第5話 ヴァイル・イビル王子
私だけ王宮に連れられ、大理石で作られた大きな広間にいた。もちろん、私は手足を縛られていて膝をついた状態。
奥には王族の服を着た優しそうなおじさんが高級なイスに座っている。
そう、この人こそ次期王様になるであろうと言われている王様の息子、ヴァイル・イビル王子である。
本来なら護衛のためにも何人か貴士がいるのだが、なぜか二人っきりに王子はした。
優しそうな顔をしている王子はイスから立ち上がり、こっち来た。
「あなたが桐島流朗先生ですね?」
「はい、そうです」
私の目の前に立ち、見下ろしていた。
「私はあなたと会ってみたかったのです」
「それは光栄ですね。ヴァイル王子」
「あなたの桐島塾で娘が大変お世話になったようで」
娘……?
王族の全員の顔は覚えているが、王子の娘なんて桐島塾に来たことはない。
「……王子のご息女に教育をした一切の記憶はございません。別の方のお話ではございませんか?」
「いいや、私の娘を世話したのは桐島流郎先生で間違いない」
一体、誰だろうか?
まったく見当がつかない。
「お言葉ですが、ヴァイル王子。私は王族の方々の顔を存じております。しかし、桐島塾に王族の方がお越しになったことは一度もございません」
王族の敷地はウォルタ区にあるが、馬車で移動して4時間弱。
そこから来ているのであれば、必ず私は知る。
町の方々から私の方に情報が回ってくるし、何より王族の人、またはそれに関わる職種の人は立ち居振る舞いで分かるから、私が見逃すはずがない。
今の桐島塾に来ている塾生の家は全員知っているが、王族の敷地に住んでいる人はだれ一人もいない。
一体誰なのか、考えていると、
「知らないのは無理もないですね。ここだけの話ですが私の娘はエルダです」
「……⁉」
「大変、驚いている様子ですね」
「はい……」
エルダはウォルタ区のグラドールという貴族の家に住んでいる。
ただし、王族の血筋ではない家だ。
どうしてエルダがそこにずっと住んでいる?
「いわゆる、隠し子というものですね。この事実は一部の人しか知りません」
「……」
エルダがヴァイル王子の娘だなんて……
しかし、そんな話をどうして私に?
エルダと王子の関係で色々と質問したい内容が頭の中に出ていた時、ヴァイル王子は感謝の言葉を伝える。
「ですから、桐島流郞先生には教育をしてくれたことに感謝しています」
「いえ、エルダ様はとても優秀で、すでに基礎的な教養は身に付いておりました。なので、私に教えることはございませんでした」
「そうでしょう? 私の娘はとっても優秀でしょう? ただし、教えることはなかったと言いますが、それは違います。たくさん教えてもらったと言う娘はあなたのことをすごく高く評価していますよ」
「そう仰っていただけるのは有り難いです」
「桐島流郞先生のことは娘からも他の者からも色々と聞かせてもらいましたよ。あなたはとても優秀ですね、経歴を知って驚きました」
「そうですか……ヴァイル王子にそのように言っていただけると大変うれしく思います」
私の何を聞いたのだろうか?
もしかして、私の過去を知ったのではないか……
いや、そんなはずはない。私の過去を知ることはできないのだから。
「あなたにいくつか質問させてください」
「はい」
「あなたはイビル国出身ではないようですが、どちらから来たのでしょうか?」
私の過去を知っているのではないのか?
やはり知らないのか?
いやいや、もしかしたら、知っててわざと聞いてるかもしれない。
ここは正直に答えよう。
「日本という国です」
「日本? それはどこにあるのでしょうか?」
「はるか東にあります。日本は島国であり、とても小さな国でございます」
「聞いたことがないですね」
やはり知らなかったか。
それはそれでよかった。
「ご存じではないのは仕方がございません。このイビル国と比べて大変、小さな田舎ですから」
「そうですか。しかし、あなたの国の建築技術や農作物の育成法、その他の技術と知識には驚かされました」
もちろん、日本だけの技術や知識だけではない。私が他の国を転々としていたときに手に入れた知識がある。ただ、下手なことを言って、さらなる罪を被せられ、ひいては周りの方々にも理不尽に罪状をつけられる可能性があるので黙っておく。
「そんな国からなぜここに来たのでしょうか?」
「食にも住まいにも困らない土地を探して、こちらに参りました」
「それは本当の話ですか?」
「はい」
「あんな最先端の技術がありながら、食料や住まいに困るとは信じられませんね」
「私が住んでいたところは農作物があまり育たない地域でしたので、食には困っていました。また、国の政策で失敗して職業難にもなっておりましたゆえ、こちらに参りました」
「そうですか・・・・・・」
ヴァイル王子は、しばし考えた後、一呼吸おいてゆっくりと語り始めた。