2話(1) 「激闘!男子寮の洗礼」
「ふ……不味いことになった」
寮に向かって歩き始めてから一体何分経っただろう。眞央は迷子になっていた。いち早く演習場から移動したのに未だに辿り着かずにいた。
「一旦、目印になりそうなとこに戻ったほうがいいな、あー……あの一番高い棟に行こう」
どこに出かけるにも、大抵しっかり者のももりがそばにいたので日常生活でこんな風に困ることは無かった。
あたりをキョロキョロ見渡しながら歩いていると正面から可愛らしい子がこちら側に向かってきた。ブラウンとオレンジ色のクラシカルなワンピースをきてショートヘアが特徴的だ。新入生に配られた資料を手に持っているので同じ一年生という事がわかった。
「あれ?天野くんだよね。ももりちゃんとコンビの」
「あ、うんそうだけど」
「寮に行くんじゃないの?」
「そうなんだけど、えっと……それが迷っちゃってさ」
「あはは、迷子なの?」
「わ、笑うなよ」
「ごめんごめん、じゃあ一緒に行こうよ」
「一緒にって俺は男子寮に行きたいんだけど。女子寮って反対側じゃないの?別にいいよ一人で行けるから」
「あー、はいはい」
「な、なんだよ」
「ボクは男の娘魔法少年ののみん!本名は野々山みなる。よろしくね!」
「え?」
「よしじゃあ男子寮に行こうか」
「えええええええ!!!!お、お、男!?」
「うんそうだよ。あ、ねぇねぇ下の名前で呼んで良い?」
「いいけど。え!?男」
「そうだって言ってんじゃん」
「その、そういう趣味ですか?」
「違うよー、妖精のプロデュース方針でこうなっちゃったの」
「マジか、ていうかよく見ると手はちゃんと男の手だな」
「もーあんまジロジロ見ないでよ、ほら行くよ」
「お、おう。妖精の方針に合わせて女装してるってお前大変だなぁ」
「まぁ可愛いのも嫌いじゃないから一応従ってるけど、うちの妖精パワハラなとこあるから困っちゃうよ。あと15cm背が伸びたら自由な格好できるんだけど、こればかりは遺伝もあるからねぇ」
「へぇ……え、いま身長いくつなの?」
「聞かないでよー、それはトップシークレット!」
「ももりと同じくらいだから、150……4か5ぐらいか?」
「言いません!マオくんさぁ、デリカシーないってよく言われない?」
「うっ」
「あはは図星だね〜、ももりちゃんが一生懸命世話焼くのわかるなー」
「べ、別にそんな世話焼かれてないっての」
「本当に〜?」
談笑しながら歩いているとあっという間に男子寮にたどり着いた。イングリッシュガーデンの前庭と温室の建物を通り過ぎて寮の玄関に向かう。
「あれ?ねぇあそこにいるのって柴くんと入試組じゃない?」
「うわ、本当だ何してんだ」
玄関を塞ぐように晶彦が立ち、入試組の巽湧治郎と観月秘が困った様子で立ち尽くしていた。
「観月さん!」
「あ……天野くん」
「どうしたの?大丈夫?」
秘は目を伏せて俯いた。深刻そうな表情だ。
「あーいやこれは……その」
入試組の糸目の男、巽湧治郎も何やら言いづらそうにしている。
「ふぅ……」
腕を組み立ち塞いでいる晶彦は目を逸らして、呆れたような表情でため息をついた。
「な、なにこの状況」
眞央もよく飲み込めない状況に困惑している。それを見てみなるが口を開いた。
「うーん、ねぇ柴くんこれはどういうこと?」
「男子寮は女人禁制。こいつが女を連れ込もうとしたから止めただけだ」
「なるほどね、えーっと入試組の巽くんだよね。それぞれの寮に対して異性は立ち入り禁止ってのは手引きに書いてるし、観月さんとお話ししたいなら別の場所で」
「あ、いやそのなんっていうか」
「えっとその、私もここに入寮する……ので……来ました」
「「え?」」
少しの沈黙のあと巽が口を開く。
「あのね、みんな秘くんは"男"だよ」
