魔族の少女ココ編⑦
魔族領を目指す私達の旅も既に後半に差し掛かっていた。私達は適宜、双眼鏡や方位磁石などを使って方角や距離を確認し、一歩ずつ進んで行っていた。
そして、とある場所まで来た所で、だった。双眼鏡で南西の方角をジーっと見ていた光矢の隣に立っていたココちゃんが、告げた。
「……ここ、知ってる! 通った事ある!」
私達は、南西の方角へ歩き続けた。そして、しばらく経ってから私が光矢の双眼鏡を借りてもう一度向こうの様子を確認した。
すると、双眼鏡の先に漆黒の大地が見える。私は、この景色を絵で見た事がある。間違いない。
「……魔族領、です」
ルリィさんやサレサさんは、それを聞いて少し嬉しそうだった。ココちゃんは、ようやく自分の家に帰って来れた事をとても喜んでおり、飛び跳ねていた。光矢もそんな少女の様子を見て少しだけ笑っている。
私達は、そのまま真っ直ぐ歩いて魔族領へ向かった。――しかし、その時だった。突如、私達の歩いて行っている先に小さな雷が落ち、地面に少しだけ小さな穴が開いた。
途端に光矢以外の私達は、全員その雷から魔力の気配を感じ取る。改めて、その気配を辿っていくと……。
「……凄い数……! 光矢!」
私達が、辺りを見渡しているとその時だった。前方から物凄い数の馬に乗った騎士達が姿を現す。私達が、すぐに後ろへ逃げようと体を180度回転させると今度は、後ろからも馬に乗った騎士達が姿を現した。
「囲まれた……。どうして、こんな数の騎士達が突然!?」
驚いている私達だったが、その時だった。前方にいる馬に乗った大きなお腹をした中年の男の騎士が大きな声で言ってきた。
「……止まれ! 貴様ら何者だ? この異様な魔力の感じ、さては……魔族だな? ここは、人界領だ。邪魔者は、ここで斬る……」
男は、そう言った後、私達の事をじーっと見て来ていた。どうも、男の言っていた言葉から察するに見回りしていた騎士達に私達が、たまたま見つかってしまった感じなのだろうか……。
――でも、見周りにしては数が多すぎる。……私達の周りをグルっと一周囲む馬に乗った騎士達の横一列に並ぶ姿と、一台の大きな馬車……。こんなのまるで、西部のあちこちを旅している旅団みたいだ。
すると、前方にいた大きなお腹をした中年の男性騎士が、ギリッと私達を睨みつけていた事に気付く。そのあまりに鋭い目つきに私は、少しびっくりしてしまった。特に光矢に対しては、凄く鋭い……。
「……ん? コイツら……」
その時だった……。それまで目を細めて私達の事を睨みつけていた中年男の騎士が、突如目の前で高らかに笑いだし始めた。
男は、まるで何かに気付いたかのように満足した顔を浮かべて私達のいる方を向いてきて、それから馬でゆっくりこちらへ近づきながら独り言を言い始めた。
「その頬の傷。一緒にいる金髪の女に赤いドレスを着た女。それから……エルフ族の女。その顔。……その姿。……そして、何よりも……魔力を全く感じない所」
突如、近づいて来る中年男を見つめる光矢の目がカッと見開かれる。そして、徐々にその表情が凍り付いてくるのが分かった。
「光矢……?」
心配になった私が、彼の方を振り向く。――だが、時既に遅し。彼の額からは、大量の汗が零れ落ち、そして呼吸も乱れていた。
おかしい……。ただの騎士相手に光矢がここまでなってしまうなんて……。すると、中年男の騎士が更に告げた。
「……まさか、スターバム騎士団長の仮説通りだったとは……。ふっ、”神話”というのも信じてみるもんだな」
「お前は……なぜ、こんな所に……?」
汗をかきながら過呼吸の光矢と余裕の笑みを浮かべながらゆっくり馬で近づいて来る中年男の騎士。対照的な2人が、睨み合う中……私やルリィさん、サレサさんは、ココちゃんを守るために少女を自分達の後ろへ隠す。
そんな中、中年騎士は告げた。
「……いよぉ。元気にしてたかぁ? ”クズ”……いいや。違うかぁ。オメェには今、ジャンゴって名前があるんだっけかぁ? あの時、確かに殺したはずなんだけどなぁ……。まぁ、良いぜ。久しぶりに俺に会えて嬉しいかよ? なぁ、”クズぅ”。もう一度、テメェを……俺様の雷で裂き殺してやんよ」
「マクドエル……!」
光矢の口から出たその人の名前を私達は、当然知っている。――この世界に転生してきたばかりの光矢を殺した王国騎士団の男。
私が、初めて光矢と一夜を過ごしたあの夜に聞いた。……でも、そんな奴がどうしてこんな所へ?
