エルフの森のサレサ編②
エルフの襲撃を乗り越えた私達は、その後なんとか森を抜けて町に辿り着く事ができた。町は、これまで見てきたどの町よりも小さく、周りを森に囲まれており、木製の建物が幾つか立っているだけの質素な感じ。
町に建っているお店も馬車で運ばれて来た荷物を回収する交易所や馬車が止まるための駅馬車。そして、お茶を飲むための小さな喫茶店が1つ立っているだけで、しかも交易所や駅馬車には、蜘蛛の巣が張り巡らされており、最早全く使われていないのだという事が見て分かった。
「少し寂しい感じの町でもありますね。人気も少ないというか……何処か暗いです。どうしたんでしょうか?」
そんな疑問を私が口にすると、隣を歩いていた光矢は告げた。
「分からない。だが、ひとまず今日の寝床を探す必要があるな。この辺りで野宿は、危険すぎる。いつ何処で、またあのエルフと遭遇するか分からんからな……」
「……ですわね。ひとまず、アタシと殿方様が安心して愛を育める場所の確保が最優先。ひとまず、この町の事について知る必要がありますわね」
ルリィがそう言うと、光矢と私もお互いに「はぁ……。」とため息をついた。
「あら? どういたしました?」
「いや……まぁ、確かにお前の言っている事も一理ある。とりあえず、情報集めからだな」
光矢は、そう言うと早速、近くに見えていた喫茶店へと入って行った。
喫茶店と言っても、酒場やギルドと同じような見た目の場所で、ウエスタンドアを開けて中に入ると、少し暗い雰囲気でお店の中は木製のテーブルや椅子があちこちに立ち並んでいて、お店の一番奥にはカウンターが用意されている。
お店の前で、喫茶店と書いておきながら、奥にはずらりとお酒の瓶が色鮮やかに置かれており、完全にバーの雰囲気だった。
良い感じのお店ではあったが、客が誰もいなかった。お店の奥で暗い顔をして立っていた店主が私達が入って来るのを不思議そうに見つめていたのが印象的だ。
私達は、とりあえず奥のカウンター席に3人で座ると、店主が両手をテーブルにつけて、溜息混じりに私たちに尋ねてきた。
「……ご注文は?」
「……ウイスキーを1つ。コイツらには、牛乳か何かをやってくれ」
手慣れた感じで光矢が、注文していた。……普段からバーによく通っている人みたいな少し気取った感じのクールな注文の仕方だった。ちゃんと、私がお酒を飲めないというのも覚えていてくれていたのが少し嬉しい部分だ。
「えへへ……」
つい、ニヤケしまう。
――すると、私の反対側ではルリィが目を輝かせて嬉しそうに言った。
「……まぁ! 殿方様ったら、注文している姿もカッコよくて素敵ですわ! しかもアタシがお酒を飲めない事を察してくれているだなんて……うふふ、なんて紳士な方なの……!」
うふふとか、微笑みながら彼女は、光矢の手にベタベタくっついて、まぁたアピールを始めている。光矢の腕に自分の胸を寄せて、ギュッと挟み込む……うぅ、いやらしい。こっ、この人……宿を見つけたら改めてもう一度話し合わないと……。
と、そんな事を思っていると注文を聞いていた店主が、呆れた感じで私達に言ってきた。
「……うちには、酒も牛乳もないよ。うちはね、飲み物は全部……販売終了したんだ」
店主は、まるで私達に今すぐ帰ってくれと言おうとしているみたいにムッとした顔でそう告げる。そんな店主の反応を見て光矢は、少し困った様子で告げた。
「じゃあ、何でも良いから。ある物をくれないか?」
すると店主は、またしても「はぁ」とため息をついて、テーブルの引き出しから何かを取り出して、それを乱雑に光矢に投げつけた。
「……ほらよ。今うちにあるのは、これだけさ」
それは、お米の粒が少しばかり入った小さな袋で、中に入っているお米も炊かれておらず、硬いままだった。そんなお米を見て光矢は、しばらく口をポカンと開けて固まっていた。この店主の対応には、流石に我慢ならなかったのか、私の反対側に座っていたルリィが物凄く怒った様子で突然、立ち上がった。
