていた。ヘトヘトになっていた私は、体から流れ落ちる汗を拭き取りながら皆に話しかけた。
「……まっ、まだ着かないんでしょうか? というより、さっきからここ……暑くありませんか?」
すると、後ろからルリィさんが、疲れ気味な声で告げるのだった。
「……暑い……ですわ。……アタシ、もう歩けませんわ。……殿方様、おんぶしてぇ~……」
だが、そうは言われても光矢の方もとても疲れた様子で歩いており、彼は普段のキレを全く感じさせない様子で水筒を飲みながら言うのだった。
「……無理に決まってるだろ。サレサにでも頼め。コイツ、30秒間限定で速くなれるんだから」
光矢が、面倒くさそうに話をサレサさんに振るも彼女も、私達と同じように疲れ気味な様子で、いつも戦いの時に使っている魔法剣をまるで、ご高齢の人が歩く時に使っているステッキのようにして、歩いていた。
「……ムー君、こんなデカ乳ドラゴンおんぶしたら……私、圧迫死する」
「……だ~れが、デカ乳ドラゴンですって!?」
ルリィさんは、少し元気を取り戻したのか、いつものキレを少し取り戻した様子でツッコむ。だが、サレサさんは、更に続ける。
「……ごめん。デカ乳は、流石に下品だし……牛ドラゴンにしておく」
「そう言う問題じゃないですわぁ! 殿方様が、仰ってくれるのなら良いものを……貴方のようなエルフ族のお茶色頭に言われるだなんて……屈辱以外の何物でもありませんわぁ!」
すると、今度はサレサさんまで元気を取り戻した様子で怒鳴り始めた。
「……貴方こそ、失礼! ムー君にお茶みたいに綺麗って言われるなら……そりゃあ……嬉しい……けど!」
嬉しいんだ……。光矢にお茶って言われても嬉しいんだ。怒っても良い所だと思うんだけど……。
「……貴方みたいな淫乱牛ドラゴンに言われたくない!」
「あぁ! 言いましたわね。……そっちがその気なら、アタシももう本気ですわよ? 貴方の髪の毛を茶葉みたいに引っこ抜いて差し上げますわ!」
「……それなら、私だって!」
2人の口喧嘩がエスカレートしていくのを近くで見ていたルアさんが、呆れた様子で2人の仲裁に入る。
「……まぁまぁ、2人とも止しなよ。皆それぞれ言われてほしくない事なんて色々あるんだから。でも、今回は先に始めたサレサの方が悪いかもね? まずは、君から謝って……それから次にルリィもサレサに……」
ルアさんは、落ち着いている。流石、精霊だ。……私達なんかよりも、よっぽど長い時間を生きてきたのだろう。こういう時も冷静沈着。気持ちに一切のブレもない。流石だなぁ……。
と、すると今度は、ルリィさんとサレサさんがルアさんの方を向いて、2人は同時に言うのだった。
「……うるさいですわよ! 女装男子!」
「私達を差し置いて……この中で一番、可愛いのはズルい……!」
その言葉に、ルアさんはガクッと落ち込み始めて、1人でボソボソ喋り続けるのだった。
「……可愛い。女装男子……ははは。僕、男の子なのに……可愛いって……可愛いんだって……。男らしく、カッコよくありたかったな……。侍みたいに……。全く、この主が、もう少し……もう少し……カッコいい感じの感性を持っていてくれたら……。僕だって……」
「俺のせいかよ……」
光矢が、ツッコミに回るも、ルアさんは、もうそれどころではない様子で、しょげていた。どうやら……彼にとって「可愛い」という言葉は、禁句のようだ。
良いと思うんだけどなぁ……。可愛い男の子だって、素敵だと思うし……。まぁ、男の子の心理としては、情けない感じに聞こえちゃうのかもしれない。
そんな会話をしていた私達だったが、前を歩いていたココちゃんママが、私達に告げてくる。
「……皆さん! 着きましたよ! ここが、我が家です!」
ココちゃん一家がいる目の前に見えるのは、大きな石造りの家。美しい白を基調としたシンプルで、少し大きめの家だった。私達は、ココちゃん一家に案内されて、そのまま家の中へと招待される。
