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制約の言語回路  作者: 府雨
一滴の雨粒・風の導き篇
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九十一章《碁》

「制約の言語回路」九十一章《碁》


 旗艦から信号砲が撃たれた。


 それを以て合同演習は始まった。


 海岸から十数キロ離れた地点で、航空母艦から飛行機が飛び立つ。編隊を成して、海都海岸の大学中心要塞に向かっていく。


 緻里の率いる第十二特別小隊も、飛行機のスピードに追いすがる。


 飛行機を迎撃する砲火が、編隊に標準を合わせる。飛行機にも果枝中佐が開発したシールドが備わっているから、さながら矛盾の如く、最強の盾と矛の激突だった。


 雄叫びを上げながら窓架が、付いている飛行機を目指した砲撃を斬り落とす。斬るというよりはぶち当てるの方が正しいかもしれない。いつも使っている練習刀ではなく、魔力の通った日本刀。


 迷炎は精密な魔法攻撃で、かなりの量の対空砲火を撃ち落とす。いくつも出力し、精確な座標計算をする。


 緻里はそれより複雑な計算で、撃ち出された砲撃のほぼ全ての座標位置を計算して、魔法のチャネルラインで小隊に共有し、座標計算できない子のために、単発で撃ち落とす経験をさせる。


「できた」


 千歳は嬉しくて泣きそうだった。


 序盤は問題がなかった。


 しかし、手数の多い迷炎や、フィールド系の緻里が、徐々に疲弊していく。


 対空砲火はものすごい数で、迷炎はいつの間にか手一杯になった。


 緻里の座標計算にも遅れが生じ、撃ち漏らした対空砲火は飛行機のシールドに阻まれて衝撃を生み出した。


 第一陣の飛行機が、要塞を噛むように円を描いて母艦へと戻っていく。


 飛行機を気にしなくて済むようになると、編隊を追撃する対空砲火は、道綾の竜巻がその全てを食い殺した。


 制服の帽子を押さえながら、風を起こす道綾は、誰が見てもかっこいい。


 飛行機が落とした爆雷は、果枝自慢の鉄壁を一ミリも削ることができなかった。


 第二陣の飛行機を迎えた時には小隊の面々はほとんど疲弊していて、「これぞ演習!」と誰かが言った。気を奮い立たせて、なんとか迎え撃った。


 そもそも、こういう演習を、新兵たちは小さい形でよくやっていた。それの数倍する規模の演習だが、まだ勘が働く。逆に緻里や道綾は撃ち落とす訓練こそたくさんしているが、専守防衛を旨とするこういった形式はあまり慣れない。新兵たちがなんとか支えてくれている。短い時間で新兵の成長を感じる。


 雨が降り始めた。


 新兵たちは笑い始めた。初めてこの雨が、自分たちを敵としない、恵みの雨になったからだった。


 第二陣の飛行機編隊が帰艦する、その尻目に道綾は体を置き、下から上昇する風壁を築いた。


 自然に緻里の周りを囲み、新兵は雨の術式を構築する緻里を守る体制を構築する。


 雨が次第に大粒になっていく。


 緻里は「科学技術」の粋に解析をかける。たとえその技術が物理的に破壊不可能なものだとしても、論理的に破綻がないとしても、「詩文的に解釈すれば」穴だらけなのだ。


 ゴロゴロと雷が鳴る。上昇気流は海から湿度を運び、雨は激しく降り、雷は大きく轟いた。無数の雷撃が天空から対空砲に向けて落とされた。シールドを透過する「ステルス・サンダー」が落ちる音と同時に、ガキンと不具合が起きる音がした。無数の砲門が煙を出して沈黙する。


 雨は魔力を帯び、シールドを侵食する。


 第三陣の飛行機に、対空砲火はなく、鼻歌を歌いながら第十二特別小隊の面々はパイロットに手を振った。


 合同演習は終わった。


***


「かんぱーい」


 例の如く道綾が音頭を取った。


「「「かんぱーい」」」


 がやがやと寮の食堂は活気であふれる。


 合同演習の後、緻里は夕辺少将からワインを十本ほどもらった。


「好きに使ってくれ。我々の慢心に楔を入れてくれたこと、感謝している」


「恐縮です」


「面白いことだ。少佐が降らせた雨が原因で、工学部のチームがブラックボックスとなっていた理論的な空白の解析に、一筋の光明を見出したそうだ。編隊のパイロットたちも、これほど安心したことはないと言っていた」


