序章
――異界から現れた勇者達。1人は、鋼の心臓を持ち、その強靭な精神力と硬い意志で守り抜く。もう1人は、万能の肉体を持つ……。そして……
*
――クリストロフ王国王城内。国王の玉座にて。
「……何!? 壊滅? 魔族残党討伐部隊がか……?」
王は、目をカッと見開き驚いていた。彼は、玉座の下で地面に膝をつきながら報告をしている自分の部下に唾を飛ばしながら大きな声でそう言うと、部下は膝をついたまま言った。
「……はい。しかもそれが、妙なのです。残党部隊と一緒に騎士マクドエルの死体も発見されたのですが……どうも、残党部隊は魔族によって殺されたみたいなのですが、マクドエルのみ人の手によって殺されたみたいなのです……。そして、マクドエルの死体検査を行った魔法科学部隊の報告によりますと……これまでで一度も検出された事のない魔力の反応があったと申しておりまして……」
「……報告書は?」
王がそう言うと、部下はすぐに近くに立っていた自分の側近を呼び、書類を受け取る。そして、書類の紙束に魔法をかけて、それを玉座に座っている王の元へまで魔法の力で運ぶと、改めてお辞儀をしながら
「……こちらとなります。どうか、じっくりとお読みになってください」
王は、すぐに報告書を読みだす。王の速読力は、尋常ではない。彼は、貰った書類を見た途端すぐに次のページへ……かと思ったらすぐに次のページへ……と言ったように物凄いスピードでページをめくって書類に目を通していった。
全て読み終えた王は、一言だけ告げた。
「……無の魔力」
すると、その言葉に部下の1人が告げた。
「……はい。こんな魔法は、これまでに勇者スターバム様を除いて一度も見た事がありません。……まるで、神話の中に登場する勇者様みたいですよ! こんなお伽話みたいな事があり得るわけありません」
しかし、部下の報告を聞いていた王の口角は、いやらしく釣り上がっており、彼は平気な様子で告げた。
「……心配はいらん。お伽話のような事が起ころうと人間がやった事に間違いはないのだろう? なら、別に問題ない。それに……考えてみろ。我々にだってスターバムという勇者様がいるではないか。彼だって、無の魔力を持っているのだから」
「……確かに。それはそうですが……。しかし、これまでスターバム様以外に無の力が使われたという記録は一度もありませんし……それに、我々が行った勇者召喚の儀は、結果的には失敗に終わりました。我々は、結果的に”勇者を1人しか召喚できなかったんです”。でも、1人だけでは勇者の真の力は発揮できません」
すると、王は深刻な顔で告げた。
「……それなら、考えられる可能性は1つしかあるまい。……我々の勇者召喚の儀は、失敗とも言い切れない結果だった。この国の何処かに召喚の儀によってこの世界へやって来たにも関わらず、野放しになっている者が、いるというわけだ」
すると、部下は勢いよく顔をあげて王へ訴えるように告げた。
「……しかし、誰が!? 例のスターバム様と同じ頃に召喚した男は魔力がなく、しかも殺されたと報告を受けておりますし、死体の確認もしたと聞いています。そうなれば……他に誰が……」
王の額から一滴の汗が流れ落ちる。……王は、とても言いにくそうに口の中をモゴモゴさせながら部下から目を逸らす。
「……やはり、奴が……。早く捕まえなければ……」
「……どうしました? 王よ」
王の様子の変化が気になった部下が尋ねると、途端に王は普段通りの態度に戻る。
「……あぁ! すまぬな。少しボーっとしておった。しかし、それよりも……貴様、例の奴らはまだ見つからないのか?」
「例のとは……?」
部下が、とぼけた様子で、ポカーンと王の事を見つめていると、その態度に怒った王は唾を飛ばしながら部下を怒鳴りつけた。
