二百四章《詩》
「制約の言語回路」二百四章《詩》
天妓は、冷玲の生まれだ。
道綾と同郷である。
陸軍士官学校の首席で、大学院に相当する海都の軍技研に所属していた。
いわゆる天才であり、異能も持っていた。
未来視、直感の異能で、時代の要請と言えるのかもしれない。
海都の演習で道綾についた。
道綾から大陸語を教わり、それから首都守備隊に回った。
***
「何をやってんの?」
道綾が食堂にいた天妓に聞いた。
「詩を書いてるんですよ」
「詩?」
「ええ。思ったことをうたにするのは、昔から好きで」
「現代詩?」
「というより歌詞です。小さい頃の夢は、シンガーソングライターで」
「歌好きなの?」
「言葉とか音は、昔から興味の対象でした」
「何で軍に来たの?」
「さあ? まあ、その。誰かを守りたかったんですかね。わからないです」
「家族を?」
「先生は?」
「知っている者の責務から」
「ああ、一番複雑で、一番優しい人ですね。訓練はあんなに厳しいのに。まあ、厳しいのも優しさですか」
「天妓も厳しいと思ってるの?」
「まあ、ほどほどには。先生は剣も持たないのに肉弾戦で無双するから」
「あなたからすると旧世代の異能でしょうけどね」
天妓は薄く笑った。
「刀はいいです。鋭利で、強くて、まるで言葉みたいです」
「その刀、無銘だけどどこで買ったの?」
「親が刀鍛冶なんですよ」
「へえ。そうなんだ……え?」
「取り憑かれているのかも、しれませんね。刃に映る自分の顔を見て、悦にいることがあります。魔力ですよ」
「嘘ね」
「はー、わかりますか?」
「頭のいい人は、狂人ぶるのが上手いから」
「何かを本気でやるためには、『ぶる』必要があります。内面化すると酔えますけど、危険ですから」
「強い意志ね」
「そんな大層なものじゃないです、道綾先生。全てはどうでもいいことなんですよ。熱狂に正義はありません。冷ややかに、冷酷に。フレンチトーストにはやはりアイスですよ」
「意志というより、精神力か。天妓には危うさがないね」
「それは可愛げがないってことですか?」
「そうとも言う」
「いやだなぁ、先生」
***
山中の父の工場が自然に帰っているのが、少し残念だった。
軽く歯を食いしばり、父と母の墓を訪ねた。手を合わせた。親不孝でごめんと、私は言った。
生きている間に、一度顔を見せたかったけど、会いに来てくれなかったけど、愛してくれていることは知っていたんだ。
お父さんがそばにいてくれたから、私は震えなくて済んだ。悪いことをしたなぁ。
本当は、歌を歌っていたかったのに。私の未来は。
想像の中でしか、墓参りができないなんて。
もうあの人は、私を忘れてくれただろうか。
私はいつまであの人のことを覚えているのだろうか。
私は普通の女の子だった。
夢はシンガーソングライターで。
***
詩が書かれた天妓のノートが膨大な量、道綾の元に届いた。
一葉一葉を読んだ。
手書きで、綺麗な字だった。女の子の丸文字で読みやすく、「まだ高校生かよ」と言ってやりたいくらいだった。
そこには、政治も経済も哲学も科学もなく、ただただ好きな人に会いたい、家族に会いたいという言葉だけが、素朴なうたを作っていた。
道綾はそれを読みながら、ちびちびと故南茶を飲んだ。たまにノートの紙がごわごわしていて、道綾は「あの子も泣くんだな」と少し意外に思った。
***
「殺さないために殺したのは、矛盾ではないのか?」
裁判官は天妓に聞いた。
「論理的な首尾一貫性が、戦争という犯罪を止めることより重要とは思えませんでした」
「戦争は正当な自衛権の行使ではないか?」
「とすれば私の死と国の危機を招いたトップを殺すことも、広義の正当防衛になるのでは?」
「それで戦争が止まらなかったら? 大臣たちにも当然ながら家族や友人がいた」
「戦争という大量殺戮を、容認することができなかっただけです」
「反省の弁はあるか?」
天妓は目を閉じて首を振った。
「国家のために使うべき武力を、国家の転覆のために用いた。これについて弁明することはあるか?」
「認識している事実ですし、争うことは致しません」
「島国は法治国家であり、殺人は犯罪である。被告は言論を通じて不満がある状況に抵抗すべきであり、決して暴力によって現状変更すべきではなかったと思う。これについてはどうか」
「力は誰かを守るためにありますから」
「誰かとは、この場合具体的に誰を示す?」
「自分が大切に思う全ての人です。戦争で犠牲になるのは、私たちだけではありません。私はただ戦争を止めたかった」
「主観的な自己満足ではないか?」
「戦争は止まりました」
「国家の存亡に関わる重大な反逆だったのでは? 多くの島国の市民を危険に晒した。その事実についてはどう思う?」
「戦争はそれ以上の危機ですし、『先に』展開していました」
「正当化するのか」
「結果的には」
裁判官は判決を下した。
反省の弁なし。
更生の余地なし。
死刑、と。




