魔族の少女ココ編⑧
──人生で、大切な人を失った事はあるか?
私はある。それも2回も。2回とも別の人であればまだ良かった。でも私が失ったのは、同じ人。同じ人を2回殺されたのだ。
多分、これはこれから先も起こってしまうんだろう。
彼が、この世界で佐村光矢として生きる限り……。
「……はっ! 邪魔しやがって。お前は、生かしたまま国王に差し出すつもりだったけど……。でも、まぁ死んじまったもんは仕方ねぇか。それに、これで邪魔する奴は誰もいないって訳だ。心置きなく全員殺せるってわけだ!」
マクドエルが、再び剣を振り上げてココちゃん達を攻撃しようとした次の瞬間、彼の事を植物の太くて長い蔓が攻撃する。蔓は、鞭のようにしなった動きをしてマクドエルを追い詰めていくが、彼は手に持った雷を纏った魔法剣で蔓を斬りつける事で植物の攻撃を無力化する。
「……ちっ!」
舌打ちするマクドエルだったが、更にそこへ殴り込みに来る者がいた。彼女は、赤いチャイナドレスを身につけており、その身軽な動きで、まるで瞬間移動でもしているみたいな素早い動きでマクドエルに近づくと、手に持ったヌンチャクを駆使して、マクドエルへ的確な攻撃を繰り出す。
しかし、彼女の攻撃はマクドエルの雷のバリアで無力化。更に一瞬の隙をつかれてしまい、剣を振ってくるマクドエルに彼女は一旦大きくジャンプして後退する。
「……ルリィさん! サレサさん!」
私が2人の名前を呼ぶと彼女達は、マクドエルを睨みつけたまま告げた。
「先輩は、殿方様を連れて逃げて下さい。ここは、アタシが……!」
「でっ、でも……!」
「良いから早く! 今ここに先輩がいても足手まといなだけですわ!」
ルリィさんは、そう強く私に言った。確かにそうだ。……どうして、そんな事は分かっていたはずなのに……私は、あそこで「でも」だなんて言ってしまったのか……自分でも理解できなかった。
私の頭は、そこでストップしてしまった。すると、再びルリィさんが大きな声で私に叫んでくる。
「……速く!」
速く逃げろ! 彼女は、ひたすらにそう言ってくる。私は、倒れている光矢の事を抱えて逃げる事にした。
でも……何処へ逃げて良いのかなんて分からない。……そもそも私達は今、騎士達に取り囲まれてしまっているのだ。そんな状況で逃げようにも……。
すると、光矢を運んでいる私の後ろでは、ルリィさんとサレサさんがマクドエルに挑もうとしている姿が見えた。
余裕そうな笑みを浮かべながらマクドエルが、魔法剣の先を彼女達に突きつける。
「……次は、テメェらか。まぁ、良いぜ。そこのクズが死んだんだ。もうオメェらが、いくら死のうが変わらねぇ。全員まとめて……かかってきな」
「貴方だけは……絶対に許しませんわ!」
「右に同じく……。殺す!」
2人の瞳が、殺意に満ち溢れた次の瞬間、ルリィさんとサレサさんの全身から強烈な魔力が溢れ出る。刹那、ルリィさんの全身が巨大な魔法陣の中へ入っていき、そしてまた次の瞬間に彼女の姿は、龍の姿へと変貌していた。
――魔龍としての姿……! あの姿は、素早い動きは苦手だけど……攻撃力は、格段に上がる!
