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制約の言語回路  作者: 府雨
慶宮市重山大学篇
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二百十八章《慶宮中心大厦三十四階》

「制約の言語回路」二百十八章《慶宮中心大厦三十四階》


 忙しい父が休みを取って慶宮市に寄るという。姫離はいわれもなく焦った。


 姉からの連絡で、姫離は頼むから姉も来てくれと懇願した。


 姉の妃君は、そのつもりだとチャットをくれた。


「お母さんは?」


「来ないって」


 安心したのか残念だったのかは自分でもわからなかった。


 とりもあえず姫離はホテルを取り、夕食のレストランを予約した。


「どんなお父さんなの?」


 レストランの選定を手伝ってくれた飛海が、なんとなしに姫離に聞いた。


「うーん。なんだろ。厳しい人なんだけど、娘だからかなあんまり厳しくされない。もし私が男だったら、もう少し真面目にやれと言われたかもしれない」


「姫離はいつも真面目じゃん」


「そうなんだけどね」


 父と姉が来る日の朝、かなり早く起きて化粧をした。


 眉を整えて朱をまなじりに塗し、切れ長に整えた。


 髪を上げて結い買っていたチャイナドレスに身を包んだ。小さいブランドバッグに財布と端末を入れて、「じゃあ行ってくるから」と飛海に言った。どこにそんな高級な服とカバンを持っていたのかと、飛海は軽く嫌味を言った。


「たしなみぽよ」


「鍵閉めとくよ。いってらっしゃい。気をつけてね」


***


 タクシーで空港に出向く。旅客機の到着の三十分前に着くと、入国ゲートの外で本を読みながら父と姉を待った。


 重たいキャリーケースはおそらく姉のだろう。父が持っている。


 姉は軽いショールを羽織った和っぽいワンピースで、父は絹のシャツ。レストランが汁の飛び散る火鍋ものではないことを頭の中で確認して、ホッとした。


 父はヨーロッパで昔買った旅行用のボストンバッグを肩にかけていた。


 姉が近づくと笑顔を見せた。


 何につけて姫離に優しい姉は、姫離の手を取ると何回かゆすって、それから姫離を抱きしめた。


「ようこそ。妃君お姉ちゃん」


 久々に聞いた姫離の声に、姉の妃君は喜んだ。


 メイクをしたのは、教えてくれた妃君にそれを見せて、喜んでもらうためだった。妃君はもちろん姫離が姉の化粧術を受け継いでくれていることに気づき、姫離の前髪を指でスッと流すと、おしろいを透かす目で、姫離の今を目にした。


 姉はどちらかというとお姉さん風に髪を巻き、茶を髪に絡めてお淑やかだった。


 姉と同じくらいの背の父は、姉妹の挨拶が終わると一言だけ「もう行くか?」と聞いた。


 姫離は恭しく頭を下げた。


 予約していたハイヤーに乗る。


 昔やっていた家族旅行と同じように。ただその車を予約するのが姫離の役目に変わっただけだ。「大学はどう?」とか「友達はできた?」とか、姉は当たり障りのないことを聞くけれど、語彙がないのではなくて妹のことをよくわかっていないからだ。優しいが故に父に軽んじられているのがわかる。


「お父さんは慶宮市に来たことがあるのよね」


 妃君の言葉に、姫離は驚いた。「飛行機の中で言ってた」


「昔の話だ。行ったことがあることだけ覚えていて、あとは何も覚えていない」


 ハイヤーの運転手は、沈黙を保っていた。


「暑くない?」


 姫離が聞いた。


「大丈夫よ」


 妃君が答えた。


 やがて中心部の高層ビル群が近づいてきて、恐ろしいほど高いマンションや商業施設に、妃君はしばらく言葉を失っていた。


「本当に高いのね……」


 車が多く行き交い、渋滞に留められる。


「何万人住んでいるんだっけ?」


「三千万人です」


 父の質問に姫離は答えた。


 やがて車は予約していたホテルにつき、姫離は二人が降りた後、座っていた助手席を後にする前に、ハイヤーの運転手に百元札を渡した。


 運転手は何も言わずに受け取り、それから小さな声で「気をつけて」と言った。


「ありがとう」


 姫離は降りると、チェックインを手伝った。


 本当は手伝う必要なんてない。父は姫離より英語が堪能だし、妃君も英語は話せる。


 ただ、娘として成長した姿を見せるいい機会だと、姫離は率先してもてなした。


 ホテルの最上階のスイートルーム。


「夕食はどこに行くの?」


 妃君は聞いた。


「慶宮中心大厦三十四階。慶宮湖国」


「そこ、昔行ったな」


 姫離はずきりと胸を痛めた。


「姫離。お父さんのは懐かしいという意味よ」


 わずかに曇った姫離の表情を、妃君は見逃さない。


「でも、ビルに移ったんだな。湖国か」


 その言葉で、姫離はホッとした。手元の端末で調べたら、本店が川そばに三階建ての屋敷づくりであるらしかった。


「ここ?」


 姫離は写真を父に見せた。


「ああ。昔は虫はいるわ暑いわ辛いわで、あまり楽しめなかった」


「でも覚えている」


「美味しかったこともよく覚えているんだよ」


 道は一度予習していたから、スムーズに案内することができた。


 妃君が姫離の手を取った。中心街を眺め歩く。


「お母さんはなんで来なかったの?」


「さあ。でも残念ね」


「いや。別に」


「昔よく家族旅行したね」


「お姉ちゃんはいつも手を引いてくれるから頼もしかった」


「今は逆だね」


 姫離はふふふんと笑った。「ねえお父さん。姫離は綺麗と思わない?」


「そうだな」


「お父さんはお母さんが好きだから、娘のおめかしを特段気にしない」


 姫離の言葉に妃君は笑った。「ここ」


 人だかりの高級商業施設。レストランフロアにエレベータで行く。


 レストランの入口に立つとベルを鳴らした。


 店員が来て「你好」と言った。


「予約した姫離です」


「ようこそ」


 レストランは二層になっているテナントで、姫離たちが案内されたのは窓に面した個室だった。


 夜景は、どの世界都市と比べても遜色なく、川そばの爛々と輝く館は、まるで川に浮かぶ船のようだった。

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