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魔族の少女ココ編⑥

 ――クリストロフ王国西部、森林帯地区……レストフォレス。その森に囲まれた小さな町の中にあるバーは、ここ最近では見ないくらいに繁盛していた。マックフライ夫婦の営むその店は、エルフの騒動後、町一番の大人気店となり、今日も旅行者や村の人々を迎えてとても繁盛していた。


 だが、1人の客が入店した途端に店は一気に静まり返り、今ではそのたった一人の客が酒を飲むだけのだだっ広いスペースとなり果てていた。


「……おい! ジジイ! 酒持って来い! このマクドエル様にふさわしい酒をな!」


「……はっ、はい! ただいま!」


 マスターは、必死に男をもてなしていた。そんな旦那の様子を奥の部屋から寝ている子供を抱っこしていたマスターの奥さんが見ていた。彼女は、夫の疲れ果てている顔を見てまずい予感を感じていた。すると、マクドエルが、バーカウンターで震えた手でグラスを拭いているマスターに話しかけていた。


「……よぉ。おめぇ……ジャンゴって名前の男の事、知らねぇか? 女が一緒だったと思うんだがよ……」


「ジャンゴ……ですか?」


「そうだ。……見かけなかったか? 噂によると、ここへやって来たみたいなんだが……」


 マクドエルが、そう尋ねる。彼は、恐怖に怯えた顔で口を開け始める。だが、話をしようとした次の瞬間、部屋の奥からやって来た彼の妻が、思いっきり店主の足を踏みつけた。店主が、足の痛みのあまり飛び跳ねていると、その隙に奥からやって来た妻は、マクドエルに告げた。


「そのようなお客様が来た覚えは、ないですね……。うちは、つい最近までガラガラでしたので……」


 すると、酒を飲んでいたマクドエルは、静かにジョッキを置いて告げた。


「……ほう。なら、この村で起こってたエルフの騒動は、誰が解決したんだ?」


「それは……勇敢な騎士様方が、いらしてくれたおかげですわよ!」


 マックフライ夫人は、そう告げる。しかし、それに対してマクドエルは、彼女を鋭い目つきで見つめながら言うのだった。


「……勇敢な騎士様ねぇ。……なぁ、ママ。おらぁ、知ってんだぜ? この村に来たエルフ討伐隊の騎士共が、皆殺しにされちまったのを。……そして、その殺した奴は……エルフじゃないって事も。……更に言うと……この店で騎士が何人か殺されている事もな……」


「……」


 マクドエルが、マックフライ夫人を睨みつける。しかし、彼女はそれでも怯んだりしなかった。むしろ、逆にマクドエルを睨み返す位の強い眼差しで見つめ返していた。


 マクドエルは、言った。


「……正直に言えよ。来たんだろ? 奴らが……お前ら、接触してるんだよな?」


「……大変申し訳ないのですが、そのようなお客様には、覚えがありません。それに、あまりしつこく喋られると……営業妨害になります。速やかに帰って貰えますか?」


 マクドエルとマックフライ夫人は、睨み合った。2人が、しばらく無言で睨んだ後、ちょうどお酒を飲み終えていたマクドエルは、立ち上がり告げた。


「へっ……。そうかよ。……まっ、良いぜ。今日の所は、見逃してやる。ジジイ、テメェの作る酒はなかなか美味かったぜ? それに……お前のかみさんは、なかなか美人じゃねぇか。……うめぇ酒と美人なかみさんに免じて許してやるよ」


 そう言うと、マクドエルはお店から出て行ってしまった。残された店主が、ホッと一息ついていると、隣に立っていた夫人が、怒り気味に夫へ怒鳴りつけた。


「……アンタ! 何あそこで喋ろうとしてるの! 命の恩人なんだよ? アタシ達家族の……。それをアンタ……平気で裏切ろうとして……。この恩知らず!」


「い、いや! けどよぉ……。お前だって分かるだろ? 騎士ってのは、おっかねぇんだよ。俺は、自分の家族を守るためならこの位は、仕方ねぇと思ったんだべ」


「……最低」


「えぇ~!」


 マクドエルは、お店から出て行った後、彼の耳にも微かにお店の夫婦同士でそんな喧嘩をしている声も聞こえてきたが、彼はこれ以上バーに入る気はなかった。というのも、マクドエルは既にこの村に住んでいる人々からかなりの情報を貰っていたのだ。