「「えええええええええ!!!!!」」
眞央とみなるは全く同じタイミングで絶叫した。
「男です」
「君も男の娘なの!?奇遇だね!ボクもなんだよ!」
みなるは秘の手を取りぶんぶんと握手をした。
「え……観月さんが……お、男?」
眞央は愕然とした表情で砂が崩れるように地面に膝をついた。
(終わった、俺の恋は……終わった)
「観月さんが男なら何も問題無いじゃん、行こう行こう!」
「おい待て、なにどさくさに紛れて入ろうとしている」
「ちょ止めないでよ」
「女人禁制って言っただろ」
「いやだからボクたち2人とも男の娘なの!話聞いてた!?」
「そんな屁理屈」
「あーはいはい、じゃあこれで」
みなるはガッとスカートをたくし上げて、下着を勢いよく下ろした。
ボロンッ
「「「!!!!?」」」
「なッ玄関で恥部を露出するな!」
「ほらこれでわかったでしょ?」
「ハァ……わかったからさっさと履け」
「ふふん、わかったならよろしい」
「あ、え……あの……私も見せた方がいいですか?」
秘は顔を真っ赤にして俯きながら震えていた。
「いやいや、やめとこ秘くん。それは露出狂だからね」
「で、でも湧治郎くん……私もちゃんと証明しないと」
巽はローブをたくしあげようとする秘を抑えた。
「そ、そうだぞ!柴……お前、観月さんにまで露出を強要するのか!?変態か!?」
先程まで崩れた砂のように地面にへたり込んでいた眞央はハッとした様子で立ち上がった。
「俺は強要してない!……チッ」
晶彦が手のひらを下に向けると、演習でもみたペンデュラム型の青い石が出現した。
「俺の質問に答えろ、お前は男か?」
「はい、男です」
「……」
ペンデュラムは微動だにしなかった。
「……疑って悪かった」
「いえ、いいんです」
どうやら秘が嘘をついていない事を晶彦に証明できたらしい。
「まぁボクたちが可愛すぎるからしょうがないね〜。はい!これで一件落着……って何やってんのマオくん」
再び地面に膝をついている眞央を見て心配そうにみなるが声をかけた。
「いや、ちょっと現実に打ちひしがれてた」
「ほら立って、寮の中に入ろうねー」
(観月さんが男……いや野々山みたいなのもいるんだから、そういう場合もあり得るよな……さよなら俺の青春……え、ていうか俺の学年、男の娘キャラ二人もいるの?)
みなるに引っ張られ、遠い目をした眞央は寮の中へ移動した。靴箱に外履きをしまって持参したスリッパを履く。ここはエントランスホールらしい。手前にはお手洗いがある。中庭が見える廊下を過ぎるとラウンジと書かれた場所に出た。
「やっと来たか一年ども」
ラウンジのソファーに足を組んで座ってる男子生徒がいた。華奢な体にセンター分けの金髪が特徴的だ。
「なんだよ、先輩に挨拶もなしかよ」
最初に口を開いたのはみなるだった。
「櫛方先輩ですよね!新入生の野々山みなるです!よろしくお願いします!」
「ふん」
(うわー、柴に負けず劣らず感じの悪い先輩だな)
「おい、晶彦……僕の方が先輩だからな、態度には気をつけろよ」
「態度……?今までと何か変わることがあるのか?」
晶彦は淡々と答えた。
「ほんっとお前のそう言うとこが……はぁ。寮長からの伝言だ、17:00にこのラウンジで説明があるから遅れるなよ」
乱暴にドアを閉めて櫛方は部屋を出て行った。
「お、お前先輩にタメ口ってマジ?」
眞央はドン引きした様子で晶彦に聞いた。
「薙人とは5年以上前から知り合いだ、知り合った時からずっとタメ口だから今更変えるつもりはない」
「柴くんと櫛方先輩って同じ東京エリアだよね……もしかして仲、悪い?」
みなるはぎこちない表情で晶彦を見た。
「別に仲悪いと思った事はないが、長く同じエリアを担当していればぶつかる事もある、それだけだ。先に部屋に行く」
