百六十章《美衛と優衛》
「制約の言語回路」百六十章《美衛と優衛》
名づけの親は、どちらの子も綺麗だった。
琉璃はマルニと結婚して、二人子供をもうけた。
二歳離れた美衛と優衛。あまりない名前だ。
小さい頃は、マルニの実家にもよく行った。
マルニの実家はオレゴン州のポートランドにあった。
琉璃は、そこの、世界的に有名な本屋に何度も通った。
家庭内では大陸語がメインで、時折、マルニが子供たちに英語を講義した。
下の優衛が十歳になる頃には、二人とも英語の詩を暗記するようになった。
琉璃は、忙しく大学人生活を送っていたから、育児は主にマルニが行った。
穏やかな琉璃の子らしく、美衛の方はおとなしく、無口で、知的な目を備えていた。
優衛は、美衛を追いかける。野心があるように見える。
美衛が音読の課題を与えられると、優衛も真似をした。
美衛はあまり友達がいなかったが、優衛の方は、よく友達と遊んだ。
美衛は独立自尊という感じだったが、優衛は笑顔を見せることも多かった。
どちらかというと美衛は琉璃に似て、優衛はマルニに似ていた。
ヨーロッパ系の血が混じり、優衛がキャラメル色の髪を持っていたのに対して、もちろん顔立ちはハーフだが、美衛は黒髪だった。
***
美衛は、雨情中高の帰り、琉璃の実家の本屋に入り浸って本を読む。たちまち「看板娘」になった。
琉璃のことを覚えている無然市場の面々は、美衛をたいそう可愛がった。美衛自身は、そんなことはどうでもいいみたいだったが、なにせよ商店街ではどこにいても厚遇された。
姉が読む本は、もちろん優衛も読んだ。
姉が切り開く知の道を、弟はなぞり工夫を加えた。
世の例にもある通り、第二子の方が、わずかに知的に卓越していた。
優衛は雨情ではなく雪花中高を選んだ。もちろん同じ天空四強だが、雪花は珍しく第二外国語に島国の言葉を選べた。
優衛は、入ってきた島国のエンタメに影響を受けて、島国の言語を学ぶ意欲があった。英語は家でやっているから、わざわざ中高でやらなくてもいいと思ったのだ。
美衛が十五歳、優衛が十三歳の時には、もう家での振る舞いが全然違った。
美衛が淡々と本を読んだり、勉強したりするのに対して、優衛はリラックスして動画を見たり、漫画を読んだりしていた。
美衛の表情はあまり変わらないが、優衛は可愛らしい笑顔を見せる。
姉弟は、特に喧嘩することもないけれど、特別仲がいいようにも見えなかった。
***
琉璃は、夜本を読んだ。
早い段階で部屋を与えられた美衛が一緒に読むことはなかったけど、優衛は琉璃の向かいで、眠気が来るまで本を読んだ。
琉璃は、いくつかの理由で、息子に声をかけることは控えていた。
一つは優衛を邪魔したくなかった。
もう一つは、もう息子の世代の流行を追えていないから、余計なことを言いたくなかった。
最後に、親の欲目を押しつけたくないと思っていた。
琉璃の目には、愚鈍に映ろうが、事実はどうかわからない。姉弟の学校での振る舞いを、琉璃は知らなかった。
だから、何も言わなかった。
母親の不干渉は、姉弟にとって好都合だった。
美衛はしばしば祖母の本屋に泊まり、商店街で朝ごはんを食べ、学校に行った。
マルニは、長女のその振る舞いを心配していた。琉璃が娘に無関心に見えるのも不安だった。
琉璃は、学術論文を定期的に発表し、その時点で二冊の著作があった。著しく有名というわけではないが、評判は良かった。信頼に足る学者と目されていた。
学者という職業を、姉弟が正しく理解していたかはわからない。でも、二人の子供へ向けられるべき琉璃の注意は、欠けていると言わざるを得なかった。
その理由は、多忙という物理的な理由だったが、愛情を表現する時間が少ないというのは事実だった。
マルニは英語を教える傍ら、子供たちとのコミュニケーションを取っていた。二人は明らかに母親の関心を欲していた。
姉弟は母親への声のかけ方にすら迷う。琉璃は、二人を散歩に連れ出すこともなかった。
食事を一緒に取ることもない。琉璃が家を出るのは朝誰よりも早く、帰ってくるのは夜誰よりも遅い。
それでも、琉璃は美衛が課題をやっている気配を感じ、優衛がマンガでくすくす笑っている声を聞くのは、嫌いではなかった。