と、私が驚いていると、ルリィさんの隣で頭上に大きな魔法陣を出現させて、その中から1つの大きな剣を取り出すサレサさんの姿があった。
「……あの剣は!」
私達が、初めてサレサさんと出会った時に彼女が使っていた剣だ。ちゃんと見るのは、今回が初めて。刀身がしっかりした少し大きめの剣で、剣の全体から強力な魔力を感じる。
――魔法剣。それは、杖と同じ所謂、魔力増幅装置だ。剣の形をしており、鍔の部分にはオリハルコン鉱石が埋め込まれている。これによって、杖と同様に魔力を高める事ができ、より強力な力を使う事ができる。
しかし、杖と魔法剣の大きな違いは、杖が小型と大型で使い方やメリット、デメリットが異なるのに対して魔法剣は、そのほとんどが完全に攻撃に特化したものとなっており、また杖と大きく異なる点は、杖は自動で魔法を使用する事ができるオート機能を持つ事ができるが、剣の場合はそれがない。その代わりに魔力とイメージさえあれば杖よりも強力な力を発揮できる。そして、それを極めた先に身に着ける事のできる必殺技こそが、マクドエルの使用した”陣形殺撃”と呼ばれる魔力をフルバーストさせる技。強力な魔法陣を出現させて、そこに魔力を極限まで込める事で使用する事の出来る必殺技だ。
サレサさんやマクドエルの持っている大きな剣は、魔法剣だ。――そして、つまりサレサさんがあれを出したと言う事は、彼女も本気でマクドエルを倒そうとしていると言う事。
「……陣形殺撃――グロウアップ・ファクター……!」
サレサさんが、そう言い放ったその直後、彼女の持った魔法剣に大きな魔法陣が出現し、そこから強力な魔力が発生する。そして、次の瞬間に彼女の足元から巨大な植物が生えてきて、それらが螺旋を描くようにサレサさんの体を包み込む。
次の瞬間、植物の中に包み込まれたサレサさんが、中からその植物を斬って現れると……その姿は、大きく変わっていた。
まるで、全身を木や花や葉でできた大自然の鎧に身を包んだような姿となり、彼女は剣を構えるとマクドエルに低い声で告げた。
「……手加減はしない。この姿になったからには、”30秒”で蹴りをつける……!」
そう言うと、サレサさんは剣を構えて、走り出そうとする素振りを見せる。――しかし、次の瞬間彼女の姿は、消えてしまい、そして気づくとマクドエルのすぐ傍まで接近しており、彼女はマクドエルの真ん前に立った状態で、彼を斬りつけた。
驚いていたマクドエルだったが、しかし斬りつけられる寸前に彼は、バリアを展開しており、サレサさんの攻撃は、守られてしまう。そんな中でマクドエルは、告げた。
「……驚いたぜ! お前もまさか、魔法剣の使い手だったとはな! しかし……なるほど。これが、お前の陣形殺撃……確かに、ちと骨が折れそうだなぁ」
「喋ってると……30秒経ってる。その時、既に貴方は……死んでいる。」
すると、再びサレサさんの姿が消えてしまい、次はマクドエルが真後ろを向いた途端に彼女の姿が現れたのだった。
すぐさま斬りつけるサレサさんだったが、やはりマクドエルの結界が剣での攻撃を通さない。
「……30秒? はっ! どうかな? 30秒経って死んでるのは、テメェかもしれねぇぜ?」
しかし、マクドエルがそんな事を言っているとその時だった。今度は、彼の背中を向けた先から龍の姿となったルリィさんが雷を落とそうとしていた。
「……これなら、守り切れますか?」
強力な雷が炸裂し、マクドエルのバリアにも目掛けて落雷が起こるが、それでも尚、彼のバリアは壊れなかった。
「なんですって!?」
「甘いなぁ……。俺様が、この程度でくたばると思ってんのかよ?」
すると、そう言うマクドエルに向かってサレサさんが掌をかざす。その時、彼女の手から水が勢いよく放出される。しかし、それも雷のバリアによって防がれてしまう。
「なら、これなら!」
サレサさんは、そう言うともう一度掌をかざして、次に地面から植物の巨大な蔦を成長させて、出現させる。そして、それらは蛇のようにしなった動きで素早くマクドエルの両手にグルグルと巻き付いて捉え、彼の動きを止めてしまう。