 マクドエルが、空を見上げる。そして、細くて小さい雷の魔法――雷の電波を使って北部にいる勇者スターバムへ告げた。


「……聞こえるか? スターバム第一騎士団長。俺だ。マクドエルだ。……かなり情報が揃って来たぜ。まず、ジャンゴ達御一行様は現在、ここから更に南西部の方へ向かって歩いて行っているらしい。メンバーは、ジャンゴを含めておそらく4人。1人は、金髪の娼婦みたいな恰好した女。もう1人は、赤髪のピチピチのドレス着た女で、最後に……この森で恐れられていたあのエルフだ……。アイツら、どうやら今もまだ旅を続けているらしい。……しかし、ここで1つ朗報なんだが……そのジャンゴって男、実は既に死んでいるらしいんだとよ。……どうもこの村から出て行く時に棺桶の中に入った状態だったらしくてな。今は、その女達が棺桶ごとどっかに持って行っているみたいだ。だからよ、俺としてはもうこれ以上……追跡する意味はないと思ってるんだが……」


 マクドエルは、そう告げた。すると、雷の電波が北部の王城の中にいる勇者スターバムの声をキャッチし、それをマクドエルに伝えるのだった。


「……ジャンゴは、生きているぞ。マクドエル」


「え? 生きてるって……いやでも、確かに村の連中は皆、口を揃えて……」


「正確には、”生き返っている”と言うべきなんだろうね」


 マクドエルは、自分の耳に直接入って来るスターバムの言葉に疑問を感じていた。状況を飲み込めない彼は、首を傾げていた。


「どういう事ですか?」


 スターバムは、そんなマクドエルに告げた。


「……うんむ。ここからは、私の仮説なんだがね……おそらく、冒険者ジャンゴが入ったとされる棺桶。その棺桶こそ、例の”失敗作”が入ったとされる棺桶なんじゃないかと思うんだ。……そして、奴は何らかの力を使って君の雷の魔法を受けた後、復活。その後、棺桶を引きずってジャンゴという偽名を使い西部のあちこちを渡り歩いた。……まぁ、あくまで私の推理だがね」


「何か確証はあるんすか? その推理……」


「いや、まだ確証は掴めないが……君の報告と私が調べたジャンゴという者に関する情報を色々調べていき、最も辻褄が合うのは、やはりこの説だと思ったんだ」


「……そうなんすかねぇ? でも、人が復活するなんて……そんな魔法は、今まで聞いた事もないっすよ」


「いや、”実在していたよ”。神話の世界においては……」


 スターバムが、雷の電波ごしにそう告げると、マクドエルは呆れた様子で告げた。


「……また、その話っすか。はぁ、分かりましたよ。とにかく、追跡を続ければ良いんでしょう?」


「よろしく頼むよ」


 スターバムが、そう言った次の瞬間、マクドエルの口角が釣り上がり、いやらしい笑みを浮かべる。彼は、村の端っこに見える謎の倉庫をじーっと見つめながら告げた。


「……ええ。任せてください」


 こうして、雷の電波の魔法を解除したマクドエルだったが、そんな彼の元に1人の男が話しかけに来る。


「……隊長!」


 マクドエルが、振り返るとそこには彼と同じ騎士甲冑を身に纏った背の小さい男の騎士が立っていた。彼は、ハキハキした声で告げた。


「……奴らを運ぶ準備ができました!」


 すると、マクドエルは、更に口角を吊り上げていやらしさの増した顔で告げた。


「……そうか。ご苦労だったな。そろそろ出発するからお前らも準備しておけ。……いやぁ、それにしてもまさか、こんな所で西部の魔族残党討伐部隊の方々と出会えるとはなぁ。君達が、人界領に侵入して来ていた魔犬族を捕まえて捕虜にしている事……いやぁ、見事だ」


