九十七章《天港会戦3》
「制約の言語回路」九十七章《天港会戦3》
弾幕の密度が違う。いくつか砲門を破壊したとて、雀の涙。お互いのシールドのエネルギーが消耗し切るまで、弾薬が尽きるまで、勝負は決することがない。
天港の要塞、人工の高台から長距離砲がどんどん撃たれる。陸に配備された戦艦のよう。
高台からの砲撃は、かつてのロシアや、フランスのナポレオンもやっていた、戦争の常道。果枝中佐自慢の対物理シールドも、エネルギーが無限というわけではない。
爆撃機が敵の要塞の空から爆弾を落としていく。敵要塞のシールドは健在だった。
「第十二特別小隊、帰投しました」
「新たなお仕事だ」
艦に響く物理攻撃の音。衝撃が船を揺らす。
要塞の無力化。先日の演習でのシールドの侵食について、改めて緻里は夕辺に問われた。
「雨が降っているなら可能です」
「雨乞いでもしてみるか? 貴君にそのようなことは必要ないのだろう?」
「私が出れば、向こうからも術師が出ます」
「貴君には優秀な魔法使いがついているのだから、問題ないと思うが?」
「砲撃に注意を割かれながら、戦いもして、さらにシールドを中和するのは……」
「できるか? とは聞いていない。ぜひやりたまえと言っている」
「了解致しました」
***
「すごい砲撃戦ですね」
頼土はつぶやいた。
「そうだね。弾の無駄だけど。よくこんなんで、天下の港、天港を攻撃しようとしたよね」
頼土は流れ弾をシールドで弾く。
大がかりな魔法陣、大陸語で描かれた曼荼羅が周囲二キロメートルまで展開する。
「下から来ます!」
「頼んだよ」
緻里の術式に反応して、下から術師が五名上がってきた。
「仕事だ諸君。少佐に指一本触れさせるなよ!」
「「「応」」」
大陸語の術式解析と、古代語使用のこちらの魔法は、敵術師を翻弄した。
術式解析は、流石に向こうのほうが速い。でも大陸側は古代語の魔法陣を解析することはおろか、認識することすらできなかった。
しとしとと降る雨は、戦いの日には不似合いで、穏やかで、沈鬱としていた。
「なんだこの雨!?」
「術式がうまく組めないぞ!!?? どうなってんだ」
「基地が攻撃されている。われわれの術式が侵食されている」
上がってきた大陸の術師は撃墜。
雨が、バイオ兵器のように敵の構築する術式に干渉する。いくつかの拠点が砲撃により沈黙した。
「勝った、か?」
我心が声を漏らした。
(少尉。一人上がってくる。懐かしい風だ)
(了解。懐かしい風? 嫉妬してしまいますね)
パキンと空気が凍った。緻里のものではない稲光が走ると、龍が姿を現した。
「龍鹿」
「お久しぶりです、緻里さん」
ゴゴウゴゴォウと龍は吼えた。覇気だけで圧倒される。緻里が支配していた空気の、支配権が奪い返される。
「今度は本物かな、龍鹿?」
「緻里さん。たとえ偽物であろうとも、龍の咆哮に敵う人間なんて、一人としていませんよ」
「第二でもう少し龍について聞いておくべきだった。僕はこれからどうすればいいのかわからない」
雨粒は急降下した冷気によって凍り、パラパラと要塞に降った。まるで埃が床に落ちるかのように、全くどうでもいいものに成り下がった。
大陸のナンバースクール、序列二位の第二と呼ばれる中高で、短い期間緻里は過ごした。龍鹿の飼い慣らす龍の背中に乗って、思純と回った北城市の景色は、よく覚えている。
バチッと、緻里は体に雷を纒う。
「僕ですかッ!」
龍鹿は緻里の電撃を弾いた。
龍の放出する魔素が、空気の密度を歪める。雷光の落下地点に誤差が生じる。その誤差を、龍鹿は精確にわかっていた。龍の乗り手として、その辺りの機微は明確に把握している。
上昇するとわかっていても、緻里は龍鹿の上を取れなかった。
空気の薄くなる超上空では、流石の緻里も追い縋れない。
龍は体を震わせて咆哮する。遠くまで空気が揺さぶられ、龍に向き合う戦士たちは、その脅威に戦慄する。
緻里は笑った。
(親方、笑ってるよ)
(この魔力量の差、どうやって覆すんだ?)
「少佐」
「少尉、ここは空気も薄い。飛ぶのだけでも大変だろう」
「私たちには魔法もありますから」
気づいたら第十二特別小隊は勢揃いしていた。
「驚きました、緻里さん。みなさん。龍相手に魔力勝負をするおつもりですね。笑ってしまいます。思純さんに認められた男とは言え、龍の魔力は、無限大ですよ? おっと」
道綾の風の矢が龍鹿を射抜こうとした。銃弾と同じくらいの速度の矢が、龍の魔素で解体される。鞍に乗った術師を退治するのは難しそうだ。
龍の周りには魔力を伴った気流が走っている。
「龍には、言葉はあるのかな」
「どうでしょう、緻里さん」
「例えばある空間がひしゃげる。そんな時、龍の体は、どこまで物理法則に従うんだろう」
「緻里さん、何を考えているのか知りませんが、この龍は思純さんでも倒せない、気がします」
龍鹿はくすっと笑った。
龍はゴゴォと動き出した。花のようにひらひらと龍の周りには火の粉があふれる。
眼下遠くには島国の艦艇。それを蹂躙されるわけにはいかない。流石に龍とイージス艦ならイージス艦に軍配は上がるだろう。でもそこで何人死ぬかわからない。
「ん? 何語ですか?」
緻里は島国の言葉で編んだ、お手製の術式を披露する。悲しみと別離を歌った、虚無の術式だった。言雅の唇、紅黒く、星のように丹が光る。
きらりと砂粒のような星がまたたく。それが全て、暗闇に。
「龍鹿、暗闇ですら、絶望ではないんだよ」
龍の頭を虚無の爆縮がかすめる。
グガアガァと龍は頭を振る。逆鱗に触れたようだった。羽を広げ、「花びら」を散らす。
「外すのは情けですか?」
「え?」
「たまたま外れただけですか? でも、僕の龍のツノは欠けてしまった。あれだけ貯めた魔力の象徴を最も簡単に。……ふゥ。帰ろう?」
グガガと龍は唸る。怒りを露わに緻里をにらみつける。
「帰ろうよ」
龍の耳にささやく。「緻里さん、僕の龍を殺さないでくれてありがとう。この子は僕自身だから」
龍は一度雲の中に潜ると、どこかへと消えた。
***
雲の下では、「花びら」で島国の艦隊には一時的に電磁的なバグが発生していた。
龍の高エネルギーの燐気が電気系統に影響する。
「大した置き土産だよ」
果枝中佐は、手早く影響を受けている系統の再起動を行なった。果枝中佐に対して、驚いたのは、このことを予期していたとばかりに系統を区間に区切って、問題のない区間はそのまま駆動させたことだった。彼女の配下たちは、まるでマリオネットのように彼女の指示を正確に実行した。訓練が行き届いているために、大陸側は、島国側に問題が生じたことを感知しなかった。
「緻里少佐の雨といい、フィールド展開系の魔術には、まったく、手が焼かれる。おい、敵のシールドが回復している。緻里少佐には龍退治の後にも仕事があるぞと言ってこい」
「中佐、後ろに」
「少佐、いたのか」
「龍退治から帰投しました。雨を、ご希望ですか?」
「北城市にな」
夕辺少将は言った。
「鬼が出るかもしれません」
「鬼? 君こそ鬼人だろう」




