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1話「魔法男子は肩身が狭い」


 1999年、魔法少女が実在する事が世の中に認知された。アニメや漫画の中の存在だと誰もが思っていた魔法少女は街を襲う魔物から人々を守り正義の味方として多くの人に愛された。


 以来、日を追うごとに魔物の勢力は増し、魔法少女と魔物の戦いはもはや日常のものになっていた。

 命懸けにも関わらず無償で平和を守る魔法少女に対して、魔法士を正式な職業として認め、国家公務員として扱おうという動きが世界的にあり、日本でも魔法士に関する法案が可決された。


 とはいえ魔法少女であれば誰でも国家公務員になれるわけではない。それ相応の資格を持って初めて正式に国家公務員の魔法士になれるのだ。そのための教育機関「魔法士養成学校」が設立された。


 そして現在。時は2023年。


 「魔法士養成学校」を卒業した多くの魔法少女たちは現在プロの魔法士として活躍している。

 魔法少女が初めて認知されて以来、年々魔法少女人口は増えていっているが、ごく稀に魔法少年も存在する。


 魔法少年というのはもっぱら魔法少女の副産物的な形で魔法の力に目覚めることが多い。大概幼馴染の女の子が魔法少女に目覚めた時、たまたま近くに居合わせた男の子が魔法少年になってしまったというような形で魔法の力に目覚めるのだ。


 魔物との戦闘は魔法少女が担当し、魔法少年はそのサポート役に回る。中には戦闘が得意な魔法少年もいるがそれは少数派で、魔法少年が使える魔法というのは魔法少女に比べたら地味で威力もなく基本的には戦闘向きでないものばかりだ。


 魔法に関して男女に著しい差がある理由は、主に「妖精」にある。妖精はごく普通の人間を魔法の力に目覚めさせることができる特別な存在だ。


 そのとても重要な存在の妖精が、とにかく幼い女児……そう「幼女」が大好きすぎるのだ。


 妖精に聞いても「なんかよくわかんないけど幼女っていいよね」という曖昧な理由で女児ばかりをスカウトし、魔法の力に目覚めさせているのが現状である。


 そして、今ここにポカンとした顔で棒立ちしている茶髪でそばかすの少年、天野眞央(あまの まお)15歳。


 彼もまた、幼馴染が魔法少女に覚醒した瞬間たまたま近くに居合わせて魔法少年になった男だ。


 魔法少年歴はおよそ5年。


 幼馴染の時任ももり(ときとう ももり)は、魔法少女としてはすこぶる優秀でティーンの魔法使いのランキングは2位。眞央はその彼女のサポート役として日々活動している。


 今日は魔法士養成学校の入学式。


 家が近所のももりと一緒に学校の入り口まで来たものの、あっという間にももりの周りには人だかりが出来てしまい、眞央は早速途方に暮れているところだ。


 ももりの活躍は全国ニュースになる事も多いため、魔法少女の間でも人気がある。


「やっぱ、ももりは凄いな」


 魔法少女に取り囲まれた幼馴染を連れ出す勇気もなく、眞央は一人入学式の会場へ向かった。


 その途中、もう一つ大きな人だかりを見つけた。その中心にいる人物が誰なのかは一瞬でわかった。取り囲む女生徒よりも頭ひとつ分以上は抜きん出た長身。フードで顔が隠れているが、黄色い悲鳴がこちらまで聞こえてくる。


「うわーあっちもすげぇ、さすがランキング1位の男」


 その人気者がティーンの魔法使いランキング1位の柴晶彦(しば あきひこ)である事は容易に想像がついた。「最速の男」という異名があり魔法少年ではあり得ないほど戦闘に長けている。その上メガネが似合う美男子だと評判だ。どんな魔法を使っているのかはわからないが、誰よりも早く現場に到着し、誰よりも早く魔物を討伐していく姿を見て、マスコミは「最速の男」と異名をつけて持て囃していた。


