百五十二章《龍井茶》
「制約の言語回路」百五十二章《龍井茶》
「来るなら、交通大にすればよかったのに」
「じゃあ寧婷はなんで西都大にしたんだ?」
「お互い様か。久しぶり」
流命と会ったのは、二年ぶりだった。
浙京市は、昔の南方の都。
海城市から車で数時間。
「まさか、車で来るとはね」
「意外? 私、車運転するの好きなの」
寧婷は、上等なドイツ車を、浙京大学の駐車場につけた。「浙京ね。交大はちょっと引け目のあるライバルだから」
「そう思ってるのは交大だけだ。浙京の三位は変わらんよ」
「言うわね」
「この大学の人はよく言う。それと、人民大とだけは一緒にしないでほしい、って」
「そりゃそうよ。人民大には悪いけど。交大生だって、人民大とは違うって言うでしょ。かわいそうに、人民大。欠席裁判じゃない」
「どうでもいいか。どこか行きたいところあるか?」
「龍井茶飲みたい」
「貴族か?」
「だいたいそんなもんよ」
***
西湖の湖畔のレストラン。もちろん寧婷が予約した。飲茶を楽しむ。
「どう? 大陸の大学は」
「悪くない」
「あなたモテるでしょ?」
「まあ、ほどほどには」
「付き合っている人いるの?」
「いない。付き合うなんて、どうしたらいいのかもわからない」
「それは嘘ね」
「どうして嘘だとわかる」
「恋愛が嫌いなだけよ。女の子にはいつも親切。そうじゃない?」
流命は斜を見て、苦笑いした。
「それにあなたは『女友達=女朋友』を作らない。島国のいい男ってのは、みんなそうよ」
「美人だから警戒されるんだろ?」
「私に興味がないのよ」
「そんなことない。絶対違う。島国の男は奥手なんだ。寧婷が意識していないことを、きちんとわきまえているのさ」
「……」
「ん? どした?」
「あなたは?」
「どうしたんだよ」
「あなたはどうなの? 私がこういうふうに『しなる』のは、嫌?」
「悪くない気分だ」
二人は笑った。
「流命。私と結婚しない?」
「何の冗談だ? お嬢様」
「あなたならいい。そんな気がした」
湖畔の風が、寧婷の髪を撫でた。
「指輪、いるか?」
「いる! 買いに行く?」
「母親から、渡されている。大陸で結婚相手を見つけてきなさいってさ。見透かされてんな。指のサイズが合わなかったら店に行こう」
「ん。つけて」
「寧婷。お前と寝なくてよかったよ」
「そうね。ほんとそう。でも私、夜は毎日抱いてほしいかも」
「ご期待に添えるよう頑張るよ。浮気すんなよ」
「するわけないでしょ。美人の『矜持』を舐めるな。はは、可笑しいの。後悔させないから」
「それは俺のせりふだな」
指輪をつける。美しいダイヤモンドの指輪だ。
「大陸と島国のどちらで暮らす?」
「どちらでもいい。寧婷は?」
「つきゆきもいるし、第一都市かなぁ」
「どうして、月雪が関係あるんだ?」
「え、や、ほら。んー、なんとなく」
***
寧婷は無骨なドイツ車に流命を乗せて、海城市に走らせた。
小柄な寧婷の体に対して、運転は力強く、しっかりとしたものだった。
「もっと適当で、荒々しいものだと思っていた」
「この車いくらするか知ってる?」
「言うまでもないことか」
「あとねえ、車の運転には出身階級が出るのよ」
「お前は貴族の出だものな」
「ふん」
「何と言うと思う?」
「ぼろっかすに言われると思うから、覚悟しておくことね。私、駆け落ちみたいな惨めなことはしないから。ちゃんと説得してよね」
「このために大陸語を勉強していたまである」
「なら、あなたから言ってくれてもよかったのよ?」
「お前しか見えていなかった」
「どういうこと?」
「寧婷が俺のことを好きなのは、わからなかった」
「折に触れて誘っていたけどね」
渋滞に捕まった。
「苛立たないのな」
「そのために音楽をかけている」
確かに車内には音楽がかかっていた。島国のアニソンだった。流命は、しばらく聴いていたが、アニメタイトルが思い出せなかった。
市街地に入ると、寧婷はナビを止めた。渋滞から抜け出して、見知った道に合流したのだろう。
大きいゲートを抜けて、邸宅が並ぶ住宅街に入る。
「どうしたの?」
「わからないか? 驚いている」
「あなたの家だって立派じゃない」
「桁違いだな」
「アメリカ人と一緒にしないでね。私はお嬢様ではないのよ」
「ドイツ車は、お前のものなのか?」
「痛いところつくわね」
駐車場に車を格納する。
「ほら、行くわよ」
***
「浙京大なの、そう」
寧婷の母親は、実に興味がなさそうに、流命のことを見た。
「一人娘だから、どんな男を連れてくるか、楽しみにしていたけど、島国の。あなたのお父さんはなんて言うか想像つく?」
「さあ、ボロクソに言うんじゃない?」
「でも、笑っちゃう。好みは一緒ね、寧婷。精悍で、強そう」
「お父さんとは似てないよ」
「私も、こういう男にしておけばよかった。生意気より」
母親は、ポツポツ言葉をこぼすが、感触は悪くなかった。
「流命さんのご家族は、大陸人は嫌ではないの?」
「漢文一家なもので。浙京大に行くことも、逆に奨励されました」
「立派ね。私はいいと思う。結婚は卒業してから? 寂しいんじゃない?」
「さびしぃー?」
「あら、違った?」
流命はけほっと咳をした。
***
「これから、お父さんと会うからね」
「わかってる」
「お母さんは、どうだった?」
「似てる」
「屈辱」
「でも似てる」
車で父親の会社につけて、執務の終わった父親を待ち構える。
「お前、連絡入れてんのか?」
「まさか!? 何で連絡なんか入れるのよ?」
「そうだよな。寧婷の言う通りだ。こういう時は誰も、連絡なんてしない。当然。自明の理。無理難題だな」
「バカにしてるでしょ?」
「いいや?」
「絶対バカにしてる! 怒るよ?」
「こんなところで、仲違いしている場合で、は、っとあれ、お父様じゃないか?」
「お父さん!」
寧婷は快活に手を振った。