「……アタシの殿方様に、なんて失礼な態度! アタシ、ちょっとあの者に一発かましてきますわ!」
しかし、彼女がここで何か問題を起こしてしまうのではないかと心配した私は、彼女が店主の元に行ってしまう前に必死にルリィの手を引っ張って止めようとした。
「……ダメですよ! ルリィさん! 確かにさっきの対応は、私も少し思う所ありますけど……ここで問題を起こしたら……」
「離して下さいまし先輩! アタシ、我慢なりませんわ! 一発……一発あの男の顔面を殴らせて……」
と、そんな時だった。席に座っていた光矢が大きな声で叱りつける感じでルリィに告げた。
「……じゃかあしい! 静かに座っとれ!」
怒られてしまって、下を向いていたルリィ。彼女も彼女なりに光矢の事を思って、こういう行動に出ようとしたのだろう。彼女からすれば、少し悲しいのかもしれない。そう思うと、今回は光矢も少し言い過ぎているように思う。実際、あの店主の私達に対する接客態度は、かなり酷いものだったし……。
下を向いているルリィに私は、小さな声で話しかけて、励まそうとした。
「……ルリィさん、大丈夫ですよ。光矢は、あんな風に怒ったりしましたけど、ちゃんとルリィさんの事を思って……」
しかし、私が最後まで言い終わろうとする直前で、ルリィは突然、何かを思い出したかのように顔を上げる。そして、真っ直ぐ光矢を見つめた。
「殿方様……」
「ルリィさん……」
本当に傷ついてしまったのだろう。こういう時に、しっかりメンタルケアをしてあげるのが仲間としての私のしてあげられる事だ。
――よしっ!
「大丈夫ですよ。ルリィさん。光矢は……」
と、言おうとしたその時、突如彼女の瞳の中にハートが見えた気がして……。
「なんて、なんて……なんて、勇ましい御声! はぁ~、あんな風にお叱り頂けるなんて……あんな男らしい御声で叱られてしまいましたら……アタシ、もう何でも従いたくなってしまいますわぁ。はぁ~!」
……うっとりしていた。ショックを受けていたわけでも、はたまた悲しかったわけでもなく……このドスケベドラゴン……うっとりとした目で、むしろ光矢にときめいていた。ルリィさんは、彼の事をじーっと見つめている。
これには、流石の私も口をあんぐりと開けたまま……固まってしまった。いや、最早何処から突っ込んで良いのか分からない。とりあえず、このドスケベドラゴン……ドMの才能があるみたいだ。
そうこうしていると、私達にそっぽ向いて、やさぐれた感じに煙草を吸い始めていた店主に光矢が話しかけていた。
「……何かあったのか? この町で……。さっきから何処を歩いても人の姿は見当たらなかったし……。この米だって、そうだ。事情くらいは、聞いてやらんでもないが……」
煙草を吸って何も言わない店主。彼は、下を向いたまま煙を吐き出していた。しばらくの間、なかなか話してくれていなかった店主だったが、そんな彼も意を決して突然、こっちを向いた。彼は、私達の事を改めて見つめて、それから口を開いた。
「……アンタ達、この町の住人じゃないだろう? あの森を抜けてここに来たんだろう? 遭遇しなかったかい? 一匹のエルフに……」
「エルフ……」
私と光矢は、一瞬だけ目を合わせた。まさか、この店主があのエルフについて何か知っているのだろうか、そう思って私は静かに彼の話を聞こうと思った。
店主は、ぼーっと上を見つめたまま何かを思い出している感じで私たちに告げた。