晶彦は淡々と答えてラウンジから出て行った。
「今、空気凍ったね。はぁ〜怖かった〜」
巽がラウンジに残った一年生に向かって言った。
「も〜ヒヤヒヤしちゃったよ、ボク心臓止まるかと思った」
「柴の奴マジでずーっと感じ悪いよな、なんなんだあいつ!」
みなると眞央が会話に加わった。
「知り合いって言ってたけど、だいぶ険悪そうだったなぁ」
「あいつランキング1位だからって威張ってるんだよ、1年生は俺たち4人で仲良くしてこうぜ」
「だ、ダメです!」
「え?」
「天野くん……仲間外れは良くないです」
「観月さんだってさっきあいつのせいで寮入れなかっただろ?なんで庇うの?」
「……私は……その、紛らわしい見た目してるのは自覚してるので柴くんは悪くないです」
「観月さんぐう聖か?」
「ぐうせい?」
「でも俺あいつ苦手なんだよなぁ」
「まぁまぁ、マオくん。逆に言えば柴くんを味方につければ先輩も怖くない説あるし。一年生男子5人で協力し合おうよ!17期生は女子生徒64人に対して男子生徒はたったの5人だからね」
「野々山までそう言う?」
「確かにそれも一理あるね、なんたって彼ティーンの魔法使いランキング1位の男でしょ?味方だと心強いね!よし今からゴマスリ作戦でも考えとこー」
「あーお前、巽くん……だっけ?さてはお調子者だな?」
「世渡り上手って言ってよ、あとオレの事は湧治郎でいいよ!オレも眞央くんって呼ばせて」
「お、おう」
「みなるくんもオレのことは呼び捨てでいいから」
「よろしくね〜、ゆーじろー。17時から説明あるしそろそろ部屋に荷物置きに行こうか」
「そうだな」
4人はラウンジを出てエレベーターホールに移動した。真横に階段もあったが全員エレベーターに乗り込んだ。
「寮の手引きに2階が個室って書いてたよね」
「そうそう」
「ちょっと早めにラウンジに集まればまたおしゃべりできるし、そこでじっくり自己紹介とかしない?」
「ありだね」
「いいですね」
エレベーターの扉が開く。
「オッケー、じゃあ一旦解散!」
4人は各自の個室へ入って行った。
眞央は個室の扉を開けると、部屋の真ん中に段ボール箱がすでに積み上がっていた。実家から送ったものだ。
(結構広いな、実家の俺の部屋より広いか?……そろそろ16時になるからちょっと片付けたら移動するか。観月さんに聞きたいこともあるし)
ラッキーアイテムと手荷物を備え付けのテーブルに置いて、段ボールを開封した。スマホのアラームを16:40にセットした。
「これで遅刻はしないだろ、よしやるか」
眞央は段ボール箱の中のものをひとつずつ開封して行った。しばらくするとアラームが鳴った。
「もう時間?あーごちゃごちゃしてるけど行くか」
眞央がラウンジに降りるとすでに晶彦と湧治郎がソファーに座っていた。
「日本刀ってかっこいいよね!オレ入試組だし魔道具持ってなくてさぁ、憧れるなぁ〜」
「妖精がいなくても魔道具は作れるはずだ、先生に相談すればいい」
「え!そうなの?じゃあオレも晶彦くんみたいにかっこいいのがいいなぁ!」
(湧治郎の奴さっそく柴にゴマ擦ってやがる。マージで調子のいいやつだな)
眞央はそんな湧治郎の様子を若干呆れ顔で眺めていると彼と目が合った。
「あ、眞央くんも座りなよ!」
「おう」
「おーみんな揃ってるねぇ、めるはボクとあっちの長いソファーに座ろう」
みなるに手を引かれて秘もソファーに腰を下ろした。
「めるって?」
「ふふん、お互いニックネームで呼ぶことにしたんだー。ひめるの"める"でみなるの"なる"。男の娘同士仲良くしよーってね」
「はい、男の子同士仲良くなれて嬉しいです!」
みなるは秘に腕を絡めて、秘もニコニコしている。
(ま、眩しい!なんで二人ともこれで女子じゃないんだ!!)
