二百二十四章《親分》
「制約の言語回路」二百二十四章《親分》
飛海から幼さが徐々に薄れていく。
姫離はそれを実感した。
もちろんいつも「ひめ、ひめ」と話しかけてくるし、会話の内容もそんなに変わらない。
でもその横顔は確実に大人びていった。
姫離の方は逆に柔和になっていき、人当たりが良くなった。二人はその性質を互いに交換したかのように、自らの中にない要素を補完した。
彼女らは大学三年生になっていた。
大学の授業が、演習含みになったことは、二人の間での協力関係を深めた。一緒に勉強して、怠惰に流れないようにした。
飛海の元には多くの友達が集まって、飛海にいろいろな相談をした。
遠方から寮に住んでいる子が、金銭的に詰まっていたら、家に呼んでご飯を食べさせた。母の手から生み出された美味しい料理を、彼女も手際よく作った。
後輩の試験の面倒も見た。後輩たちは安心して重山大で過ごすことができた。かなり正確な地図と、豊富な人脈が飛海にはあったから、道に迷うことも困窮することもなかった。そしてその恩沢を、泉のように溢れさせ、周囲を潤した。
姫離と話す時は、まるで高校生のノリなのに、他の人と話す時はまるで「親分」みたいだった。
飛海が姫離を「姫」と呼ぶ時は、ちょうど恋人を呼び捨てするようで、男役としても立派だった。
飛海には「姫離を紹介してくれ」という依頼が引も切らなかったが、そんなことを許すほど飛海の仁義はやわじゃなかった。
姫離は飛海をとても信頼していた。
姫離は本当に綺麗な女の子に長じて、ツンとして隙がないところも男心をくすぐった。
話せば言葉遣いも丁寧で、とっつきにくいわけじゃないのに、彼女と恋愛することとなると誰も具体的なイメージを持つことができなかった。
そんな姫離に誘われて飛海にコンタクトを取ると大概、飛海の魅力にやられる。
笑顔や快活さ、優しさやその仁義の深さに感銘を受ける。
極めて巧妙な二人の複層性が、二人を大学で際立たせていた。
***
「男の子ってさ、不思議よね」
飛海はノートにメモを取りながら、机を並べている姫離に話しかけた。
「どこが?」
「無邪気なのに、夜とかに横顔を見ると、すごく怖い時があってなんか不安になるんだよね。同じ人に話しかけている感じがしなくて」
「ああ、あれはね、そういう気分なだけで中身は変わらないよ」
「姫、知ってるの?」
姫離も手元で教科書を読みながら、大したことはないというふうに返事をした。
「雰囲気ってやつだけど、中身は一緒だから心配しないで」
「なんでそうと言えるのかを教えて」
「一つには、男の子が人格の複合体だということを忘れてはいけないということ。もう一つはその人格は常に二層か三層に分裂しているということ。そして最後に、男の子はその分裂を自覚している。女に、自分は複雑で強いのだということを敢えて主張している。あれは意識的にやっているから、純粋にマウントをとっているとか演技をしているのと変わらない。そういう意識が必ず向こう側にあるから、結局こけおどし」
「姫さぁ、そういうのはどこで知ったの?」
「お母さんが教えてくれたよ?」
「そんな話することあるの?」
「ないよ。でもお母さんの振る舞いは、お父さんの演技を常に看破しているように見えた。本当は幼くて弱い自我を懸命に奮い立たせて仕事をしているお父さんの自尊心を世話したり蹂躙したりしながら夫婦生活を送っていた」
飛海はしばらく言葉を失った。
大陸は戦略の国であり、大局を見誤ることはない反面、人情の機微はどこか単純化して捉えられている。
姫離の提示した男女の関係の理路は、大陸ではあまり顧みられることのない側面だった。
「変なの。ただ優しいとかじゃダメなんだ」
「メンツってのはある」
そのメンツの意味も、大陸と島国では違う。
大陸では義理とか仁義と呼ばれる人間関係の負債感から来るものだけれど、島国ではメンツは自我や組織の尊厳にのみ重点が置かれる。
「女の子は? メンツってのはないの?」
「好きな男が私にとってどうでもいい女と寝た時には、メンツを潰されたと感じて、怒りの化身になる傾向がある」
「女はどこの国でも一緒ってこと?」
「男は、自分が好きなの。女は自分のものが好きなの。それだけなの」
「ふーん」
「男ができた?」
「ふえ、すご」
「どうなの?」
「最近できたの」
「名前は?」
「散雪。言っとくけど姫離には紹介しないからね! 絶対盗られたくないもん」
姫離は笑みをかみ殺しながら笑った。
「フェイ親分の恋人を寝盗ったら、慶宮市では生きていかれない」
「肝に銘じておいてください」
「よかったね。フェイ。最近美人になったなって思っていたから。美人になったから恋人ができたのか、恋人ができたから美人になったのかの、どっちが先だったのかはわからないけど」