「……数年前の事だ。まだ、この町にアンタ達みたいな旅人がよく来ていた頃の事。その時は、この町も今と違って、人が多くて活気に溢れていたんだ。だが、あのエルフが現れてから俺達の生活は、ガラッと変わっちまった。それまでこの町は、西部一帯で馬車による交易の中間地点として輸送業者の休憩スポットとして栄えていた場所でもあったんだが、ある時その輸送業者の乗った馬車が謎のエルフに襲撃されてしまった。以降、この町へ来ようとする旅人も輸送業者もみ~んな、森を通ろうとすればエルフの襲撃を受けて皆、殺されちまうようになったんだ。そのうち、この町には誰も来なくなった。来るとすれば、エルフ退治に来る王国の騎士団さん程度だな……」
私達は、店主の話を聞かされた後、袋の中に入った硬いお米を1つかじった。……味は特にしない。ただの硬いだけの米だった。おそらく、あのエルフのせいでお水でさえも取りに行けない状況なのだろう。だから、お米もこんな形での提供しかできない。私は、また少し悲しい気分になった。
「ふむ。しかしまぁ、王国の騎士達がいてくださっているのなら……まだ、何とかなっている方なのではなくって?」
お米を口にしながらルリィが、そう言うと店主は、お店の周りをチラチラと見渡して周りに誰もいない事を確認してから私達に小声で告げた。
「……実はな、その騎士団の連中もなかなか酷いんだ。……俺達みたいな町の住人を守ってあげる代わりに食料を恵んでもらう約束が国との間になされたんだがな……奴らめ、ワシらの食料を独り占めして……しまいには、力ずくで奪ったりもしてな。しかも、もっと酷いのはアイツら……」
と、店主が続きを喋ろうとしたその時だった。お店のウエスタンドアがギィ~っと音をたてて開かれる。外から4人の騎士団の男達が入って来た。彼らは皆、少しお腹が出ており、顔も何処かむくんでいて、頬は赤い。
おそらく、店主の言う通り食料を独り占めしているだけでなく、お酒も浴びるように飲んでいるのだろう。……彼らからは、異様なくらいにお酒の臭いがしてくる。その強烈な臭いに私とルリィさんは、一緒に鼻をつまんだ。
すると、外から出てきたその男達は、店主に向かって言った。
「……おい! マックフライ。今日の取り立て分がまだなんじゃないか? あぁん?」
そう言った男は、とても大柄で黒い髭までびっしりと生やしており、お腹が思いっきり飛び出ている。そして、4人の中では最も酒臭い。一応、王国の騎士の格好をしているが……その姿は、騎士と呼ぶには無理がある。むしろ、盗賊のような卑しい姿だった。
しかし、彼らが登場するや否やこれまで小声で騎士たちの悪口を言っていたはずの店主の態度は、一変した。彼は、ピタリと喋るのをやめて、背筋をピーンと伸ばした状態で急にペコペコと頭を下げ始めた。
「……はっ、はい! ターナーさん。申し訳ございません。今すぐ、取りに行って参りますので、どうか……適当な所にでも座ってゆっくりしていてください」
男は、そう言うと逃げるようにお店の奥へ走って行った。店主が、騎士達に渡す取り分を取りに行っている間、私達は静かに黙っていた。私は、彼らに目を合わせないように逸らし続け、光矢も……ぼーっと前に見えるお酒の瓶を眺めていた。
ルリィさんだけは……まるで、狼のように騎士団の男達の事を睨みつけていたので、私は慌てて彼女に落ち着くようにと呼びかけた。
しかし、騎士団の男達の方は私とルリィさんの姿を見ながら……とても厭らしそうに口元を緩ませている。……そんな男達の汚い笑みに私の背筋がぞわっとして、怖くなった。それもあってなのか、ルリィさんは、私が注意をしても尚、男達を睨みつける事をやめたりしなかった。
「……だから、辞めてくださいよ。ここで変な揉め事にはしたくないんです。相手は、王国の人ですよ!」
しかし、ルリィさんはお構いなしという様子で睨み続けていた。
「……魔族であるアタシには、関係ないですわ。あの者達、殿方様にガン飛ばしてきているのが気に入りませんわ……。今すぐにでもアタシが八つ裂きに……」
「……ルリィ、その辺にしておけ」