すると、マクドエルは言った。
「……いやぁ、会いたかったぜ。まさか、スターバム騎士団長の命令通り、ジャンゴを追えって言われて西部に来てみたら……こんな面白い事になってたとはなぁ……。どうだ? 俺のいない間にちょっとは、魔法の方は、上達したか? ん? へへっ! 上達するわけねぇよなぁ! オメェには、そもそも魔力がねぇんだから! クズは、クズのままだもんなぁ!」
光矢は、マクドエルの事を今にも殺す殺意の籠った眼で睨みつける。
「……何の用だ?」
すると、対するマクドエルは面白そうに笑いながら告げた。
「……だから、言ったろ? お前を探してたんだよ。ジャンゴ。……スターバム騎士団長が国王から命令を受けてな。……西部のあちこちで問題行動ばっかり起こしてる悪い子のジャンゴくんを捕まえろってさ」
「何……?」
「おめぇさ、この前……レストフォレスにいたエルフ討伐隊の騎士達、皆殺しにしたろ? それで王様、もうカンカンらしいぜ? でもまぁ、まさか本当にそのエルフを仲間につけてるとは……。そこにいる赤いチャイナドレス着た姉ちゃんもおそらく魔族だろ? 魔力の匂いからして人間のじゃねぇもんなぁ……。そうとわかりゃ……潰すまでよ!」
マクドエルは、馬に乗った状態で腰から剣を抜き、その剣先を光矢の方へ向ける。彼は、ゆっくりこちらに近づいて来る。そんな中、光矢がボソッと私の名前を呼んだ。
それだけで、彼が棺桶を欲している事にも気づき、私は魔法陣を出現させて、その中から棺桶を呼び出す。彼が、地面に落ちた棺桶のロックを足で解除し、そしてゆっくりとハンドル式ガトリング砲を構える。
彼は、そんな光矢の様子を見て嘲笑った。
「……ふっ、自分じゃ収納魔法さえ使えないからって女頼りかよ? 情けねぇなぁ~? そこの姉ちゃんも……こんな”クズ”より俺のとこ来た方が良いぜ? 毎日、遊ばせてやんよ。……それにしてもでっけぇ杖だ。ソイツで、シャイモンも殺したのか?」
光矢は、イライラした様子で舌打ちする。
「……お前、一体どこまで俺達の事を知ってやがんだ?」
すると、マクドエルはどす黒い笑みを浮かべて告げた。
「知ってるぜぇ? お前の事は、隅々までよぉ~……!」
マクドエルが、馬の足を止めた次の瞬間、私達の周りを囲んでいた大勢の騎士達も杖を構えだす。そして、一斉に彼らは手に持った小さい杖に魔力を込め始める。
それに気づいた私達3人も戦闘態勢に入る。そして、次の瞬間――。
「……ぶち込めぇぇぇ!」
マクドエルが、そう叫ぶと同時に杖を持った騎士達が一斉に魔法を放ってきた。彼らは、炎や氷、雷に風など多種多様なカラフルな色をした魔法を私達に向けて放つ。
「……マリア、ルリィ、サレサ! そっちは頼んだぞ!」
光矢が、私達にそう言ったのと同時に私達も騎士達に対抗するためそれぞれ魔法を発動させた……!
