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百十一章《雨情聚会》

「制約の言語回路」百十一章《雨情聚会》


「綺麗を探すなら、まず琉璃を探せ。琉璃と話したいなら、綺麗を見つけろ。ちなみにどちらも見つからない」


 そんな文句が一部の交大男子に流行った。


 背の小さな、茶髪の長い女の子。竹林に住んでいるのかと勘違いするくらい、周囲の気を清浄にする。というか琉璃は、清らかなところにしか出てこない。


 最近ボブカットにして、図書館でかりかり語学の勉強をしている背の高い女の子。ぺたんこの革靴を履いて、短めのワンピースに身を包み、生脚をさらしているのは綺麗。


「報道官並みの流麗な標準語、アナウンサー並みの抑揚に、コスプレ好きそうな抜群のスタイル。それに、どうやら彼氏はいないらしい。というか琉璃様の彼氏らしい」


 綺麗が授業を終えて、同期に手を振って別れる。


「一緒にご飯どう?」


 勇気を絞って男子が聞く。


「んー? ちょっと寮戻るから、また今度ね」


 大きなため息が男子の口から漏れる。背中を叩き慰める仲間の男子。


「また今度っていつだよぉ」


「大丈夫だ。俺も同じ気持ちだ」


「あんなワンピースで、脚があんなにのぞくんだぜ、どんだけスタイルがいいんだよ」


「お前、だからだと思うぞ」


「何がだよ」


「下心見え見え」


「しょーがないだろー!?」


「でもあの標準語やばいよな。北城弁とかいうけど、怒り方めっちゃキツそうじゃない? あー罵られたいなー」


「お前も大概だな」


***


 交大には、「雨情聚会」という同窓会組織がある。半期に一回交大のパーティールームを借りて、雨情中高の同窓生が立式で会食するもの。


 今年二回目の開催で、琉璃は初めて参加した。雨情からは一学年二十人くらい交大に進学する。五年制の学部で、だいたい百人。三割ほどは参加しない。それでも七十人くらいの大きな会合だ。