「……とぼけるでない! 例の奴と言ったら……指名手配中の大犯罪者カップルのエンジェルとエッタに決まっておろう! 奴らの捜索は、どうなっておるんだ!」
「はっ、はい! 申し訳ございません! そちらは、ただいま……大陸中、全力を持って捜索中です!」
「ふっ、魔龍騒動の報告を受けた時も同じような事を聞いたぞ……。全く、仕事の遅い奴らめ。すぐに見つけ出せ! ただし、殺してはならない。”絶対”にだ。生かしておくのだ……」
「はっ……はい」
部下は、そう言うと恐る恐る玉座から出て行くのだった。彼が、大きなドアを開けて外へ出て行った後、何者かが王の玉座のある部屋のドアを叩いた。
「……入れ」
王は、少し不機嫌そうにそう答えると、ドアがゆっくり開いて、外から美しいふわふわしたドレスを着た王女様の格好をした女性が現れる。
「……お父様、ごきげんよう」
王は、自分の娘の美しいドレス姿を見て満足げに微笑みながら告げた。
「……おぉ! エカテリーナか。今日も美しいなぁ。何か用かな?」
王は、機嫌を取り戻した様子で微笑みながらそう告げると、エカテリーナ姫は、ふわふわしたスカートを少しだけ持ち上げながら会釈する。そして、彼女は王の目を見つめながら告げた。
「……お父様、今日はご報告に上がりました」
「なっ、なんだ?」
王は、急に改まった態度で自分の事を真っ直ぐ見つめてくるエカテリーナに少し緊張した様子で姫の話を聞く事にした。
「……はい。実は、先日からクリーフが、休暇を頂く事になりました。どうも……故郷西部にいるお母様が、ご病気との事……。母の看病をしなければならないため少しの間、休暇を頂きたいと先日お聞きしましたわ」
エカテリーナが、そう言い終わると王の緊張は一気に解けた。王は、額にかいていた汗を手で拭き取ると、安心した様子で言った。
「……あぁ、なんだ。そんな事か。エカテリーナよ……その程度の事でそこまで真剣な顔をするでない。全く、娘が突然……真剣な顔になってご報告がありますだなんて言うもんだから……わしは、てっきりお前が……誰か好きな人でもできたのかと……心配してしまったぞ~」
「まぁ! お父様ったら、せっかちなんですから! わたくし、今日までの間ずっと”恋”というものを知らなくてよ? 逆に、早く素敵な人に出会ってみたいですわ~」
「はっはっはっ! 安心しなさい。既にお前の将来の婿は、決めてある。きっと、お前にピッタリの男であろうな……。ワシの目に狂いはない」
王が、そう言った途端にエカテリーナの表情は、一瞬だけ暗くなった。彼女は、僅か一瞬の間、自分の足元に視線を落とし、それから気を取り直して作った笑顔を浮かべて王に尋ねた。
「……お父様が選んでくださったその御方とは……一体どなたの事でしょう?」
「はっはっはっ! それは教えられないな。お前には、その日が来るまで秘密にしておきたいからねぇ」
「えぇ~。良いじゃないですの! そんな事言わずに……教えてくださいな。お父様」
王は、やれやれ……と少し困った様子だ。それは、まるで小さな子供を相手にしている時の父親のような態度で、彼は告げた。
「……仕方ない子だ。昔からこう言う所は、子供のままだなぁ……。仕方ない。特別に教えてあげよう。お前の将来の婿は……」
「……」
エカテリーナは、一切瞬きなどしなかった。彼女は、父親の顔をジーっと見つめていた。それは、単に相手の名前が気になるからというだけではなかった。その瞳の中には、何処か”迷い”があった。しかし、少女がどれだけの秘め事を抱えていようと王には、その気持ちは分からない。彼は、容赦なく姫に告げた。
「……勇者スターバムだ。お前は、いつかスターバムと結婚してもらうぞ」
*
クリストロフ王国西部最末端、魔族領付近――。その広大な西部の赤い砂漠の広がる大地の上では今、2人の男女が睨み合っていた。
