表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
制約の言語回路  作者: 府雨
慶宮市重山大学篇
215/228

二百十五章《使命がある時代》

「制約の言語回路」二百十五章《使命がある時代》


 コンクリートの階段を上がるのが普通の歩く町。慶宮市。ビルに入り込む、どう一体化しているのかわからないモノレールまではエレベータで上がって、数駅行ったところに飛海の実家はあった。


 こんこんこんと扉をノックした後、鍵を開けて部屋に入る。


 少し独特な匂いがする。


「お母さんまだ帰って来てないみたい」


 古いコンクリート。鉄の扉。軋む蝶番。料理の後の香辛料の香りと、掃除の行き届いていない床。


 マンションですらない、なんと言っていいのかわからない住居。扇風機が回っている。


「ごめんごめん。お菓子とお茶持ってくるね」


 飛海は、パタパタと台所へ向かった。


「ソファに座っててー」


 姫離はゆっくりと部屋の中を見渡す。かなり広い。


 普通に百平米くらいはあるだろう。廊下みたいなものが見当たらない。


「お父さんは出稼ぎに海城市に行ってるの。でも春節には帰ってくるよ」


「広いね」


 まるで古いテレビの映像を見ているような、効果のかかった光景で、思わず姫離は喉を鳴らした。


 扉のない部屋の一つ一つを覗いて、姫離は飛海の部屋を見つけた。


 参考書や教科書が縛って積んであった。


 まるで薪のようだ。


 胸に込み上げるものがあった。そのために焦げつくほど悩まされた飛海の時間に、深く哀悼を捧げた。


「みんながみんな、頭がいいわけじゃないよ」


 お茶のコップは古いキャラもので、それを姫離に渡した。香りのキツくない、シンプルな茶だった。


 お菓子はガムのように粘る甘い羊羹で、お茶とよく合った。


「うちはみんな農民出身だから、大学に行ける時代なのにはほんと感謝するけど、あんまり勉強ってか教養みたいなのがなくて」


「そんなものはなんの役にも立たない」


「思わない? ここにいたら髪を切ることも忘れちゃうって。お母さんが見たらびっくりするよ。どこで髪切ってきたの? ふふ」


「美人だと思うよ」


「え、そう?」


「うん。でも、悪い男に引っかからないように。褒めてくる男は大概疑うべきだよ」


「じゃあ、姫離は疑ってばかりじゃない?」


「本物の美しさには、言葉ではなく態度で示す。言語化されるものはまるめられて矮小化されたものだから」


「じゃあ姫離はどうやって男を見分けるの?」


「印象」


「なんかお母さんみたい」


「お母さんも美人なんだ」


「そうなのかな?」


 かちゃりと扉が開いて、母親が帰ってきた。


「友達?」


 姫離は深々と頭を下げて自己紹介をした。


「島国からの留学生。ルームメイト」


 飛海も姫離を紹介した。


「あー、よろしく。飛海、髪切ったのね」


「うん」


「おばあちゃんから、お祝いが来ているから、テーブルの上に置いてあるわよ」


「え、やったぁ」


 飛海はパタパタと自室に行って、机の上の封筒を開けた。電話をかけている。


「どうも。お邪魔しています」


 姫離はイケボで再度挨拶した。


「あの子、バカだからお手柔らかにね」


「とんでもない」


「島国は行ったこともないし、知っている人もいない。知っている言葉も知らない。姫離ちゃんもそうじゃないの?」


「先生はハーフでした。先生のお父様は浙京を出た島国の人で、結婚して海城市にいます。そう遠いところとは私は思いませんでした」


「いるところにはいる。网海や城街みたいな場所に行くだけの元気があればね」


「慶宮市も、とても活力があります」


「電気代の無駄遣いをしているだけ。私たちはまだ貧しいし、大学を出ても職はない。だからいつも戦争をする。戦争についてはどう思ってるの?」


「政府の考えることは、私たちにはわからないです。でも島国の天妓の話は知っていますか?」


「古い時代の人よね」


「古い、ですか?」


「使命がある時代の人ってこと」


「そういうこと……ですか」


 飛海の可愛い声が部屋に響く。あれほど明るい子が育った場所なのに、部屋にかかる効果はどこか沈鬱としていて、停滞していた。


「戦争は経済活動だから」


 そのせりふは、たとえば「結局あなたは左翼なんでしょ?」というマルクス主義批判の断言口調にとても酷似していた。単純化しないと頭に入ってこない。どんどん子どもが理解できなくなる。でも愛している。母親として向き合うために使う精神力が枯渇している。


 わからなかったことが一つ解けた。母親は珍しいタバコを吸っていた。島国にはない新鮮なタバコだから、タールより葉の香りが強い。部屋に漂う燻った香りはタバコが原因だった。


 母親は立って冷蔵庫を開けると、振り返って聞いた。


「ご飯食べて行くでしょ?」


 姫離は少し楽しみだった。大陸の家庭料理なんて食べたことがない。


 かんかんかんと鉄鍋を鉄製のおたまが叩く。


 ラー油のスープに入った水餃子。麻婆豆腐。炸醤麺。


 戻ってきた飛海に、小さい声で聞いた。


「ウーバーで飲み物を頼むよ。それくらいさせてくれていいでしょ」


 それを聞いた飛海は母親のところに寄って、そう聞いてくれた。


 瓶ビールを三本と小さな紹興酒。


 姫離と飛海はミルクティーだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