魔族の少女ココ編②
クリストロフ王国西部――グレートパワーブリーフ海岸。大きな海が広がる海岸のすぐ傍には、一件の木造でできた家があった。大きな二階建ての家とその隣には、車のガレージのような形をした作業部屋があり、そこに住む男は、2階のベランダから煙草を吹かしながら広い海を見渡していた。
「……アイツ、元気にしてっかな?」
男は、とある人物の事を思い出していた。数年前、この家を飛び出していった1人の男で、頬に切り傷を負った謎多き男だった。
彼は、自分は異世界から来たと言い張り、その異世界の武器と棺桶を持って何処かへ旅立って行った。そんな少しばかり寂しい事を思い出しているとその時だった。突如、ゴンゴンとドアを叩く音が聞こえてきた。
「裏口の方か……」
彼は、海岸とは逆の方向に設置されているドアの方へと走って行った。
「……はーい」
呼びかけて、ドアを開けてみるとそこには、3人の女性が立っていた。彼女達は、露出の派手な格好をしており、しかも男的には、なかなか好みな見た目をしていた。男は、彼女達を見るや否や咳ばらいをして、少し気取った感じに話しかける。
「……おや? どうしたのかな? 美しいレディ達。ここは、残念ながら海の家なんかじゃないんだ。でも……君達が望みなら今日だけ君達のための海の家になってあげても……」
しかし、そう言いかけた所で、真ん中に立っていた金髪の女が必死な様子で口を開いた。
「……あの! ……ヘクターさん? でしょうか?」
「おっと……この私の事をご存じですか。如何にも……私は、超天才ナイスガイのヘクターです。よろしくお嬢さん達。それで、どうしました? 何か壊れてしまいましたか? はっはっはっ、ご安心ください。どんなものでも直して差し上げましょう! なんたって、私は……超天才ナイスガイ。何なら、貴方達の事も……」
しかし、男のセリフなど一斉聞く耳も持たず、女は必死に告げた。
「すいません! お願いします! 光矢を……助けて下さい!」
男は、その凄まじい圧に驚き、訳が分からず……ポカンと口を開いたまましばらく固まってしまった。
「はぁ……?」
*
南西部の方へずっと真っ直ぐ歩いて行っていた私達は、ようやく目的地に辿り着けた。あの精霊が言っていた通り、そこにはヘクターという鍛冶屋の男が住んでおり、彼に事情を話すとすぐに部屋の中へ上げてくれた。光矢の事を2階のベッドまで運んでくれたヘクターさんは、その後私達にお茶を入れてくれた。一階のキッチンで私=マリアとルリィさん、サレサさんの3人は椅子に座り、ゆっくり話をする事にした。
「……まぁ、ゆっくり茶でも飲んでいってくれ。……それにしてもそうかぁ。アイツの……。いやぁ、これは驚いたな。アイツが、まさかこんな美人さんを連れてくるなんて……しかも3人も。あぁ……俺は、別に魔族がどうとか全く気にしないタチだから安心してくれよ」
彼のその言葉は、なんだか信用できた。本当にルリィさんやサレサさんを見ても何も気にしていない変わらない様子で早速、自分で入れたお茶を飲みながら私達の事を真っ直ぐ見ていた。私は、そんな彼にここへ来るまでの間ずっと気になっていた事を尋ねてみる事にした。
「あの……光矢とは、どういう関係で……?」
「ん? あぁ……。別に大した関係じゃねぇよ。たまたま倒れてたのを拾ってくれって言われたから助けてみたってだけさ」
と言う事は、この人がこの世界に来たばかりの光矢を助けてくれた人。……いや、というよりも……。
「拾ってくれって……」
「ルアちゃんだよ。あの子に拾ってくれって頼まれたんだ。……まっ、可愛いガールに頼まれちまったら……ナイスガイ的には、放っておけないと思ってな」
なるほど。……それで、ルアさんは……。私の中で色々と納得していると、お茶を飲み終えたヘクターさんは告げた。
「……君達も、あの子に出会ったんだろ?」
「え……?」
ヘクターさんは、立ち上がって窓の外の海岸を眺めながら告げた。
