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制約の言語回路  作者: 府雨
双子篇
200/205

二百章《天妓》

「制約の言語回路」二百章《天妓》


 道綾を止めろという司令は、具体性を欠いていて散漫だった。


 そもそも島国の政府は、何かにつけ想定が浅い。


 大陸のロボットの上陸も、艦隊がクーデターを起こすことも、全く想定されていなかった。


 各個別の艦隊は、実に手際よく大陸の艦隊に釘付けにされていた。


 大陸の艦隊には月書より「絶対に手を出すな」と、内々に短いメッセージが送られて、道綾の艦隊はゆっくりと島国の海岸線をなぞり、島国の第一都市に向かっていた。


 大陸との戦いに備えてフルに装備した艦隊の空間制圧に、誰も異を唱えることができない。


 島国の中枢から送られる電信を、彼女は全て黙殺した。それによってむしろ道綾のメッセージは明らかになる。


 そうなると今度は転覆される船に乗っている政治家たちが焦り出す。道綾は島国の船を沈めようとしている。「たまたまこのタイミングで船に乗っていただけなのに」。政治家たちはそう思っている。身の危険を感じて、それを理不尽だと思うみたいだが、そう思うなら戦争などしなければいい。自分は後方でのうのうと軍人を死地に追いやり、ステーキを食べて「敵艦の沈没」をその卓の肴にする。


 老害である。


 敵対行為の応酬が、対等な国際法上の自衛権の行使であると謳うのは別に構わない。ただそれは「お前が殺し、お前が死ぬ」限りにおいては。


 道綾の艦隊の緊張感は凄まじく、軽口を叩く将兵は一人もいなかった。


***


「こんにちは」


 首都に戻った賀王少将の懐刀、天妓がイージス艦の通信映像設備にハッキングして、強制接続してきた。


「天妓さん」


「道綾先生。ごきげんよう」


「まもなく湾に入るけど」


「知っています。モニターしてますんで」


「何か?」


「軍人が政治家を殺すと、それは軍事クーデターということですが」


「私は野心があってこれを進めているわけじゃない」


「知ってます。でも道綾先生は大陸派ですから、大陸と通じていると思われると思いますけど?」


「いまさら?」


「ふふ、先生らしいです」


「月書将軍の艦艇は?」


「もう威海衛に」


「つまり、仕事はしたということ」


「おや、道綾先生の仕事は、全艦を海の藻屑にすることだったはずです」


「その結果私たちの将兵が海の藻屑になるとしても?」


「それが軍人の仕事です」


「死ぬことが仕事とはよく宣ったわね」


「少なくとも、政治家の方の口から、そういうセリフが止まることはないみたいですけど」


 映像が切り替わり、領袖の会食の様子が映される。



《やはり戦争は定期的にやりませんと》


《そうですな。国民の鬱憤を晴らしてやって、次の選挙でも強く出て》


《リベラルの無策な国防論に付き合ってられませんものな》


《まあ、軍人なんて死ぬためにいるようなもんですから。それに、徴兵で国民の根性を鍛え直すのも、国家の要諦だと最近思っとるんですよ》


《わかりみが深い》


《自衛権の行使なんて建前です。みんな本当は戦争やりたかった》


《そうそう。そうしないと真の平和が訪れませんからね》



「よく、そんなの撮れたね」


「私だって軍人のはしくれですし、いわゆる若手でもあります。勝ち馬に乗りたい」


「映像を見る限り、その人には私たちの領袖も含まれているけど」


「つまり、私たちは単なる政治の道具であり、捨て駒ということです」


「言うまでもない」


「ただ、道綾先生。残念なことに、道綾先生が島国を回っている間に、私たち守備隊が戦果を先取りしてしまいました」


「天妓は本当に」


 別の映像に切り替わる。



《領袖、何か言い残すことはありますか?》


 別の映像。天妓が刀を領袖に向けている。今、まさに動いている映像だ。いわゆる主戦派と呼ばれる政治家の死体が、映像の端に映る。


《世論は戦争を望んでいた》


《でも、私は望んでいません。少数派だから無視するんですか? それに少し間違っています。世論が戦争を望んでいても、あなたが戦争を望まなければ、ふふ。あなたは死ななかった》


《わだっ、ごぶ》


 喉を一突き。領袖は死んだ。


《人が死ぬことについてのレクチャーは、これでおしまいです、総理大臣》



 天妓は、溜めない。躊躇しないし、決断が早い。


 ベージュの軍服は、血がかかっていた。


 北方方面軍との折衝に臨んだのは賀王少将だった。


 島国最強の陸軍を、首都に入れたくなかった。天妓の凶行がこのタイミングだったのは、道綾の艦隊が東京湾に着いたからだ。


 海都の島国最強の海軍が「なぜか」東京湾にいて北方方面軍に睨みを利かせて初めて、クーデターは可能となる。


 天妓のような若者は、戦争にロマンを感じる老害が嫌いだ。殺す準備はできていた。


 震え上がるほど生々しい領袖の死の映像は、世論の好戦ムードを冷え切らせた。


 軍隊の動きはメディアも掴めておらず、クーデターというより、反戦派軍人の「事変」として、脚色されて情報は世に出た。


 天妓は警察によって確保され、守備隊の反戦派も逮捕された。賀王少将も職を解かれた。


 変わって第一都市に入城したのが、道綾だった。

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