表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/159

百十四章《御堂御子》

「制約の言語回路」百十四章《御堂御子》


 西国。……西都や堂王、棚坂といった、歴史ある島国の都市領域を束ねた呼称。


 寺社が多い西都は、学術都市でもある。


 綺子たちは、棚坂の外資系ホテルに泊まり、島国の本を探すべく、堂王の「百貨書店」に足を向けた。


 印刷・製本技術に優れた島国の書籍は、旅行でなければ何冊でも買い求めたいくらいだった。


 龍井府で苦労して手にする本が、そこには山と積まれていた。


「宝の山だ……」


 綺子は、大陸と島国の物流のやり取りによく使われる、「故南一時取り置き」を利用し、持ち切れない本を故南へと送った。


「二十万円……」


***


「そういえば、西都におばあちゃんがいるんだよね」


「え、そうなの? 綺子の祖母ってこと?」


「そう。会いに行っていいかなぁ」


「もちろんだよ! 大陸語話せるの?」


「おばあちゃんは頭いいの。なにせ西都大を出てるから」


「島国の交大的なやつだよね?」


「うん。大陸語話せると思うよ。使ってないから忘れてるかもだけど。ほとんど会ったことはないんだ。たまに、本当にたまに、手紙を書いていたの。お父さんに言われるがままに。お返事が、本当に綺麗な手で書かれていて、美しい言葉で励ましだったり、気づきだったりを文にしたためてくれるの。小さい頃は、その凄さがあんまりわからなかったけど」


 西都の旧市民街、邸宅が並ぶ高級住宅地に、バスで向かう。


 メモしていた住所に着くと、そこは「御堂図書室」と表札があり、その表札の下に「御堂御子」と記されていた。


 インターフォンを押す必要があるのかはよくわからなかった。図書室に繋がる道は開放されている。


 じたーっとインターフォンを眺めていると、後ろから声をかけられた。


「どうしました?」


 高校生。制服を着ている。背の高い男の子だった。


「今日は、御堂さんはいるのかなって」


 綺子は答えた。


「ついてきて、ください」


 敷地を二分する建物。一つは二階建てのコンクリート造りで、図書室と呼ばれているもの。もう一つは天井の高い一階建ての木造屋敷。


「御堂先生ー。お客さんですよー」


「はーい、はいはい。どなたー?」


 パタパタと小走りに今から縁側へ出てくる音がする。


「あら、あなた……、だれ?」


「あの、私……」


「冗談よ、綺麗。お友達と来たの? よくもまあこんな遠くまで。欲しいゲームでもあったの? お茶でも呑みなさい。お菓子を出すわ」


「先生のお孫さんですか?」


 男子高校生は聞いた。


「会わなくてもわかるもんよね。息子にそっくりなんだもん。ごめんね縁林。今は席を外して、勉強しててくれる?」


「もちろんです先生。失礼します」


***


「あらあら、ようこそねぇ。どうやって来たの?」


「故南から。パスポート偽造して」


「聞かなかったことにしようかしら。まあなにせよ、ようこそ。私のこと覚えていてくれたのね」


 御子みこは急須から日本茶を注ぐ。緑の香りがするお茶に、雨猫は興味津々だった。


 カステラをお茶請けに出す。カステラも雨猫は見たことがない。


「いくつになったの?」


「二十歳手前です」


「お友達も?」


「そうです」


「お名前は?」


「琉璃です。あだ名は雨猫です」


「大学生? どこの大学?」


「海城交通大学」


 綺子は言った。「交大です」


「どこ? ……なんてね。立派ね。第二に入ったって聞いた時、もう七、八年前だけど、その時は、あなたのお父さんも城市大にって、期待したでしょう。でも、あなたの選択は間違っていないわ。学部で五年。しっかり勉強して頂戴。……、お友達は、島国の言葉は解さないの?」


 雨猫がうんうんとうなずく。


「大陸語の方がいい?」


「おばあちゃん、話せるの?」


「モチのロンよ。昔は西都大の中文研にいたのよ」


 少し古い感じ、ゆっくりしたスピードで、御子は話した。


 熱いお茶のおかわりは、雨猫の体を温めた。


 インターフォンが鳴った。


「お客さんかしら、ああ、言雅さんが来るって言ってたっけ」


「お暇した方がいいですか?」


「まあ、そう早合点しないで。西都大の先生よ。少しお話していったらいいじゃない」


***


「こんにちは。西都の冬は寒いですね、っと、先客ですか。若い、大学生で?」


「孫とその友達」


「御堂先生のご家族は、大陸にいると聞いたような」


「わざわざ来てくれたの。突然ね」


「へえ。你好。言雅と言います。わざわざ、と言うと簡単そうだけど、かなり肝の座った密入国だよね」


「ご内密にお願いします、言雅先生。私は綺麗」


「友達の琉璃です」


「私は昔年下の男の子と仲が良くてね、戦争で向こうに行ったり、帰って来たりで捕まえられたためしがないんだが、戯れに……、緻里って知ってる?」


「高校で、島国の言葉を教わっていました」


 言雅はニコリと笑った。小気味いい、愉快だと、漏らす息の音で表現していた。


 もう四十は過ぎている。なのに言葉の感じは若々しい。皮肉が好きそうな雰囲気なのに、親切そうな感じも併せ持っている。


「早く帰ってくるように伝えておいてくれないかな」


「緻里先生は大陸が好きなんですよ」


 御堂図書室から、数人学生が渡って来た。


 先ほど、案内してくれた高校生もいた。


「図書室の休憩時間。暇な子はこうやっておしゃべりするのよ」


 御子が言った。


 言雅は大学生との自主ゼミの資料を揃え、高校生は仲間うちで受験について駄弁る。


「綺麗さん」


「縁林くん、だっけ。高校生?」


「そうです。二年生です」


「どこ大狙ってるの?」


「西都大です。……地元なので」


 縁林は、少し口ごもる。目線はクッと綺子を見つめている。


「どうしたの?」


「え?」


「なんか気になった?」


「いえ、その」


「綺子のことが気になってるんじゃない?」


 雨猫は言った。


「へ?」


 縁林を見るととても恥ずかしそうにしている。そう見えるのは、雨猫に言われたからか。


 綺子は美人だが、恋愛をしたことは全くない。雨猫とて恋愛は得意とは言えないが、女の子にモテまくった経験はある。


「ほら、私、大陸人だし、島国の高校生のことなんてほとんどわからない。私のこと好きでも、楽しいことなんて」


 慌てふためく綺子。ナンパをふっかけられる時は、毅然と断るのに、高校生の直感には、うまく断る言葉が見つからない。


 縁林は綺子が美人だから気になっているわけじゃない。明るい雰囲気や言葉遣い、異国めいたところのある幅広の肩や長い脚に、総合的な印象として、好意の先触れを感じているのだ。


「好きとかは、ちょっとよくわからないですけど……」


 自分が前のめりになっていることに、縁林は気づいていなかった。


「なによ、もう」


 無口気味な縁林は、素朴な質問をいくつも聞いた。本人は何を聞いたか全く覚えていない。質問することが、その時の縁林には重要なことだった。大陸的な綺子に対する興味が、大陸への好奇心を刺激した。


 こんなふうに男の子に「突き上げられる」経験はしたことがなかった。いつも上から押し潰してきたから。


「雨猫、どうすればいいの?」


「そんなふうに大陸語で逃げない方がいい。綺子、彼はそのうち大陸語をマスターするんだから。ね? そうでしょ?」


 雨猫は縁林にウィンクした。縁林はポカンとしていたけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