「はい!」
「任せてくださいまし!」
「……倒す」
身体強化の魔法を足に使って超高速で騎士達のいる所へまで移動するルリィさんや巨大な魔法陣の中から植物の大きくて太い鞭のようにしなった動きをする蔓を操って騎士達を攻撃するサレサさん。そして、私は騎士達の攻撃からココちゃんを守るために防御結界を張る。
ココちゃんを真ん中にして私達3人は騎士達と戦う。ルリィさんは、瞬間移動のようなスピードで次々と遠くにいた騎士達を殴ったり蹴ったりして弾き飛ばしていき、サレサさんも植物の蔓を使って遠距離から騎士達を叩き潰していく。
私が、結界で騎士達の魔法攻撃を防いでいる間、ルリィさんとサレサさんの2人だけで騎士達は、一気に半分ほど戦闘不能状態に追い込まれていた。
凄い……と私は、少し感心していたが、その時後ろから大きな雷が落ちる音が聞こえてくる。音のした方を向いてみると、そこでは雷魔法を撃ちまくるマクドエルと、彼の隙を伺ってガトリング砲を撃ちまくる光矢の姿があった。
マクドエルの雷が上空から物凄い勢いで光矢の元に落ちようとするが、ギリギリのタイミングで光矢は、横転。そして、魔法を撃ち終わって無防備なマクドエルにガトリング砲を撃ちまくるが、マクドエルも雷の結界を張り巡らせてこれを防御。
「……ちっ」
舌打ちをする光矢にマクドエルは、告げた。
「……お前が、どれだけ素早く撃って来ようと……どんな攻撃をしてこようと俺の防御結界は、壊せねぇよ。なんせ、通常の結界魔法を電気の力で更に強化し、少ない魔力でも防御できるように……より効率よく長時間に渡って防御結界を維持できるように自分流に改良を加えているからな」
通常、防御結界は維持するのに物凄い魔力と集中力を消費する。だから、相手の隙を見て結界を一瞬だけ閉じたりしないといけなかったり、短期戦に持ち込まないといけないのが防御結界系の魔法の厄介な所だ。しかし、もしもマクドエルの言った通り、本当に長時間も結界を維持できるようになったのだとしたら……光矢の強みである相手が魔法を撃ち終わった後でも間に合う”電光石火の早撃ち”が、一切通用しなくなる――!?
「光矢……!」
心配して声をかける私だったが、彼は言った。
「……来るな! お前は、その子を守ってやるんだ……。やっと……故郷の傍まで来れたんだからな……。必ず、帰してやるんだ!」
光矢は、そう言うと更に今度は、ホルスターから2丁の拳銃を取り出して、それを交互に撃ちまくる。しかし、やはり彼の弾丸は全てマクドエルの防御結界の前に弾き返されてしまう。
「無駄だ! お前がどれだけ撃って来ようが……俺の結界は敗れまい! このまま……くたばれぇ!」
その時、マクドエルが剣を上に振り上げた。すると、途端に青空が広がっていたはずの空に暗雲がたちこむ。
そして、どす黒い雲が広がった空の上でゴロゴロと雷の鳴る音がし始め、ついにそれが、連続で光矢へと襲い掛かる。
「……コイツは、避けきれるかぁ!?」
マクドエルは、そう言いながら剣を握りしめて雷を次々落としていくが、光矢も負けじとマクドエルの雷をかわしていく。
「……やるなぁ。だが、忘れちゃいねぇよなぁ? お前を殺した剣が……コイツであるって事を……!」
マクドエルは、更にそう告げると剣先に巨大な魔法陣を出現させる。そして、それと同時に彼の魔力が剣へと込められていき、天空から先程よりも強い雷が、彼の剣目掛けて落ちてくる。
そして、次の瞬間に彼は、雷を纏い、大きな魔法陣が出たままの状態となった剣を両手に持って思いっきり高く剣を振りあげる。
「……くらいな! 陣形殺撃――ザ・ライトニング!」
マクドエルの剣に出現した魔法陣から強烈な魔力が込み上がっていき、雷を纏っていた剣が青白く光っていく。次の瞬間、纏っていた雷は、下から上へ一直線に伸びていき、それがまるで巨大な剣のようになると、マクドエルはその雷でできた大きな剣を一気に光矢へ振り下ろしていった――!
