百八十四章《双子》
「制約の言語回路」百八十四章《双子》
雨が降っていた。
「こんにちは。あなたはほのかさん? それともほとりさん?」
綺麗は、情報官僚として、人を追っていた。
大陸情報部には有名な島国の双子の工作に、綺麗は手を焼いていた。
巧みな大陸語と、滑らかな肌が、大陸の企業を骨抜きにしているらしい。らしいというか、綺麗は聞き取りを済ませて、狩場に出たのだ。
綺麗の後ろに星声がいた。
「人違いではないでしょうか。私は大陸人ですよ?」
嫌疑をかけられた女は答えた。流麗で惚れ惚れする標準語だった。綺麗はでもそこに、星声には気づかない北城方言とは違う、微妙なイントネーションの揺れを感知した。
「お名前は?」
「私は郭子です。人違いでは?」
「郭子さん。身分証を拝見してもいい?」
「もちろんです」
眼を輝かせて綺麗の顔を見る。キラキラとした眼で、同性でもドキドキするほど美しい。
年齢は二十代と三十代の間くらい。化粧は濃いが、それが彼女の品性を損なうことはなかった。
「すみません、郭子さん。私は公安の星声と言います。少しお話を伺いたいのですが、お時間ありますか?」
「これから、友達の家に遊びに行きます。ご飯を食べに。少しの間でしたら、都合をつけられると思うのですが」
「少しで大丈夫です。雨ですみませんので、車両の中でもいいですか? お時間を取らせてしまった場合は、車でお送りします」
郭子は全く動じることなく、軽くうなずいた。
公安の車は海雄「ハイシオン」という大陸の高級車で、金がかかっているだけ、設備も豪華だった。
「少し走らせるね、この辺りを回るだけ」
それは事実だったし、郭子も抵抗しない。綺麗が運転席に座り、車を出した。
「どうして、私を?」
「資料を出します」
星声はタブレット上に写真資料を用意した。
「これ、郭子さんですよね?」
「これは、はは、まあそうですね」
「お相手は? 大丈夫。私たちはパパラッチではありません」
「お調べしたでしょうし、私よりずっと、有名な人ではありませんか?」
「あなたの記憶を伺っています」
星声は生真面目な声で先を促す。
「冗談みたいな話。もちろん、お遊びなら私たちは感知しません」
綺麗もミラー越しに微笑んだ。
「銀系金融の副董事長ですよね。そうおっしゃってびっくりしました」
「宋淑さんとはどんなご縁で?」
「たまたまパーティでご一緒して。彼女募集中、みたいでしたので」
「あなたはとんでもなく美人よね」
「またまた、綺麗さんほどじゃないですよ」
郭子の言葉に、綺麗は笑った。
「私のこと知ってるんだ」
「停戦の映像は、毎年報じられているはずです。私もよく見ます。島国の言葉が、とても上手な、綺麗なお姉さん」
「でもよく私とわかったわね」
「咫尺の間というのか、同じ北城人とは、わかりませんでした。大陸には、私のように凡庸な人間ばかりではなく、優れて何もかもを持つ人がいるんですね」
「大学は?」
「私は、人民大です。綺麗さんは、絡みがないでしょう」
「ないわけじゃない。少ないけど、教え子で人民大に行った子も多い。北城市は大学受験が厳しいから」
「厳しいから、大学受験は散々でした」
「生まれは?」
「西城区です」
「小学校の名前は?」
「西城区第六です」
星声が手元のタブレットに記録を残す。
「へえ、第六。中学は?」
「第七でした」
「ナンバースクール。それなら人民大学でも不満かもね」
「綺麗さんは?」
「私は第二だった」
「知ってます」
笑った。
***
他愛のない質問が続く。郭子は忍耐強く質問に答えた。苛立ちや焦燥を見せない。
「他にも、パパ活をしているみたいね」
星声は写真資料をまた出した。次も核心ではなかった。別の企業の重役だった。
「パパ活、ダメですか?」
「もしあなたが大陸人なら、ね」
「ほのか、あるいはほとりというのは、島国の人の名前ですね。私が島国の人間だというのですか?」
「西城区第六は、三十年前に閉鎖した」
「そんなはずないです。私は確かに卒業しました」
「ちゃんと調べなきゃ」
苦々しい顔で、郭子は天を仰いだ。
《……綺麗さん、日本語話せるんですか?》
「種まきの段階でしょ?」
綺麗は、敢えて大陸語を続けた。外国語で尋問するのは、流石の綺麗でも骨が折れる。
《種まき。そうですね。でも、刈り取る前に捕まっちゃったな》
「パスポート」
《はいはい》
「ほのか、二十七歳。すごい渡航歴ね」
《まあ、スパイですし》
「うちで働かない?」
「へ?」