「……何!?」
マクドエルが、驚いて何も出来ないでいるこの隙を狙って、サレサさんは上空にいるルリィさんに告げる。
「……今!」
「分かってますわよ!」
刹那、ルリィさんの辺り一面に出現した強力な魔法陣から無数の雷が降りかかり、更に同時に彼女の口からは、物凄い勢いで炎が放出される。
「アタシの全てをかけて……貴方を倒しますわ!」
ルリィさんが、そう言った次の瞬間には、マクドエルの立っている辺り一面が爆発に包まれる。少し離れた所に立っていたルリィさんとサレサさんが、その場に立ち尽くした状態でジーっと向こうを見ていた。
「……やった?」
サレサさんが、言ったその時――炎の中から姿を現したのは、バリアを解いてゆっくり歩いて来るマクドエルの姿だった。
彼は、体に少し傷を負っていたが、致命傷にはならない程度のもので、ルリィさんの事を鼻で笑いながら告げた。
「……お前の雷は、ぬるいな」
「何ですって!?」
そして、次の瞬間には空を飛んでいたルリィさんに向けて魔法剣の先を向けて、強力な魔力を込めて雷の衝撃波を放った。ルリィさんが避けるよりも先にマクドエルの雷は、物凄いスピードで彼女の大きな体に命中し、ルリィさんは空から落ちていくのと同時に人の姿に戻ってしまった。
「ルリィ……!」
そんな姿を心配そうに見ていたサレサさんが、マクドエルを睨みつける。すると、彼はサレサさんに告げた。
「……その鎧の姿は、なかなかやるじゃないか。……グローアップ・ファクターと言ったか? なるほど。……大自然が育って行くのに必要な水や大地、光の力を解放した姿か。かなり厄介だが、しかし弱点は分かった」
「……殺す!」
サレサさんが、マクドエルのいる目の前へ瞬間移動したかのように一瞬で距離を詰める。そして、魔法剣を振りかざす――!
だが、その寸前……
「時間切れだな」
マクドエルが、そう言った瞬間にサレサさんの体の周りを覆い尽くしていた大自然の鎧が、消えていき……鎧の中からサレサさんの顔が、露わになる。そして、それと同時にマクドエルは、雷のバリアで彼女の剣での攻撃を守りきりながらサレサさんに告げるのだった。
「……お前は、あの時30秒で蹴りをつけるなどと言ったな。お前にとってそれは、死の宣告のつもりだったようだが……逆効果となったな」
「そんな……!?」
慌てるサレサさんにマクドエルは、言った。
「……敗因は、それほどの力を持ちながら……俺に1人で挑んでこなかった事、だな」
そう言うと、マクドエルはルリィさんの時と同様に魔法剣に雷の魔力を込めて、雷撃を繰り出し、サレサさんを吹っ飛ばしてしまう。
地面に叩きつけられたサレサさんは、そのまま倒れてしまった。マクドエルは、そんな彼女の姿を見て嘲笑いながら告げる。
「……さて、これでようやく邪魔な奴らが消えたってわけだ。後は……」
そして、彼はくるりと体を反転させて私の方を見てきた。光矢の体を抱えていた私は、必死に逃げようとする。だが、すぐに私の後ろから生き残っていた他の騎士達が現れて、私の周りを囲んで来る。最早、完全に私の逃げ場はなくなったのだ。
マクドエルが、私をジロジロ見てきながら言った。
「……良い女だ。アンタは、ちゃんと人間らしい。……だから、生かしてやってもいい。まっ、その代わり……処理用の穴としてだがなぁ!」
彼は……マクドエルは、まるで悪魔のような笑みを浮かべながらそう言うと、ゆっくり私へ近づいて来る。
――怖い……。涎を垂らしながら私へ近づいて来るマクドエルが……怖い。
後ろからもジロジロと視線を感じる。後ろにいる騎士達もきっと私の事を……。そう思うと背筋がゾッとする。……怖い。怖い……。
だが、もう最初から逃げる事などできないのだ。恐怖で足が動かなくなった私が、立ち止まっていると、その時だった。
「……何をやっているの!? 早く逃げるんだ!」
「その声は……!?」
聞き覚えのある幼い女の子のような声だった。私が、辺りをキョロキョロ見渡しているとその時、光矢のお腹の辺りから急に強い光が現れる。私は、眩しさのあまりつい、目を逸らしたが光の中からメイド服を着た1人の小さな女の子が姿を現したのだった。