 すると、背の小さい男の騎士は、恥ずかしそうに告げた。


「いやぁ、あのスターバム隊のマクドエルさんに言われるなんて照れちゃいますねぇ……。それにしても良いんですか? マクドエルさん、スターバム隊長から言われた任務もあるんだろうに。私達と一緒について来ても平気なんですか?」


「あぁ、構わない。……俺がこれから行こうとしているのと同じ方角にあるしなぁ。魔族領は……。期待しているぞ。逃がした最後の一匹を捕らえて全員まとめて殺す事をな……」


「えぇ。任せてください。逃がしたのも所詮は、魔犬族の子供。しかも女の子らしいんで、すぐにとっ捕まえて見せますよ!」


 マクドエルと男は、そんな話をしながら村の端っこにある倉庫へやって来ていた。暗い倉庫の中には、縄で体中をグルグル巻きにされ、更には手足に魔封じの効果がある手錠や足枷をした者達がいた。


 彼らは皆、頭に大きなもふもふした犬のような耳をした魔犬族と呼ばれる者達で皆、涙を流していた。


 1人の成人の男の魔犬族が、涙を流して寂しそうに声を震わせて言っていた。


「……ココぉ……」


 マクドエルと騎士は、そんな悲しみにくれる魔犬族を見渡しながらゲラゲラと嘲笑い、倉庫の扉を閉じたのだった……。


                     *


 ――クリストロフ王国西部。砂の大地が広がり、夜は寒く昼は熱い日々が続いていた。既に魔族領も近いせいか、人間が住んでいそうな家も、隠れ家のような場所も何もない。ただ砂漠が広がっているだけの場所だった。


 私=マリアは、光矢達と共に歩いていた。既に歩き始めてからかなり時間も経ってきていたせいか、私達は皆、息切れを起こしていた。特にまだ小さいココちゃんは、ヘトヘトな様子で汗もびっしょりだ。


「……そろそろ休憩しませんか?」


 私が、そう言うと光矢は疲れた顔で首を縦に振る。すぐに私達は、腰を下ろした。しかし、地面は熱い。ギラギラ照り付ける真っ赤な太陽が、私達を容赦なく照らす。


 暑さに耐えられなくなった私達は、ココちゃんから順番に水筒の水を回し飲みした。すぐにでも飲まないと頭がクラクラして倒れてしまいそうだった。皆が、一息ついていると今度はサレサさんが手を上げる。そして、彼女は掌の上に魔法陣を出現させた。


「……こんな時は、思いっきり冷やさないと体に毒」


 次の瞬間、彼女の魔法陣の下から冷た~い冷気が放出され、周りにいた私達を冷たい空気が包み込んでくれる。その涼しさに安らいでいた私達は、しばらく5人で円形で寝転がりながらボーっと空を見ていた。


