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制約の言語回路  作者: 府雨
府月の時間割篇
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七十三章《一部》

「制約の言語回路」七十三章《一部》


【一部続き・進路及び職について】


「小さな理由というのは、確率のようなものです。偶然と言えるような些細な意思決定と、その時の感情や環境が、意思不在の意思決定を可能にする。それは観測することができません。ハイゼンベルクが昔に唱えたように」


 綾衣はしばらく考えた。


「それはつまり、観測できるところまで持ってきた意思決定に、小さな理由はもう見えなくなってしまうということですか?」


「まさしくそうです」


 綾衣をたたえる拍手が起きた。


「まあ、先生的には、緻里くんの行動の理由を後付けすることはできる。その時の大陸という選択は《明確な逆張り》だったということ、それと府月の教育に飽きていたということ」


 菜故の発言にも拍手が沸いた。「明確な逆張りをしたが故に、緻里くんは今、一級の経験をして、第一線で活躍している」


「府月の何がつまらなかったんですか?」


 飾絵が聞いた。


「飾絵さんは、逆に、楽しくて仕方ない」


「いえ、そんなことは」


 拍手が起こる。飾絵はこほんと咳払いをした。「多くの府月生が、つまらないことをつまらなくやっているのではと。もちろん菜故先生の数学を除いて」


「おやぁ? ごますりですかぁ?」


 菜故が大仰に声を上げた。


「もっというなら、僕は受験の要点がわからなくなったのかもしれないですね。それは強く感じます。違う深淵を覗いたから」


「それが、大陸だった」


 飾絵の言葉に緻里はうなずいた。


「大学時代は何やってたにゃ?」


「異能の発揮に力点が置かれていた気がしますね」


「異能、府月の生徒さんでも、何人かはいるけれど、それも我々教員としては、特性の一つとして扱っていて、メインでプッシュしたりはしていないよね」


「大学中心の一時期のことだと思うけど、異能は駆り出されたな」


「異能について、もう少しお話しいただきたいです」


 飾絵が言った。


「一つの自己発揮ではあった、と思う。でも、中心が異能偏重であったことと、当時の戦況のことを考えると、特異な現象だった気もしてくる。結局科学技術以上の出力はないし、属人的だから」


 緻里がそう言うと飾絵は頭を下げた。


「どうして軍だったの?」


 菜故が聞いた。


「官僚になるには学力がなかった」


「正直ー」


「軍人的には頭の良い方だった」


「当たり前だよぉ、あの緻里くんなんだよ?」


「異能があったのも大きいけどね」


「どんな異能なんですか?」


 綾衣が聞いた。


「風と雷」


「自然系なんですね」


「そういえばそうだね」


「隣の飾絵は、きっと自分では言わないと思いますけど、言語系の異能があるんです」


「へえ」


「私はあんまりよく知らないですけど、《音読み》と本人は言っています。短いフレーズの例文を少し聞くだけで、特別な訓練をしなくても、言語の運用をすることができるとか」


「ぜひ言情研に」


 拍手が起こった。


「綾衣さんーッ」


「ご、ごめんよ、つい」


「言語の運用は不思議で、音声的な必然があるかどうかは、まだ決定的な見解に達するまでに、何年もかかると目されている。その飾絵さんの音声的な《予測》の精度は、確かに研究の視野にあります。楽しみですね」