「ルア……さん!?」
銃の精霊ルア。普段は、光矢の持っている銃の中にいるはずの精霊が、何故か今回は彼のお腹の中から出てきた。
「あれは……? まさか!?」
マクドエルは、ルアさんの事を見ると途端に目をカッと見開いて驚いた様子だった。そんな中、私はルアさんに尋ねる。
「……どうして? そんな所から……」
すると、ルアさんは慌てた様子で言った。
「今は、そんな事はどうでも良いよ! 早く防御結界を! 早く!」
強い声でルアさんが、そう言うので私はすぐに慌てて杖を魔法陣から召喚し、防御結界を発動させる。途端に私とルアさん、そして死体と化した光矢の3人を包み込んだ結界が形成される。
私は、ルアさんに尋ねた。
「……どうして、結界を張ったんですか? 精霊であるルアさんの魔力なら……私達を遠くへ逃がす事だって……」
人間や魔族に比べて精霊の持つ魔力量は、凄まじいと神話で見た事があった。また、人間では到底扱えないような凄まじい魔法をも操る事ができるとも神話には、書いてあった事を私は、教会にいた頃に習った内容を思い出してそう言ったのだが……ルアさんは深刻そうな顔をして告げた。
「……そんな魔力が無駄になるような事できないよ。僕にはね、主を守る責任と義務があるんだ。君達を逃がすために魔力を使ってしまったら……その後、主を蘇らせるのに必要な魔力が足りなくなってしまう」
「そんな……!」
「時間がない! 君は、結界の維持に集中して、その間に僕が主の心臓に僕の今ある全魔力を込めるから。つい最近、やったばかりだけど……多分ギリギリ魔力は足りているはず……きっと、大丈夫なはず……」
ルアさんは、そう言いながら早速、光矢の事を蘇らせようとしていた。だが、私は――。
「……もう、やめてください!」
「え?」
「やめてください! 光矢は、貴方の人形なんかじゃない! こんな事、彼は望んでなんか……」
私は、そう言うがルアさんは全く聞く耳を持たなかった。
「……今は、そんな事を言い合っている場合じゃない! それよりも主を……。早く主を復活させないと……!」
だけど私は――。
「……そんな事より! 今すぐ、私達を別の場所にワープさせてください! 精霊であればそれ位は、できるはずです! お願いします! このままだと……皆が……」
「……何を言ってるんだ! 主を失っても良いって言うのか? 君は」
「それは……」
私の思考は止まってしまった。光矢を取るか、皆を取るか……そんなの……分かるわけがなかった。どっちも大事な命のはずだ。でも……もしここで、光矢を蘇らせたとしても、だ。
そもそも光矢は、先程の戦いでマクドエルに負けてしまっている。……もう一度、蘇らせた所で次は、勝てる確証はあるのか……。
下手をすれば、それこそ全滅の危険性がある。それなら、やっぱりここは光矢を置いて、皆で逃げた方が……。
しかし……それもまた心の何処かに罪悪感を感じてしまう。私を救ってくれた人をこんな簡単に見限って良いのか……。私が、初めて愛した人の事を……私は、裏切っても良いのか? そんな思いが、心の中にちらつく。
「……でも、それでもやっぱり……!」
私が、必死にそう言った次の瞬間だった。結界の外からマクドエルが大きな魔法剣を叩きつけて来て、何度も何度も同じ場所を力強く斬りつけてきていた。彼の魔法剣は、雷の魔法によって強化されており、私の防御結界が、いとも容易く傷ついていっていた。
「……おいおい! こんな状況で女同士の喧嘩かぁ? 見苦しいねぇ……いや、女同士というよりも……精霊と人間の喧嘩って所か」
「なんで、その事を……!?」
ルアさんが、そう言うとマクドエルは、面白そうに笑いながら告げた。
「……ははは! うちの上司は、神話とか伝説が大好きな人でねぇ。アンタの事もだいたい知ってる……ぜ!」
刹那、マクドエルの大きな剣が叩きつけられた途端に私の張った防御結界が完全に崩壊してしまう。そして、割れたガラスのような音がする中でマクドエルが、ゆっくりと私達に近づいて来る。