「……そんなような事だろうと、何となく最初に出会った時から分かってた。……俺が最初にあの子と出会った時もそうだった。倒れてるジャンゴの傍で必死そうに魔力を注いでたんだ。たまたま、その辺りを馬でドライブしていた俺が、気になって近づいてみると……あの子は俺にアイツをよろしくって言って消えちまった。不思議なガールだったが……まっ、そのおかげで今、ジャンゴを通じて君達みたいな可愛いレディ達に出会えたってわけだ」
私は、苦笑い。ルリィさんは、自信たっぷりの笑みを浮かべていた。また、サレサさんは無表情のままお茶を飲み続けている。そんな中、私はヘクターさんに1つ気になっていた事を伝えてみた。
「あの……ヘクターさんは、ルアさんが何者かをご存じですか?」
ヘクターさんは、キョトンとした顔で私の事を見ていた。私が、突然質問なんかしたからか、彼は少し困った様子だった。私は、続けて言った。
「……ルアさんは、ヘクターさんと出会った時、光矢の事を……」
その先を自分の口から言う事が出来なかった。今の光矢の事を考えると……なんだか、心が苦しくなる。さっきまで開いていた口も……徐々に閉じていってしまうのが分かった。
すると、ヘクターさんは窓の外を見つめたまま答えた。
「……知ってるよ。初めてアイツを家に運んだ時から……もしかしたらと思ってた。アイツから異世界召喚された話を聞いて……確信したよ。アイツは、勇者だったんだって……」
「じゃあ……どうして?」
「似てるのさ。アイツは、俺と……。同じ魔力の薄い人間同士で……周りに馴染めないどころか、孤立しちまう。……昔の俺にそっくりだ。だから、かな。……アイツも少しくらい生きる事の楽しさを知って欲しいと思ってな」
その言葉を聞いた時、私は何も言えなくなってしまった。確かに……ヘクターさんの言っている事も一理ある……気がする。
「……私も…………光矢には、幸せになって……欲しいです」
私の口からやっとの思いで出た言葉は、それだった。いや、今は……それしか言えなかった。すると、隣に座っていたルリィさんも言った。
「……そうですわね。殿方様を幸せにする。……将来の正妻として、頑張っていかねばなりませんわね」
続けてサレサさんも口を開いた。
「……私も復活したらちゃんと感謝を伝えたい」
そんな私達の事を少し離れた所から眺めるように見ていたヘクターさんは、嬉しそうに笑っていた。彼は、まるで光矢のお父さんみたいな貫禄で、私達の元へ戻り、それから尋ねてきた。
「さて! 真面目な話は、これ位にして……こっからは、嬢ちゃん達とアイツの事について、たっぷり聞かしてくれよ! 嬢ちゃん達は、アイツと……どういう関係だ? もしかして……全員嫁? 3股かぁ?」
「「「違います!」」」
私達3人は、一斉にそう返した。そして、次の瞬間に私達は、ほとんど同じタイミングで口を開き、別々の事を喋っていった。
「”私が”、光矢と結ばれた女です!」
「アタシが、殿方様の未来の正妻ですわ!」
「命を助けてくれた恩人。感謝してもしきれない。……だから、その……」
すると、ヘクターさんがにっこり笑いながら言った。
「ほほう! つまりあれか! やっぱり君達は皆、まとめてジャンゴと付き合ってるって事か!」
「「「違います!」」」
「結ばれたのは、私です!」
「正妻は、アタシですわ!」
「……命の恩人。とっても大事」
私とルリィさんは、お互いに睨み合い……そして――。
「まだ正妻だとか言っているんですか! ルリィさん! 2番のくせに……」
「はぁ? 順番なんて関係ないですわ! 強き者が、選ばれる。自然の摂理ですわ! ……ていうか、ちょっとおかしくありません? なんで、貴方まで参加していますの?」
ルリィさんが、サレサさんの事を睨みつけると、彼女も長い耳をピコピコと跳ねさせながら告げた。
「……恩人に感謝するのは、当然。それに……別に、貴方達みたいに……さ、盛ったりしてない……」
サレサさん……顔、真っ赤だよ……。すっごく分かりやすい。誰が、どう見ても貴方もこっち側なのかなって思っちゃうよ。
