十三章《魔女》
「制約の言語回路」十三章《魔女》
爆撃が始まると同時に、軍事教練を受けていた能力者の中から「自信のある」者が山に参集した。
強化鉄筋でできた建物はそう簡単には崩れず、教授陣たちは重要な建物に立って、爆撃から建物を防護していた。
爆撃がどこのものなのか、わからずともはっきりしていた。大陸の飛行機が隊列を組んでいるのだと、誰もが思った。
ニュースでは第一都市も爆撃を喰らっていることを報じていた。
「科学技術大国じゃなかったのかよ、防空網スカスカ」
参集したみんなが笑った。
「さてと君たち。実戦だ。今日のこの日を待ち侘びて、訓練を重ねてきたんだろう?」
教官は緻里たちを鼓舞した。
「理維、いさむなよ。緻里、期待している」
教官からの直接の言葉に、少なからず救われた。それとともに、言葉だけで安堵する自分がいることに、嫌気がさす。
上空を探知する術式を使うと、緻里にしてみればやはりというか、向こうも術師が構えているみたいだった。緻里の探査術式の展開で、向こうも臨戦体制を組む。安易だったかと緻里は額に汗をにじませる。
幸い、夜の夏空は湿気でいっぱいだった。
重力を操る理維が先行する。
「気をつけて。僕らみたいなやつが背後にいる」
火薬が弾ける音がした。
「っと、と、と、と。銃弾のような。でも私の重力の壁は、無敵ですからぁ」
「天真爛漫ですね(でも、銃か)」
双方の解析術式が敵の座標を捉えようとする。それは緻里が第二中学にいる時に習った、夜戦の常套手段だった。
ゴロゴロと上空の雲が雷鳴を轟かせる。ピシピシと稲妻の走る緊迫した空気の中、もくもくと積乱雲が成長し、辺りは雨模様。
雲の下を通過する爆撃機に、特大の雹をお見舞いしようとするが、そう簡単には当たらない。小さな雹が飛行機の両翼に当たるバリバリバリという音がするばかり。物理的な攻撃なので、大陸術式でコーティングされた爆撃機も、雹の襲来ばかりは抗することができず速度を落とす。
「おっかしいなぁ、重力波がうまく操れないよ」
「静寂の術式が展開されてるからかな」
「緻里さん、静寂の術式ってなぁに?」
緻里は理維に微笑んだ。微笑んだだけで答えなかった。
湿度は十分に上がった。海面からの水蒸気の供給を上げるだけ。「だけ」なのだがそれを手間とも思わないのが、緻里の天性だった。
まだ自在とまではいかない、雷の発生から落雷。ピシピシと稲妻が周囲を周回する。
「お前か?」
爆撃の炎に照らされて、顔が朧げに見えた。軍隊の制服、階章は高位のもの。二十代後半。
「逆に聞きたい。あなたが、爆撃機にこの術式、大掛かりなコーティングを行っているのか?」
「美しい大陸語だ。本当に美しい、北城市のアクセント。君の名前は?」
「名乗る意味がわからない」
「私は、『魔女』と呼ばれている」
「じゃあ僕は『雷鳴』とでも」
「はあぁ。そのアクセントは本当に美しいね。あまり情報を渡してくれはしないだろうけれど、どこで大陸語を学んだのか、聞いてもいいだろうか、雷鳴」
バチッと、稲妻の閃光が魔女の前で弾けた。周到にめぐらされた対物理的障壁が、稲妻によって綻ぶ。瞬間的に修復されるが周辺に配置された水滴や氷が、その修復を遅らせる。細かい雷の誘導はできない。小さな綻びの中に雷を通すのは難しい。
「北城市で学んだ。魔女、你是第几中学出身的-Ni shi di ji zhong xue chu shen de-?」
「好好好-Hao hao hao-。君はナンバースクールに通っていたのか。なるほど。私は第七だった。序列的には四位だね。君には障るのかな? 私の少し粗野なアクセントが、くふふ」
緻里のわずかな表情の変化から、魔女と呼ばれた将校は緻里の出身が第二か第九、すなわち序列二位か三位の中学であることを読み取った。小さく舌打ちする。(こんなところで学歴マウントを取られるなんてね)と、小さく呟く。
緻里は、魔女の防御術式を解析する。解体は難しくても、その傾向がどのようであるかに関しては、収集してもいい情報だった。
一見すると「理系的」な術式構成。「詩」というより「論文」のような緻密さがあった。魔女が秀才だったことは間違いない。第二での奔放な文学のほとばしりとは異なる雰囲気だった。
「なにやってんのー、緻里くん。私にもわかる言葉で、話してほしいなぁ」
「この人が爆撃機を守っている。だから僕はこの人を倒す。それだけだ」
理維を鬱陶しがるように、風を味方につけた肉弾戦を魔女に申し出る。
魔女は呆れたように受け止める。そんな単調な攻撃、攻撃ですらないと、「銃」を向けた。それは魔弾。術式の練り上げられた魔女の弾丸だった。
緻里の頬を切り裂き、後ろで爆発する。緻里は風で体を無理やりに上へと押し上げた。自分の体があったところに、術式で構築された「ネット」が緻里を捕捉しようと口を開けて飲み込もうとしていた。
「ふうう、こういうことを言うのはあまり戦略上よくないけどさ、私がこの術式を弾丸に籠める労力の如何ばかりか、想像できるかな」
「当然知道-Dang ran Ahi dao-(もちろんわかる)」
「一度見られたら、反応されてしまうしね。爆撃機による爆撃が主務だったけれど……そうだな」
魔女は腰につけた別の銃を取り、上空へと発砲した。
大きな花火が散り、轟音が鳴り響く。
爆撃連隊は作戦の終了を知った。
「こんなしょぼくれた街の作戦と聞いて、しょんぼりしてたけれど、でも君も私と同じ穴のムジナなんだな。エリートだったんだろ? わかるよ。私も本当は第四に行きたかったよ」
そのせりふの間に、二人は力を溜めていた。ピリリと微かな電流の先触れが、十重二十重に巡らされた防御術式を抜けて、魔女のホルスターに届いた。
その銃に魔女は触れる。指先に術式を知る機構はなかったらしい。そのまま発砲。弾けるような、つぶれるような、物理音がした。
魔女の顔は苦渋に歪み、緻里は手応えを感じた。それは、術式に含ませた、暗号化した電撃であり、緻里のこの数年の研究の成果だった。
ググゥと低い声で魔女はうなる。手先の感覚は彼方へと離散していったはずで、しばらくはものを持つことすら難しい。
こじ開けた大陸術式の穴から、電流を帯びた術式をねじ込ませ、魔女の体を痺れさせる。
魔女から空間に満ちた術式の主導権を奪う。
ガチャリという感触があった。緻里が触覚する電撃術式の先端に、ロックがかけられた。物理遮断。ローカルへの移行。
「理維さん、今なら!」
「おりゃぁー」
「大したものだよ。本当に」
銃が使えなくなった今、魔女は格好の標的になる。厳しいはずなのに、魔女の顔には憔悴も焦燥もあらわれない。
バリバリバリバリと飛行機が近づいてくる。速度も落とさずにこちらに向かってくる。解析する時間もない。風の逃げる方向に、理維の体ごと退避する。
ビュンと音がして飛行機が飛び去ると、魔女の痕跡はそこに一欠片も残っていなかった。