瞬く間に光矢の体は光に包まれていき……そして次の瞬間には真っ黒に焦げ上がった大地が広がっていたのだった。
「光矢……?」
彼の名前を呼んでみるも返事はない。どうしたのか? そう思ってもう少し見てみると、煙が晴れた大地の下で倒れている光矢の姿を私は見つけた。
「……光矢!」
彼の体は、ピクリとも動かない。まるで死んだみたいに……。
「光矢……! 光矢……。光矢!」
私が、何度も彼の名前を呼ぶ中、馬から降りたマクドエルがゆっくり歩いて来て、魔法剣の先を倒れている光矢に向ける。
「……陣形殺撃。テメェみたいな”クズ”には、一生経ってもできない必殺技さ。魔力を持つ者なら誰だってできる。全身の魔力を一点集中して繰り出す技。俺とお前の格の違いを懇切丁寧に説明してやった所悪いが、これで……とどめ、だな」
そう告げると、彼は大きく振り上げて光矢の事を斬りつけようとした! その刹那――。
「……この距離ならバリアは、張れねぇな?」
倒れていたはずの光矢が瞬時に手に持っていた銃をマクドエルのお腹の辺りに向けて銃弾を撃ち込んだ。
一瞬の隙をつかれたマクドエルは、目を丸くし、すぐに防御結界をはろうとするも間に合わず、至近距離から光矢の弾丸を4発受けてしまう。そのあまりに素早い攻撃にマクドエルは、撃たれた反動も相まって後ろへ後退し、地面に膝をつく。
光矢が、ゆっくり起き上がり、マクドエルを上から睨みつける。
「……油断したな。お前が一度、この俺を倒したばかりに……その時の慢心が仇になったな」
マクドエルは、血を吐きながら光矢の事を睨みつける。そして、苦しそうに体をごく僅かに震えさせながら告げた。
「お前……なんで……魔法も使えないくせに……」
「魔法が使えないからって……俺が弱いわけないだろう? 今日までの間、俺はずっと”スミスとウェッソン”と共に茨の道を生きてきたんだ。お前とは、潜り抜けてきた修羅場の数が違うのさ……」
スミスとウェッソン……。光矢の持つ銃の名前……S&W44マグナムの事だ。彼は、その銃口をマクドエルに向けた状態で彼に告げた。
だが――対するマクドエルは、深手を負っているにも関わらず、まだまだ余裕のある様子で不気味な笑みを浮かべる。
「……へへへ。……潜り抜けた修羅場ぁ……? 笑わせんなよ。……この俺様相手に……何をほざいてやがんだ? 俺はなぁ、この魔法剣とガキの頃からずっと一緒なんだよ……」
マクドエルは、そう言いながら地面に剣を突き刺して杖のようにしながら膝をついて座っていた。彼の持つ魔法剣の鍔の部分に取り付けられた大きな赤いオリハルコン鉱石でできた宝玉が怪しく輝く。
「こうy――!」
彼の名前を叫んで知らせようとした私だったが、敵の騎士達の魔法攻撃が激しさを増した事で防御結界に集中せねばならなくなってしまい、彼の名前を呼ぶ事ができない。
しかし、その間にマクドエルは、光矢に告げる。
「……なぁ、”クズ”。1つテメェに教えてやる。やっぱり、テメェの敗因は……ただ1つ。魔法が使えない事だ」
「何……?」
光矢のマクドエルを睨む目が強くなった。しかし、そんな彼の事を嘲笑うかのようにマクドエルは、向こうにある馬車を指さした。
「あれを見な……」
その時だった。騎士が操縦していた馬車の荷台の上にかかった白い大きな布が取り払われる。