 そんな有名人が同じ学校の同級生になることを眞央自身も知っていたので、もしかしたら友達になれるかもしれないと期待をしていたのだ。


(流石に今はちょっと話しかけづらいな)


 眞央が人だかりを避けるように、再び会場に向かって歩き始めたその時だった。


「あの、天野くんでしょうか?」

「え?」


 振り返ると、艶のある長い黒髪が特徴的な美しい少女が1人。すらっとした細身で、ももりよりも背が高い。美しい鼻筋で小さめで血色のいい唇、そして綺麗なアーモンド型の目は長いまつ毛に縁取られている。どことなく神秘的な雰囲気があって、眞央は思わず息を呑むほどの美貌に見惚れてしまった。


「天野真央くんですよね……?」

「は、はい!そうです!」


 眞央は緊張のあまり声が裏返った。返事を聞いた美少女は一瞬大きな瞳を見開いて、優しく微笑んだ。


「よかった、君に逢いたかったんです」

「お、俺に!?」


 ランキングに載るような魔法使いでは決してないのに、声を掛けられて名前も知られていたことに眞央は驚いた様子だった。幼馴染のももりは人気者だが天野眞央という男はいつだってももりのオマケとして世間に認識されており、当然名前は誰も覚えている人なんていなかったからだ。


「私は、観月秘(みづき ひめる)です。天野くんに渡しておきたいものがあって」


 秘は大きな紙袋を眞央に渡した。


「あ、どうも」

「その……私、占いが得意なんです。それで今日の天野くんの運勢を占ったら、それがラッキーアイテムとしてイメージが浮かんだのでどうしても渡しておきたくて」

「えっとこれは」

「はい、トイレットペーパーです!」

「トイレットペーパー!?」


 初対面の相手からトイレットペーパーをプレゼントされるという状況に眞央は一瞬戸惑った、しかし。


(なんかよくわかんないけど……観月さんが可愛いから全然OK!)


「ありがとう!すっごく嬉しいよ!」

「ふふ、喜んでもらえてよかったです」


 眞央とって秘の笑顔はお姫様、いや女神の微笑みにさえ見えた。今まで誰も見向きもしなかっ た「地味なオマケキャラ」に美少女が声を掛けてきた。こんなに嬉しい事はなかった。例えトイレットペーパーというプレゼントとしては理解し難いものをもらったとしてもだ。


「観月さんも新一年生?」

「はい、そうです。天野くんとお友達になれたら嬉しいです」

「なるよ!なるなる!もう友達だよ!」

「ありがとうございます、東京に来て初めての友達です。よろしくお願いします」

「うん!よろしく!」


 嬉しそうに微笑む秘と眞央は手を取り握手をした。眞央の周りには幸せオーラが舞っていた。


 その時。


「眞央!もー、置いていかないでよ!」

 