彼女が、最後まで言おうとした次の瞬間に、それまで知らんふりをしているだけだった光矢が、強い口調でそう告げる。しかし、ルリィさん的には、我慢ならない事態のようで、彼女は不満ありげに光矢に告げた。
「……しかし、殿方様! アイツら、殿方様の事を舐め切った顔で見て来ております。許せませんわ!」
「別に放っておけ。ルリィ……。気にする必要なんかない。……弱い奴ほど挑発だけは、いっちょ前って事さ」
「殿方様……!」
「お前の出る幕じゃねぇよ」
ルリィさんの目に再びハートが浮かび上がる。彼女は、蕩けた顔で感激していた。
「……はぁ~! 素敵ですわぁ。殿方様! 強者の余裕というのをヒシヒシと感じますわぁ。はぁ~素敵! やはり、子作りするなら……殿方様に限りますわぁ~」
「ちょっ!? ちょちょちょっと待ってください! どうしてそうなるんですか!? 貴方と言う方は、どうしていつもそう言う事を平然と……」
「あら? 知らなくて……。アタシ達、魔龍族の古からの言い伝えにこのような言葉がありましてよ。”先産必勝”。先に殿方の子供を産んだ方が正妻戦争の勝利者となりますのよ。つまり、アタシ達にとって恋とは、先手必勝! うかうかしていますと……先輩でもアタシ容赦しませんわよ」
「……はっ、はへぇ!?」
魔族というのは、私が思っている以上に性に開放的なのかもしれない……。
と、そんな事を思っているとお店の奥から店主が現れて、彼が大きな台車の上に食料の入った大きな袋を載せて現れた。彼は騎士団の男達に頭を下げながら言った。
「……騎士様、お持ちいたしました。こちらとなります……」
しかし、頭を下げて食料を渡す店主に騎士達は、嘲笑している。真ん中に立っていた太った男が告げた。
「……なぁ~んだ? これっぽちしかないのか? 貴様ぁ、昨日はもっと多かったはずだぞ? あぁ?」
「ひぃぃぃぃぃ……申し訳ございません。もうこれ以上は……在庫が残っておりませんので……」
すると、太った男は土下座をする店主を蹴り飛ばして、お店の奥へ進んで行く。壁に頭をぶつけて痛そうに悶絶していた店主を見て私は、すぐに彼の傍に駆け寄って、その痛みを和らげてあげようとした。
しかし、私が魔法をかけるよりも早く、店主はそれ以上に慌てて、騎士達がお店の奥へ行こうとしている事を止めようと必死に立ち上がって、走り出す。
――しかし、騎士達は……お店の奥に存在するドアを開けてしまった。そこには……赤ちゃんを抱いた1人の女性がいて、彼女は騎士達の姿を見るや否や怯えた表情で赤子をギュッと抱きしめた。太った男は言った。
「なんだ? この女……」
すると、後ろで店主が気まずそうな顔をしながら喋り辛そうに告げるのだった。
「その……妻と、子供です。生まれたばかりで……。妻にご飯を食べさせてあげないと子供も死んでしまうので……」
「ほぉ……」
騎士達は、お互いに顔を見合わせながら邪悪に微笑む。その笑いは、まるであの時のシャイモンのようで……私はそれを見た時、再び恐怖で心がいっぱいになった。
やがて、騎士達は口を開いて喋り始めた。
「……ガキと女がいるから俺達に食べ物を渡せないと……?」
「はっ、はい……その……子供は、宝ですし……」
「ほぉ……では、その宝を俺達に寄こすのだな」
「え……?」
店主の顔が、一瞬にして曇り出す。しかし、騎士達はお構いなしに告げた。
「……そうだろう? 貴様のような貧乏でろくな稼ぎもない愚民にガキの命1つ守る事などできまい。俺達に預けた方がよっぽど良いだろう?」
「しっ、しかし……その子は……」
「……ついでに、お前の妻も寄こせ」
「え……?」
「なぁに、安心しろ。お前と違って俺達は、王国に選ばれた騎士だ。王国でも最強の戦力である俺達騎士団の女になれば、安心して毎日を送れるぜ。それに……毎日毎日、この女を楽しませてやる事もできる。騎士団の剣さばきは、すげぇぜ……奥さんよぉ。ぐへへへ……」