そんな中、ルアさんが私に言ってくる。
「……おい! もう一度結界を! 早く! 早くするんだ!」
だが、私はもう……。
「……だ、だめです。……もう二回も結界を壊されてしまって……魔力が……。少し待ってからじゃないと……」
私も既に魔力が切れそうになっている。当然だ。魔法というのは、破られてしまうとその分、魔力の消費が激しい。そのため、防御結界のような魔法は、そんな連続して撃つ事自体、難しいのだ。
苦しんでいる私の横に立っていたルアさんだったが、次の瞬間に彼女の体は、ひょいっと持ち上げられて、首元をマクドエルに捕まれてしまう。
彼は、言った。
「……残念だったな。お前、そこのクズの銃の中にいた精霊だろうが……そうはいかねぇ。復活が、どうとか抜かしていたが……そんな事はさせねぇよ」
だが、マクドエルに負けじとルアさんも彼を強く睨みつける。
「……離すんだ。人間如きが……僕に触れようだなんて……そんな愚か真似はしない方が良い。ボクの方が、君より圧倒的に魔力も何もかも上である事を忘れるなよ……!」
だが、マクドエルはまるで嘲笑うかのようにルアさんに告げた。
「……はっ! 忘れるなよ? だとぉ……俺様を誰だと思ってる? 俺様は、王国最強の雷の魔法の使い手……マクドエル様だ」
そう言うと次の瞬間、マクドエルはルアさんの首を掴んでいた手に魔力を発動させた。瞬時にそれに気づいたルアさんが、ハッと驚いた様子で告げる。
「……貴様!? まさか、僕から……力を!?」
マクドエルは、にんやりとどす黒い笑みを浮かべて告げた。
「……ご名答さん。お前の魔力を吸収して……俺様は、”充電”する。そこのクズも復活できないようになるしなぁ……」
すると、その瞬間にマクドエルは、ルアさんから魔力を吸い取りだした。魔力の匂いから察するに、どうやら雷の魔法の応用で……”充電”というのは、それをうまく言い表した言葉だった。
ルアさんは、苦しそうに藻掻きだし、それと反比例するようにマクドエルの方は、どんどん魔力が回復していっているのが分かる。……彼は、今までにないくらいに力が漲った様子で……やがて、ルアさんの事をゴミみたいにポイっと捨てて、首をコキコキ鳴らし始めた。
「……ふっ、全ての魔力を吸い取れなかったのは、残念だ。……流石は精霊と言った所だなぁ。しかし、これでまぁ、かなり強くなった気がするぜ。もう撃てないと思っていた陣形殺撃も……今日は、いつもの2倍は、いけそうだ! さいっこうに……キマるねぇ~」
まずい……。後、一回防御結界を張れるか否か程度しか魔力の残っていない私。魔力を吸い取られて光矢を復活させる望みさえ叶わなくなったルアさん。それに……戦闘不能状態のルリィさんにサレサさん……。
まずい……。これは、かなりまずい。このままだと……本当に皆、殺されてしまう。……そして私は、また……。
あの時、ルアさんの言う事に素直に従っていれば……こんな事には、ならなかったのだろうか。あの時……どうして私は、光矢を信じてあげられなかったのか……それは、彼が初めて会った時から既に死んでいたから? 本当の彼が、なんであるのか……分からないから? でも……じゃあ、私があの時……愛を誓った彼は……偽物だと言うの?
私は……私は……。……私は…………。
――似てるのさ。アイツは、俺と……。
その時、私の脳裏に思い浮かんだ言葉は、他でもない光矢のおやっさんこと、ヘクターさんが、私達3人に向かって言った言葉だった。
――同じ魔力の薄い人間同士で……周りに馴染めないどころか、孤立しちまう。……昔の俺にそっくりだ。
孤立……。確かにそうだ。光矢は、ずっと……この世界に来てからきっと、一度も……楽しい思いなんてしてこなかったはず。皆から魔力がないと言われ、差別されてきて……そんな悲しい日々をずっと1人で過ごしていたんだ。それなら……。
――だから、かな。……アイツも少しくらい生きる事の楽しさを知って欲しいと思ってな。
生きる事の……楽しさ?
