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制約の言語回路  作者: 府雨
慶宮市重山大学篇
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二百二十七章《卒業》

「制約の言語回路」二百二十七章《卒業》


 姫離が禁忌文書の格納された図書館の貴重資料室に足を踏み入れたのは、卒業する少し前のことだった。


 あらかじめ紫爵に確認していた書架にある禁忌文書に、卒業論文を書くための資料探しをでっち上げ、アクセスした。


 緻里に関わる禁忌文書は、多くの島国の捕虜の調書のうちで七十枚程度あった。


 その一つ一つを写真に撮り、卒業までの間丹念に読み込んだ。


 なんで緻里は大陸語を習熟するほどまで学んだのか。その答えとなる思純の存在は、調書からは浮かび上がらなかった。


 でも姫離はなんとなくわかった。「言葉を学ぶというのは恋をすることだ」と、教師の歳籍はどこかで言っていた。


 自分が好きな人を間違っても裏切らないように、丁寧に丁寧に供述していた。


 緻里の供述は詳細で、昔の人にありがちな脅威的な記憶力に裏打ちされていた。


 なんとなくわかるのは、記述者も緻里に興味と好意を抱いていることだった。質問は脱線し、関係のない部分に及ぶこともしばしばだった。でもその調書を概観した時に、その供述が一貫していて、連なりがあることを認めないわけにはいかなかった。たとえそれが緻里の意図せざることだとしても、全てのことが連関していた。


 姫離に大陸語を教えた歳籍の存在とて、遡れば緻里に行きつく。流命がいて、寧婷がいて、月雪がいて、綾衣がいて、綺麗がいる。その一番先に緻里の存在がある。


 もし戦争がなかったら、文書としてそういうものを残す機会はなかっただろう。また、残されたとしても読み返すのは、ほんの数人に限られるに違いない。


 緻里は自身の異能について、また大陸術式についても言及していた。思考だけで現実を改変する能力は、その時代珍しくもなんともなかった。だからこそさらりと、その調書に書いてあるのだ。まるでSFみたいな綴り方で、「フィクショナルだけれど当然」と言わんばかりに。


 姫離には「術式」が一体どのようなものなのか想像を巡らさずにはいられなかった。二世代前の「当たり前」は、今の時代に普通とはまず言い難い。


 ただ。ただ姫離が思いついたのは、自身の確率を僅かに自分に有利な方に寄せる「祝福」とそれが、微妙にかぶるくらいのことだ。


 戦時の超能力研究としか言いようのない、眉唾物の「能力」は、果たして本当にあったのだろうか。それはフィクションで潤色した現実で、奇術の驚きか、薬物の幻覚、あるいはただの偶然ではないのか。


 台風を作り出すなんて、あり得ない。笑ってしまう。


 でもそれを、緻里は淡々と供述した。


 第二が「授業」で教えていた「術式」の記述に、コメントが加えられていた。「緻里の構築した分析術式は、とても精妙で、あまりに数理的だった」と。


 それは計算機のない時代に手で波動関数の波形をグラフにするようなものだとみても、実際に緻里の異能が発動して現実化したとすると、計算機の機能をはるかに超えた、異星人の超能力の発現にしか思えない。


 ただ「雨を降らす」というのは『古今和歌集』の仮名序の記述にある、言葉(大和歌)の力のような気もしてくる。


 緻里は「言葉を覚えた」のだ。


 姫離はそう結論した。


***


 卒業した後どうするかなと、姫離はしばらく考えていた。飛海は大学院に行くみたいだったから、一時はそれを追いかけてもいいと思った。


 飛海と一年かけて進路について話し、様々な選択肢を考えている時に、予想もしていなかったオファーがあった。


 大陸のゲーム会社に入った、先輩コスプレイヤーの藍嵐から、ゲームの島国への展開に力を貸してくれないかということだった。


 藍嵐の頼みなら悪くない誘いに違いない。


 姫離は時たまやりとりする藍嵐の引く手に縁を感じた。


 姫離は飛海とお別れをした。就職先は海城市で、飛海は重山大に残る。


「一度島国に帰ったら?」


 心配そうに手を振る飛海に、姫離は誤魔化すこともなく「必要ないよ」と笑った。


 重山大の食堂で、火鍋をつつく。


 キャンパスは卒業に色めいていた。


 姫離から飛海へ、時計の贈り物。「いつそんなの用意していたのよ」と飛海はそれを受け取って、それから飛海も姫離にメガネを渡した。「伊達だけれど」と注釈して。典型的な大陸物とも違うけれど、もちろん島国物ではない。


 姫離は受け取ると、ケースから取り出してメガネをかけた。


 端末で自分の顔を映し、それから満足そうに笑んだ。


 図書館ばかり使っていたから、本がなくて、引っ越しは簡単だった。


 飛海は姫離を空港まで送った。


「姫、仕事頑張ってね」


「フェイ、風邪引かないで」


 それじゃあ。


 簡単だな。飛海は思った。姫離は昔からそうだけれど、過剰に反応したり演技したりしない。背中を眺めて、ターミナルに消える前、最後に、姫離は振り返って一度大きく手を振った。


 その表情は、涙ではなく大きな笑みで溢れていた。飛海は涙をこらえて笑顔で送った。空港を出ると、飛海はため息をついて、それから電車に乗った。


 最後の笑顔はとても無邪気で、姫離が年齢よりずっと若い本性を持っていることがわかる。笑わない中学生の可愛い笑顔だ。


 飛海は、自分の端末の返信できてない山ほどの卒業おめでとうメッセージに、一つ一つ返信していくことにした。細い腕時計はいくらくらいのものだろうとふと思って、レンズにかざして検索すると「姫離さぁん」と言いたくなるくらいの高価なものであることがわかった。

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