百九十四章《新天と満天》
「制約の言語回路」百九十四章《新天と満天》
「お母さんは?」
預けていた家族の家に二ヶ月ぶりに寄り、父母の不在に耐えていた陽成と月書の娘、新天と満天は、父に聞いた。
「もう少し、出張なんだ」
「戦うの?」
「戦わないよ。お父さんは、お母さんを戦わせない」
「でももうすぐ戦争だって」
「大丈夫。お母さんは世界で一番強い。誰にも負けないよ」
「でも」
「ん?」
「お母さんも誰かを殺すの?」
***
綺麗が家に帰ると、作家をしている年下の夫が出迎えた。
「すごい顔だね」
「遼佳もね」
「勾留とかされないか、少し心配だった」
「あの子は寝てる?」
「最近はもう諦めたらしい」
「私が死ぬと思ってるのね」
「最初はずっとぐずってたけど、ふて寝して、機嫌は悪いよね」
「あなたは、飛行機に乗らなかったのね」
「島国が故郷だとしても、息子を置いては逃げないだろう。それに、綺麗と引き裂かれたくはない」
「あなたの大陸語は上等だけど、上等すぎるが故に大陸人には聞こえない。言い訳を考えておいて」
「海城人ということにするか」
「海城人の標準語にしては、正式が過ぎるわね。東北人といったところかしら」
「シャワー浴びなよ」
「その間に何か作ってもらってもいい?」
「オーケー。何が食べたい?」
「おにぎりかしら」
***
意味が乗っていない歌の方が、よく聴けるということがある。
歌詞が母国語のものより、外国の歌の方が、何にも気にせず聴ける。
ほのかはそうだった。
いくつかの重要な文字列の並びを覚える時に、自国の文字列の典型が邪魔をすることがないように、ほのかはよく訓練されていた。
音として記憶する能力が高いため、努力値を言語に振っただけで、本来的には数的処理も、思考の枠組みからすれば苦手ではなかった。
島国のインテリジェンスとして訓練された時見出されたのは、それが理由でもあった。
高IQというのは、感情の妨げを排除して、如何に無機質な記号を生産できるかということに尽きる。
それは、島国の自信満々なお坊っちゃまお嬢様が、小学生の頃から鍛えられる、歴史的な教育制度のおかげだった。
国語も算数も英語も理科も社会も、一元的に意味を記号に変え、問題を処理するために莫大な情報を詰め込み、試験を乗り越える。
それが、島国の教育のあらましだ。冷静というより無感動に人を勘定して、駒や数として扱う。
そしてここが重要なことに、コミュニケーションというのも実は、記号のやり取りだということに、気づくのだ。
自分は記号にならないように振る舞い、他者は記号化する。それを、不誠実だとは思わない。能力のなせる業。選ばれし者の特権。
官僚というのは大概そんなようなものだ。
タタタンとキーボードを叩いて、仕事を終えると、もう深夜だった。
家が近いこともあって、山ほど生まれた戦争に関する情報工作の仕事を、0時を回っても処理し続ける。
課長からはこう言われている。
「不利にも有利にもならないように。でも一方から一方へ物は動かすようにしてね」
ブルシットジョブというやつである。サボタージュ専用窓口として、各係から仕事が降ってくる。
雅舟が奢ってくれるコーヒーとにらまんで画面を睨み通す日々が続く。
課長は毎日二時間睡眠。常にエナジードリンクを飲んでいる。
「がしゅー、めしかってぎでー」
綺麗は音を上げる。
課長席は書類一つない。デジタルというよりプログラマブルなところまである。仕事の鬼だが、意思決定と実務の両方をこなす課長は、そろそろ限界だ。
綺麗が歌を歌い出すと、美しい声が逆に可哀想で、ほのかはチョコレートを供したり、お茶を汲んだりする。
しぐれういの「ういこうせん」を歌い、労働を賛美する。しかない。
その仕事の空間は、まるで戦争を戯画化しているようで、冗談しかなかった。
「そもそもこんな時代に戦争なんて、厨二か? 官僚にくだらない仕事させんなよな」
綺麗ブチギレである。その批判精神が、課を温め、まだ少し人間味を官僚機構に残していた。でも彼女の話す内容も半分以上が、既存のアイデアのパロディか焼き直しで、彼女の自由な思考は、その柔軟性をかなりの部分損なわれていた。
仕事を「ゲーム」だと思わないとやっていられない。他国の言論を操作し、その人の利益を奪うことが仕事。
綺麗からするとこれを「愛国者」にはやらせたくなかった。成果を捻出し、表向きの仕事として飾り上げ、せめてもの想いとして、島国を知っている人間として手を下す。これが彼女の譲れない倫理だった。
下卑た笑いや、センスのない中傷はなんとかして抑制し、戦争を終わりへと誘導する言論操作。
もし、その内部機構が、綺麗にしかわからないブラックボックスでなければ、背任として検挙されるかもしれない。綺麗は公私共に全てを賭して、大陸対島国の情報戦に乗り込んでいった。




