百五十一章《河原町丸太町》
「制約の言語回路」百五十一章《河原町丸太町》
「たっかー、寧婷おまえー」
珍しくユキナが気炎を吐いた。半ば嬉しそうだ。
「おいしかったでしょ、いいでしょ」
「途中から計算するの諦めたよ。でも、皿は絶品だし、量のコントロールも最高だった。寧婷、褒めてあげる」
「ありがとうございますー、先輩」
中華料理を出る。面々はうやうやしく月雪に礼をした。
***
「席次って言葉、初めて聞いたね。安珠くん」
狂廊が帰り道で安珠に話しかけた。
「雲上人だね」
「ユキナさん、顔引き攣ってた」
「珍しくね。緊張してた、それに」
「美人だったね」
「そう!」
それからしばらく二人は黙った。
「なんか、特別な人っているんだね」
「狂廊くんは、自分が特別だって思うでしょ」
「思ってた時期もある。でも気のせいだったのかもしれない」
「狂廊くんは、特別な人だよ。誰に対しても明るく親切だし、公平無私っていうのかな」
狂廊は笑った。
「一つのポーズでしかないよ。あの純粋な強さの前では、全て表層的な飾りでしかない」
「飾りは、一つの強さでしょ」
狂廊はまた笑った。
「一つの逃げ方なんだよ」
「嘘つき。狂廊くんはそう思ってたらやらないよ」
「そうだね。かっこつけすぎたかな。でも、僕は思うんだよ。寧婷さんや、月雪さんのような人を手に入れることは、人生で絶対できないんだろうなって」
「どうかな。狂廊くんが大陸語を始めたのはどうしてだっけ?」
「ふ、言わなきゃよかった。そうだね。好きな人が大陸語を話していたからだ」
「欲しいでしょ?」
「まあ、その人のことは、今でもこれからもずっと好きだよ。それは、変わらない」
「それにしても、月雪さん、きれいだったね」
「本当にね。懐かしいな」
「懐かしい?」
「いや、僕の絶対の女の子を思い出しただけ」
「そりゃ、懐かしいわ」
***
「梓知くんは、月雪さんに興味がなさそうだったね」
ユキナは梓知を飲みに誘った。「バーはダメだ。宅飲み。寧婷の選んだ中華料理、おいしかったが高すぎだ」
スーパーでビールを買う。
「ちょっと待ってくれ、確か昨日つまみを作ったんだ。カブのマリネ」
「ユキナさんのつまみはおいしいですよ」
ユキナは早々に二缶空けると、グラスにワインを注いだ。
「このワイン美味しいですね」
「悪くないだろ?」
「ユキナさん、珍しいですね。僕を誘うのは」
「なーにを言っている。私が君を好きなのは、君だって百も承知だろう?」
「あーやだやだ。酔っ払いの時だけ、童貞を弄んで。マリネ美味しいですね。刻みパセリ洒落てる」
「寧婷、何者なんだろうな」
「月雪さんもね」
「第七席か」
「ユキナさん、それ気にしてましたね」
「憧れの存在だよ。第一学府十二席」
「なんですかそれ?」
「府学の超上位が占める、受験の冠だよ」
「ユキナさんは?」
はあ、と言って、ユキナは笑った。
「見上げてた。というか逃げた。第一学府に私の席はなかった」
ユキナは、梓知をベランダに誘い、タバコを咥えさせた。火をつける。「お母さんは第三席と言っていた。私少し調べたよ。第一学府で准教授をやってらっしゃる。綾衣先生」
「わかるんですか?」
「府学だったら席次の情報はアクセスできる。綾衣先生の年は異常だったらしい。綾衣先生の成績では、本来なら首席は確実だった」
「首席ってなんですか?」
「島国で一番頭がいいということだよ」
梓知は端末で綾衣を調べた。大学の教員サイトにたどり着く。
「綾衣先生、……綺麗ですね。まだ若い。月雪さんに、よく似てる。でも、二十歳くらいのお子さんがいるのに、まだ四十前後」
「若くして結婚したのかな?」
「どうでしょう?」
「悔しいな」
「なんでですか? 医学科なんだから、ユキナさんだって別格でしょ」
「三位と七位の差は大きいと、月雪さんを腐したが、十六位と七位の差は、どう足掻いてもひっくり返らない」
「十六位なんですか?」
「総合点ではね。西都大はランキング外なんだ」
「普通にすごいじゃん」
「でもやっぱり、同じ府学でも、府陽、府京、府月には、及ばないものなんだな」
***
河原町丸太町のマンションで、月雪はソファベッドに寝ていた。
寧婷はリビングテーブルに散らかった書類の上で、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。
寧婷は、月雪の男になった気分で、上機嫌だった。
月雪の持ってきた真珠市のお土産お菓子を食べながら、明け方まで本を読み続け、朝日を見て、微かな眠気を感じだ。軽躁だ。好きな女の子の前の男の子のような、気分の高揚があった。
寧婷が机に突っ伏して寝ていると、月雪に肩を叩かれ、やおらに起きた。
「ごめん。テーブル片づける」
「それか、外にモーニング食べ行く?」
「それがいいか」
着替えて、そのまま観光に出られるように準備を整えた。
寺町通を歩いて、途中下御霊神社に寄り、子猫を撮った。
三条のホテルの食堂でモーニングを食べ、そのまま地下鉄で蹴上まで行き、朝の南禅寺を歩いた。
「寝てないの?」
「ん? 大丈夫だよ。高校時代ほどじゃない」
「さーては、月雪さんが来て浮かれたなー?」
「違うし、本読んでただけ」
「ほんとかー?」
(はあ、マジで好き)
(そうですか、うれしーぃなー)