すると、なんと馬車の荷台の監獄の中には、手錠や足枷をつけた魔族達がおり、彼らが必死に檻を叩いて助けを求めている姿があった。
「あれは……!」
その姿に驚くルリィさんとサレサさん。私の後ろにいたココちゃんも目をカッと見開いていた。少女は、細い小さな声で告げた。
「……みんな…………?」
すると、馬車の中に囚われの状態となった魔族達が、一斉に「ここから出してくれ!」と泣き叫ぶ。その声の中には……。
「……ココぉ! ココぉ!」
ココちゃんの名前を呼ぶ男の声と、女の声があった。よく見てみると、その魔族は、なんと……大きなモフモフした耳を生やした魔犬族であり、その中でもココちゃんと何処か似た容姿を持った若い夫婦が、馬車の中の檻の中でココちゃんの名前を叫んでいた。
ココちゃんは、そんな彼らの様子を見て涙混じりに叫んだ。
「パパぁ! ママぁ!」
まさかの事態だった。
「ココちゃんの御両親が、どうして……こんな所に……?」
すると、苦しそうにお腹を抑えていたマクドエルが、笑いながら告げてきた。
「……テメェらが、レストフォレスを去った後、あの村に……魔族討伐部隊の騎士共がやって来たんだ。どうも西部の土地を回ってパトロールしていたら、旅をしている魔犬族を見つけたようでな。すぐに捕虜として捕まえたみたいだ。だが……1人だけ魔犬族の小さいガキを取り逃したそうで、ソイツを見つけ出して捕まえようとしていた。そんな時にお前らを探していた俺は、たまたまレストフォレスでコイツらと出会った。んで……目的が一致した俺らは、こうして一緒に手を組み、今に至るってわけよ」
マクドエルは、そう説明するとゆっくり立ち上がる。そして、剣を杖の代わりにしてバランスを取りながら私達を嘲笑うような目で見てきた。
サレサさんが、マクドエルの事を睨みつけて尋ねた。
「……捕まえた魔犬族をどうするつもり?」
「勿論。……全員まとめて殺してやるよ。そこの金髪の姉ちゃんの後ろにいるガキを取り戻してなぁ。家族一緒に仲良くあの世へいけるんだ……。それで充分だろ?」
マクドエルが、そう言うと光矢は、彼の事を睨みつけながら銃のハンマーを下ろした。
「野郎……。相変わらずのクソ野郎だ。ここで今すぐ俺が――」
「今すぐに死ぬのは、テメェの方だよ。”クズカウボーイ”……」
刹那、マクドエルは剣を持ち上げて立ったまま剣先に魔力を込める。そして、剣の先から雷を放出して、光矢の事を吹っ飛ばした。
避けるのに遅れてしまった彼は、マクドエルの攻撃を諸に受けてしまい、吹っ飛ばされてしまう。
「……どういう事だ? あれだけの攻撃を受けて……致命傷だったはずが……?」
吹っ飛ばされた光矢が、地面に体を叩きつけられた状態でそう言う。すると、マクドエルはゲラゲラと汚い笑い声をあげながら告げてきた。
「……あぁ、痛かったぜ。さっきまではなぁ。……しかし、俺様は雷の魔法を操る王国最強の騎士様だ。テメェの攻撃は、俺様の”電気治療”で治してやったのさ!」
――電気治療……。昔、教会にいた頃に神父様から聞いた事があった。痛みを感じる部位に弱い電気を流す事で痛みの伝達をブロックし、痛みを和らげる医療法。
――マクドエルは、そんな高度な技術を自分の雷の魔法を駆使してやったというの!? それも……短時間のうちに!?