「この際ですわ! お父様! アタシに……殿方様を下さいまし!」
ルリィさんが、ヘクターさんに頭を下げてそんな事を言ってきた。それを見た私とサレサさんは、口を開いた。
「あっ! ずるいです! ルリィさん!」
「……抜け駆け、良くない」
そうして、私達は言い合いながらも、なんだかんだヘクターさんにこれまであった出来事を話したりして夜までの時間を過ごしたが結局、この間に光矢が目を覚ます事はなかった……。
*
その日の夜、俺=ヘクターは、1人でベランダの椅子に座って夜の海岸の景色を楽しんでいた。海風が俺の首筋をそーっと通る気持ちの良い真夜中だった。
今日は、色々あった。まさか、アイツが……3人も女を連れてくるなんて。俺と違ってモテなさそうだったのに……まっ、少しは男前になったという事か。
あの後も、マリアちゃん達から色々な話を聞いた。楽しそうに話す彼女達を見て、俺はなんだか微笑ましかった。まぁ、彼女達はここまでの旅に疲れていたみたいで、今はもう3人とも眠ってしまっている。
「それにしても……ルアちゃんかぁ」
俺は、星を眺めていた。そして、初めて倒れているジャンゴとルアちゃんに出会った時の事を思い出していた。
「……悪い子には、見えねぇんだよなぁ……」
そうやって、俺は煙草に火をつけた。一息ついていると、その時だった。
「……おやっさん?」
後ろから聞き馴染のある声が聞こえてきた。ゆっくり振り返ってみると、そこには眠りから覚めたジャンゴが立っていた。
――なんだ……。起きたてで、ボケっとしやがって……。
「ふっ……」
つい、笑みが零れてしまった。俺は一旦、煙草を口から離して改めて告げた。
「……ちょっと、話すか」
アイツをベランダのもう1つの椅子に座らせて、ブラックコーヒーを空いているカップの中に注ぐ。肌寒い夜に効く温かいブラックだ。
煙草を吸うか尋ねてみると、アイツは黙って首を縦に振った。指先から小さい炎を出して、咥えた煙草の先につけてやる。
俺達は、お互いに煙草の煙を吐き出した。
「……久しぶりだな。お前と、こうして煙草を吸うのは……」
「おやっさん……」
「その名前は、やめろって何回も言っただろ? 俺は、ナイスガイだ。それよりお前……今まで何処で何をしてたんだ? 突然、旅に出るとか言って……」
俺が尋ねてみると、ジャンゴは一瞬下を向いた後に煙草を口から離して、告げた。
「……何をしていたか、ですか……。そうっすね……まぁ、好きなようにやってました」
「ふっ、銃の腕は……どうだ?」
「……まぁまぁですね。でも、落ちちゃいないっすよ。あの頃から……」
「そうか。……懐かしいな。あの時は、お前……毎日、そこの海岸の前で……バンバン! バンバン! って毎日毎日朝から晩まで撃ちまくりやがって……」
「ははは……何かを極めろって言ったのは、おやっさんでしょう?」
「このやろ! 俺は、そのせいであの時、毎日寝不足だったっつーの!」
俺達は、お互いに笑いあった。懐かしいあの頃に戻ったように……。ひとしきり笑いあった後、俺は再び静かになった時にジャンゴに告げた。
「……なぁ、お前……良い女と出会ったな」
「え……?」
「いや……旅先で色々あったのかもしれないが……それでも、こうして良い事もあったみたいで、少し嬉しかったよ。あの子にも……感謝しないとな」
「おやっさん……?」
「いや! なんでもねぇんだ。……それよりも、1つ聞いても良いか?」
「はい?」
キョトンと首を傾げているジャンゴに俺は尋ねた。
「……お前は、お前のままか?」
ジャンゴには、俺が何を言っているのか訳が分からない様子だった。……しかし、アイツは自分なりに考えた末、言葉を1つ絞り出してきた。
「……それって、俺が今ここにいる事と何か……関係が?」
「……」
