二百一章《歳籍》
「制約の言語回路」二百一章《歳籍》
動きがあったのは大学だった。
第一学府の学生が政庁の前でデモを行った。
戦闘の即時中止と、文民統制の堅持を謳うものだった。
政治という「霧」を晴らす嚆矢になるかに見えた。
学生の先頭に立ったのは歳籍。流命と寧婷の子で、第一学府に「留学」していた。
父方流命の実家は佳倉にあったから、そこを拠点に学部四年間をそこで過ごす予定だった。海城訛りの大陸語はかなり柔らかく、島国の言葉は父に似て実直だった。今、学部の三年生をやっている。
首都守備隊の蜂起は、身を裂かれるかと思うくらいで、その人たちの思いがずきずきと伝わってくる。
この世界で「誰も殺したくないし、敵を殺す選択で味方を危険に晒すリーダーを殺す」というロジックは、極めて微妙なバランスで現実世界に提示されていた。
この政治世界を、誰がまとめ上げるのかわからないし、大陸の脅威を抑えるのは簡単ではない。
それは、歳籍の混血性が抱えているジレンマと相似関係にあった。
第一都市の学生が、政治運動を起こすのは、かなり珍しいことだった。学生たちは即時の議会の解散を求めた。
軍艦が東京湾に停泊している中で、与党にリーダーシップを取れる政治家はいなかった。事実上の内紛内乱であり、世論の賛同を得ていたはずだった安泰の国内事情は、じゃあ一体なんだったんだ、という感覚。
緊急事態宣言を出す選択はなかった。そんなことしたら対外的なメンツが保てないだけじゃない。実は誰にも支持されていないのに、緊急事態を乗りこなせる見込みは、全く、誰にも立っていなかった。
国難を共に乗り切るはずの軍は、もう手元にない。
学界は軍に呼応して声をあげている。
島国の政治家が最初にやることが、大陸との停戦であることは、火を見るより明らかだった。
戦争を進めた政治家のリストは、すでにはっきりと示されていた。集められた発言が記録されていて、証拠として付されていた。言い逃れは、もうできない。
その動きは、大陸の動揺を誘発した。
両国は、戦争という「倫理への挑戦」に失敗しつつあった。
攻め手にあった大陸ですら、内紛に陥った島国を侵略することはできない。
事実それは、両国の領袖の、支持基盤を固めるための八百長試合だったのだから。
もちろん実際に記録として言い交わしがあったわけではない。でも両国の首脳が思っている戦争の像は、奇跡的なまでの一致を見ていた。
島国の総理大臣は市民を軽んじて衆愚主義に陥り、大陸の主席は、市民を恐れるがゆえに愛国心に働きかけた。
市民人民の公論世論は? ではいったい何だったのか。
喉元にナイフを突きつけられて、それでも侵略を謳うのはナンセンスだ。自分が死んだ後に、国が栄えても意味がない。
でもそういうことなのだ。安全地帯でネットでぽちぽちしている世論が、道綾の艦艇に敵うわけがない。
言葉が実際の命より重いはずがないのだ。
世論は、反転した。
道綾の判断は正しかった。あの瞬間しかなかった。戦争にもう少し深入りしていたら、何もできなかった。
目の前にいた、最高の魔法使い月書に、子どもがいたことを感謝するべきだったかもしれない。
***
歳籍の顔は、メディアにたびたび登場した。
その実直な目つきと、整った容姿、高い背、時折挟まれる漢文の素養。
今だけ、世論は彼を簡単に「スパイ」とか「売国奴」と言うことができなかった。
言葉で彼を塗りつぶすことは簡単にできたし、排斥することもいつもなら赤子の手をひねるより容易だった。いつもなら。
道綾という将官が、大陸語を使う映像は、繰り返しメディアに登場した。それを、宥和的と言うことは、世論にはもうできなかった。
道綾が洋上で数週間に渡って、大陸の魔法使いを押し留めていた事実は、その映像も併せて広く新旧メディアに拡散していた。
世論が持っていたのは大陸への憎しみではなく、不甲斐ない自分を擁護してくれる「父母」の存在であり「抱擁」だった。
「えらいね」
そう言ってもらうための、単なるポーズにすぎない。
***
「バカにするな!」
第一都市の大学生は、声を上げた。
対大陸のヘイトは、心からそう思っている人が声を重ねているわけじゃない。
付和雷同のなんとなくだ。
外国のことに無知だから煽動された、政治家とメディアの世論操作の「賜物」だ。
「私たちをバカにするな!」
「私の家族を殺すな」
「私の恋人を殺すな」
「私の友達を殺すな」
「私の隣人を殺すな」
「私の言葉を殺すな」
「私の心を殺すな」
「私自身を殺すな」
「人を殺すな」
「人を欺くな」
「人をバカにするな」
***
大陸でも首都の学生が声を上げた。「私の家族を家に返せ」と。