 一呼吸おく。菜故が水を飲む。


「戦争についての、お二人の見解を、差し支えない範囲で聞いてみたい」


 緻里は綾衣と飾絵に聞いた。綾衣も飾絵も、驚きはしなかった。「僕が軍に入ったことを、追及したいんじゃない?」


「力を持つ人が、力を使える環境に身を置くのは、普通です」


 綾衣は言った。


「でもそれが、抑止的に働くか、状況を悪化させるかは、わからないじゃないか」


 飾絵が反駁する。


「力のない軍隊なんてある意味がない」


「軍隊にそもそも意味なんてない」


「じゃあそれが歴史の中で連綿と続いているのはどうして?」


「連綿と誤り続けているからだよ」


「外交に軍隊、内政に警察機構が必要なのは、明らかでしょ?」


「戦争が終わるならね」


 飾絵の言葉に綾衣は言葉を詰まらせた。


 いかにも高校生らしい議論の展開だった。


「まあ、難しいと思うんだけど、総論としての戦争と各論としての戦争がある。政治の一分野としての戦争と、殺人という文学的な側面を持つ戦争」


「文学なんですか?」


 綾衣は緻里に割って入った。


「そう、文学を知らないから、この国の戦争はいつも政治的なんだ。そもそも府月のみなさんは、文学という言葉を人類学か哲学くらい生活から遠いものにしているんじゃない? あるいは文学は言語学の派生形くらいにしか認識していないとか」


「そのきらいはあります」


 飾絵は言った。


「総論としての戦争は、誰もが反対する愚かな行いだ。それと各論としての戦争、殺人の文学性との落差は大きいし、批評的には連続性を認めることすら難しい」


「緻里先生は、どうして戦うんですか?」


 綾衣が聞いた。


「仲間が愛しいからだと、思いたいから。でも僕はそれを嘘だと言えないだけ」


「そういうのが、文学なんですか?」


 綾衣は噛みついた。


「底が浅い?」


「いえ、そんなことは」


「仮に、僕が戦争で死んで、ここにいる同期の菜故さんは、どう思うかな。殺した敵を恨むのか、それとも戦争を継続する味方の大将を恨むのか」


「そんなの、敵に決まってますよ」


 綾衣の声に会場はしんとした。


「だとすると、対称性を考えて、敵もまたその敵、僕たちを恨んでいるよね」


「いつ戦争が終わるのか」


 飾絵は変奏を口にした。拍手。


「でも僕は、こう言った手前あれだけど。現実的には軍は強くなくちゃ、国民は守れないと思いはする。でも僕らと大陸の文化が、もう少しだけ混じり合っていたなら、こんなふうに戦争は起こらなかった。対岸の国の流行歌が口ずさめない。それはもう、世界の終わりだよ。そう思わない?」


 それに反応するように、一組一番の綾衣は質問した。


「先生の中に矛盾はないんですか?」


「素晴らしいですね、それが今でもわからない僕の問題なんです」


***


「緻里先生、なんかいかにも府月って感じだね」


 生徒の一人が言った。


「菜故ちゃんの同期って聞くと確かになぁって感じするよね」


 もう一人も同意する。


「ああいう、《矛盾》とか《文学》とか特別な術語使うの、なんか一周回って懐かしいよね。世代なのかな」


「わかる」


「綾衣、いつも通りすごいアグレッシブだったね」


「飾絵との相性良すぎでしょ。あのカップルしか適任はいないね。緻里先生いいよね、あの綾衣だって無双できない。いい金槌。トントントン、とんとたん」


 女子二人が帰り道で話している横を、不服そうな顔で綾衣は走り通った。


「やばッ」


 と声を潜め、口に蓋をする。そんな言葉など聞いていないとばかりに、あっという間に綾衣は走り去った。


***


「飾絵、ホントやるなぁ」


 友人の灰銀はいぎんが飾絵の肩を叩く。


「何がだよ、いつも通り綾衣にぼごぼごにされて、いいとこなしだよ全く」


 肩を落とす飾絵を灰銀は慰める。


「そんなことなかったぜ。そりゃテストは負けるけど、人間性では圧勝だよ」


「テストで負けたら意味ないだろ、相手は一組一番(一位)の我らが綾衣なんだから」


「俺の拍手届いてなかったか? みんなお前のこと応援していたぜ」


「府月の公平無私な拍手には、何度も助けられているからな」


「頑張れ生徒会長」


「一応その肩書きで、ディスカッションに参加させてもらってるけど、正直荷が重いよ」

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