「こちらは個人的興味に基づく研究者です。組織に活かしてもらえると、ありがたいです」


 緻里は道綾と共にワインを運び込み、新兵たちに歓迎された。


 二人で一本。遠慮なく飲んでくれと、オードブルの真ん中に二本ずつ置いていった。


「親方ー、ありがとうございます!」


「親方はよしとくれ」


 銘々食事をしながら、カードゲームやボードゲームに興じる。


「少尉と少佐は、何かされないんですか?」


「「碁とか?」」


 一瞬の後、緻里と道綾の視線は交錯した。


 道綾は部屋から平らな碁盤と碁石を持ってきた。


「部屋に置いてあるなんてさぞや巧いんだろうね?」


「緻里少佐はやられていたのは高校時代ですか?」


「そうだけどそれが?」


「故南も結構盛んなんですよ」


「ブランクが空いている?」


「そう聞こえまして?」


 バチバチだった。


 打ち始めようとして、道綾は少し席を立った。すぐ戻ってくると手にはチェスクロックがあった。


「大陸派なだけあって、お二人はチェスや将棋ではないんですね」


「「どっちもできるけどね」」


 火花が散る。空気が発火しそうだった。


 握りで先後を決める。


「コミは六目半」


「構いません」


「じゃあ持ち時間は……」


「30分切れ負けで」


「わかった」


 緻里は星に打ち、道綾は小目に打つ。


 碁の素人たちも緻里と道綾を囲む。傍らにはワイングラス。


「酔っているからとか、そういう言い訳はなしですよ」


「この程度のワインで酔いはしないさ。少尉、君もだよ」


「少しくらい酔っている方が、手が見えるかもしれませんね」


 道綾は穏やかに白石を置く。


「府月でもよくやられていたんですか?」


「まあね、道綾少尉、高校時代は?」


「主にネットで。第一学府に来てからは、対人でも少々」


「まるっきりの素人ってわけじゃなさそうだね」


「同じ感想です」


(や、やべえ。いつも穏やかな親方と天使で悪魔な少尉が)

(厨二漫画的展開。アツい)


 最初につまずいたのは緻里だった。


「ん?」


 と、一言漏らして打った手は、道綾の誘導にはまっていた。息を呑み、「しまった」という言葉を押し留める。


 カチリと石が当たる音がして、その手を咎めにいく。道綾はもう最初の煽り合いを終えて、冷徹に勝利を刈り取りにいく女戦士だった。油断はない。


 コトリと黒石を置き、緻里も勝負に出る。深く読みを入れ、味よく大石を捌きにいく。


 道綾に緩手が出た、ように見えた。緻里は気づいたが、裏を取る。


「時間がないですよ」


 ハッとして時計を見る。残り5分。まだ終盤の入り口だった。道綾は10分残している。試合巧者だった。


 緻里は妥協した。読みきれなかった。


 時間を使ったのに、打ったのはぼんやりした手。


 ヨセでも、好手にえぐられた。


「負けました」


 ワッと周囲が沸いた。


(道綾少尉が勝った。すげえ)

(親方、無敵じゃないんだ)


「いい手があったかな」


 緻里の問いに、道綾は一例を示す。


「なるほど。僕より強い」


「いえ、少佐はお強いです。まさかこんなに強いとは」


「勝った人に言われてもね」


「失礼しました」


 道綾はクスッと笑った。「ちなみに候郷は、私よりずっと強いですよ」


「へえ、そうなんだ」


「故南は、囲碁の国ですから」


 ワイングラスを傾ける。


「もう一局、どうかな?」


「喜んで。今日は指先の踊りに興じることとしましょう」


 トランプを切る音や、花札を打ち付ける音、麻雀の洗牌の音で、不思議な緊張と酔いからくる弛緩に空間が歪んだ。


 緻里と道綾の手元には、コックから日本茶が添えられた。銘々にカフェインが含まれた飲み物が配られ、零時を過ぎても食堂では、ジャラジャラという麻雀の音、碁盤に石を置く精神集中の効果音、風を切るトランプの音が時間を刻んでいた。


 千歳はトランプにも酒にも強いようだった。

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