――なぁ、お前……良い女と出会ったな。
この言葉は、確か……光矢とヘクターさんが2人で話していた時にヘクターさんが言っていた言葉だ。良い女というのは、誰の事を言っているのか分からない。けど……あの時、光矢の顔は、ちょっぴり嬉しそうだった。
彼にとっての生きる楽しさって……。
そんな事を思っていると、その時だった。突如、向こうから檻が破壊される音が聞こえてくる。びっくりして、私が向こうを向いてみると……なんと、中から手錠や足枷を破って脱走した魔犬族達がやって来る。
その姿に驚くマクドエル。彼は、辺りをキョロキョロ見渡して告げた。
「……どっ、どういう事だ!? なぜ! なぜ檻が破られた!?」
すると、檻の中から聞き覚えのある幼い少女の声が聞こえてくる。
「……ジャンゴおじちゃんの仇! 許さないなの!」
「ココちゃん……!?」
なんと、檻の中から姿を現したのは、手錠も足枷も全くしていないココちゃんだった。彼女は、大きな体をした男の魔犬族の背中に乗っており、その男に私の元まで行くように伝えて、男と共にこちらへやって来た。
「ココちゃん!? 大丈夫? 怪我は……?」
「……う、うん。大丈夫なの。そ、その……心配してくれてありがとう……なの」
「ココちゃん……」
と、ジーンとなっていた私だったが、すぐに気持ちを切り替えて少女に尋ねた。
「……それよりもどうして、いきなり脱獄なんてできたの!? 魔犬族は、確か……魔力を封じる手錠や足枷をされていたはずじゃ……」
すると、ココちゃんは、えっへん! と胸を張って私に言ってきた。
「……ココ、そんなのされなかったなの。ココね、魔法は全然できないさん何だけど、1つだけ鍵を開ける魔法だけは、パパに教えて貰ってたから知ってたなの。だから、すぐに皆の手錠のロックを解除して……皆で脱出したなの!」
「ココちゃん!」
私は、思いっきり彼女の事を抱きしめた。すると、ココちゃんは私の耳元で言った。
「心配かけてごめんなさいなの……」
「良いんだよ! 無事で良かったよぉ!」
私は、涙が出そうになりながらも少女の事をギュッと抱きしめる。そして、少ししてから私の体から離れて行ったココちゃんが再び男の体に乗ると、小さな少女は周りにいた他の魔犬族の仲間達に彼女は、告げた。
「……皆! あれが、ココの大事な人達を傷つけた人間! 敵は、アイツなの!」
ココちゃんが、びしっとマクドエルの事を指さしてそう言うと……他の魔犬族達は、グルグルと牙をたてて……マクドエルや他の騎士達の事を睨みつける。そして――。
「全軍突撃なの!」
一斉に大人の魔犬族達が、たちまち人の姿から魔族としての姿となっていく。その見た目は、どれもおそろしく……まさに地獄の番犬という言葉がふさわしい位の狂暴な見た目をしていた。
というか、もう犬じゃなくて……狼だ。しかも、たまにケルベロスみたいな者もいた。だが、そんな禍々しい見た目をしているからこそなのか、魔犬族は次々と騎士達を倒していってしまい、物凄い数いたはずの騎士達もいつの間にか全滅してしまっていた。
そんな様子を見ていた私の元に向こうで倒れていたルリィさんとサレサさんがやって来る。
「……先輩!」
「これは……一体、何が起こっているの?」
2人の疑問に私は、答えた。
「……魔犬族です。ココちゃんが……ココちゃんがやってくれました!」
私達3人は、そんな魔犬族と騎士達の戦闘を見ていたが、しかし……やはり最後の最後、マクドエルとの戦いでは、魔犬族達もピンチに追い込まれていった。
「テメェらが、何人束になってかかってこようが、今の俺様は倒せねぇ……。精霊の力を吸収した俺様は、無敵だ! テメェら、全員……ここで処刑してやるぜ!」