 背後から聞き馴染みのある声がして眞央の幸せオーラは一瞬で消え失せた。


「なんだよ、ももり。ファンたちの相手はもういいのか?」

「ファンじゃないわよ、みんな同級生。これからよろしくって挨拶されたから返してたの!」

「ふーん」


 ももりは、握手して手を取り合ったままの眞央と秘をジトーっとした目で見つめた。


 その視線に気付き、秘は慌てた様子で手を引っ込めた。


「あ、あの時任ももりさんですよね。私は観月 秘です。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

「えっと……先に会場に行きますね」


 そう言って、秘は小走りで去っていった。


「はぁー邪魔すんなよー」

「邪魔って何よ!一緒に行こうって言ったのそっちじゃない!」

「そうだっけ?……いやーしかし可愛いなぁ観月さん、これが一目惚れってやつか」

「……一目惚れ?」

「幸先のいいスタートだ、ほら行くぞ」

「え、あ……うん」


 眞央はご機嫌な様子で歩き出し、ももりは訝しげな表情でその後に続いた。


 会場に着くと、同じローブをきた魔法使いがずらりと座っていた。座席も決められているらしく眞央は事前に貰っていた資料をみて席ついた。


 秘からもらったトイレットペーパー入りの紙袋は座席の下に置いて、会場をそわそわしながら見渡した。

 すると自分の席から3つ空けた先に、秘がいた。少し距離が遠いが声をかけようかと思った時。2人の間に男子生徒が1人席についた。


 座っていてもわかるほどの長身。ローブのフードを深めに被っているがチラッと見えた整った顔立ちと黒縁メガネで彼が柴晶彦であると気がついた。


 ふぅと聴こえるくらい大きなため息をついて近寄り難い雰囲気だが、眞央は意を決して晶彦に声を掛けた。


「あの、柴くんだよね?俺、天野。今日からよろしく」

「あぁ……よろしく」


 晶彦は眞央を一瞬、横目で見ただけだったが彼のフードの中からひょっこりと黒く小さな妖精が顔を出した。


 妖精というのは多種多様な姿をしている。有名人の晶彦の妖精も当然マスコミに取り上げられる事も多く、眞央は画面越しにその姿を見たことがあった。


 三角の耳に垂れ目がちな大きな金色の瞳。真っ黒な子猫に似た姿の妖精ネモだ。


 魔法使いは、覚醒した時にパートナーとなる妖精がつくが魔法使い1人につき1匹の妖精が必ずつくわけではない。

 眞央のパートナー妖精は、ももりと眞央の2人の魔法使いを担当しているので基本的にはももりの方にべったりだ。


 そのため眞央にしてみると妖精というのはレアな存在という認識で、妖精に対して珍しがる気持ちは眞央と魔法を持たない人と大差がない。


「この子が妖精のネモ?可愛いね」


 ネモは眞央と目があった瞬間、フードの中に身を隠してしまった。どうやらネモは人見知りらしい。


「あ、ごめん……驚かせちゃったみたい」

「チッ、ネモに構うな」

「え……」


「只今より、イーストガーデン魔法士養成学校の17期生、入学式を始めます。皆さんご起立ください」


 入学式が始まるアナウンスが流れて、生徒は全員立ち上がった。


(え……?)


「国歌斉唱」


 君が代の伴奏が流れ、会場の全員が歌い始めると、壇上に国旗が掲揚された。しかし眞央は、君が代を歌いながらも動揺していた。


(今、舌打ちしたよな?)


 国歌斉唱が終わり全員着席し、校長の挨拶がはじまった。


(コイツ舌打ちしたよな?)


 偉い人が何を言っているのか全く頭に入ってこない。


(何コイツ、感じ悪ッ!!!!)


 眞央は心の中で叫んだ。確かにネモをびっくりさせたのは自分かもしれないが、なにも舌打ちするほどの事ではないだろ。そう思うと、晶彦の理不尽な対応に沸々と怒りが湧いてきた。


(ランキング1位で高身長イケメンでモテモテだからって、人のこと見下した態度とるとか最低だろ!なんかムカついてきた!)


 その時、眞央の中で晶彦と友達になれたらいいなという期待は消え失せた。


(5年間の学校生活の間でなんでもいいから絶対コイツに勝ってやる!お前は今日から俺のライバルだ!どのジャンルで勝てるかわかんねぇけど、とにかく絶対何かで勝ってやるからな!!)