 そんな中、私は隣で寝転んでいる光矢に言った。


「……これから魔族領に行くと言っても私達、人間ですからおそらく入れて貰えないと思います。そうなったらどうします?」


 すると、光矢は告げた。


「ココ……お爺ちゃんとお婆ちゃんがいる場所までは1人で行けるか?」


 すると、私達の反対側でコロコロしていたココちゃんが眠たそうな声で言った。


「……うーん。大丈夫なの! じいじの家、何回もママ達と一緒に行った事ある!」


「そうか……。まぁ、最悪の場合はルリィやサレサを一緒に行かせれば良いだろう」


 光矢が、そう言うとルリィさんとサレサさんは、上半身だけ起こして言った。


「……任せてくださいまし!」


「久しぶりの里帰りだし、ついでに仲間に会いに行ってみる」


 サレサさんは、そう言うと少し懐かしそうな顔をしていた。すると、そんな彼女にルリィさんは、羨ましそうに尋ねた。


「……あら? エルフ族は、まだ生き残りがいらして?」


「……森に残らななかったエルフも多いと聞く。戦争の後、離れ離れになった仲間と一度顔を合わせたい」


「そう……」


 ルリィさんは、少し寂しそうだ。……当然か。彼女には、もう家族や同胞はいないのだ。戦争によって魔龍族そのものが、絶滅の危機に瀕しているのだから。


 私は、少しだけルリィさんに同情した。……光矢も私も、居場所のない人達。ルリィさんもそうだ。いや、サレサさんも……ココちゃんだって居場所がない。


 悲しい旅のはずが、今は少し楽しい。こうして、皆で円形になって寝転んでいる事が……。でも、やっぱり時々寂しくなるのは、皆同じ事のようだ。


 そんな事を思っていると、ルリィさんの隣にいたココちゃんが彼女の手をギュッと握って言った。


「……大丈夫だよ。ルリィお姉ちゃん。……ココがいるよ。……ココ、ルリィお姉ちゃんの事大好きだから……だから、泣かないで」


 幼い魔族の少女は、そう言った。……その言葉にルリィさんは、堪えきれずにとうとう大粒の涙を流して少女の事を抱きしめた。


 ――きっと、妹さんの事を思い出したのだろう。ココちゃんを抱きしめながらルリィさんは、寂しそうに泣いていた。


 すると、しばらくするとサレサさんも……抱き合っているルリィさんとココちゃんの所に混じって抱きしめ合った。サレサさんも……妹さんや家族を亡くした過去を思い出したのだろう。


 3人は、強く抱きしめ合っていた。私と光矢は、そんな3人の温かい姿を見ながらお互いに目を合わせて笑っていた。


 すると、そんな時だった。突如、サレサさんやルリィさんの間に挟まるようにして寝転がっていたココちゃんが起き上がって……私達2人の事をチラッとだけ見てきた。


 少女の視線にすぐ気づいた私達が目を丸くしていると、少女は緊張した様子で目を逸らしながら……しかし、たまにチラッとこちらを見てきながらゆっくり口を開いた。


「……よ、良かったら……2人も……その……一緒に……」


「え……?」


 私とココちゃんは、一瞬だけ目があう。少女は、その瞬間にコクリと頷き、私をこっちへ呼んでいるみたいだった。


「良いの……?」


 恐る恐る私が、そう告げるとココちゃんは、もう一度ゆっくり頷いた。それを見て私は、すぐにココちゃん達の所へ向かい、4人で抱きしめ合った。


「ありがとう……」


 私は、ココちゃんに感謝を伝える。しかし、そんな私とは逆に光矢の方は違った。


「……俺は、いい。こんなおっさんが、入れる余地はねぇよ」


 彼は、帽子で目元を隠してそのまま1人で眠りについた。しばらくすると、彼の小さな(いびき)が聞こえて来て、本当に眠ってしまったようだった。私達は、そんな彼の様子を少し遠くで抱きしめ合いながら見ていた。


 すると、そんな時に私達の真ん中にいたはずのココちゃんがいつの間にか眠っている光矢の傍まで移動してきていて……。少女は、光矢の傍までゆっくり歩いて行く。そして、彼の事をジーっと見つめながら小声で言った。


「……ジャンゴおじちゃんのバカ」


 そして、つぎの瞬間に少女は、眠っている彼の左手をその小さな両手でギューッと握りしめる。その様子を見ていた私とルリィさんとサレサさんは……口をあんぐり開けて……見ていた。



 ――かっ、可愛い……。可愛いけど……なんか、こう……。


 私達3人は、顔を見合わせた。それだけでお互いに同じモヤモヤした気持ちを抱えていると言う事がすぐに理解できた。


 魔族領までの道の途中。私達は、そんな寄り道をしていたのだった。

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