「おやっさん、教えてください。あの後、何があったんですか? 俺は、エルフの森で背中に魔法をくらって倒れたはずなんだ。死んでてもおかしくなかった。それなのに俺は……今こうして生きている。しかも知らない間におやっさんの家にいる。……アイツらには、おやっさんの事は話した事ない。どうして……誰が?」
「それは……実はな……お前を助けてくれた人がいて……その人が俺の所へまでお前達を案内してくれたんだ」
「俺を……助ける? 誰が……?」
「ルアちゃんだ。その子が、ここまでお前達を案内した」
「……ルア? ……また、その名前か……。おやっさん、教えてくれ。そのルアという子は何者なんだ?」
「それは……」
教えられるはずがない。お前は実は、死んでいて……精霊の力で蘇ったんだよ。なんて、本人に教えられるはずがない。そんな残酷な話を本人にする事なんて俺にはできない。
「……と、とにかく! お前が無事で良かった。あの子達からも色々話を聞いたぞ。お前、魔法よりも早く銃を撃てるんだって? 凄いじゃないか」
「え……? あっ、あぁ……まっ、まぁ! それほどでもないっすよ」
その後、俺は話を逸らして二度とルアちゃんの話にはならなかった。その夜は、それから程なくして終わった。しかし俺は、この時知らなかった。まさか、俺達の話を寝ているはずのマリアちゃんが聞いていたなんて……。
*
一方、その頃クリストロフ王国西部、フォルクエイヤの町では……。1人の騎士が酒場にいた。
その騎士の男は、大きなお腹をした巨体で歳は中年。カウンター席で大きなグラス一杯に注がれたお酒を飲んでいたが、男は、荒れていた。彼は、酒の入ったグラスを店主のいる方へ投げ込むと、荒々しく怒鳴り散らした。
「……あぁんだと? 逃がしたぁ?」
中年男の騎士は、店主の服の襟を掴んで持ち上げる。そして、持ち上げたままの状態の店主は、オドオドした様子で中年男の騎士に告げた。
「はっ、はい……。前に……ここへ来ていましたけど、最近はめっきり見ないので……もしかしたら、もうこの町から出て行ったのかと!」
恐怖で恐れている店主は、拭いていたグラスを落としながらも懸命に騎士の男の事を見ていた。しかし、騎士の男はそれでも尚、荒れた様子で告げた。
「それで、ソイツは……その後、何処に行ったんだ? あぁ?」
「そっ、それは……分かりません! でっでも……なんかシャイモンさんがどうとか言っていたような……」
「シャイモン……? あのエロ親父の事か……。そういや、あのエロ親父が死んだのもつい最近の事だったな……」
中年男の騎士がそう言うと、店主は思い出した様子で告げた。
「あっ! そ、そう言えば! 前に……そのジャンゴという男が、いなくなったのと同じ時期にシャイモンさんが死んだって……聞きました!」
「何ぃ?」
「なんか、シャイモンさんを殺したのは、そのジャンゴっていう男なんじゃないかって……皆、言ってましたよ!」
「何ぃ……」
中年男は、店主の事を離してあげると、そのまま顎に手をあてて考え出した。そして、にんまりと笑うと彼は、店から出て行き告げた。
「……店主、お前の情報……感謝するぜ。それじゃあな」
しかし、男が酒代を払っていない事に気付いた店主は、ここで引かなかった。
「……あぁ、騎士様。お金は……」
だが――。
「……あぁ? 金だァ? テメェ、誰に口聞いてんだ? あぁ? 俺は、この国の偉大なる騎士様……マクドエル様だぞ? あの超偉大な勇者スターバムの部隊に所属してるんだ。あぁ?」
マクドエルが、店主を睨みつけて杖を向けて威嚇すると、店主は縮こまってしまう。まるで、チワワのようになってしまい、オドオドした様子で告げた。
「……ごっ、ごめんなさいぃぃぃ! お金はいりませんんんん! 許してェェェェ!」
「わかりゃ良いんだよ」
そう言うと、マクドエルはお店から出て行く。そして、ウエスタンドアを潜り抜けて外に出た彼は、月を見上げながら告げた。
「……ジャンゴ。……こりゃあ、かなりすげぇ事になってきてるみたいだな……。おもしれぇ……絶対に見つけ出して、ぶっ潰してやるよ! ”クズ”カウボーイ!」