 眞央は熱い闘争心にふわっとした目標を掲げ、燃えに燃えていた。


 『打倒、柴晶彦』の脳内シミュレーションをしていると気づけば入学式はあっという間に終わって、講堂に移動するように教員から指示があった。


 眞央は座席の下からトイレットペーパー入りの紙袋を手に取り他の生徒の流れに合わせて移動した。講堂に入り席に着くとももりが隣に座った。かなり広い講堂で、新入生の人数に対して座席はかなり余裕があるらしく空席も多く見られた。


「眞央、式の途中で寝てなかった?」

「寝てないって、考え事はしてたけど」

「寝てないならいいけど、シャキッとしなさいよ」

「はいはい、なんかももりさぁ……」

「なによ」


 眞央が言いかけたとき、女性教師が講壇に立った。


「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。式も時間が長かったのでお疲れでしょうが、これからオリエンテーション、15時からは能力テストがあります。テストが終わり次第各自寮に移動してください」

「え……テスト?」


 きょとんとした表情の眞央に、ももりは呆れ顔で答えた。


「資料見てなかったの?書いてあったでしょ?」

「見てなかったけど、でも確か妖精の推薦があればテストなしで入学できるって聞いた気が」


 眞央は焦った様子だった。彼のいう通り魔法士養成学校学校は、魔法の力を持つものでなくては入学できない。もとより入学する資格を有するもの自体少ないためパートナー妖精の推薦があれば魔法少女や魔法少年は入試せずに入学ができる。

 もちろん、入試も存在するが受かる人はほぼいない。妖精の導きを受けていない自称魔法使いはそれなりにいるが、実際は魔法が使えると思い込んでいる夢みがちな少年少女ばかり。

 稀に寺生まれで特別な力を持っているとかで入試をクリアする物もいるが、魔法士養成学校の入試の合格率は1割にも満たない。


「そういうわけなので、皆さん心配しないでください。あくまでも本日時点の能力を数値化するためと、今後頻繁に使うことになる演習場の利用方法のレクチャーですのであまり気張らなくて大丈夫です」


 教師は話を続けた。


「それから入試組の巽さんと観月さんは試験の時に記録を取ってあるのと演習場の使い方も説明済みですから、見学でもいいですし寮に行っても構いません」


 会場が少しざわついた。


「ふーん……あの子、入試組なんだ」


 ももりの視線の先に秘がいた。秘の隣には糸目でチャラそうな雰囲気の男が座って親しげに話をしている。


「誰だ、あの男」

「ティーンの魔法使い名鑑で見たことないから、彼も入試組なんじゃない?さっき先生が言ってた巽って人でしょ、たぶん」

「クッ観月さんとどういう関係なんだ!」

「知らないわよ」


 ももりは呆れた表情をした。眞央は歯軋りをしながら秘と巽の様子を見ていると、こちらの視線に気づいたのか秘が微笑んで手を振った。


「か、可愛い……!」


 眞央はぎこちなく手を振り返した。


「もー入学早々女の子に現を抜かして、単位落としても知らないんだから」


 ももりは、デレデレと鼻の下を伸ばしている幼馴染のことは放っておいて、教師の話に耳を傾けた。オリエンテーションが終わると、いよいよ演習場に移動し能力テストが始まった。


「能力テストを受ける皆さんまずはローブを脱ぎ、変身魔法でコスチュームに着替えてください。これから仮想演習の説明に入ります。入試組は見学するのでしたら観戦席に移動してくださいね」


 教師の指示に従って、新入生たちはローブを脱いだ。ローブの中の服装は自由だ。大概の生徒はスーツなどのフォーマルな姿だ。もちろん眞央も今日は入学式なのでローブの中にはスーツを着ている。


 殆どの新入生はローブの中もきっちり正装に身を包んでいるが、柴晶彦は違うようだ。メディアでも見慣れた彼のいつもの戦闘スタイルである黒のパーカーとジャージをこの入学式にもきてきたらしい。