顔面美少女の2人の笑顔は破壊力に眞央は圧倒されていた。
「全員揃ったし〜改めて自己紹介しちゃおっか」
ローテーブルを囲むように、それぞれソファーに腰を掛けた。
「じゃあまずはボクから。んー名前と出身地と趣味とか特技……くらいでいいかな?野々山みなる、出身地は富山だよ!趣味は釣りとキャンプ!魚捌くのが特技かな、みんなよろしくね!次は時計回りにいこうか、はい次は柴くんね、どーぞ」
「……柴晶彦。出身地東京。趣味筋トレ。以上だ」
「筋トレが趣味なんだ!腕とかムッキムキだもんね〜。じゃあ次はゆーじろー!」
「巽湧治郎、出雲の国島根出身だよ〜!趣味は神社巡り、特技は……あー、掃除は得意だけど特技って言っていいのかな?アハハ」
「神社巡りって渋いね〜」
「見た目チャラいのにな」
眞央にチャラいと言われた湧治郎は心外と言った様子だ。
「えーオレそんなチャラい?てかうち実家が神社でさ、八百万の神様を大事にする主義なの」
「実家神社なんだ!」
「うわー意外すぎる」
「意外ってなんだよ、次は眞央くんね」
「天野眞央、出身は埼玉県。趣味はうーん音楽だな。特技はー……楽器は割となんでもやるかな。よろしく」
「音楽って何を聞くんですか?」
「え?ショパンとかリストが好きだよ」
「「「え?」」」
その場にいる全員が一瞬固まった。
「眞央くんのがよっぽど意外じゃん!」
「マオくんクラシックってイメージじゃないよ、どうしたの?」
「どうもしてねぇよ、俺がクラシック好きでも別にいいだろ!はい次は観月さんね」
「はい、観月秘です。青森出身です。趣味は……えっとゲームです。特技は占いです」
「める占い出来るんだ!」
「はい」
「実はボクもちょーっとなら出来るよ」
「そうなんですね、どういうタイプの占いですか?」
「んーめる生年月日は?」
「2008年2月25日です」
「早生まれか!星座は魚座だよね」
「はい」
「水属性魔法が得意でしょ」
「はい合ってます、すごいですね!」
「巽くんは?」
「2007年7月6日だけど」
「蟹座だね〜、巽くんも一番得意なの水属性魔法でしょ」
「おー、合ってる」
「へへ〜、柴くんは?」
「11月22」
「蠍座ね、柴くんも水属性だね!」
「……そうだ」
「5人中3人も水属性ってすごい確率。マオくんは?」
「俺は誕生日は6月11日だけど、あ、でも俺」
「双子座なら風属性!合ってる?」
「俺結界しか使えないから、属性わかんないんだよ」
「そっか、たぶんこれから属性魔法も習得するからその時属性がわかると思うよ!」
「マジか!楽しみだな」
「ちなみにボクは5月9日生まれの牡牛座、みんな覚えておいてもらえると嬉しいな」
「来月じゃん」
「お祝いしないとですね」
「へへー、ありがと〜!ボクもみんなのお誕生日は張り切ってお祝いするからね!」
みなるのおかげで自己紹介も滞りなく終わり、ちょっと前までぎこちない感じの空気も解れてきた。
「あ、話ちょっと変わるけどさ、観月さんの占い、気になってたんだけどなんで俺のこと占ったの?」
「そうですね……理由をどのように言語化すれば良いのか。他の道……別ルートへ逃れるための手段と言えばいいんでしょうか」
先程まで和やかだった秘の眼差しが真剣なものに変わる。
「もし、明日世界が終わるとしたら……皆さんなら何を望みますか?」
「え……?」
「明日世界が終わるならか〜、ボクは家族や友達とか大好きな人たちと美味しいものを食べたいな」
最初に答えたのはみなるだった。
「オレはどうせなら世界の終わりを全部見届けたいから、全人類の中で一番最後に死にたいね」
「もしかしてゆーじろーって愛よりも好奇心が勝るタイプ?」
「だって世界の終わりだよ?どんな感じかみたいじゃん」
「お前らすごいな、そんなすぐにパッと言葉が出てくるなんて。世界が終わる時のことなんてすぐ思いつかないよ……ちなみに観月さんは?」
「私は"世界が終わらないこと"を望む……なんて欲張りでしょうか?」
秘は少し物憂げな微笑みを浮かべた。
