百八十九章《少数派》
「制約の言語回路」百八十九章《少数派》
界隈の言説は、綺麗やほのかのような「穏健」な論調とは一線を画していた。
島国の領袖への敵意というよりは、国家としての競争対立から「みんな仲良く」というフレーズが「非現実的」であり「不合理」だという一種の現実主義によって塗りたくられていた。
「綺麗さんは、引き裂かれることはないのですか?」
「んー? どうだろうね。でも、単に島国が好きとか、そういう単純なものじゃないから」
「複雑というより少しねじれている?」
「ああ、そうかもしれない。もしかしたらね。逆にほのかは?」
「私は、本質的にはシニシストですから」
「嘘つきさんだね」
「嘘つきですか?」
「愛国者だと思うよ」
「私が? 国を裏切ったスパイですよ? 帰る場所も帰属意識も皆無ですよ」
「ううん。きっとほのかは、陸島両国の関係を憂いている」
「市民としては当たり前です」
「本気で思ってるんだから、筋金入りだよね」
「愛国者がスパイになれますか? すぐにエゴを出してボロを出すに決まっています。私くらいプラクティカルな方が、国家間で仕事をする上では都合がいい」
「次の仕事、お願いしていい?」
***
島国の企業団体の接見。北城市の日本人学校の安全について、大陸側への要望を求めていた。
外交部ではなく、教育部と公安への接見。
教育部と公安は、外交部と違って、島国へのニュートラルな視点に欠けている。そもそも大陸での島国の言語の教育は、一部の限られた人間にしか開かれていない。
大学で島国の言葉を極めた人間は、官界には外交部にしかおらず、あとは民間に散らばる。
だから、その接見で、大陸側としては、ほのかはマイノリティだ。
そういうこぢんまりした会議に、綺麗が出張るのはあまり得策ではない。
情報部から渡された名刺には、「教育部国際教育課専門主事」とあった。名前は栗花。
(大陸人のネーミングセンスは、いつも不思議)
教育部は、昼過ぎに庁舎に島国側の人間を呼び、会議を開いた。
公安と簡単な打ち合わせをする。斬りつけやヘイトによって子供たちの権利が踏み躙られることに懸念があるのだろうと話し合う。
「犯罪者は厳重に処罰する対象とします」
(ああー、大陸の悪いところやん)
会議の流れの中で、ほのかは天を仰ぎたくなった。
向こうが求めている警備の拡充や、ヘイトクライムの取り締まり強化は、おそらく大陸側には出来かねることなんだろう。
なんとか島国側が食い下がる。
「私たちの子どもの安全は、私どもと大陸のみなさまの関係の基礎にあります」
拙い大陸語で島国側が言う。
まるでバルバロイが話しているかのように島国側の発言を取り扱わない大陸側の応接団。
「悲しい事件が起こらないように、ということですね?」
大陸側からその発言を拾って言語化したのは、ほのかだった。
「そう、です」
「栗花、なんと?」
「大陸との関係の基礎に、子どもの安全はあると」
「島国側は、大陸人が通う学校の安全を確保しているのか? そう言え」
ほのかは、面食らったけれど、なんとか言葉にした。
「おっしゃる通りです。子どもの安全は重要です。しかし、それはお互い様です。もし大陸側にその安全確保を求めるなら、島国はもちろんその対応を、すでに取っているのですよね?」
少し高圧的に話すのは、島国へのメッセージというよりこれも、大陸側へのアピールだった。
「私どもは島国の警察ではありませんでして。申し訳ないのですが、お願いに参った次第です。それは、治安維持の観点でも」
「栗花。我が国の治安維持は島国の関与するところではないと言え」
公安の課長が言った。
「島国のみなさまには申し訳ないのですが、治安維持はこちらの専権事項です。ご要望はわかりましたが、こちらにできることは限られています」
ほのかが訳した。
教育部の課長が発言する。それを訳した。
「留学に関する私どもの対応としましては、危険な地に留学に行くことに対して注意喚起をしています。おそらく島国の対応も同じではないでしょうか。自分の身は自分で守る。当然では?」
島国の側の顔が歪む。「危険な状況を誘引したのは、そちらの領袖です。私どもの市井一般の言論を封じることは、私どもにはもちろんできることではありません。留学はじめ、学界の人的交流の再開には、そちら側の態度の変更が求められているのでは? これは駆け引きではありません。島国のみなさまがが求めているのが安全なら、なぜこちらの安全を損なう発言をした領袖を批判しないのですか? そういう意味では、我が国の人民の安全を確保したという行動に対して、私どもは対応します」
「それは……」
「大変恐縮なのですが、島国側の発言には一つの予断があると思います」
「栗花、言ってみろ」
「島国は自国を世界で最も治安の良い国と認識しています。逆に大陸を治安の悪い国と思っている節があります。確かに世論の動きは二国間で違いがあります。島国は大陸に対する蔑視と侮りを撤回するべきでは」
「そう言ってやれ。丁寧な島国の言葉でな」
ほのかは、実に丁寧に島国に自分の発言内容を伝えた。公安の課長は、つぶやいた。
「交戦的な民族だからな」
***
「最後のあれは、実に面白い考察だった。島国の人間のことを、栗花はよくわかっている」
「恐縮です」
「むこうの大陸語は聞けたもんじゃないな。まあ、望むべくもないが」
そう言って課長は公安部の部課長会議に向けて、治安維持のための警官配置の起案を命じた。
ああ、これが大陸だよな。ほのかはその極めてプラクティカルで、面子を重視する大陸のやり方に、笑みを漏らしそうになった。
「何か面白いか?」
「恩を売れそうですね」
「島国の人権感覚とは全く違うだろうな。優しいけど冷酷な島国の人間と我々は真逆だ。冷酷だが人権意識が高い。勘違いしている輩は多いがな」
島国の側の要求に応じたと、大陸は発表した。「在大陸の島国の人間の安全と尊厳を、決して損なわない。同様の対応を、島国に要求する」
それは先手必勝の人権外交で、島国への道義上の優位を築く最高の一手だった。
発表を見て、ほのかは綺麗に言った。
「こんなもんでいいなら、いくらでもできるがな、って感じですかね?」
「ほのか、裏で操りすぎ」