「柴くんって入学式でもあの格好なのね」


 晶彦の服装を見たももりが、眞央に声をかけた。


「ローブの中は自由って聞いてたけど、スーツ以外選択肢になかったな。入学式だし」

「あれってずっと変身魔法であの姿保ってるのかしら」

「いや流石に私服じゃないか?パーカーとジャージが変身コスチュームってのは考えにくいと思うよ」

「変身コスチュームじゃなかったらほぼ生身で魔物退治してるって事になるけど、だとしたらすっごい度胸」


 そう言いながらももりはピンク色の宝石がついたペンダントをかざした。体全体がキラキラと発光し、白とピンクのフリルが特徴的な衣装を身に纏った。


 魔法使いというのは大抵変身魔法を使って専用のコスチュームに着替えをする。変身コスチュームは通常の衣類に比べると格段に防御力もあり戦闘に特化した衣装だ。


 眞央も変身魔法を使っていつものスタイルに着替えをした。白とダークグリーンを基調とした聖職者風な衣装だ。


「皆さん変身は済みましたか?大丈夫そうですね。では一番最初の仮想演習は天野眞央さん」

「はい!」


 名前を呼ばれた眞央は明るい返事をした。


「一番最初ね、頑張りなさいよ」

「当然!」


 ももりに激励され、眞央は張り切って演習場に向かって走っていった。


「そして、柴晶彦さんの2名同時に行います。まずは天野さんは演習場の赤い線の中に入ってください、柴さんは青い線の中に入ってください」


(マジかよ、いきなりコイツと演習だって!?)


「演習の流れから説明します。時間は3分間、合図がなったらお互い得意魔法を駆使して思いっきり戦ってください。この演習場には特殊な魔法がかかっているので攻撃を受けても実際に怪我をすることはありませんので、安心してください」


(戦うって嘘だろ!?)


 教師の話を聞いて眞央は動揺した。相手はティーンの魔法使いの中でも特に戦闘が得意な柴晶彦で対する自分自身はももりの戦闘をサポートするのに特化した魔法しかない。


「ここで演習場を使う際の注意事項です。特殊魔法を用いた仮想空間内で戦うことによって怪我の心配もなく演習を行えますが、演習開始前に必ずしなければいけないことがあります。今私が立っている場所に専用のデバイスがありますのでこれで演習開始の操作をします。この操作をしないまま戦闘を開始すると仮想空間も発動しませんので大怪我に繋がります。そのため演習場の利用は必ず1組3名以上での申し込みが必須となります。つまり監督役がいないと使えないということです。ここまでで何か質問はありませんか?」


 新入生たちは少しざわついて入るものの質問がある生徒はいないようだった。


「では続けて、終了時間の設定もデバイスからできるようになっています。もしわからないことがある場合はこちらにマニュアルもありますので参考にしてください。マニュアルを見てもわからない事がある場合はここに職員室直通の内線もあるので連絡をください。すぐに教員が駆けつけます。説明は以上、では開始します。天野さん、柴さん心の準備はいいですか?」

「はい」

「……はい」


 無表情の晶彦に対して、眞央は緊張した面持ちだ。


 演習開始を知らせる音がなり、演習場のバトルフィールドに魔法かかり特殊なフィールドが一瞬で生成されていく。


(すごいこんな魔法初めてみた)


 眞央は手のひらを前にかざす。両手のグローブに嵌め込まれているターコイズブルーの宝石が光を放った。眞央の得意魔法である結界を半球型に展開した。通常ももりのサポートをする場合はこの結界をさらに大きく作り、魔物と自分達を結界に中に閉じ込めて建物や人に被害がなるべく出ないようにするために使っている。


 それに対して晶彦は手に力を込めると、日本刀が出現した。魔法少女は通常ステッキを魔法具として使用する事が多いが、彼は日本刀を模した魔道具を使う。


 その刀を振り翳して結界に刀を叩き込んだ。


「なッ!」


 真緒の結界にヒビが入り、晶彦がもう一撃叩き込むとパリンと音を立てて結界が破られてしまった。


「クソッ」


 即座に結界を貼るも晶彦の攻撃に耐えられず結界は壊れてしまう。


(嘘だろ!?魔物の攻撃だって簡単に通さないくらい硬いのに)


 再び結界をはり、さらに姿を隠す効果を追加した。これで相手側から眞央の姿も見えず音も聞こえないはずだ。


(よし、一旦攻撃はおさまった。流石にランキング1位は伊達じゃないな、でもこのままじゃ隠れて逃げるだけになる)


 眞央が考えを巡らせている間に、晶彦の周囲にペンデュラムのような青い結晶が出現した。


(なんだあのキラキラしたやつ?)


