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百五十五章《休日日記》

「制約の言語回路」百五十五章《休日日記》


 梓知と狂廊がいちゃいちゃしている。


 寧婷は腐ってはないけれど、そう見える。


 というか、西都の男は、男と仲が良すぎる。


「ユキナさん、やつらは付き合っているんですか?」


「いい質問だね、寧婷同学」


「同学はやめてください」


「あれは、付き合ってないんだよ、残念なことに」


「でも、狂廊さんって受けですよね?」


「かなりいい線いってるが、寧婷同学、あれは女にはサディストだぞ」


「そんなエモい設定があるんですか、ユキナさん」


 寧婷はワクワクしながらユキナと話す。


「狂廊くんは、優しそうに見えるだろうが、結構エロい。昔年上に鍛えられたと言っていた」


「うわぁ、見方変わるなぁ」


「男対男のカプだと、」


「ユキナさん」


「おわっ、何でもないよ、狂廊くん」


「適当なこと言ってると、今度の会誌でユキナさんの姿態を晒しますよ」


「勘弁してくれよ、狂廊くん。ちょっとした女の遊びじゃないか」


「会誌?」


「小説を書くサークルだからね」


 寧婷は、それを聞いて嬉しそうにした。


 久々にたくさん文字が書ける。


***


 休日日記。十年くらい続いているサークル「火曜休日」の部誌。


 素人作品と侮るのは、早計である。書き手としては、梓知や狂廊が骨太なものを書いてくる。オルセナはイギリス風のウィットの効いた綺麗な作品。安珠は構成の整った美的な作品を作る。


 ユキナは、作品作りには参加しないことが多い。でも、冊子の装丁を考えて、入稿してくれる。サークル紹介やら、小さい記事やらも担当してくれて、細部を整えてくれるのがありがたい。作品を作るのと同じくらいの労力がかかっているから、医学科の勉強の激務と合わせると、頑張りすぎとも言える。


「前の部誌ってあります? 何文字くらい書けばいいんですか?」


 寧婷はユキナに聞いた。


「好きに書けばいいよ」


***


「狂廊くん、珍しいな。初稿を出さないなんて」


 初稿の読み合わせの時に、狂廊は原稿を出さなかった。恐縮しているが、なんとなく覇気がない。


「大丈夫か? 体調悪いのか?」


「少し。でも書きます」


「寧婷」


「? なんですか?」


「書きすぎだ。誰が七万字書けと。しかも傑作かよ」


 ユキナが呆れ返り、梓知が笑った。


「短編でいいんだよ、寧婷さん」


「よくなかったですか?」


「いいや。すごいね」


「文章を書くのは得意なんです」


 作文の力が求められる、雨情でのカリキュラムは、桁違いの筆力を寧婷に与えたみたいだった。


「小説を書いたことはある?」


「いいえ、でも、読書会で現代小説をたくさん読んだから。少し、影響受けています」


 寧婷はちらりと狂廊を見る。


「狂廊くんが三万字書いてきた時も驚いたけど」


「あれは、一回生の時だよね」


 梓知が言った。


 狂廊は、とても悔しそうな顔をしていた。


***


 寧婷が書いたのは「月曜日の安楽死」というタイトルの小説だった。


 安楽死が合法化された大陸で、仕事が始まる月曜日に、何人もの人が安楽死を選ぶという、メッセージ性の強い作品だった。


「弱い者から死んでいく。残るのは強者だけだ。それでいいじゃないか」


 ある高校生が言った。強くて傲慢で人の痛みがわからない、典型的な「少年」だった。


 まるでその少年が、死んでいく人を選ぶように見えるその設定は、一級の政治小説と言っても過言ではなかった。


 文法的ミスがないわけではなかったが、留学生であることを勘案すると、少なすぎる部類だ。


 翌週の例会、第二稿のタイミングで、狂廊も書き上げてきた。「工兵狂のハルア」というライトノベルチックな小説だ。


 寧亭と角逐するように、これも七万字だった。


「嬉しい悲鳴だな。私も装丁を頑張るとするか」


 ユキナのその言葉は、チームを率いるリーダーの声だった。


 もともと狂廊が単体で頑張る会が多かったが、今回から寧婷も加わった。


 部誌はかつてないほどの厚さになることは間違いなく、厚さによって印刷代も高くなる。


「なら、より豪華にしてやろうぜ」


 梓知が、ユキナと相談しながら、表紙や紙質を決めていく。


 文庫本型にするか、単行本型にするか悩んだが、面々の意見では文庫本型が優勢だった。


 部費の内部留保を使い尽くす勢いだった。


***


 文庫本で百冊刷った。


 大学祭で売る。


 売れ行きは良かった。


 寧婷は売り子としては最高で、高めに設定した文庫本の会誌は、大学祭の最終日に、ちょうど捌けた。


 狂廊が毎日大学祭のグルメを差し入れしてくれる。


 もう十一月だった。


***


「寧婷。サークルか?」


「そうだよ」


 大陸からの留学生。知り合いみたいだ。


 狂廊が目を伏せて聞き耳を立てている。


 本科の寧婷と違って、半年や一年の留学生が、本国の言葉を話せる機会は貴重だ。


 戦争が終わってまだ数年。普通の留学生は留学生で固まっている。


「ちょっと祭りを回らないか?」


 二人組の男子留学生は聞いた。


「悪いわね。シフトなの」


「バイトか? 少しくらいいいだろ」


「寧婷さん。いいよ」


「はーぁ、狂廊さん、聞いているとは思っていたけど。ダメでしょ。私は狂廊さんと、この総人棟二階の持ち場を守るのを、楽しみにしていたんだから」


「そいつ、彼氏か?」


 寧婷はぎゅっと手を握った。


「彼氏じゃないよ」


 狂廊が言った。


「大陸語がわかるのか?」


 それには狂廊は答えなかった。


「お前、付き合い悪いぞ」


「そう?」


「とにかく、付き合えよ」


「寧婷さん」


「ねえ! 狂廊さん。あなたは私がどう思ってるかわかってるでしょ!? あなたといたいし、チンピラに付き合いたくないの。思いやり? そんなの思い込みだよ。それとも、あなたは私といたくないの?」


 狂廊は立つと、文庫本を留学生たちに見せた。


「ここの、ここからここまで。寧婷さんが書いた。僕は、その後の、ここからここまで。一冊七百円だけど、買いませんか?」


 狂廊は大陸語でそう言った。


「文字を書くっていうのは命をかけることです。それが政治であれ文学であれ哲学であれ。命をかけることです。僕たちは、ここで競い合ってこの本を作りました。彼女は僕のライバルです。彼女がこの本をここで売るのは、彼女の尊厳に関わることのようです。いい文章です。興味がないようでしたら、油を売るのは、別のところでお願いします」


 男子留学生の一人は唖然として、もう一人は笑顔を見せた。


「彼氏かそうでないかは、関係がありません」


 狂廊はそう付言した。留学生たちは、本を買わなかった。

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