1人は、カウボーイハットを被り、腰には杖……ではなく、二丁の銃を装填したガンマン――光矢と、そして、もう1人は長く尖った耳が特徴的なエルフ族の女の子で、足に履いた短パンと濃い緑色の長いソックスと緑色の長い髪の毛が特徴的なエルフの女の子こと、サレサさん。
2人は、睨み合いながら……お互いに武器を手に持っていた。そして、2人の真ん中に立っていた私が、両サイドを交互に見る。左側に立っている光矢が言った。
「……準備オーケーだ。マリア」
すると、その後にサレサさんも言ってきた。
「……私も準備できた。マリアさん」
光矢とサレサさんにそう言われた私は、早速大きな声で告げる。
「……それじゃあ、始めます! よーい! スタート!」
と、言った瞬間――サレサさんの方が、手に持った剣に大きな魔法陣を出現させて、強力な魔力を練り出す。
「……陣形殺撃!」
その掛け声とともにサレサさんの体が、大きな大自然の鎧に包まれていき、彼女の全身がまるで鎧騎士のようになった。そして、その姿になった途端にサレサさんは、剣を構えて今にも走り出そうとする姿勢を取る。
――次の瞬間、完全に姿を消したかのようなスピードでサレサさんの姿が消えてしまう。驚いていた光矢だったがその時、まるで瞬間移動でもしたかのようにサレサさんの姿が、光矢のすぐ目の前に出現し、彼に向かって一太刀の剣が襲い掛かる。
そのあまりに急な斬撃に、まるで隙を突かれたかのように少し焦った表情を浮かべる光矢だったが、しかしその焦った顔も僅か1秒も満たない間に消えていく。
彼は、すぐにサレサさんの攻撃をかわすと、華麗なステップと空中反転により距離を置き、そして充分な距離ができた瞬間に弾丸をサレサさんに撃ち込んだ。
無数の弾丸が、サレサさん目掛けて撃ち込まれたが、しかし――サレサさんも負けていない。彼女は、全身から溢れんばかりの魔力を開放し、一瞬にして姿を消してしまう。
「……消えた!?」
光矢が驚いていると、その時だった。僅か一瞬のうちにサレサさんが、光矢の至近距離まで近づいており、一瞬にしてサレサさんの剣先が、光矢に向く。
しかし、光矢も咄嗟に銃口を向けており、2人は互いに武器を向け合った状態で睨み合っていた。
「……そっ、そこまで!」
私が、そう言うもサレサさんと光矢は、尚も武装を解かない。2人は、見つめ合いながらお互い、そのままの状態で反省点を言い合った。
「……確かに強いな。……陣形殺撃というのは。僅か、30秒しか使えないとはいえ……強力だった。特に、あの”瞬間移動”が脅威だな。サレサの姿が消えた途端、お前から感じていた殺意も消え失せた」
「それでも、ムー君の方が凄い。私が動き出すよりも先に銃を構えようとしていたし……。あのままだと、きっと私が先に負けてた。それに……正確には、あれは瞬間移動じゃない。私の陣形殺撃――グロウアップ・ファクターは、大自然の成長に必要不可欠な水、光、大地の力を使う事ができる。さっきの瞬間移動は、光の力で……私自身の体を光の速さでムー君の傍まで移動させたに過ぎない。大した事はない」
「いや、瞬間移動と光の速さの細かい違いとか、俺には分からないが……仮にそうだとしても……相当凄い力だぜ。まぁ、弱点はやはり30秒間限定であるって所だな。後は、文句の点け所もない」
「あ……ありがとう」
サレサさんは、少し嬉しそうにそう呟いた。2人は、武器を下ろしてそれぞれ戦闘態勢を解き、そして見つめあった。そんな2人の様子を遠くから見ていたルリィさんが、彼女達が、仲良さそうに話している姿を見て不満そうな顔になっていた。
「ぶー! ぶー!」
ルリィさんは、とっても大きな声でそう言っており、光矢は何処か呆れた顔をしていたが私は、ルリィさんを止めたりはしない。……同じ気持ちだし。
しかし、ふと私は光矢とサレサさんのいる場所まで歩いて行き、2人に水の入った水筒を手渡しながら告げた。