 その時眞央と晶彦の視線が交わった。


「そこか」

「え?」


 晶彦がまっすぐ眞央の方に走り、結界を叩き割った。


「なっなんでばれたんだよ!」

「俺は探知系だから、場所はすぐわかる」

「えぇええ!」


 晶彦は眞央の首筋に、刀の刃を突き立てた。


「これで一本」

「うっ」

「仮想空間なら首を掻っ捌いても死にはしないだろうが、せっかくだから3分間有意義に使うべきだ」

「……お前探知系だったのか」

「あぁ、そうだ」


 ランキング1位で、その上最速の男という異名から探知系の魔法使いだとは想像もつかなかった。というのも探知系というのは戦闘に不向きで後方支援を得意とする性質だからだ。


(探知系でこんな攻撃的な戦い方が出来るって、一体どうなってるんだ!?)


 晶彦は眞央の喉元に突き立てていた刀を引いて、後ろに下がった。


「仕切り直しだ、このまま守りだけで終わるつもりか?」

「ぐ……」


 観戦席からは晶彦を応援する女生徒の声が聞こえてくる。


(俺だって守りだけで終わるなんて……そんなダサい姿を観月さんに見られるのは絶対嫌だ。反撃の方法を考えないと)


 観戦席に秘の姿を見つけたが、晶彦の攻撃の気配を感じ再び結界を張った。


 何度、結界を張っても破られる。


「もう〜眞央ったら、やられっぱなしで見てらんないんだけど」


 ももりはやきもきした様子で見守っていた。


「私が一緒にいたら代わりに戦ってあげられるのに……」


 普段は浄化系のももりが前線に立ち、眞央は後方から街や人を結界で守るのがいつもの戦い方だ。明らかに不利な状況にももりはいまにも飛び出して眞央を助けたい思いでいっぱいだった。


「眞央!ファイト!!」

「ももり?」

「余所見してる暇はないぞ」

「クソッまた……」


(何回結界を張っても強引に破られる、姿を消す効果を足しても探知系のあいつには大した意味がない…………もっと結界の範囲を広くして、いや本当にそれでいいのか?)


 防戦一方の眞央と、圧倒的な実力差で押し続ける晶彦。


「柴くん!かっこいい〜」

「柴く〜ん!」


 女生徒の声援も一層大きくなる。新入生の9割は女生徒で大半は晶彦の応援をしている。


「クッなんだこのアウェー感」

「天野くん!頑張って!」

「ハッこの声は……!」


 結界を張りつつ声の方を見ると、秘が立ち上がって声を張り上げていた。


「諦めないで天野くん!」

「うぉおおおお!!」


 晶彦の応援する声に紛れて、秘の声を聞いた眞央は雄叫びをあげた。


(観月さんは俺を応援してくれてるんだ、俺のためにわざわざラッキーアイテムまで用意してくれて)


「ラッキーアイテム……トイレットペーパー……?」

「戦いに集中しろ」

「うおっ」


 再び結界を破られ鼻先を刃が掠めたが、眞央の瞳には希望が宿っていた。


「これを……!こうする!!」


 眞央は新たな結界を生成した。


「何度でも壊せばいい!」


 晶彦は同じように結界を破った、その先に眞央の姿はなかった。


「また潜伏か」


 晶彦は周りに生成された青い結晶で探知を開始したが、反応がぶれている。


「ここか」


 刀を振り翳して、結界を破るがその先に薄い結界が張られている。何重にも張られた結界が探知を阻害しているらしい。薄い結界の膜を何度も何度も破るが眞央の姿は現れない。結界は晶彦を中心に潜伏結界を何重にも重ねて生成してある。


