二百二章《条約》
「制約の言語回路」二百二章《条約》
「お母さん」
二人の娘、新天と満天は母の顔を久々に見て、笑った。
「ただいま」
「倒した?」
「ううん。昔の友達に会ってきただけだよ」
「友達?」
満天は首を傾げた。
「昨日の敵は今日の友達」
そう言うと、夫の陽成が寝ている部屋に入り、中から鍵をかけてベッドに潜り込んだ。
***
大陸は緊張からほどかれた空気が世間を覆った。
働きすぎの綺麗は、条約の締結にあたってまた表舞台に引きずり出されそうだった。また徹夜が続く。
「あー、私、どうしましょう」
ほのかが雅舟に聞いた。
「どうしましょうって、俺に言われてもな」
「あー、そろそろ誕生日なんですよねー」
「それがどうした? っだぁ」
雅舟は綺麗に後ろから頭を叩かれた。
「同僚の女の子の誕生日に、あなたは何も用意していないの?」
「え、え、え?」
「時間休取って、二人で百貨店でも行ってきたら?」
綺麗が口笛を吹きながら席についた。
「雅舟。課長が言ってるんだから」
「え? どゆこと?」
「デートの相手、私じゃ不満?」
「いや、それ以前に、さ」
「あ、時間休の申請と承認やっといたから」
綺麗が手を振る。「いってらっしゃい〜」
***
「ほのか。お前、島国ではたいそうなエリートだったんだよな?」
「? まあほどほどにはね。第一学府出身だしね」
「俺で釣り合うのか? あんまりよくわかってないんだが」
「気になる?」
「ある程度はな。情報部での動きも、気が利いてるし」
「雅舟は気が利かないよね。普通誘ってくれるでしょ」
「悪かったよ。何が欲しい?」
「んー、何だろ。そーだなぁ、イヤリングとか? 姚曉棠がつけてるみたいなやつ」
「のぞ、む、ところだ」
「いいじゃない。どうせ私たち金の使い道ないんだから」
「それはそうか」
二人は久しぶりに午後三時の陽光を浴び、地下鉄で移動すると参加街の「近代百貨店」に行った。
雅舟はほのかの笑顔を「初めて見た」ような気がした。くすんだ肌は、今光にあたって血色を取り戻し、取り戻しただけじゃなくて、輝いていた。
いつのまにか後ろに結んでいた髪が解かれて、肩に垂れていた。
周りの男が雅舟を羨ましそうに見ている。
これが島国の可愛い女の子なのだ。
「誕生日に女の子に物を贈るなんて、やったことない」
「大陸の男の子は、ちゃらくなくていいね」
「そういう評価かよ」
「んー、まあそうか」
「ん? なんだ?」
「お世話になってるしね」
「だからなんだ?」
「雅舟って、時計、お母さんに買ってもらったとか?」
「いやこれは適当に」
「そうだよね。わかったわかった」
ほのかは雅舟の手を取ると、引っ張って近代百貨店で先導した。その手はとても温かくて、細長い指がしなやかに雅舟の手の側面をくっと掴んだ。
宝飾品店で、ほのかはすごく長い時間粘る。
一万元くらいは覚悟しなくてはいけないようだ。
「これとこれ、どっちがいい?」
これは、桁違いに難しい質問で、ほのかの中にはすでに答えがある。だから、感想ではなく回答でもなく「解答」が要求されている。ということが、綺麗からのチャットに書いてあった。
二分の一じゃん。ではないのである。それは大問であり、(一)が解けたら次は(二)で理由を述べなくてはならない。そこまで綺麗の指南は続いていた。
綺麗の指南をちらちら見ながら、なんとか正解に辿り着き、ひぐらし的バッドエンドを回避する。最近のゲームには攻略サイトが必須ということらしい。
イヤリングを買ってもらって、その場でつけ直すほのかの仕草は、可愛くて凄まじい報酬性を雅舟にもたらした。
「飯行く?」
「ん? 次は時計だよ?」
「時計って俺の?」
「うん。似合いそうなの探そうかなって。こう言ってあげなきゃわからない? 『買ってあげる』よ」
***
時計。深緑の顔に、金色の針。金の縁。大きさは男物としてはやや小さめ。機械的な装飾は控えめで、バンドは布製。それも一万元くらい。
「どうして?」
「んー?」
ほのかは耳をなぞる。イヤリングが揺れて回る。
「こういうのを『条約』って言うの」
「それは……」
「雅舟のは、ただのプレゼントかもしれないけど、私のは」
「そこまで言われて引き下がれるか? よくわかったよ、お前のやり方は。気づかなかったで全部やってもらうわけには、いかねえんだよ。悪かった」
「何が悪かったの?」
ほのかはCM女優顔負けの笑顔で、片方の頬を雅舟に向けて、ウインクした。
「後悔させない。付き合ってくれ」
「いいでしょう。でも、気にしないの?」
「ん?」
「私は、なんでもないんだよ」
「存在の薄さについてか?」
「あー、そういう言い方かぁ」
「仲間だろ。それだけで全然いい」
「ふーん。まあ、いいならいいんだけど」
「飯何食べたい?」
「手の込んだフレンチ」
「あ、これやばいやつだ」
「時計、あげたからね?」
「やばいやつだー」




