二百五章《一月》
「制約の言語回路」二百五章《一月》
大陸に雨が降る。
海城市で新年を迎えた歳籍は、久々に母を見て恭しく頭を下げた。
兄弟は兄を慕って寄ってくる。
島国土産の本とゲームを渡す。
兄弟は喜びに満ち溢れる。
彼らは高考を控えているけれど、夢中になって本を読み始めた。
兄と違って学歴を気にしない兄弟は、ほどほどのところに進学するだろう。
歳籍には寧婷の期待が一手にかかる。
父の流命に挨拶すると、父から幾らか援助を渡された。いつも十二分に仕送りをもらっているのに、そんなことでいいのかと聞く。
「お前は誰よりも頑張っているからな」
「弟妹に悪いです」
「二人が成人したら、同じことをするさ。高校生に金は渡さないよ」
「ありがとうございます」
歳籍は流命とだけ島国の言語で話す。他の家族には大陸語を使う。
「『韓非子』を呼んでいるんだって?」
「誰から聞きました?」
「島国のお爺さんから。喜んでいた。孫が大陸語のネイティブになるなんて、って。大陸語、お爺さんはまだ覚えていらしたか?」
「言うまでもなく。懐かしそうに漢詩を口ずさんでいました」
「寧婷には挨拶したか?」
「ええ、でもあまり変わりませんね」
「少しこけて嫌味っぽい顔になっていなかったか?」
「それは昔からです。月雪さんから年賀状が届いたと自慢していました」
「月雪ね。僕には手紙一つよこさないくせに」
「それはお母さんへの気遣いですよ。月雪さんと仲良かったんですよね?」
「振り回されていただけだ」
「夜は?」
「すき焼き」
「お父さんが作るので?」
「ああ、お嬢様だけに任せられない」
「お父さんは、本当に島国の人ですね」
「どういう意味だ?」
「蔑視と愛情を混合させて、新しい味にする」
「お前もだいぶ、文学がわかってきたみたいだな」
「恐縮です」
歳籍は、恭しく礼をして下がった。
***
雨の中、歳籍は海城市の寧婷一家の邸宅で、新年は本を読んでいた。
親戚が遠巻きに歳籍を珍しそうに眺める。
母方の祖父が寄ってきてタバコをくれた。
絹のシャツを着て、実に大陸人らしい。銀行の頭取の席は、もう寧婷に譲ったとはいえ、まだまだ力のある目をしていた。
「タバコの吸い方も堂に入っているな」
「囲碁のお誘いですか?」
「寧婷が嫌がるな。碁盤にタバコの匂いがつくと」
「では、アプリをダウンロードしてください」
「実際に打たんでどうする」
「冗談です」
離れにある机の上に碁盤を置く。椅子に座り先後を決め、歳籍は星に黒石を打った。
「院を出たら?」
「ああ、そうですね。どこかで仕事をします。就職活動をしてはいるんです。まあ、不況ですからそんなに簡単には」
「戻ってきてもいいんだぞ。お前は私の孫だ。お前を私は買っている」
「それは嬉しいお言葉ですが、大陸も島国も、どちらも私にとっては相対的なものでしかありません」
「少し、才能がありすぎるな。この打ち回し、かなり勉強している」
「恐縮です。まあ、学生は暇ですので」
かちゃりと離れのドアが開いて、寧婷が肩を壁に当てて軽く一瞥した。
「こんなところにいたのね」
「邪魔をするな」
親娘は目線も交わさずに会話した。
「島国の囲碁は真面目すぎると言っていたけど、この子のはどう?」
「島国にやりたくなかったな」
「孫も私も? 懐かしいわね」
「まあ、流命くんを捕まえたんだ、よしとするよ」
「孫と囲碁ができるなんて嬉しいんじゃない?」
「そちらでは電子ゲームか? 来年はもう高考だというのに、嘆かわしいと思わんか?」
「じきに飽きるわ。それまでやらせているだけ」
「娘の方は?」
「梓? さあ、彼氏とどこかに行っているんじゃない?」
「勉強しているよ」
カチリと石が当たった。歳籍が言った。「たぶん自室で勉強している。この前の模試で絶望して心を入れ替えたと言っていた」
「絶望が間に合ってよかったわ」
「黒羽と、一緒にされたくないって」
「あの二人は本当に」
「だが、バカな子ほど可愛い」
寧婷はくすりと笑って、離れを出た。
黒の模様と、白の地。中央がまとまれば黒の歳籍の価値だが、そこは百戦錬磨の祖父の経験で、白は黒の地を消した。
「戦いが好きなんだな」
対局が終わって祖父はつぶやいた。
「どうでしょう」
「弟妹にも教えてやりたいのだがな」
「まずは名前を覚えてあげては?」
「流石に覚えている。だが敢えて呼ぶまでもないということだ」
***
すき焼きを焼く。
流命は奉行として、肉を采配し、妻を太らせるために寧婷には多めによそう。
「肉、柔らかい」
「私ももっと欲しい」
「お父さん食べたら?」
いろんな声が行き交う。
なんのことはない。一月の景色。