「チッ、キリがない……、ッ!!」


 晶彦は結界を破らないと外に出れないが、術者なら自由に出入りできる。


「ここだぁあああ!!!」


 ギリギリまで潜伏し背後から急接近した眞央の拳が晶彦の頬にクリティカルヒットした。


「おっしゃ!これで一本!」


 ニヤリと笑う眞央。歓声か悲鳴かわからないが女生徒達の甲高い声が会場に響き渡る。膨大な魔力を使う作戦だったので魔力切れで結界は解除されている、この後どうするかまで眞央は考えていなかった。


「うわっ」


 結界から飛び出してきた眞央をみすみす見逃すような事を晶彦はしなかった。瞬時に眞央の胸ぐらを掴み床に叩きつけるように押し倒した。


「痛ッ!」


 ゾッとするような晶彦の表情と、彼の振り上げた拳を見て眞央はギュっと目を瞑った。


(殴られる!)


 しかし5秒経っても痛みはない。


「……え?」


 眞央は片目を開けて、様子を見ると晶彦は拳を下ろし胸ぐらを掴んでいた手を緩めた。


 晶彦は立ち上がって離れていったその時試合時間終了の合図がなった。


「はーい、仮想演習終了です。2人とも説明がありますからそのまま動かないでくださいね、終了後はこちらのデバイスで仮想演習解除操作をします」


 眞央と晶彦の体を緑色の光が覆い、生成されたフィールドが解けるように消えていった。


「仮想空間では怪我はしませんけど、疲労は溜まりますし魔力が枯渇状態になります。この解除操作をすることで同時に回復魔法もかかるので必ずこの操作は忘れずに行ってください。仮想演習中汗はかきますので水分補給はこまめにしてくださいね。天野さん、柴さん、2人ともバトルフィールドから出ていいですよ」


 天野はももりがいる席まで戻っていった。


「お疲れ様、よく頑張ったね」

「まぁな」

「でも魔法使いなんだから、魔法使いらしい戦い方しなさいよね」


 魔法使いらしい戦い方というのは、直接拳で殴るようなことはせずに、魔法や魔道具を使って戦うという事だ。


「仕方ないだろ俺攻撃魔法ないし……てかこのグローブだって魔道具だし、拳で戦っても良いだろ別に」

「眞央のそれは魔導書でぶん殴ってるのと同じだから言ってるのよ」


 晶彦の日本刀のように攻撃に特化した魔道具もあるが、眞央の宝石が嵌められたグローブのように結界を展開するのに適した防御向け魔道具など様々な形態がある。


 ももりは防御向けの魔道具を用途以外の使い方をしたと言うことで苦言を呈しているのだ。ももりと眞央がいつもやってるように小さな言い争いをしていると背後から女生徒の話し声が耳にはいった。


「柴くんも殴り返すと思ったけど、やめたよね」

「さすがランキング1位は戦いに対しての姿勢が違うよね」

「魔力も込めずにただぶん殴るなんて魔法使いとしてありえないわよ」


 先程の戦いをみた女生徒たちは晶彦を褒め称え、眞央の戦い方を非難していた。ランキング1位の男に一矢報いても誰一人として眞央を褒め称える声はひとつもなかった。


「う……」


 あまりに居た堪れなさに眞央は立ち上がり荷物をまとめた。


「どうしたの?」

「男子寮に行く、演習終わったら移動して良いって先生言ってたし」

「……そっか」


 次に生徒の演習開始の合図が鳴り響く中眞央は演習場から立ち去った。


(あんな形でぶん殴った俺も悪いとは思うけどさぁ、でも今の俺が反撃するならあぁするしかなかったし……)


 秘からもらったラッキーアイテムを大事そうに抱え、学校の広い敷地をトボトボと歩き始めた。


(結構良い試合だったと思うんだけどなぁ)


「……はぁ、世知辛い世の中だな」

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