マクドエルは、そう言うと次々と立ち向かう魔犬族を剣で攻撃。更には、これまでに見ない程の強力な雷の魔法の力で自分の周りを囲んでいた20匹近くの魔犬族を一瞬で弾き飛ばしてしまっていた。
「くらいやがれ! 強くなった俺様の必殺……陣形殺撃――ザ・ライトニング!」
一瞬でマクドエルの周りにいた魔犬族達が、攻撃により吹っ飛ばされてしまう。その圧倒的な力量差に流石の魔犬族達も懸念を感じている様子だった。
「……ダメだ。コイツは、強すぎる。流石に……うぉれ達の力だけじゃどうしようもできないぜ」
1人の男の魔犬族が、そう言う中、他の魔犬族はそれでも諦めずにマクドエルに戦いを挑む。
「……諦めるな! まだまだ……こんな所で負けるわけには、いかない! うぉれ達を殺そうとしたコイツだけは……生かしちゃいかん!」
「しかし……うぉれ達の力が通用しないのも事実だ!」
すると、戦いを見持っている私の耳元に1人の少女の声が聞こえてきた。
「……それなら、1つだけ策がある……よ」
その少女は、とても苦しそうに私の元へまでやって来ると、一瞬だけ倒れそうになった。私は、ギリギリの所で少女をキャッチする。
「……ルアさん」
そして、その少女の名前を呼ぶと、ルアさんは告げた。
「……これは、本当に最後の手段だよ。……良いかい? よ~く聞いてくれ。……君達、全員の今ある魔力を全て込めて……主を蘇らせるんだ!」
「え……!?」
「アタシ達の力で殿方様を!? そんな事が、本当にできるの!?」
信じられないという反応をするルリィさんにルアさんは、更に告げる。
「あぁ、できる。僕が魔法を発動させたらその瞬間に皆が、僕へ魔力を送り込むんだ。そうすれば、心臓に十分な魔力を送り届ける事ができる。そして、主は復活する! ただし、チャンスは一回だけ。僕の魔力じゃ後、一回復活の魔法のゲートを開く程度が限界だ」
ルアさんが、そう言うとルリィさんもサレサさんも一瞬暗い顔をした。不安なのだろう。これ以上、光矢を戦わせたくない。そんな思いが、きっと2人にもあるのだろう。私も同じ思いだ。
しかし――その後、ルリィさんとサレサさんは、顔を上げて言った。
「分かりましたわ。……それしかないのなら、そう致しましょう」
「同感。私も手伝う」
彼女達の言葉に私は、自分の感情を抑えきれなくなり、ぶつけた。
「……? どうして!? ルリィさんもサレサさんもどうして……どうしてそんな事を!? 光矢を傷つけたくないって……思っていたはずじゃ!?」
私は、つい感情的になってしまった。すると……。
「……思っていますわよ! 当然でしょう? だって、アタシ達の命の恩人ですわよ! 苦しませたくなんかないし……このまま安らかに眠らせたいですわよ!」
「じゃあ、どうして!?」
すると、ルリィさんの目がカッと見開かれて覚悟の決まった顔で私を見つめて言ってくる。
「……それでも。アタシ達には、彼がまだ必要なんです。アタシ達を、まだもう少し救って欲しいし……アタシ達もまた……彼を救いたい。……嫌じゃないんですか? 先輩は……殿方様が、この世界に来て嫌な思いだけしてあの世へ行ってしまうなんて……せっかく、私達のいるこの世界へ来てくださったのに……もっと、色々……楽しい思い出も作りたいですわ……」
「でも……こんな……人形みたいな事……私には……」
「殿方様が、先輩のピンチの時に……貴方を見捨てて行ってしまうような人ですか?」
「え……?」
「先輩が一番わかっているはずですわ。殿方様が、誰よりも守りたいのは、先輩の事で……そのためなら、どんな事だってしようとする。例えそれが、人形みたいに死んで蘇ってを繰り返す事になったとしても、きっと……生き返ってでもね」
「ルリィさん……」