店主は、泣きそうになっていたが、しかしそれでもめげなかった。彼にとって家族は、守るべき大切な存在。その涙からは、彼のそんな心情が読み取れた。彼は、一歩も引かずに騎士達に向かって言った。
「……できません! 妻は……それに、娘は! 私の大切な家族なんです! 私には、確かに力はないかもしれませんが……しかし、父としてできる限りの事をしてやりたいのです! だから、私は……貴方達に妻と娘を渡してやる事などできません!」
素敵な言葉だった。つい、私は感動しそうになった。……隣に座っていたルリィさんなんか、感動のあまり泣いている位だ……。
「くうぅ……なんて、なんて素敵な家族愛なのでしょう……。なんて……なんて素晴らしいの!」
しかし、そんな私達の気持ちをも裏切るかのように騎士団の太った男は、店主を一発ぶん殴った後に言い放った。
「……おい。マックフライ、俺達にろくに施しもできないくせに、調子に乗ってるんじゃねぇぞ。この愚民が! テメェの覚悟なんて知った事か。俺達はなぁ、国に選ばれたエリートなのだよ。お前みたいな田舎のしょぼくれたバーテンダーとは、何もかも違うんだ! それなのにお前は……この俺達に逆らおうってか? ……生意気な奴だぜ。お前は、黙って毎日俺達のために飯を運んでくれりゃそれで良いんだよ。……選べ。てめぇら家族のこれから先一生分の食料全てを俺達に差し出すか、食料はなしで妻と子供を差し出すか、どちらか1つを選べ」
「……そっ、そんなぁ……」
店主は、殴られた場所を手で擦りながら絶望した。彼は、泣きそうになりながら……必死に妻と子と、台車に載せてある食料袋を見つめていた。
そんな中、彼の妻は、彼に何度も小声で囁いている。
「貴方……私は、大丈夫です。ですから、どうか……この子だけでも守ってやってください。この子の今日のご飯だけでも……どうか……」
しかし、父である店主にこんな選択ができるはずがなかった。彼は、迷いに迷っている様子だ。
すると、そんな店主の姿を見ていたルリィさんが、怒った様子で太った騎士団の男のすぐ傍まで来ていて……って! いつの間にあんな所へ!? まさか、身体強化の魔法を使って瞬間移動並のスピードでそこまで移動したの?
彼女は、太った男の足を思いっきり踏みつけて怒鳴った。
「……ふざけんなですわ! この汚い豚のような人間の分際で! 貴方達みたいなのは、アタシが魔龍族風特製豚の丸焼きにして差し上げますわ!」
魔龍族風特製豚の丸焼きというのは、何なのかよく分からないが……しかし、彼女はかなり本気で怒っていた。やはり、家族を人間のせいで失った過去を持つ者として……店主たちの気持ちが痛いほど理解できるのだろう……。
だが、そんなルリィさんだったが突如、後ろから他の騎士達によって肩をガッチリと掴まれて、ホールドされ、身動きが取れなくされてしまった。
「ルリィさん……!」
私が、慌てて彼女を助けようと動き出したその時、これまで座ったまま特に何もしてこなかった光矢が私の肩に手を置いて、止めてくる。
そして、足を踏まれて痛そうに飛び跳ね回っていた太った男は、片足を上げて飛び跳ねながらルリィに告げた。
「……ふっ、生意気な口を聞く女だな。……貴様、見ない顔だが何者だ?」
「貴方達に名乗るような名前は1つもありませんわ」
「まぁ良い。それよりも貴様……なかなか良い景色の拝める女だな」
「はぁ……? 何を言って……」
「……お前もそこの人妻と同じように俺達が買ってやろう。……なぁに、お前……見た感じだとこの店で働いていた娼婦の女だったんだろう? ならば、俺達が買ってやるよ。……それからついでに、そこにいる金髪のお前!」
太った男が私の事まで指さして来た。私は、びっくりして目をぎょっとさせた。すると、彼は私に向かっても言ってきた。
