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百六十四章《姉弟仲》

「制約の言語回路」百六十四章《姉弟仲》


 美衛は、高校に上がると家に帰らなくなった。


 いつも高校が終わると市立図書館に行き、夜遅い時間に、無然市場の祖母の家に帰るようになった。


 マルニはとても心配したが、彼ができるのは娘の口座に飢えないだけのお金を入れてやることくらいだった。


 琉璃とマルニはしばしばそのことについて話し合ったが、祖母の家の方が気楽なんだろうと、琉璃はそれを軽く流した。


 優衛は、姉の様子を見によく祖母の家に行った。


 もうかなり評判の高くなった誠派が、時間が取れなくなって、美衛のそばにいないことに、姉がしんみりしているのだとわかったが、それを敢えてマルニや琉璃に伝えることもないかと思った。


 優衛は、時間がある時は、姉と一緒に図書館で勉強した。


「おねーちゃんはさ、交大にすんの?」


「優衛、私はここから出たい」


「北城市? アメリカ? 島国?」


「どこでもいい。できれば、私を放っておいてくれるところがいい」


「今もほったらかしだし、おねーちゃんは逃げるの上手いじゃん」


「あんたは、島国に行くの?」


「ああ」


「路淑ちゃんは?」


「そんなん、どうでもいいぜ」


「あなたらしい。いいと思う」


 美衛は優衛に返事はするけれど、こちらを見る優衛に目線を合わせることはしなかった。


 呟くような微かな声で言う姉が、はたから見ると弱々しそうだった。


 でも優衛はそれを心配しなかった。姉のキャラクターをよく把握していて、それが姉の弱さでないことをよくわかっていた。


「母さんと話した?」


「何を?」


「大学のこと」


「まさか。何か話すことある?」


「でも、交大に行かないんだろ?」


「世の中の大学は交大だけじゃないでしょ」


「でも、雨情に行ったんだから交大だ、って母さんは思ってるはずだよ」


「似てる、と思われているんでしょうね」


「事実似ている。おばあちゃんだってそう言うだろ?」


「何も言わないわ。おばあちゃんだもん」


「そりゃそうか。おばあちゃんだもんな。ご飯食べてる?」


「商店街でつまんでる。心配してくれるのね」


「そりゃあな」


「おねーちゃん、彼氏は?」


「あなたのように、アクティブじゃないの」


「おねーちゃんは、冷ややかだからな」


 美衛は、くすりと笑った。気を悪くすることもない。


「優衛には感心する。私のこと、お父さんにもお母さんにも話してないでしょ」


「何も異変ないもん」


「最近帰らないけど」


「それだっておばあちゃん家だろ?」


「優衛、だから彼氏について聞いたの?」


 優衛は白い顔で苦笑いする。


「本当に、聡い弟だわ」


「母さんは、自分のことを信頼しているから、おねーちゃんのことも信頼している。似ているからだろうね」


「そんなしたり顔で言わないでよね」


「悪いぜ」


***


 姉は、夜空の下で背伸びをする。


 リュックサックを背負っているの弟の背中を叩く。


「おねーちゃんのリュック重そうだな」


 美衛はそれに答えない。


「背負っているものが大きいんだろうな」


「お母さんは元気そう?」


「何で僕に聞く? 気になるなら家に帰れよ」


「帰っても、私は寝ている。あなただけ、おかあさんに喰らいついて、勉強してるじゃない。あなただけよ」


「買い被りすぎだよ。母さんはただのペースメーカー。砂時計みたいなもんさ」


「なんか買ってく?」


「酸梅湯は?」


「そうね。頭使ったし」


「やっぱ、言わないとダメだよ。喧嘩になっちまうぜ?」


「何を言うの? 私の行く大学のこと?」


「無駄に消耗することになるぜ。城市大だとさ、落ちるってこともあるだろ?」


「そうね」


 美衛はさらりと言った。ムキになって否定したりしない。


「何だよ、拍子抜けだ」


「あなたほど、頭が良くないのよ」


「弱気になんなよ。そういうことを言いたいわけじゃない。城市大だったら、僕だって確率だ。そういうことじゃなくてさ、僕たちは、家族なわけで。寂しくないわけじゃないんだろ?」


「そういう切り口、新鮮ね」


「母さんが怒ってたらよかったんだろ?」


「そうかもしれない。でも、事実は真逆で、あの人は私に興味がない」


「昔の自分と変わらないと、母さんは本気で思っているのかもしれない。同じように無然の商店街で、見守ってもらってさ」


「時たまに、なんのために勉強しているのかわからなくなることがある」


「そんなの、簡単だよ。勉強する時間のために、勉強しているのさ」


「優衛ほど、達観してない」


「おねーちゃんの、ノート、僕は結構好きだぜ。見返すことを想定していない流麗な漢字の列が、書くという行為のためだけにこぼされて、紙の上で結晶している」


「単に、快楽主義なだけ」


「不安?」


「少しね」


「普通だろ?」


「生意気な」


「大丈夫だよ。ねーちゃんは人と比べないだけだ。自分の影と戦ってんだよ。でも、月だって満ち欠けする。影はついて回る。いつでもそうだ。ねーちゃんはいつだって綺麗に輝いている」


「そう? ありがとう」


 姉弟は、夜までやっているラーメン屋で麺を啜った。

 コンビニで梅ジュースを買い、また図書館で勉強した。


 十一時になると、弟は家に帰った。姉は深夜二時まで勉強して、タクシーで祖母の家につけた。


 琉璃が、祖母の家で美衛を待っていた。

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