ココちゃん一家の住む家は、広くて大きかった。前にヘクターさんの家へ入った時よりも大きく、幼いココちゃんが、あちこちを走り回れるくらいのびのびしたスペースがあり、まるで彼女のための広場のような庭と、リビングがあり、そして広くて綺麗な台所。二階建てで、二階は、それぞれの部屋があるのだ。
正直、シスターをやっていた時に見た人間の家なんかよりもよっぽど大きくて広いし、色々なのが揃っているなと感じた。
私達は、早速上がらせてもらい、リビングの部屋にあった大きなソファに座らせてもらう。すると、少ししてココちゃんママが、私達に冷たいお茶を入れてくれた。
「……ここまで来てくださって、ありがとう。さぁ、飲んでください! 私達の里で飲まれているお茶ですから……人間さん方の御口に合うかは分かりませんが……」
私と光矢も先に飲んでいたルリィさん達の後からコップに口をつけて飲んでみた。すると、すぐに口の中からお茶の旨味が溢れて来て、私達はニッコリ笑ってココちゃんママに告げた。
「……そんな事ないですよ! とっても美味しいです! ね! 光矢!」
「あぁ……。確かに美味いな。……これは、ミルクティーみたいな感じか? 牛乳の甘味とコクが、お茶の癖の強い味とうまくマッチしているな。美味しい……」
すると、私達の反応を見ていたココちゃんママが、ニッコリ微笑んで告げた。
「……良かったぁ。実は、ミルクは……人間の世界で使われているのと魔族の世界で使われているのが一緒なんです。だから、きっとこれなら人間さん方にも美味しく飲んでもらえると思いまして……」
「あぁ……とっても、美味しい。それから、紹介が遅れてしまってすまないが……俺は、ジャンゴ。隣が、マリアで、その隣に魔龍族のルリィ、エルフ族のサレサ、そして……精霊のルアだ。俺達は、旅をしているんだ。だから、こんな大きな家に上がらせてくれて、とても助かる。ありがとう……」
ココちゃんママは、光矢のお礼を聞くなり心底嬉しそうに「うふふふ」と微笑んでいた。そして、私達の向かい側に座っていたココちゃんパパも優しそうに微笑みながらココちゃんママの淹れてくれたお茶を美味しそうに飲んだ後、彼も私達に告げてきた。
「……こちらこそ。娘を助けてくれて本当にありがとうございます。……私が、ココの父であるトトで、こっちが私の妻で、ココのお母さんであるノノだ。娘を助けてくれた命の恩人の方々……ようこそ。歓迎します」
トトさんは、そう言うと光矢の手を取り、握手をした。その姿を見ていた私は……今この瞬間が、なんだかとても尊く感じた。
今まで、魔族だから……とか、魔力がないからという理由で……この世界に渦巻く色々な差別を散々見てきた。憎み合う人、魔族……戦わなければやられてしまう過酷な環境を旅の中で生きてきた私だったが……今日、初めて……魔族と人が、真の意味で手を取り合った姿を見た気がした。
光矢と握手が終わった後、私もトトさんと握手をした。トトさんの手は、大きくて……ゴツゴツしていたが、私の小さい手を見て配慮してくれているようで、彼はなるべく優しく私の手を握ってくれて、その手の温度も凄く温かかった。
彼から伝わる優しさは、本物のようだった。私は、初めて……人と魔が手と手を取り合う事ができる姿を見る事ができたのだった。
――しかし、この握手の後、私達の耳元にドアをノックする音が聞こえてくる。外から誰かが、やって来たのだろうか、気づいたトトさんが一旦、私から手を離して玄関の方を一瞬だけ見てから告げた。
「……すいません。お客さんですかね? ちょっと、出てきます」
そう言うと、彼は立ち上がり……玄関の方へ行ってしまった。その間、私達はノノさんにココちゃんとの思い出を少し語る事にした。初めて出会った時の事や、一緒に旅をしていた事。
しかし、そうして語っているうちに私達は、なかなか戻ってこないトトさんの事が心配になった。ノノさんが、作り笑顔を浮かべて言った。