「……お前もコイツと同じく娼婦なのだろう? ずっとお前の事が気になっていたんだ。そうと分かれば買ってやるよ。なんせ、俺達は国から選ばれた存在だ。……王国の権力を使えば、肉袋の1つや2つ……買い占めるのは、余裕……。それに、そこのガキも娘と言ったな。……これからの成長が楽しみだなぁ……へへへっ!」
店主だけでなく、私もルリィさんも絶望した。私達は、騎士団の太った男達の事を睨みつける。しかし、彼らの暴走は止まらない。男の1人が、突然服を脱ぎだして太った男に告げた。
「……ぐへへ隊長。俺、もう我慢できませんよぉ~。一発ここで……」
すると、太った男も騎士の格好を脱ぎ始めて告げた。
「それもそうだな。どうせ、こいつらは……もう俺達のモノになるんだ! だったら、ここで初回お試しキャンペーンを始めてもよかろう! なぁ、店主よ! ハハハハッ! どぉ~れ、まずはそこの金髪女からだ。……お前は一体どんな味がするのk……」
しかし、その瞬間に私を襲おうとしていた騎士団の男の脳天を撃ち抜いた男がいた。男は倒れ、口から血を吐いて死んだ。騎士団の男達の視線が一斉にその男の方へ向く。
「光矢……!」
彼は、銃を片手に構えながら口笛を吹いていた。その音色は、まるで彼らの事を煽るような独特なメロディで、男達は光矢を睨みつけた。太った男が口を開いた。
「なんだ? 貴様……ただの客じゃねぇな? 何もんだ!」
男がそう言うと……光矢は、突然立ち上がって男達の傍まで近づく。そして、ルリィを掴んでいた男の傍に立つ。
それから、彼は煙草を一本取り出すと口に咥えて、マッチの棒を一本摘まみながら、その男の服目掛けて勢いよくマッチを擦らせて、火を起こした。男は、たちまちびっくりしてルリィを離して「熱い! 熱い!」と騒ぎ始める。そんな中、何事もなかったかのように光矢は、煙草に火をつけて、吸い始めると……太った男とその仲間が彼の事を睨みながら、慎重に……腰に装填されている剣へ手を伸ばして、それを引き抜こうとした。
――刹那、すぐ傍で煙草を吸っている光矢に目掛けて男達が、剣を引き抜いて襲い掛かろうとする!
「この! 王国最強の俺達に逆らおうとは! 死ねぇい!」
だが、騎士達が勢いよく剣を振り下ろす直前、彼らが斬りかかる0コンマ数秒先に、光矢がガンベルトから銃を引き抜き、凄まじい速さで銃を連射する。
呆気なく男達は脳天を撃ち抜かれて、銃弾が命中した男達は途端に次々と倒れていってしまった。
その後、マッチで擦られた箇所を熱そうに痛がっていた男がまだいたので、彼はついでと言わんばかりにその男のお尻に向かって銃を撃った。男は、しばらく悶絶していたが、やがて息絶えて、ドサッと倒れて死んだ。光矢は、そんな騎士団達の死体を眺めながら告げた。
「……王国最強の戦力も大した事ないなぁ。まっ、悪いがその……王国最強の戦力という肩書は、俺が貰っておこう。貴様らは……せいぜい2番で我慢しておけ。……と、今更言ってももう死んでいるんだったな」
光矢は、銃を下ろし……ふうと一息ついた。すると、彼のここまでの活躍を見ていたルリィが、興奮気味に彼に抱きつく。
「素敵ですわぁ! 殿方様! すっごくカッコよかったですわぁ!」
「ちょっ……おい。ルリィ……邪魔だ。座らせてくれ……」
「嫌ですわ。アタシ、ますます殿方様に惚れてしまいそうですわ……。うふふ……」
「はぁ、全くルリィさん……ったら」
先程までの緊張感が、まるで嘘であったかのようにお店の中に平穏が戻って来る。ルリィは、目の前に店主とその家族がいるにも関わらず、光矢にベタベタして離れようとはしなかった。
私は、今回ばかりは疲れてしまってルリィさんを止めようとする余裕もなかった。またしても、光矢に助けられてしまった。彼を見つめながら私は、安心しきってつい、ホッと一息ついてしまっていた。