「それいいじゃん」
そうポツリとつぶやいた眞央が続けて言った。
「俺もそれがいい!もしその時が来たら、俺も一緒に世界を終わりから救いに行くよ!」
「ありがとうございます、心強いです。私にとって占いは最後の悪あがきのようなものなんです」
「……ん?ちょっと待って?それだとなんか俺を占った事と世界の終わりが関係してるみたいな言い方じゃない?」
「えぇ、そうです」
「え?」
一瞬、場が静まり返った。
「えええぇ!?ど、どう言うこと?え?え?マジで言ってる?」
「はい。澱禍津神と私たちは呼びますが、終わりを呼ぶ神が天野くんの前に出現します」
「澱禍津神?いやー……そんな神様全く心当たりないけど……その神様が俺の前に現れるのか」
「そうですね、今はまだ心当たりがないと思います。最初の”神”の出現は下弦の月の頃です」
「下弦の月?」
「それっていつなの?」
「4月13日が下弦の月なので、その付近の日です」
「え!?近ッ」
「やばくない!?今週!?」
「すぐじゃん大丈夫なの!?」
「大丈夫です。神が荒御魂として目覚めていなければ、すぐに世界がどうこうなるわけではないので」
「あ、あらみ?」
「ちなみになんだけど、めるはなんでそんな具体的な日付までわかるの?それも占い?」
「神の出現がわかったのは予知夢を見たからです。その夢の中での季節は春で月の形からある程度の日付は予測できます。予知夢でみた人が天野くんだと気付いたのはももりさんとテレビに映っていたのをたまたま見て、それで君だと確信しました」
「予知夢か……」
「観月家では古くから予知夢で見たことを捻じ曲げるのは困難だと言い伝えられています、人ひとりの力で大きな川の流れを変える事が出来ないように。でもその大きな川に繋がる沢山の小さな川ならどうにかできるかもしれない……。占いは流れを変える事ができるかもしれない小さな川のようなものです。だから天野くん、君を占って……占った結果とは違う出来事が起きることを期待して、ラッキーアイテムをお渡ししたんです」
「そういう事だったのか」
「なんっていうか、眞央くんと世界の終わりが全く結びつかないや」
野々山は困ったような表情を浮かべている。先程まで黙って聞いていた晶彦が口を開いた。
「突拍子もない話だな、俄かに信じがたい」
秘は俯いて絞り出すような声で答えた。
「そう……ですよね。こんな話胡散臭いですよね」
暫しの沈黙が流れたが、それを破ったのは眞央だった。
「いや、俺は信じる!」
「天野くん」
「あれは確かにラッキーアイテムだった!観月さんがくれたトイレットペーパーが無かったら、俺はさっきの試合、ただただボロ負けで終わったはずだから」
「え?トイレットペーパー?」
「秘くん入学式になんてもの渡してんの」
野々山は驚き、湧治郎はちょっと引いた様子で話した。
「トイレットペーパーからヒントを得て、俺はあの多層結界を思いついたんだ!だからあれは間違いなくラッキーアイテムだった!流れを変えてくれたんだ!だから俺は観月さんの話を……君がみた予知夢を信じる!」
「ありがとうございます、天野くん」
「だから一緒に流れを変えてこう!」
秘が安堵した表情を浮かべたのをみて眞央も笑顔を返した。
「ラッキーアイテムか……多層結界は強かった」
「え、柴……お前」
晶彦が独り言のように言った言葉を眞央は聞き逃さなかったが、その時上級生がラウンジに現れた。それをみて新入生たちは立ち上がった。
「やぁやぁお待たせ、新入生の諸君盛り上がってるところ悪いねぇ」
柔和そうな雰囲気でひょろっとした男が話し始めた。
「僕は5年生で寮長の葦原 透です。上級生はここにいる5人で全員だから名前だけ軽く紹介しとこうか、まずはこちらが4年生の織笠敬くん副寮長ね。3年生が二人いて朝倉衛志くんと黛一希くん。2年生が櫛方薙人くん。わからないことがあったら先輩たちに気軽に聞いてね」