「……私、ちょっと見てきますね」
そうして、ノノさんがトトさんのいる玄関へ小走りで向かっていく姿を私達は、目で追いかける。
長い時間がかかった。……だがしかし、やはりノノさんが戻って来る事はなかった。
どうしたのだろうか……? 既に長旅でココちゃんは、すぐそこのリビングの床で横になった状態でお昼寝してしまっていたし……娘を置いて2人で何処かへ出かけたという事は、流石にないと思うが……。
気になった私と光矢が、立ち上がり……玄関の方へ向かってみると、そこには外にいる誰かと激しく口論をしていたトトさん、ノノさんの姿があった。
外にいるココちゃん達と同じ人の姿をした魔犬族の若い男が、トトさん達に怒鳴りながら告げた。
「……だから、いい加減にしろ! うぉれ達は、魔族で、ここは魔族の領土だ。こんな所へ人間を連れて来ちゃいけないんだ! お前だって、分かっているはずだ!」
だが、それに対してトトさんは、強い口調ではっきり告げる。
「……あぁ、だが今、家にいる御二方は、私達の娘の命を助けてくれた人達で……実際に魔族とも仲良くしている。とても信頼のおける人間達なんだ! そんな命の恩人の恩義を仇で返す事は、私達にはできない!」
「知った事か! んな事! 人間は、全て悪だ。俺達から散々領土を奪って……後から来た奴らのくせに……俺達から何もかも奪い去った最低な種族だ! だいたい、テメェが連れてきたそのジャンゴとかいう人間は、どうも怪しいぜ? 聞くところによれば……一度死んだ後に蘇ったそうじゃないか。そんな魔法は、俺達でさえ使えない。……だが、唯一使えるとしたら……そんなもん。クリストロフの三勇者に決まってるぜ!」
「何が言いたいんだ……?」
トトさんが、鋭く彼の事を睨みつけると、若い男の魔犬族は、告げた。
「スパイに来たんだよ! 俺達を皆殺しにするためになぁ!」
「貴様ぁ! ふざけるな!」
トトさんは、怒っていた。これまでの温厚で優しいお父さんというのが、まるで嘘であったかのように……彼は、怒っていた。後ろから様子をチラッと見ていた私達だったが、怒りのあまり明らかに口元だけ犬の姿になりつつある。……犬歯が、尖っているのが見える。
そんなトトさんの隣では、彼を止めようと必死なノノさんの姿があった。しかし、トトさんを止めつつも、ノノさんの目は、明らかに外にいる魔犬族を睨んでいるようだった。
私達は、そんな彼らの様子を見ているうちに、気づけばトトさん達のいる玄関の傍まで歩いて行っていた。光矢が、トトさんに告げた。
「……トトさん」
すると、途端にトトさんは、青ざめた顔で……なんて言って良いのか分からない様子だった。そんな彼に光矢は、優しく告げた。
「……良いんだ。心配しないでくれ。こうして、少し休憩できただけでも俺達は、満足だ。ありがとう」
「しっ、しかし……あなた方は、私達の娘を……」
「気持ちだけ受け取っておくぜ。それで充分だろ? それに俺達は、助けたいから助けただけなんだ。……別に貴方達にお礼をして欲しいからとか、そう言う事は、望んじゃいない。もしも、俺達のせいで、それこそココにまで悪い影響があるというのなら……俺とマリアは、速やかに出て行く。そうだよな?」
「ええ。光矢の言う通りです。元々、ここは私達人間が普通に来て良い場所ではないと思いますし……。ですから、ここで私達は失礼しますね……」
そう言うと、私は光矢の後を追う感じでココちゃんの家から出て行ったのだった。後に残されたノノさんは、トトさんの胸の中で涙を流し、トトさんは喪失感に満ちた顔でボケーっと前を向いているだけであった。魔犬族のお客さん方は、私達を見ながら「帰れ! 帰れ!」と言ってくる。
トトさんとノノさんは、悲しい顔を浮かべながら私達の後姿が見えなくなるまで私と光矢の事を見守ってくれていた。その熱い視線を私達は、感じながら……私達は、2人だけで進み続けた。