「けど……やっぱり、戻らないですね。光矢の魔力。……魔力って普通は、時間と共に回復してくるものではあるんですが……」
すると、ルリィさんのいる方から今度は、宙に浮いたまま光矢とサレサさんの戦いを観戦していたルアさんが、告げた。
「……言っただろう? 主の魔力は、僕達が与えたものであって、主のものではない。主の魔力は今、主自身の心臓を動かしたり、肉体を維持するために使われているから……前みたいに主が、戦うために魔力を使用する事は、おそらくもうできないよ」
ルアさんは、そう言う。頭では、私も理解はしているのだが……うーん。
「何とかまた、使えるようになれば良いのですけど……。光矢だって、そう思いますよね?」
私は、彼にそう尋ねつつ、振り返ってみる。だが、光矢はまるで時でも止まったかのようにルアさんの事をボケーっと見つめている。
「……光矢?」
どうしたのだろうか? 普段、こんな風にボーっとする事なんてない人だから……つい、驚いてしまいそうになったが、私が呼んだ事によって彼は、気づいたらしく慌てて返事を返してきた。
「……あっ、あぁ……そうだな」
「光矢、どうしたの?」
すると、光矢は少しだけ意味深に視線を落としながら低めの声で言った。
「……あぁ、いや……ちょっと、昔を思い出しちまって……」
「昔……?」
気になった私が、彼に色々尋ねてみようと思ったその時、今度はルアさんの隣で座っていたルリィさんが、光矢に話しかける。
「……あぁ~ん! 殿方様! 次は、アタシと特訓してくださいましぃ!」
「おっ、おう。良いぞ……」
「やった! 嬉しいですわ! ついでに、殿方様! このまま夜の猛特訓の方もレクチャーしてくださる?」
「「それは、ダメに決まってるでしょうが!」」
私とサレサさん、そしてルアさんの3人が口を揃えてそう言うと、ルリィさんは「あら?」ととぼけた様子だった。全く、そんな顔をしても無駄だというのに……。1人だけそうやって抜け駆けしようだなんて……私、許さないんだから……。
しかし、2人が特訓をする事はなく、何もない荒野が無限に広がっているような場所にいた私達の元へココちゃんの声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん達!」
振り返って見るとそこには、ココちゃんをはじめとした魔犬族の人達がいて、彼らを代表してココちゃんのお父さんが、私達の元へやって来て、人間の姿で私達を歓迎する様子で言ってきた。
しかし……改めてみると、ココちゃんパパは、人間の姿だとごく普通のお父さんって感じの優しそうな人だ。犬の姿の時は、大きくて巨大な狼みたいで凄く怖かったのに……。
「……魔族の里への入国許可がおりました。準備出来次第、出発しましょう!」
すると、そんなココちゃんパパの言葉に光矢が、改まった態度で丁寧に頭を下げながら申し訳なさそうに言った。
「……本当に良いんですか? 俺とマリアは、人間なのに……俺達までその……入っても」
すると、ココちゃんパパは、とても上機嫌に親指を上に立てて言った。
「何を言っているんですか! 大歓迎ですよ! 娘を助けてくれた方々です! むしろ、私達からお礼をさせてください!」
「すいませんね……。なんか、色々と……」
「あはは……すいません」
私も光矢の後に続く形で、謝りながら頭を下げる。私達が、ペコペコ頭を下げながらそう言うと、ココちゃんパパは、ニコニコ笑顔のまま言った。
「……いえいえ! とんでもない! さぁ、行きましょう! 私達の家まで案内しますよ!」
そうして私達は、ココちゃんパパに連れられて、ココちゃん一家の住む家にお邪魔する事になった……。しかし、私達はまだ知らない。
この魔族の里に訪れたその時から……私達の新たな運命が始まろうとしている事を……。