新入生からみて左から丸メガネで賢そうな男が4年の織笠敬。短髪で活発そうな長身の男が3年の朝倉衛志。垂れ目で爽やかな笑顔の男が3年の黛一希。そして少し前に晶彦と険悪な雰囲気を醸し出していた金髪の櫛方薙人が横並びになっている。
「一年生も軽く自己紹介してもらえるかな?とりあえず今は名前だけでいいかな」
寮長の葦原に言われてみなるが最初に口を開いた。
「野々山みなるです」
「巽湧治郎です」
「天野眞央です」
「柴晶彦です」
「観月秘です」
「はーいありがとう、みんなよろしくね」
「よろしくお願いします」
それぞれ軽くお辞儀をして挨拶を済ませた。
「じゃあみんな座って。入寮の手引きは持ってきてるね。上級生も空いてるソファーに座ってね。だいたい書かれてる内容に沿ったものにはなるけどまずは朝食だね。7時から8時20分までの間に寮の1階にある食堂に来てね、逃すと購買で自分で買うか腹ペコのまま授業だから気をつけよう!うちの学校は単位制だから昼食はみんなバラバラだし、各自学食か購買で買って食べてね」
寮長に言われて新入生たちは返事をした。
「次は夕食17時半から20時の間に寮の食堂でとるように。寮監さんは優しいから遅れてもラップして取っといてくれるけどご迷惑かけないように時間厳守でお願いね。もし事情があって食事が不要になった場合は事前に寮監さんに言うこと。1階の食堂の隣が管理室だから大体そこにいるよ。それから朝食と夕食は月曜から金曜日まで。土日は各自で食事をとってね、キッチンは自由に使えます。ここまでで質問はある?」
一年生たちは、それぞれ大丈夫ですと答えたり、質問はありませんと答えた。
「次に入浴だね。大浴場は1階にあるので17時から23時半までには入りましょう。朝風呂はないからこれも時間厳守だよ。ボディーソープ、シャンプー、タオルは自分たちで用意してね。入浴剤勝手に入れるとかはやめようね」
「寮長!」
櫛方が険しい顔つきで手を挙げた。
「薙人くんどうしたの?」
「時間割りはどうするんですか?」
「うーん人数増えたしなぁ。一応敬くんとも話し合って個別の貸切制度は撤廃でいいんじゃないかって思ったんけど、櫛方くんは反対?」
「はい、反対です!卒業した榊先輩が使ってた23時から23時半を一年生5人に割り当てたらいいじゃないですか!」
櫛方の提案では1年生全員がたった30分の間に入浴を済ませなくてはいけない。
「うーん一年生はどう?」
寮長に問われて最初に口を開いたのは晶彦だった。
「受け入れられませんね。手引きには寮長が言った通り17時から23時半とあるので一年生もその時間内で入浴を済ませるべきだと思います」
「他の子は?」
「私も手引き通りがいいです」
「オレ23時は寝てる時間だから早く入りたいなぁって感じっすね」
「俺も早い方がいいです」
「ボクも時間が固定されちゃうのはちょっとなぁ」
「どうする薙人くん?一年生の同意は得られないね」
櫛方は少し苛ついた様子で答えた。
「……なら仮想演習で決めませんか?」
「おー!面白そうじゃん」
「仮想演習やりたい!」
櫛方の提案に3年生の二人がノッてきた。
「全く……3年生はただ戦いたいだけだよね」
「「その通りでーす!」」
「同じ探知系として柴くんの強さに興味あってさぁ、せっかくだから手合わせしたいよね」
そう言ったのは黛。朝倉も瞳をギラギラと輝かせながら続けて喋った。
「オレは戦えんならなんでもいいぜ!」
「一年生はどう?入浴時間をかけた仮想演習やってみる?」
「はい、やります」
「ふふ、即答だね」
物怖じせず答えた新入生をみて、副寮長の織笠が口元に手を当てて微笑んだ。
「じゃあ上級生は櫛方薙人、朝倉衛志、黛一希の3人。一年生3人は誰が行く?あー柴くんはイッキから指名があったから固定ね。残り2名はどうする?」
「……天野やれるか?」
すでに指名を受けメンバーに選ばれている柴が声をかけたのは眞央だった。
「俺?や、やってやるよ!」
「私もサポートします」
「なら決まりだ。1年生は柴、天野、観月で行きます」
「おーいいね!血の気が盛んで」
