表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/160

百四十七章《父親》

「制約の言語回路」百四十七章《父親》


 冷えるなと思ったら雪が降っていた。


 鴨川沿いのホテル。積もる雪ではなさそうだけれど、遠くの山はほのかに雪化粧していた。


 朝ごはんを食べに近くの喫茶店に行き、パンとコーヒーを飲んだ。


 寧婷は、チェックアウトして、大きめの荷物や買った本をフロントで郵送する手続きを取り、身軽にして空港へと向かった。


 春節も終わりに近づいていた。


***


 帰ると珍しく父がいた。


「どこ行ってたんだ」


 なんて聞くはずもないか。


「どこに行っていたんだ?」


「お父さん。そんな、え?」


「どこに行っていたんだ?」


「島国に、遊びに」


「バカが」


「すみません」


「あんな世間の狭い人種に、何の用があって。まったく」


「すみません」


「寧婷。馬鹿正直に言うから怒られる。お母さんには言わないでおく。友達の家にいたとでも言うんだな」


「お父さん」


「私に嘘をつきたくなかったか?」


「そういうわけでは」


「無理するな。お前の方が優秀なんだ。低いレベルに合わせるなんてしなくていい。お前が無事ならいい。少し心配していたが、法外な小遣いを与えるのも、悪くはないな」


(言ってる言葉の意味がわからない。いつもそうだ)


***


 月雪にチャットする。


「西都に行ってきたよ!」


「いいなぁー。どうだった?」


「西都大行きたい」


「いいやんいいやん! 大学上がってから留学するか、ダイレクト留学するか迷うよね」


「そういえばそうね」


「流命にはちゃんと遇してもらえた?」


「特級の栄誉を賜ったわ。本当に感謝している。ちゃんと伝えてあげればよかった」


「私から伝えておくよ」


***


「お父さん。大学のことなんだけど」


「ん?」


「島国に留学するのはどう、かな?」


「とんでもない」


「そう、だよね」


「とでも言うと思ったか?」


「へ?」


「悪くない。顔つきが変わった。お母さんに似て、美人だが、昔から悪い面をしていた。今は違う」


「わ、わたしは、悪い面なんて、そんな」


「私が怖いか?」


「怖い。何言われるかわからないんだもの」


「何かきっかけでもあったのか?」


「島国の友達ができたの」


 寧婷の父はそれを聞いて目を見開いた。


「すごく頭がいい」


「お前よりか?」


 父親は本気でそう言っている。買いかぶっているわけではない。寧婷は、端的に言って強者だ。寧婷は頷く。


「たぶん」


「そいつはすごいな」


「お父さん!」


「冗談じゃない。お前は実によくできた子どもだ。それを凌駕するのか」


「なんていうか、完敗なのよね。笑っちゃうんだ。この前、その子を酔わせてかどわそうとしたんだけど、彼女の後ろには何人もの人がいて、びっくりしたの。まさか交大の准教授に潰されるとは思わなくて」


「何の話だ?」


「なんでもない。こっちの話。しばらく頑張って勉強します。郊外の家の鍵返しとく。このリビングの、ダイニングテーブルで、私は勉強するんだ。少しは帰ってきてよね」


***


「寧婷、最近付き合い悪いな」


「そう? そろそろ受験だからね」


「だからこそリフレッシュする時間があってもいいだろ」


「やりたい?」


「お前さぁ」


「私はやらない」


 梁は、心底驚いたという顔をした。


「俺ら、お前に付き合ってたんだぜ?」


「知ってる。甘い汁に寄ってくる虫ね」


「寧婷、何があったんだよ。お前のレベルなら、手を抜いたって序列三位、交大くらい余裕だろ?」


「城市大は落ちるって言いたいの?」


「どうしたどうした。お前は海城市に住んでいるんだから、行くのは交大じゃないのかよ?」


「私は島国に行く。もう決めたんだ」


「お前だけ、綺麗になるのかよ。反吐が出るな」


***


 学校から帰る道すがら、囲まれた。夜だった。


「はぁ、油断した。燕さん、恨んでる?」


「そういう問題じゃないよ。確かに停学はくらったけど」


「合わせる顔がない。何度もやりとりした仲だけど」


「島国に行くんだって?」


「梁に聞いたんですか?」


「ずるいよな」


「私もそう思いますけど。……あなたを好きだった時間を、不意にするのは少し残念です」


「寧婷。お前美人すぎるよ。一回したら、他じゃ満足できない」


「そりゃ結構。でも、私の魅力を、からだ、だと思っている人と、ずっと一緒にいられます?」


「お前は頭がいいな。俺もお前の立場ならそう言う。自分が頭がいいと、本気で思っているのか?」


「燕さん。こうやって囲むのは、頭がいい行為なんですか?」


「お前のことが、みんな好きなんだよ」


 字面は芝居がかっていたが、声の調子は殊の外普通だった。


「私も、燕さんが好きですよ」


 ひどく皮相的なせりふだった。寧婷の心は、一段上に行き、それまで対等だった大学生を、置き去りにしていた。


 その皮相さに、怒るのはもっともなことだ。言ってから、寧婷は天を仰いだ。


「上からものを申すなよ」


 燕たちはじりっと距離を詰める。「お前の受験には邪魔をしない。もう少し仲良くなろうぜ?」


「捨てられる男ってのは、こうも醜いのね」


「何とでも言え。俺らを利用したのはお前だ」


「そうね。勝手は私の方かもね」


「《少年の君》の陳念みたいに、服を破り裂かれたいか?」


「その映画観たわ。私、魏萊みたいないじめっ子だもの。それも、天罰ね」


「あの魏萊の女優は確かに美人だ。でも、お前の方がもっと美人だよ」


(やるぞ)

(いやだいやだ。まみれるのだけは勘弁だよ)


***


「私の生徒に何か用事でも?」


 寧婷が目をギュッとつむり、歯を食いしばって男の欲望に耐えようとした時、声が聞こえた。


「星声先生」


「梁は?」


「あいつならびびって来なかったよ。お姉さん、前のバーでも来ていたな。一人か?」


「一人よ」


「その小さな口に、ねじ込んでやりたいぜ」


 梁がいないのは、星声が丹念に指導したからだ。


「四人か。結構多いな」


「先生。何で」


「帰り道がたまたま一緒だっただけ」


「なにそれ、主人公かよ」


 シュン、という音がした。一人吹き飛ぶ。


「は?」


 地面に叩きつけられる鈍い物理音。


 聞こえないくらいの小さな声で、スペルを唱えている。


「先生、魔法使いなの?」


「みんなには秘密にしてね」


 俊速で地面を蹴ると、膝をもう一人の顔面に打ちつけた。


 速度の物理法則からしてその衝撃は計り知れない。ぐしゃっという音が聞こえた。


「何だよ、何なんだよ。俺が何をした? この女と付き合ってただけだぜ? なんでこいつだけ救われて、俺は指弾されるんだよ。おかしいだろ。ほんとどうかしてるぜ」


「燕くん。もう寧婷に近づかないで」


「わかったよ、わかった。おい、担いでいくぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