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制約の言語回路  作者: 府雨
双子篇
192/213

百九十二章《可能な限りわかりやすく》

「制約の言語回路」百九十二章《可能な限りわかりやすく》


 陸島間海で非公式の衝突があったと、陽成は妻の月書から聞いた。


 外交部の課長として、通訳も兼ねて、外交部局長に引き連れられて、島国の大使館に懸念を申し入れた。


 両軍が派遣したのは航空機ではなく異能者だった。


 月書が前線に出て、大陸側の状況をコントロールしている。陽成は、あの最強の月書といえど、妻を前線に立たせることに、強い抵抗があった。


 前回の戦争で、お互いの武力の構築能力は桁違いに上がっていて、衝突が起きればまた多くの人が死ぬ。


 島国における大陸人の不安を、また大陸における島国の人間の不安をダイレクトに感じる。


 陽成は、最悪を想定して、開戦前に引き揚げのシナリオを組んだ。とは言うものの、あまりに多い在島の大陸人を全て船や飛行機に収容することはできないことにすぐ気づく。


 それだけ深く、二つの国は絡み合っていた。


 それに気づかないのは、つまり島国が島国人のものであり、大陸が大陸人だけのものであるという予断を許したのは、島国や大陸の政治家の怠慢によるものだった。


 多くの自国中心主義に突き動かされて、情勢は次第に戦争に傾いていった。


***


「ほのか」


「はい」


「帰りたい?」


「いいえ」


 ほのかは、大陸の情報部にとって重要な存在だった。一義的には島国の工作活動の証拠であり、二義的には、極めて有能な言語官僚だった。


 彼女はここではもうほのかではなく郭子であり、戦争が「終わる」時のための大切な人材だった。


「そか」


「帰りたいと言えば、帰れるんですか?」


「うん」


「私はもう大陸人ですよ」


***


 綺麗は情報部の対外折衝部の課長に昇格し、陽成と共に島国に渡った。極めてタフな交渉が待っている。


 しばらく見ないうちに、島国の第一都市はその容貌を変えていた。


 のっぺりした監視社会であることが伝わる。


 二人を迎えたのは、月雪だった。


「こんにちは」


 月雪の存在は知っている。昔、大陸に来た時に、綺麗は彼女を案内した。綾衣の娘、若い政治家だ。


「月雪ちゃん」


「綺麗さん、わざわざ御足労いただきありがとうございます。陽成課長も話は伺っています。私は緻里先生と思純先生に大陸語を学びました。陽成課長は昔、緻里先生に島国の言葉を教わったとか。どうぞよろしくお願いします」


 流麗な大陸語に澱みはない。


 学識のある月雪は、政府の外交委員会の主要メンバーで、大陸への折衝の現場担当者的なところがあった。


 議員としても最若手で、世論による言論規制がある中で、知大陸派としての立ち位置は、なんとかギリギリ彼女を自由にしていた。背が高く、美しく、知的な彼女を、交戦的な世論は嫌いになれなかった。それは世論の保険でもあり、一つの伏線でもあった。


「至る所に、世論が規制線を張っています」


「気づいたら非国民?」


「ええ。戦争の記憶が薄れているんです。我々の領袖にとっても、戦争は一つの記号でしかない。殺すということがどういう意味を持つのか、全く知らないまま《安全保障》を謳います」


 局長級より少しカジュアルな、外交担当者レベルの会合は、非公式に行われた。


 議題の内容は、互いの世論の反発を免れる形でどう事態を収拾するか。


 陸島両国の世論に、はっきり言ってどちらの領袖も、身動きが取れないでいる。


「今は、前線に道綾さんがいます」


「妻からそういう旨の連絡がありました。冗談で《北城市上空での戦闘を思い出した》と。妻は滅多に笑わない。笑う時は、恐れている時だけです」


 陽成は言った。


「道綾さんは、強い人ですから」


***


 陽成は、そこから月雪に従って、外交委員会に所属する議員と非公式に会談した。


 島国の外交部に、衝突の発端となる出来事の認識の詳細をすり合わせたかったが、なかなか難しい。


 全ての責任が大陸側にあると信じて疑わない人もいた。


「島国の人間は、世界で一番責任という言葉がどういう意味か、わかってないよね」


 月雪は、いつもの調子で笑った。「まるで、責任が向こうにあれば、何をしてもいいと信じているんだから」


 事務レベルの折衝は概ねうまくいったが、それは事務担当者が両国の立場をよく理解していたからだ。


 今や両国のリーダーは、かたや世論、かたや党勢に操られている。早く殺せ、早く殺せという、実は悪意も敵意もない、単なる感情に突き動かされて。


 あるいはそれは極めて強固なロジックだった。


 すなわち、それは現実的、リアリズムの帰結だという信念に基づいた、法によって保障された殺人の肯定だった。


 島国の人間は、自分が向けている殺意の万倍の殺意を大陸人が受け取っていることを知らない。


 一方の大陸人は、内部の相互監視によって、敵意を内面化するよう強いられていた。


 おそらく市民的見地を持っているのは、残念なことに極めて少数派で、その人たちの言論は、世論によって封じられていた。


 可能な限りわかりやすく説明するために、戦争をすることを選んだのだ。

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