「まぁ寮の説明もこれ以上ないし、先生に演習場借りれるか聞きにいくか」
「あ、それならオレとイッキで演習場B棟を押さえてますよ。この後、あかねと栞も含めて交代でやるつもりだったんで、面子変えるだけでOKです」
「いいの?じゃあ早速移動しようか」
それぞれソファーから立ち上がり玄関に歩き出した。その時、櫛方が晶彦に声をかけた。
「おい晶彦、僕のことを見下すのは今日まで終わりだからな」
「別に薙人のことを見下してるつもりはないが?」
晶彦よりも頭ひとつ分身長が低い櫛方は額に青筋をたてながら見上げた。
「くっそ、いちいち腹立つやつだな……貸切は絶対死守してやる」
「櫛方先輩と柴くんってば、まーたバチバチだね〜。めるも眞央くんも頑張ってね!」
その様子を見ていたみなるは、少し前を歩く秘と眞央に激励を送った。
「はい」
「おう!」
演習場に着いた男子生徒達に葦原が説明をはじめた。
「演習場の使い方はレクチャーしてもらってるよね、作戦会議終わったらチームごとにバトルフィールドの円に入ってね」
上級生から少し離れた場所に1年生だけでまとまった。
「柴、お前さ。なんで俺指名したの」
「戦い方わかるのがお前だけだったからだ」
「あーそういうことね」
「観月、何が出来る」
「水流を生成して攻撃できます、あとは炎も少しなら操れます」
「観月さん、攻撃魔法持ってるの!?」
「はい祖父に鍛えられたので」
「へぇーじいちゃんすげぇな」
「持ってる情報を共有する……薙人は支援系、味方の能力を高める。黛先輩は探知系という情報のみ、朝倉先輩は情報がない」
晶彦が手短に話し終わったあとみなるが手を上げた。
「はい!情報共有。朝倉先輩は風属性の移動系。高速移動に特化してる。四国の端から端まで10分かからず移動できるからすっごく速いよ。常に浄化系魔法少女と攻撃特化系魔法少女の3人チームで動いていたから朝倉先輩自身は移動のサポートメインって感じ。黛先輩も幼馴染が浄化系魔法少女だから探知専門で動いていたはず属性は土だったと思う」
「有益だな」
「野々山すげぇなお前」
「なるくん詳しいですね」
「入試組は知らないと思うけど、魔法使いなら誰でもアクセスできるデータベースがあるからね。てか柴くんと天野くん見た事ない?魔法使い名鑑は近隣の魔法使いとの連携において基本情報だけど」
「……今まで連携することが無かったからな」
「そういうのはももりがやってくれるし」
「あーハハー、そういう事ねぇ今度教えてあげるから一緒に見ようね」
やや呆れた表情でみなるが答えた。
「サンキュー!」
「……攻撃に特化した魔法使いは相手チームにいないだろうが、薙人の味方の能力アップは注意が必要だ。最初は天野の結界で防御固めて様子見しつつ俺が揺動する」
「おう、防御は任せろ」
「あぁ頼んだ。俺の刀は水魔法を応用した氷属性が付与されている、防御の脆い部分を探知してピンポイントで攻撃するのが得意だ」
晶彦は手に日本刀を模した魔道具を出現させた。確かに近くでよく見ると刃には冷気が纏っている。
(柴のやつ氷魔法までつかえるのかよ。あんなに結界張り直しても強引に破ってきたのは薄いとこを見破ってたからって事か……探知系って言うけど解析系みたいな使い方も出来るとかマジでコイツやべぇな)
「火属性とは相性が悪い、観月は水魔法で攻撃時のサポートをして貰えると助かる」
「わかりました」
「そろそろ行くか」
「頑張れよ!」
「みんな頑張ってね!」
「はい!」
「よっしゃー行くぞ!」
バトルフィールドに戦闘メンバーが入る。葦原から開始前に一点追加で説明するねと言って話し始めた。
「チームで仮想演習するときはバトル開始と同時にインカムが出現するから、チーム内のボイスチャットも使えるよ。もちろん大声で話せば相手にも聞こえちゃうけど、うまくボイスチャットを使って味方同士連携取るのが大事だからね。みんな頑張って!それじゃあ始めるね」
葦原の言葉に続き、演習開始のブザーが鳴った。