驚いている私だったがその時、一発の魔法攻撃によって私の防御結界にヒビが入り始める。
「きゃああああ!」
私の後ろにいたココちゃんが、悲鳴をあげる。私は、そんな彼女を守るために少女の体を片手でギュッと掴んだ。
「……まずいです! すぐにでも防御結界の修復をしないと……! サレサさん……ちょっと一瞬だけ結界の維持の方、協力してくれますか?」
しかし、サレサさんは必死な様子で告げた。
「……ダメ。こっちも……蔓の攻撃が読まれてきて……このままだと……」
すると、遠くからルリィさんも言ってきた。
「……こちらも。囲まれてしまいましたわ! 当分、先輩の方を手伝う事は……」
2人とも敵との戦いで手いっぱいとなれば、もう自分の力でどうにかするしかない。しかし――。敵は、待ってくれない。次々とヒビの入った部分を狙って少し離れた所から騎士達は、魔法を撃ってくる。
結界のヒビが、大きくなっていいく。……そして、もう少しもしないうちに……私の結界は、維持できなくなり、崩壊してしまう。
それは、まるで硝子が割れた時のような音をたてて崩壊した。すぐに新しい結界を張り直そうとするも……そんな余裕すらなかった。敵は、結界が壊れたタイミングでココちゃんを捕獲魔法を使って伸ばしたロープを使い、グルグル巻きにして捕獲すると、そのまま引っ張って私の元から少女を奪い去ってしまう。
「いやあああああ!」
涙を流すココちゃんを助けようと私は、手を伸ばしたが届かず……結局、魔族の少女は敵の手に渡ってしまった。
「ココちゃん!」
「助けてぇ!」
そう叫ぶ少女だったが、最早……誰も少女を助ける事はできない。
ルリィさんもサレサさんも……結界を壊されて魔力を大きく消耗し、立っている事さえできない私も。
光矢は……先程のマクドエルの攻撃を受けてかなりダメージを負ってしまっているようで、立ち上がるのもやっとという感じだ。彼は、膝をついて苦しそうにマクドエルを睨みつけていた。
マクドエルは、告げた。
「……そこで見ていろ。あの魔犬族のゴミ共が死んでいく様を……」
マクドエルは、そう言うと騎士達に命令し、ココちゃんを馬車の檻の中に入れさせる。
泣いて暴れていた少女だったが、騎士達が2人係でココちゃんは、檻の中に入れさせられてしまい、少女は泣き続けていた。
そして、そんな魔犬族の集まる檻を見つめながらマクドエルは、口角をいやらしく吊り上げてゲスな笑みを浮かべると再び、大きな魔法陣を剣に出現させる。そして、雷を纏わせると……次の瞬間に纏った雷が天を貫き、巨大な剣となった。
「陣形殺撃――ザ・ライトニング!」
マクドエルは、そう叫ぶと同時に剣を振り下ろして巨大な雷の剣で魔犬族を全員一気に殺そうとした。
「やめて!」
そう叫ぶ私達だったが最早、誰にもマクドエルを止める事はできない。
――だが、1人だけ……たった1人だけマクドエルの必殺技からココちゃん達を守るべく走り出した男がいた。
その男こそ、カウボーイハットを被り、頬に深い切り傷を負った――。
「……光矢?」
次の瞬間、再び爆風が起こり、土煙と共に真っ黒に焦げた地面が露わになった。
少しすると、ココちゃん達の乗っている無傷の馬車が煙の晴れた先から姿を現す。……そして、その馬車の手前では……。
地面に両膝をつき、ゆっくり倒れていく光矢の姿があった――。
彼は、ココちゃん達を守るために最後の力を振り絞ってマクドエルの魔法攻撃の身代わりになったのだ。
彼の様子は、明らかにおかしい。倒れた彼の元へ私は、クラクラする頭を抑えて、ギリギリの意識を保ちながら駆けつける。
「光矢! ……光矢!」
しかし、彼は目を瞑ったまま起きなかった。彼の体から少しずつ熱が奪われていくのが分かった。どんどん冷たくなっていく彼の体を私は、涙を流しながら抱きしめた。
その様子にルリィさんやサレサさんも下を向いた。
マクドエルが、私達を見つめて嘲笑う……。そして、檻の中からココちゃんの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「……ジャンゴおじちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
私は、人生で二度目の……愛する人を失う経験をした……。
――To be Continued.