「はぁ……。悔しいですわ。何処まで行っても……結局は、こうなんですもん。……でも、これだけは言っておきますわ! 天国で後悔させたままの殿方様を成仏させるには……私達皆の力で、殿方様を幸せにしてあげるんです! そうして初めて……殿方様を安心してあの世へ送り出せるってもんです!」
ルリィさんの言葉で、私の心は、色々と吹っ切れた気がした。私は、ルリィさんの事を真っ直ぐ見つめて一緒に頷いた。その後、サレサさんと3人で見つめ合う。
サレサさんは、言った。
「……皆で、ムー君を呼び戻す。それで……戦いが終わったら、うーんとムー君を甘やかす!」
「はい! 今日は、光矢のために……たっくさん、ぎゅーってしてあげます!」
「そうですわね! 今日は、たっぷり殿方様に……アタシの特性カルーアミルクを飲ませてあげますわ!」
「……私も、いっぱい膝枕してあげる。ムー君、良い子良い子する」
私達3人は、そう決意すると、今度はルアさんの方を向く。彼女は、私達の事を見て少し嬉しそうに笑いながら言った。
「……覚悟はできたようだね」
「はい!」
私が、そう決意を告げると今度は、後ろからココちゃんが、トタトタ走って来て私達に告げた。
「……ココも! ジャンゴおじちゃんにもう一回会いたい! 皆も……良いよね!」
ココちゃんが、後ろを振り返って戦っている仲間の魔犬族にそう尋ねてみると、魔犬族達が、マクドエルの事を一斉に蹴飛ばして少しだけ距離を作ってから答える。
「……うぉうよ! ココを助けた恩人のためだ! うぉれ達は、力貸すぜ!」
「うぉれもだ!」
「うぉたしも!」
魔犬族達もそう言うと、ルアさんは、早速真剣な顔をして光矢の前に立つと一言告げた。
「……それじゃあ、始めよう!」
そして、次の瞬間に私達は皆、手をつないだ。まるで一列になるように私達は、手を繋ぎ、そしてルアさんへ自分達の魔力のありったけを注ぎ込んだ。
そこには、もう魔族も人間も関係なかった。皆が、一丸となって……1つの輪となって、一生懸命になっていた。
皆の魔力が合わさった時、私達の回りは虹色になった。虹色の光が、ルアさんから光矢へ送られていく。
「……殿方様!」
「……ムー君!」
「……おじちゃん!」
やがて、時間と共に一番端っこにいる人から順番に魔力切れを起こすようになっていっているのが分かった。少しずつそれは、増えていき……とうとう魔犬族も全員魔力切れとなってしまった。
「主……もう少しだ!」
ルアさんは、必死に魔力を注いでいた。残された私達3人とルアさんが、必死に魔力を込めていたが、すぐにルリィさんもサレサさんも……魔力切れとなってしまい、とうとう残されたのは、私とルアさんのみとなった。
「……光矢、お願い……。目を開けて!」
最後の願いを込めて私が、魔力を込める。それと同時に私の涙が、彼の頬に零れ落ちる……。
――その時だった。
――ドクンッ……!
とてつもなく激しく心臓が、大きく跳ねたような音が聞こえた気がした。それは、私だけでなくルリィさんもサレサさんも魔犬族の皆も同じだったようで……私達は、びっくりしていた。
「……まさか、そんな……!?」
吹っ飛ばされていたマクドエルも驚いていた。彼は、そんな事あり得ないと連呼しながら必殺技である雷の陣形殺撃を光矢に向かって放った。私達は、逃げようとしたが、しかし既に遅かった。このままだと皆、やられてしまうと……そう思った。
だが――マクドエルの陣形殺撃が、炸裂し爆発が起きる中で……私は、1つの魔力を感じ取った。
「光……矢……?」
そこには、私の良く知る男が立っていた。頬に切り傷をおったその男――佐村光矢が、そこに立っていた。
「……バカな? なぜ……なぜお前が!?」
慌てるマクドエルに対して光矢は、カウボーイハットをクイっと上げて私達に微笑みかけながら告げた。
「……よぉ。ただいま」
――To be Continued.
次回『勇者覚醒編』