 琉璃は綺麗に見立ててもらったチャイナドレスを着て参加した。


 黄色の生地に金の糸で縁取りされて、青い鳥が刺繍されている。


 髪を上げて、額との境に髪を縫い込んで、長い髪を纏めた。


 薄く化粧を施し、優しい色合いのリップで唇を染めた。


 誰も最初は琉璃とわからず、遠巻きに見ていた。男子は声がかけられない。


「琉璃?」


「ああ、なんかこれ変かな?」


 チャイナドレスをつまんで聞いた。


「いや、全然。似合ってるけど、どこであつらえたの?」


「絹市場。友達がくれた。茶樹、久しぶりね」


 茶樹さきと呼ばれた雨情高校の同級生はニコリと笑うと琉璃をパーティーの中心に持っていった。


 無口気味のお姫様みたいに、口が開かない。でも微笑んでいるだけで華だった。


「ねえ、琉璃が最近いつも一緒にいる、背高美人は、何者?」


「島国系らしい」


「へえ。男子がみんな噂してるよ」


「まあ、綺麗は美しいからな」


 琉璃は胸を張って鼻から息を吐く。


 先輩も、見目麗しい後輩のドレス姿を見ようと、顔をのぞかせた。


 琉璃の周りに同級生が集まり始めた。


「うわーっ、チャイナドレスやられたぁ。うちも着てくればよかったぁ」


 楽楽ららという同級生が叫んだ。


「お前が着たところで」


 男子がつぶやいた。


「死にたい?」


「嘘です。楽楽さんのドレス姿、ミテミタカッタナー」


「琉璃に繋いでってよくお願いされるのよね。ツテを辿る感じらしいけど、琉璃ってそもそもつかまんないのよね」


 茶樹がつぶやいた。


「高校時代もそうじゃなかった?」


 楽楽も同感らしい。


「無然がホームというか」


「あのお家の本屋さん素敵よねー。洞窟みたいで、電球の明るさが程よいというか」


「無然市場とかって、住宅街とはちょっと違うよね。星声が、あの辺りの出身らしいけど、雰囲気がね。いい意味で不思議」


 琉璃は周囲が自分を中心に沸き立っているのがむず痒いようで、なんとかして環から抜け出そうとしている。でも、綺麗が買ってくれたドレスが好評なのは嬉しいようだった。


「よくラブレターもらってた」


「そうそうそう。それも女の子に」


 琉璃は、くくくと笑いを含む。


 雨情の面々が信頼できるのは、彼女らが安易に琉璃の連絡先を聞かないからだった。情報リテラシーが高い。


 高校に行けば会えるのに、どうしてわざわざ連絡先を聞くのか。大学に行けば会えるのに、琉璃はわざわざ連絡したりしない。端末は決済のみのためにあって、チャットをするためにあるわけではない。もちろん琉璃の文脈に従えばのことだが、それを琉璃の脇を固める女子は、なんとなくわかっていた。


 琉璃は、たまたま火郷かごうという同期の男子が、タバコの箱を取り出して、外を指さしたのを見た。


 周囲が頭の上で話している間に、背を低くして、火郷を追いかけた。


「あれ? 琉璃は?」


「どっか行った?」


***


「火郷、タバコ?」


「お、琉璃じゃん。旗袍イカしてんな」


 少し不良じみた火郷は、トントンと箱からタバコを押し出すと、琉璃にくわえさせた。


「火は自分でつけろよ」


 そう言ってライターを手渡す。深く煙を吸って、ゆっくりと吐く。


「雨情のやつらは変わんねえな」


「火郷からもらうタバコの味も、全然変わらない」


「琉璃、美人になったよな」


「ルームメイトの化粧が上手いだけ。髪も結ってもらって。ホント何でもしてもらってるよ」


「あの綺麗って姐さんは、世話焼きなんだよ。たまたま同じ授業取ったことあるけど、本当に親切なんだ。きっと何でもできるんだろうな」


 琉璃はそれに答えなかった。煙を噛みながら口角を上げる。


「一緒にタバコ吸ってた仲間も、もうここには二人しかいない」


 火郷はタバコを灰皿に突っ込んだ。もう一本取り出して火をつける。


「高校のころは七人くらいいたっけ?」


「そう。それくらい」


 琉璃はタバコを灰皿に落とすと、先に手を振って会場に戻ろうとした。


「琉璃、臭い消し」


「あなたもずいぶん親切だ」


「他意はないよ」


 臭い消しの粒を噛み締める。


***


「ただいま」


 寮の部屋に戻ってくる琉璃の声を聞いて、ベッドから綺麗は起き上がった。


「おかえりー」


 はらはらとドレスを紐解いて、下着姿になる。


「髪ほどいてあげるよ。座って」


「はあい」


 鏡を机の上に置いて、メイク落としで薄化粧を落とす。


「どうだった?」


「旗袍は大変好評で、嬉しかった」


「よかった。私も嬉しいよ」


「はい。解いたよ。シャワー浴びて。夕飯はその後で、食堂に行きましょう?」


「はあい」


 シャワーを浴びて、洗濯された服からいつものようにTシャツと短パンを選び、サンダルを履くと準備万端。トートバッグに勉強道具を入れる。


 虫の音が鳴る秋口に、さりさりとサンダルを鳴らして、遅くまでやってる学生食堂で火鍋を食べる。


 白米大盛りと二人分を優に超える火鍋の具。でもその小さな体の印象に反して、琉璃は健啖家だった。


 食べ終わると図書館で二人で十一時過ぎまで勉強する。


 個別ブースを借りて、二人で数学の課題を検討しながら片付ける。


 勉強が終わると、綺麗はスタジオに行ってヨガをやり、帰ってシャワーを浴びる。


 琉璃はベッドで本を読んでいる。


 綺麗がシャワーを浴びて出てくると、琉璃は寝落ちしていた。


 本を枕元に置いてやり、照明を消して、綺麗は琉璃の一日の幕を閉じた。


「おやすみ。はは、『ノルウェイの森』の寮生活とは、全然違うね」


 村上春樹の書いた早稲田大学の寮生活を、綺麗はふと思い出した。

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